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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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六章 三 正夢にする因果があるとしたら


 夢に侵入すると見覚えのある夜の交差点にいた。目の前には「HEP」の文字があるビル。ここは大阪梅田のようだ。隣には制服姿の天花寺がいて、周りを窺っている。

 

「ここ、どこですか?」


 天花寺(てんげいじ)は東京人だから大阪の街など知らないが、俺は大阪出身なので大阪梅田は何度も来たことがある。二〇二〇年までは大阪梅田は梅田と呼ばれていたが、外国人に配慮して大阪梅田に変更されている。

 

「梅田だな」

「大阪ですよね」

「ああ。だが問題は、今がいつか、ということだ」


 いつぞやの古城戸と同じセリフを言ったことに気付き、苦笑いする。


 俺達は事故現場である堀川橋西詰の交差点に向かい南下し、曽根崎警察署を通過、コンビニがあったのでそこにある新聞で日付を確認。二〇二四年七月十一日、事件当日の夜だ。現在時刻は二十時五十分。事故があったのは二十一時二十分だから、まだ少し時間がある。天花寺が言うには、事故があった堀川橋西詰の交差点は山根の通勤道路らしく、平日は毎日通る道らしい。

 

「事件当日の夜か」

「どうします? 現場まで行って、時間まで待ちますか?」

「まだあと三十分ほどあるな」


 そう言ってコンビニを出たところで、俺は風を感じる。肌に突き刺すような寒気。天花寺(てんげいじ)は俺を見た。こいつも感じたのだろう。


「よくないな」

「風ですよね」


 天花寺(てんげいじ)は寒気のあまり、両手で自分の身体を抱える。それと同時に俺は複数の因果を感じた。

 

「俺達以外のパーグアが近くにいる」

「え?」


 俺は気配のする方向を見てみると、そこには二人いた。遠目で顔まではよくわからないが、間違いなく二人とも因果の持ち主だ。ハイヒールを履いた黒い長髪の女らしき方が俺を見ている。もう一人は赤い面を被った中国の伝統衣装を纏っていて性別は不明だが、体格からすると男だろう。


 俺は小さな声で天花寺に伝える。

 

「あの女を見られるか?」


 天花寺(てんげいじ)は俺が見ている先に視線をやる。対象を認識したようだ。ここで言う「見る」とは天花寺の能力、『風天小畜(フーツェンチ)』を使え、ということだ。


「まだ少し、遠いですね」

「射程に入ったら見てくれ。どうやらお友達って感じではなさそうだ」


 俺は女の因果を探りつつ警戒する。やがて顔が見えるほどの距離になったとき、女が嗤った。

 

「きゃ、きゃあ!」


 天花寺は尻もちをついて悲鳴を上げた。俺は振り返る。


「どうした!?」

「あ、あの人……」


 女の方の因果は『水火既済(スーフーチーチ)』。占いであれば小吉で、今は我慢して耐える時期であることを暗示している。勝って兜の緒を締めよ、石橋を叩いて渡れ。そういうことだ。が、これまでの例からするとそういう単純なものではないのだろう。


 俺が使った場合、「能力を拒む」に近いことができそうだ。石橋の『雷水解(レースーシ)』と似た印象がある。


 面の男の因果は、『火水未済(フスウーチ)』。占いでは吉の暗示。最後までやり抜けば成功するが挫折に注意せよ。確かそんな内容だったはずだ。この能力を使って俺にできそうなのは、デジャビュのように人の認識を狂わせる、そんな具合だ。因果とどう結びついているのか全く分からない。恐らくは裏の意味があるのだろう。俺の能力は劣化コピーだから、この男はそれ以上のことができるということになり、それは危険な予感がする。『雷沢帰妹(レジグマ)』や『天雷无妄(ツレイウーワン)』に並ぶ、”アカン”やつだ。

 

「ごきげんよう」


 ハイヒールの音を響かせ、黒髪長髪の女が話しかけてくる。年齢は若く、高校生の天花寺(てんげいじ)とほぼ変わらないように見える。だがパーグアは夢では覚醒した時の年齢だから、現実の年齢は不明だ。面の男は無言で女の横に立つ。こちらは顔がわからないので年齢は不詳。天花寺は立ち上がり俺の背後に隠れた。


「君たちは」

「私は王子涵ワン・ズーハン、こっちは黄浩宇ホァン・ハオユー


 名前からすると中国人のようだ。日本語はとても流暢でネイティブと区別はつかない。俺が身構えていると、女は髪をかき上げる。


「こちらは名乗ったのだけど」


 仕方なく俺も名乗ることにする。


「俺は由井薗、そっちは天花寺(てんげいじ)

「そう。あなたが由井薗か」

「俺を知っているのか?」

「少しはね。古城戸冬美の手下でしょう」


 手下扱いはどうかと思ったが、実際手下のようなものなので反論できない。なるほど、こいつらが例の施設の子供たちか。


「古城戸に用事か?」

「そうね。彼女には消えてもらうわ」

「何故だ? 古城戸延行は太歳(タイソエイ)に殺されたんだ。妹のせいじゃない」

「それ嘘ね。本当はあいつが延行を殺したのよ」


 衝撃の一言だが、この女が事実を言っているかはわからない。天花寺は古城戸の過去を見ているから知っているはずだが、古城戸が兄を殺しているならそう言うはずだ。


「違います!」


 天花寺(てんげいじ)は首を振って否定する。やはりこの女のハッタリか。


「さっきあなたの過去を見たわよ。面白い能力ね。両親が離婚して、再婚した義理の父親に付き纏われて随分な目にあってるじゃない? なるほど、あなたはあいつの過去を見たのね」


 今、この女が語ったのは天花寺の過去のことなのだろうか。だとすればこいつも俺と同じように相手の能力を使うことができ、天花寺の能力を使っているということになる。ふと男の方を見ると、赤い面だったはずが、黄色の面になっていた。

 

「冬美は延行に操作されていた。だから延行を殺すなんていうことはできないはずだ」


 俺がそう言うと女は肩を揺らす。声無く笑っているらしい。


「本当のことを教えてもいいけど……」


 女はそう言うと不機嫌な顔になる。右手を上げると冷たい声を放つ。


「面倒くさいから消えて」


 女の影から輝く白い毛並みの巨大な虎が姿を現した。高さは三メートルを超え、牙は二リットルのペットボトルのような太さで、中国神話に登場する白虎そのものだ。


「きゃあ!」


 天花寺(てんげいじ)が情けない悲鳴を上げる。俺に対抗できる手段は一つしかない。俺は『雷沢帰妹(レジグマ)』の因果に触れ、アレを喚ぶ。夢の中でなら劣化コピーである俺の能力でも比較的容易に喚ぶことができた。


「出でよ! 盤古(バンコ)!」


 俺の影から顕れたのは、黒くダンプカーのような大きな胴体に四十八本の細い手足を持つ達磨。かつて中国神話で世界を創造した神・盤古(バンコ)だ。饕餮(トウテツ)の力で俺の命令に従うようになっている。


 白い虎は盤古(バンコ)の姿を見ても怯むことなく果敢に向かって来る。この虎が白虎だとしたら、四神、神の一柱なのだから相当な強さを持つはずだ。盤古(バンコ)も虎を迎え撃ち、巨大生物同士が絡み合う。あの女と仮面の男の姿は消えていた。くそ、あまり状況は良くない。

 

「逃げるぞ!」


 俺はそう言うと天花寺(てんげいじ)の腕を掴んで走り出す。天花寺は運動は得意のようで、足は速かった。俺の盤古は十秒程度しか戦えない。少し離れた物陰から魔物同士の戦いを窺うと、盤古が優勢のようだった。無数の手足が白い虎の四足を拘束し、残った手足が虎の身体を抉る。だが、時間切れだ。盤古はその姿が薄くなり、霧のように消えてしまった。だが虎ももう身動きはできないのか、頭だけ起こすと黒い影となって霧消していく。


「なんとか、なったか……」

「すごい……由井薗先輩、あんなことできたんですね」

「喚べるのは十秒だけなんだ」

「助かりました」


 天花寺は戦闘向けの能力ではないから、今のような魔物に襲われても成す術がない。だがまさか今回の侵入でこんな事態になるとは想像できなかった。

 

「あの人たち、もういませんかね」


 先ほどまで感じていた冷たい風はもう感じない。俺はふと正気に返る。


「マズい! 今何時だ?」


 俺と天花寺は顔を見合わせてコンビニに戻り時計を見る。二十一時二十分。しまった、事故の時間だ。


 その時、コンビニに一人の客が入店。見覚えがある顔。山根だ。事故現場ではなくコンビニにいる。


「何故ここにいる。事故ってるはずだろう」

「どういうことでしょう。でもあの白い車が外に停まってますね」


 天花寺(てんげいじ)が見ている方を見ると確かに白いX-TRAILが停まっていた。山根はコンビニでチキンと飲み物を購入するとレシートを捨てた。


「事件当日のその時間はコンビニで買い物をしていた」


 俺がそう言うと天花寺は首を傾げる。

 

「あのドライブレコーダーはやはりねつ造なんでしょうか。そうは見えなかったんですが」


 確かにあの映像は造り物とは思えない生々しさがあった。


「まぁいい、さっきのレシートを持って帰ろう。指紋がついているからアリバイになる」

 紙に対しては指紋は残りやすい。和紙のような凹凸が多い紙には残りづらいが、レシートのような感熱紙には指紋はハッキリと残る。だからこれを持ち帰れば十分アリバイを証明できるはずだ。


 俺は自分の指紋をつけないよう服の袖をつかいながらレシートを拾い胸ポケットに収める。

 

「これでよし。もういいな。帰ろう」

「はい。これでいいんでしょうか」


 天花寺はやや元気がなかったが、俺を追ってコンビニを出た。来た道を戻り、HEP方面から地下街に入ったところで辺りが白む。


 目が覚めたとき、まだ夜中の二時前だった。今回は侵入している時間が短かったから無理もない。天花寺も起きたが、色々腑に落ちない様子だった。


 俺は目を閉じ、『雷沢帰妹(レジグマ)』の因果に触れる。俺はこれまで『雷沢帰妹(レジグマ)』で携帯の写真以外を持ち帰ったことはない。だから質量のあるものを夢から引き出すのはこれが初めてだ。夢とは単なる脳内の記憶整理などという事象ではなく、魂が持つ量子的な世界のことだ。その量子的な世界にあったレシート、これを現実世界で量子から物質へ転換させる。俺がイメージするのは先ほど見て掴み、持ち帰ったあの紙。その生々しい感覚を思い出し、観測していくことで量子はその振る舞いを物質のものとする。


 目を開くと俺の手にはあのレシート。俺は身震いし、自分のしたことに恐怖を感じた。


「おお! 出ましたね」


 天花寺(てんげいじ)もそれを見て興奮する。


「成功だ……だが、俺の指紋をつけないようにしないとな。ビニール袋あるか?」

「あります。コンビニの」

「それでいい。これをいれておく」


 俺はそう言って天花寺が差し出したビニール袋に慎重にレシートを入れる。


 翌日になり山根はレシートに記録された時間と指紋、それとコンビニ店員が顔を覚えていたことからアリバイが立証され、釈放されることになった。結局ドライブレコーダーの映像は謎のままで、猪山(いのやま)はまだ納得しきっていなかったが、レシートがあるのは事実なので反論もできなかったようだ。

 

 やがて警察署を出る山根と少し話をすることにした。

 

「今回は命拾いしましたね」

「レシート見つけてくれたんですって? ホンマ助かりましたわ」

「いえいえ。冤罪にならなくて良かった」

「ホンマですわ。でもあのドラレコはなんやったんやろ」


 後ろでは天花寺がもう一度能力を発動しているようだ。


「また同じようなことがあるかもしれない。くれぐれも注意してくださいね」

「勘弁してください。あの映像作ったやつ、はよ逮捕してくださいよ」

「……ではお気をつけて」

「ありがとうございました」


 そう言って山根はタクシーで帰っていく。天花寺が俺の服をひっぱって言う。


「これまでの人生全て見ましたけど、覚せい剤は、使っていませんでした……あの事件当日だけ、おかしなことになってます」

「おかしいか」

「そうですね……まるで夢を見ている時みたいな感じがしました」


 それを聞いて俺は考える。あの女と一緒にいた仮面の男。『火水未済(フスウーチ)』は、俺が使えばデジャビュのように認識に錯覚を起こす程度のものだ。だが……。

 俺は一つの考えに到達し、頭から血の気が引いた。


「まさかな。そんな馬鹿なことはない」

「どうしたんですか?」

「あの、夢にいた仮面の男」

「はい」

「あいつの因果は『火水未済(フスウーチ)』……口に出すのも恐ろしいが、その能力は『夢を現実にする』だ」

「はぁ!?」


 天花寺(てんげいじ)は目を白黒させた。


「そんなの滅茶苦茶じゃないですか。なんでもアリになっちゃいますよ!」

「おそらくは夢の中で山根に覚せい剤を無理矢理打ち込み、酩酊させて轢き逃げに持ち込んだんだろうな。だからドラレコにも映った。その夢を現実のものとしたんだよ」


 天花寺は声にならないうめき声を上げる。


「古城戸の『雷沢帰妹(レジグマ)』にだって条件はある。だから現実にすることにも条件があると思う。だが、それでもヤバすぎる」

「今回はなんとかなりましたけど」

「今回はな……」


 俺はあの女が『本当はあいつが延行を殺した』と言っていたことを考える。……いや、俺の考えすぎだろう。やはりあの女のことは信じられない。


「あの女の人のほうはどうなんです?」

「女のほうは『水火既済』(スーフーチーチ)。能力的には拒絶とか、そんな感じがしたが」

「私の感じだと、能力を発動する瞬間に奪われた感じがしました」

「奪われた?」

「はい。能力を奪われ、逆に私の人生を見られたんです」

「なるほどな。女の能力は相手の八卦を反射するような感じということだな」

「だと思います。拒絶、というよりは反射、ということかもしれません」

「なるほどな」


 もし能力が反射だとすれば、ベクトルを持たないような能力、例えば『雷沢帰妹(レジグマ)』には無力ということになる。石橋の『雷水解(レースーシ)』とはやや趣が違うようだ。


 あの女が黒幕なのだとしたら、もう少し情報を引き出すよう努力するべきだったかもしれない。古城戸には解決した旨のメッセージを入れておく。覚せい剤の件も誤解だったと訂正を入れる。

 

 俺と天花寺は新幹線で駅弁を食べながら帰路につく。依頼は無事クリアしたとはいえ、この先が思いやられる。




この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

記載されている会社名および製品名は、各社の登録商標または商標です。


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