五章 二 メイド服を着た魔物は笑わない
二
翌日、車で有明にあるNo.11、孟婆の研究所についた俺達は所長に会う。所長は湊口という五十代の白髪で小太りの、オタクを絵に描いたような外見だ。
「これはこれは古城戸さん。大変なことになったようですな。こちらの準備はできておりますぞ。今から侵入されますか?」
「その前に、孟婆について教えてもらえるかしら」
古城戸がそう言うと湊口は喉で笑った。
「では、本人から直接聞かれるのがよろしいかと思いますぞ」
そう言って回れ右をした湊口は白衣を翻して歩き出す。ついてこいということだろうか。俺と古城戸、天花寺に鳴神は湊口のあとを追う。
廊下はスタイリッシュなデザインで、申し訳ないが湊口の雰囲気とはアンマッチだ。
「かっこいい廊下ね」
鳴神が回りを見まわしながら隣の天花寺に言うと、天花寺も見回す。
「すごいね」
この二人は年齢は違うが同期なので普通に話す。
「ゆりちゃん、私あんまり詳しい話を聞いてないんだけど、夢に入るのよね」
「うん、所長と入るんでしょ? 私と由井薗先輩は入らんのよ」
「あれ、そうだっけ? 緊張してきた……」
鳴神はまだパーグアではないから、古城戸に引き込んでもらう格好になる。天花寺はパーグアだからそのあたりは余裕が見えた。天花寺は一つ気づいたことがあるようで、俺を後ろからつついてきた。
「由井薗先輩」
「なんだ?」
「そういえば昨日の神子島さんは?」
「そういえばいないな。古城戸、神子島さんは来ないのか?」
俺が古城戸に話を振ると、古城戸は首を傾げる。代わりに湊口が答えた。
「ああ、神子島さんはお昼頃に来られると連絡がありました。あの人も今回入るんですか?」
「ええ」
「大丈夫かな。 あの人、次が七回目のはずなんですよ」
神子島はもともとこの研究所にいたらしいから、湊口とも知り合いのようだ。以前、孟婆の夢を七回見ると発狂すると聞いた。神子島はすでに六回見ていると言っていたから次でアウトのはずだ。
「目的の物が手に入れば祓えるらしいから。どっちにせよ毎晩悪夢でキツイって話だから絶対入手するつもりね」
どんな悪夢を見ているのか興味はあったが自分で見たいとは思わない。ましてやそれが毎日続くとあれば七回目を待たず発狂してしまうことだってあるだろう。俺達は聖人の血が欲しいし、神子島は聖人のへその緒が欲しいなら、目的はほぼ同じだ。
「ひとつ気になったんだが」
隣の古城戸に話しかけると無言でこちらを向いた。
「俺達は聖人の血をへその緒から取ろうとしているよな? へその緒の血って母親のものじゃないのか?」
もしへその緒に通っている血が母親のものだとしたら聖人の血ではないことになるため効果が無いかもしれない。鳴神も天花寺も興味があるようだ。
「へその緒は胎児のものよ。ちなみにへその緒の血は臍帯血といって特殊なものなの。白血病の治療にも使われたりするのよ」
「そうなのか。どこから母親なんだ?」
「血はつながってる、っていうけど、実は母親と胎児の血は混ざってないのよ」
「そうなんですかぁ!」
後ろで聞いていた鳴神が思わず反応したようだ。
「母親と胎児の境界線は胎盤よ。胎盤で母親の血液から胎児の血液へ栄養と酸素の提供をしているけど、血が混ざることはないわ」
確かに母親と胎児の血が混ざっているなら血液型は同じにならないとおかしい。だが母親と違う血液型の子供などたくさんいるわけで、つまり血は混ざっていないということだ。
「そういうことなら、へその緒の血を持ち帰ればいいわけだな」
「ええ。聖人の誕生に立ち会うのが今回の作戦ね」
扉をいくつか抜け、厳重なセキュリティの錠を解除すると白い壁紙の小さな部屋が現れた。その中にはまるで少女の部屋のようにフリルがついた布やピンクのベッドなどがあり女特有の甘い匂いがする。
部屋の片隅にはゴシック・カラーのメイド服を着た六歳前後の少女がいた。少女は長い黒髪に雪のような白い肌、大きな鳶色の目をしており、恐ろしいほどに整った顔をしている。
「きゃぁ! かわいい!」
「この子、誰ですか? かわいいメイドさん!」
鳴神と天花寺がわいのわいのとメイド少女を囲む。
「それが孟婆よ。また着せ替えて遊んでるのね……」
古城戸がそう言うと二人はまじまじと少女を見る。孟婆というくらいだから勝手に年配者を想像していたが、こんな幼い少女だとは。以前古城戸に見せてもらった写真の始祖夢魔も驚くほどの美少女だったが、この孟婆はさらに幼く愛らしい。
少女はまっすぐ古城戸を見ていた。
「ってことは、この服は湊口さんの趣味ってことですか?」
俺が呆れてそう言うと湊口は頭を掻いた。
「いやぁ、お恥ずかしい。しかし本人もすっかりその気のご様子」
湊口が不気味な笑みを浮かべると、美少女は桜のような唇を開く。
「おかえりなさいませ、ごしゅじんさま」
「きゃ~~~! かわいい!」
「ただいま!」
鳴神と天花寺はすっかり孟婆の愛らしさに参ったようだ。魔物だから成長しないだろうが成長したらどんな女になるのか見てみたい。
それよりも、この魔物からは俺達に敵対心は感じられない。
「危険な魔物じゃなさそうですね?」
俺が湊口にそう言うと湊口は肩を揺らした。
「起きてこのように遊んでいるうちは、ただの女の子ですな。問題は寝てからです」
湊口は頭を掻く。
「夢を見せるだけでしょう?」
「まぁ、そうなんですがその夢がね。あなたの想像以上にキますよ。ハッキリいってお勧めできませんな」
「僕は今回は入りませんけどね。あのやかましいのが入るんですが」
そういって親指で鳴神を示すと湊口は鳴神を見る。
「明日の朝にはすっかり大人しくなっとるでしょうな」
湊口は目を細めてそう言った。相当堪える夢なのだろう。俺が見るのではなくて心底良かった。
孟婆のほうを見ると古城戸が孟婆に質問をしているようだった。
「あなたの見せる悪夢を祓う方法は?」
「せいなるからだにふれればはらえます」
「あなたの夢から天国に行けるかしら?」
「れんごくとてんごくはつながっております」
「案内してくれるかしら?」
「どうちゅうのあんぜんはほしょういたしかねます」
孟婆は幼女とは思えない流暢な言葉で古城戸の質問に答えていく。兄の支配はもうないはずだが従順だ。
古城戸が一通り質問を終えると、鳴神が「私も質問していいですか?」と古城戸に確認して、孟婆の視線に合うように膝を折って話しかける。
「モウバちゃん、何歳?」
「だまれくそがきころすぞ」
「ひぃ!」
突然乱暴な言葉に変わり、鳴神は天花寺にしがみつく。俺は驚いて孟婆に注目。湊口は苦笑する。
「古城戸さん以外にはクチが悪いんですよ。大丈夫です、何もしてきませんから」
「早く言ってくださいよぉ!」
鳴神は涙目で訴える。古城戸も苦笑いしていた。知ってやがったな、こいつ。
孟婆は古城戸が部屋に入ってから目を切ることなくずっと古城戸を見ている。魔物は支配されていないから従わない、と聞いていたがそんなことは無いように見えた。
「もういいわ。神子島さんを待って、入りましょう」
古城戸はそう言うと部屋を出ていく。鳴神と天花寺も後を追う。孟婆もついていこうとしたが湊口が後ろから持ち上げた。
「はなせへんたいふしんしゃ」
「お部屋にいようね」
「くたばれろりこんくされまら」
俺は呆れながら部屋を出る。再び長い廊下を歩き、研究所の広間で神子島を待つことになった。
「孟婆はまだ支配が効いてるんじゃないか?」
俺がそう確認すると、古城戸は首を振る。
「効いてないわよ。本人がそう言ってたもの」
「その割には協力的のようだが」
「私に反抗的でもメリットが無いと知っているのよ」
確かに古城戸に反抗的であった場合、例えば拘束具をつけられたり痛めつけられたりするようなことがあるのかもしれない。人間相手の場合は権利だとか法律だとかでそんなことはできないが、魔物相手なら極論殺すことだって違法にはならないのだから、多少痛めつけるくらいは平気でするだろう。それなら従順なフリをしているほうが身のためというものだ。おそらくはこの十年の間にそれなりのことはあったのではないだろうか。
「……信用はできないということか」
「命を投げ出して私をかばったりはしないわね。彼女にしてみれば、私が年老いて死ぬまでの数十年間、我慢すればいいだけなんだから」
魔物にとって数十年などは短いものだろう。俺達や政府関係者が年老いて死に絶え、世代が代わってそれでも解放されなかったとしても、ならば国が亡ぶまで待てばいいだけだ。ただ、痛い思いはしたくないし逃げられるなら逃げるだろう。
「聖人の一部に触れれば祓えるというのは信じられるのか?」
「……魔物はそういう嘘はつかないのよ」
「なんでだ?」
「奴らは自分の存在意義というか、起源みたいなものに縛られているわ。ん、縛られているというのは語弊があるわね。固執してる、かな。だからそれに反するようなことは絶対しないの」
「例えば古城戸がまともな恋愛をしない、というような話か?」
「そう、そういう意味」
古城戸は雷沢帰妹の因果を背負っている。雷沢帰妹は禁断の恋に突き進み破滅する因果だ。だから普通の恋愛をしようと思えば出来るのかもしれないが、意識せずとも禁断の恋に惹かれてしまう。それと同様に、魔物も自らの起源に反した行動は取れないということだ。孟婆は亡くなった人間の魂を煉獄に送り出して浄化する役割を持つから、嘘が許されるような立場ではない、ということだろう。
「奴らの存在意義であり、弱点でもあるわけだな」
「そういう生き方は嫌いじゃないわ」
人間は何のために生きるのか。生物である以上は子孫の繁栄だったり自己防衛のためだったりする。だが今の現代社会において、生きる意味を見出すのは難しい。俺達パーグアは、自分の因果にどうしても振り回される生き方しかできない。そういう意味ではパーグアも魔物も似たようなものなのだ。
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