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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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四章 四 最も危険な魔物が逃げた理由

 

 どれくらい経過したかわからなかったが、男の怒号で俺は意識を取り戻した。


「オラ! 『どこでもドア』を出せ!」

 

 古城戸にスリーパー・ホールドを極めている男は所長の井関だ。古城戸は青い顔を振りながら抵抗するが、それが余計に首を絞めてしまっていた。身体が小さく震えている。限界が近いのだ。


 本来スリーパー・ホールドは頸動脈を絞める技ではなく、頚動脈洞を圧迫することにより迷走神経反射で昏倒させる技だが、素人の技ではそのようなことはできない。


 迷走神経反射は身の回りに多くある。採血で血を見てフラついたり、食後に眠くなるのも迷走神経反射によるものだ。頚動脈洞を圧迫すると『血圧が急激に上がった』と迷走神経が反応して血圧を下げてしまい、脳への血流が不足して気絶するのだ。


 井関の技では気絶とはいかず、単に気道を圧迫し呼吸を阻害している状態のようである。俺が気を失って数分も経っていなさそうではあったが、これはマズいことになった。


 俺は身体が全く動かず、頭を上げることすらできない。


「さっさとしろ! 殺すぞ!」

 

 井関はそう言うと身体を反らせてさらに締め上げた。古城戸は泡を吹きながらもまだ堪えていたが、井関が二度、三度と膝蹴りを古城戸の横腹に打ち付けるとついに『どこでもドア』を出し、電源が落ちたかのように崩れ落ちた。

 

 井関は古城戸を放すと無言で『どこでもドア』を開け、一瞬古城戸と俺に目をやってドアを抜けていく。ドアは静かに閉まると空間接続が切れたのか、虚空に消えていった。

 

「なんてことだ……」

 

 井関がどこに行ったかは知らないが、大変なことになった。俺はふらつきながらも立ち上がり、古城戸に近寄る。古城戸は気を失っていたが生きてはいるようだ。俺は息を一つ落として安堵する。


 古城戸を連れて外に出たかったが、井関がいないためセキュリティ・カードがなく外に出られない。俺は痛む頭を摩りながら古城戸が起きるのを待つ。絹のように滑らかな頬を二、三回叩いてみたが目を覚まさない。鼻を豚にして携帯で写真を撮っておく。後でバレたら確実に殺されるが、自分を抑えられなかった。


 十五分ほど経過した頃、古城戸が目を覚ました。


「う…う~ん……」


 古城戸は何度か咳き込むと上半身を起こし、口の周りを拭った。痛そうに膝蹴りされた腹を撫でる。


「起きたか」

「由井薗君……大丈夫?」 

「でかいタンコブはできたが大丈夫だ。それより『ドア』を消すんだ」

「うん……」


 古城戸は目を閉じた。古城戸が出したものは生物以外なら遠隔でも消すことができる。


「ドアは消したけど。何が目的だったのかしら」

「ドアを消すまでに十五分ほどあった。その間に何をしたかだ。とにかく外へ出よう」


 古城戸は頷いて、再度『どこでもドア』を出すと扉を開く。扉の向こうは先ほどのミーティングスペースだった。すぐに俺達に気づいた職員達が駆け寄ってくる。監視カメラで中の様子を見ていたが、セキュリティ権限で虚王の収容所に入れなかったのだろう。『ドア』で出ていく様子を見ていたに違いない。


「古城戸さん! 大丈夫ですか?」

「お二人ともお怪我は?」


 職員達に囲まれ、俺達は慌てる。


「二人とも大丈夫だ」


 職員達をなだめていると、突如施設内に大音量の警報が鳴り響いた。職員達は一斉に監視ルームへ駆け込んでいくので、俺達も後を追う。監視ルームはいくつものモニターが並んでいた。その中でも目を引くのは、中央にある空間投影式スクリーンに映し出されているNo.001からNo.013までの文字とそのステータスだ。並んだ数字のうちいくつかは赤く明滅している。

 

「何があったんですか?」

 

 俺は騒ぎ立てる職員の肩を掴んで事情を聞き出す。

 

「魔物が脱走したんです! 井関所長が『どこでもドア』で連れ出した!」

「なんですって!」

 

 俺と古城戸は顔を見合わせる。古城戸は青ざめていた。問題は何が脱走したかだ。俺はスクリーンを確認する。

 

No.001太歳(タイソエイ)_____確保中 

No.002無支祁(ムシキ)____異常発生 

No.003虚王(キョオウ)_____確保中 

No.004始祖夢魔(シソムマ)___異常発生 

No.005盧亀(ロウソウ)_____確保中 

No.006刑天(シンチィン)_____異常発生 

No.007驕虫(ジャオチョン)_____異常発生 

No.008夏桀(ジアジェ)_____異常発生 

No.009白澤(ハクタク)_____異常発生 

No.010四嶽(スー)_____異常発生 

No.011孟婆(モウバ)_____確保中 

No.012騰蛇(タンシュア)_____異常発生 

No.013饕餮(トウテツ)_____確保中 

 

 知らない名前の魔物は大部分が異常発生、逆に知った名前はほぼ確保中となっている。取り合えず俺が知っている魔物の中で最も危険だと思うのはNo.001とNo.013。この二匹が確保中なのは助かった。

 

「由井薗君……」


 古城戸が恐る恐る指を指す先には、No.004の文字。始祖夢魔。俺はそれで脳に閃光。


「そうか、井関は始祖夢魔に魅了されていたのか」

「多分、そうだと思う。太歳(タイソエイ)饕餮(トウテツ)はイリナちゃんでも逆に死んじゃうから連れ出さなかったのね」


 俺は連れ出されなかった理由を探していく。


孟婆(モウバ)は女性なんだな? それで魅了が通じない相手だから連れ出されなかった」

「そういうことでしょうね」

「同じ理由で虚王(キョオウ)も性別がないからか」

「そうね」


 俺は一体づつ考えていく。


「No.005はNo.013の闇の中にいるから連れ出されなかった」

「ええ。 十年前は兄がいたから全部支配できたけど、今は違う」

「連れ出したのは井関の意思ではなく始祖夢魔の意思ということだな」


 連れ出される瞬間の映像が前のモニターで再生したが、No.004、始祖夢魔が最初だ。やはり間違いない。井関がいつ始祖夢魔に魅了されたのかはわからないが、男性は始祖夢魔の研究所に入れないことを考えると、十年前の確保時か研究所に移送する際かのどちらかだろう。その時からずっと始祖夢魔はこのタイミングを狙っていたということか。


「ずっとこの時を狙っていたのかしら」


 古城戸は名前まで付けて可愛がっていたようだからショックが大きいのか、表情が暗い。


「随分狡猾な奴みたいだから脱出の策がこれだけ、ということは無いだろ。今回の方法はその一つだろうな」

「これからどうなるのかしら……」

「虚王の研究所にいるわけだし、逃げた魔物を全部消してくれって頼むか」


 俺は投げ槍に答えると古城戸は涙目になった。


「私の責任だわ。元々私が呼び出した連中だし、『ドア』も出しちゃったし」

「いや、古城戸は操られていたんだから呼び出したのは兄貴だろ? 『ドア』を出したのも井関のせいだ」


 この程度の慰めしか言えないようでは俺もまだまだだ。だが他に言葉は出てこなかった。今回のことでは古城戸に非は無い。それでも自分の責任だと思ってしまうのは仕方の無いことだ。

 

「しかし真面目にどうするか考えないとな。政府に全て任せるってわけにもいかないだろう?」

「うん……なんとか捕まえるか退治しないと」

「そもそも十年前はどうやって捕まえたんだ?」

「あの時は兄の支配下だったから。 だから特に抵抗することなく捕まったのよ。太歳(タイソエイ)だけは違ったけど」

「そうか、特に戦ったりはしていないのか」

「うん……」


 太歳も大人しくしていただろうが、捕まえるにも顔を見ただけで死んでしまうので多くの人を殺したようだが、それ以外は大人しかったということだ。 

 

「ここにいてもなんだ、一度帰ったほうがいいな」

「そうする? あー、絶対政府に呼び出されるわ」


 古城戸が頭を抱えた。俺は井関の次に権限のある職員を捕まえる。三十代の男だった。


「こんな事態ですが僕らは帰ります。幸いここの虚王は無事みたいですし、引き続き警備をお願いします」

「ええ、万全を尽くします」


 井関所長が不在となり、次に権限のある副所長のその職員が快く引き受けてくれたので俺と古城戸は研究所を後にする。事態は重いが『ドア』は使わず乗ってきたバイクで名古屋まで引き返す。心なしか往路よりも車体が重く感じた。


 新幹線に乗り換えてからも古城戸はほとんど喋らず何かを考え込んでいる。どうせ新幹線では機密の話をすることは出来ないし、日常会話に華を咲かせるような気分でも無いのだ。No.004、始祖夢魔は男を支配することができるという。その気になれば人類半数を支配することができるはずだが、今のところ露骨な騒ぎにはなっていない。他の魔物についても未知数だ。


 日没頃に東京に戻った俺達はさっそく政府に呼び出される。霞ヶ関にあるそのビルは政府関係者が借り上げておりオフィスのほか、会議室が備えられている。俺達はその中でも最高の機密性がある部屋に通された。


 部屋にはロの字にテーブルが並べられており、藤原に上田、安納総理や閣僚の陣営がすでに席に着いていた。俺達が入ると上田が席まで案内してくれ、水差しとグラスを置いて自席に戻っていった。


 俺達が席に座るのを見ると安納総理が話を切り出した。


「あー、大体のことはこの二人から報告をもらっています」


 この二人とは、藤原と上田のことだろう。安納総理は一つ咳払いをすると話をつづけた。


「魔物が逃げた、というのは大変なことであります。我々はこれを早急に捕まえる必要があります。逃げた原因や対策はその後で考えましょう」


 俺は手を挙げる。総理が目で促したので発言する。


「最初にですが、この場にすでに始祖夢魔に魅了された人間がいないとも限りません。もしいたとしたらこの場の話は筒抜けになり、我々に大変不利になります」


 閣僚の一人が頷く。手を合わせて古城戸に質問を飛ばす。


「確かにそうだよねぇ。魅了されているかを見抜く方法は無いのかい?」


 古城戸は首を振る。


「私は、そんな方法は知りません。研究所の方が詳しいと思います」


 閣僚たちはざわつき始めた。あれやこれやと勝手な作戦を言い始める。俺は見抜く方法の可能性の一つとして、天花寺の能力、『風天小畜(フーツェンチ)』に考えを巡らせていた。あの人生ダイジェストを見る能力なら、始祖夢魔に出会ったかどうかを見通すことができるのではないだろうか。後で今日の俺を見てもらえば俺が白か黒かははっきりするだろう。古城戸にした悪戯がバレてしまうが、やむを得ない。


 この場で天花寺の事は言うべきか考えたが、言わないことにする。すでに魅了されている男がいた場合、天花寺の能力が始祖夢魔にバレることになる。そうなると天花寺が真っ先に狙われることになるだろう。


 そのとき、古城戸が俺のほうを見ていることに気付いた。こいつも俺と同じことを考えた上で知らないと回答したに違いない。


 皆がざわつく中、総理が机を軽く叩いた。


「みなさん落ち着いて。この場に魅了された人物がいるかどうかはわからない、ということがわかりました。ですが作戦は必要です。何か案はありますか?」


 俺はもう一度手を挙げる。


「そういうことであれば方法は一つしかないですよね。男性を排除した上で、女性だけで作戦を進める必要があります」


 男性は信用できない。始祖夢魔に魅了されることのない女性だけが信頼できる。こうするしかないのだ。俺も自分では意識できないが魅了されている可能性がある。何せ古城戸に一番近い男なのだ。魅了してスパイにするには最適だろう。


「始祖夢魔に対してはそうするしかないでしょう。他についてはどうですか。最初に始祖夢魔を退治したとしたら、他の魔物はどうなりますか」


 なるほど総理はよくわかっている。最初に始祖夢魔を倒してしまうと他の魔物が解放されてしまう。今は始祖夢魔が統制しているからある意味まとまっているが、バラバラになってしまうと手が付けられなくなるかもしれないのだ。


「倒す順番を知るには他の魔物のプロフィールを知った上で検討する必要があるでしょう。生憎我々は詳しい情報を知りません。情報は必ず女性が資料を作成し、古城戸に手渡ししてもらえませんか。間に男性が入るような行為は避けてください。資料のチェック等もダメですよ。男性が触れた資料は信頼できない」


 魅了された男が資料を作った場合、嘘の弱点や情報を混ぜてくる危険性がある。

 古城戸が続きを話す。


「その上で女性だけで作戦を考えます。男性には漏らしません」


 安納総理は数秒固まっていたが、やがて頷いた。


「我々にも作戦が知らされないのは不安ではありますが、性質上仕方がありませんね」

「始祖夢魔に関する情報は誰が作成しましたか? あれが嘘だともう滅茶苦茶になりますが」

「女性職員のはずです。研究所は女性しかいませんから」

「ならあの情報は信用できるのですね。それは安心しました。ですが井関が所長をしていたNo.003、虚王ですか。あの情報はどこまで信用できるのですかね」


 虚王に関する資料は当然所長である井関の手が入っているだろう。ならば始祖夢魔にとって不利な情報は記載しない、あるいは別の内容に差し替えられている可能性が高い。願いのデメリットが本当はわかっていても記載していないことも考えられる。


「それも女性職員に改めて作らせましょう。それでいいですかね」

「はい。状況が動くまで僕たち男は出番無しです」


 会議はそれで終わり、俺と古城戸がビルを出たときはもう完全に夜になっていた。


「今日は長かったわ」


 古城戸はそうつぶやいた。


「ああ。あまり思いつめるなよ。なんとかなるさ」

「うん……」

「明日は普通に登庁するからアレを頼む」

「わかったわ」


 アレとは天花寺のことだ。古城戸も名前を口にしたりはしない。毎日見てもらうのは面倒だしプライバシー的な意味でもよろしくないので何か対策を考えないといけない。


 古城戸が夢で終われた魔物に天雷无妄(ツレイウーワン)を使う印南、それに加えて逃げ出した魔物と、問題は山積している。これらが解決しているビジョンが見えない。つまり、何かが足りないということだろう。



この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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