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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成
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一章 三 古城戸冬美


 朝の目覚ましより先に、暑さに起こされた。じっとり汗をかいたTシャツを洗濯機に放り込み、そのままシャワーを浴びる。身体を流れる冷水の心地よさが身体を覚醒させていく。汗を洗い流した俺は身体を拭き、タオルを洗濯機に突っ込んで小さなゼリー状の洗剤をセットし、開始のスイッチを入れる。


 朝食は食べず、ジャケットとパンツに着替えていく。事務所までは徒歩で十五分程度だ。八時ちょうどにマンションを出て歩き始める。夏の日差しが俺を灼くが、公園の木陰に逃げ込む。セミはまだ鳴いていないが、じきに出てくるだろう。木陰沿いに歩いて公園を抜け、今度はビルの影に隠れて進む。やがて遠くに事務所が見えてくる。事務所は無駄に大きい。都内でこの大きさはそうそうないだろう。駐車場も広大だし、ビル自体は窓の中が見えないようなブラインドがあり、外部からは何をしているのか見えない。そのせいもあってか、外を歩く出勤中のサラリーマン達はこの建物には興味を示さない。


 敷地の門をくぐり、駐車スペースを見ると一台の青いバイクが停まっている。古城戸が乗ってきたものだ。もう少し近づいて車種を確認する。青いフルカウルの車体に二眼のライト。流線形の中にもシャープさを感じる。YAMAHA YZF-R3だ。三百二十cc DOHC並列二気筒エンジン。二〇一九年式だから、もう五年前の型だ。身長百六十五センチメートルの古城戸にはちょうどいいサイズなのだろう。最近はずっとこれに乗っているようだ。俺もバイクの免許はミッションで取ったが、ミッションの操作はもう随分していないから運転できる自信はない。一般人の場合、経済的な理由で高級車に乗れないわけだが、古城戸の場合はどんな高級車でも出せるんだろうから、あえてバイクに乗っているのだろう。それに雨の日は車で通勤してくるのを知っている。


 通用門をくぐり、守衛にパスを見せる。ビルに入って正面にエレベーターが四機あり、一番右のエレベーターに向かう。エレベーターは九百十キログラムの荷重まで可能な十四人乗り。ビルは十階建てで地下に消化設備をはじめ、ビル関連設備がある。このビルは、俺たちパーグアの職場、政府連中からみれば体の良い収容所だ。


 エレベーターには俺一人しかいない。一般人の職員もいるが、機密防衛のため人数は最小限となっているから空いているのだ。それに一般職員には俺たちの正体などは完全に伏せられていて、単なる公務員程度にしか思っていない。


 俺は十階で降り、『国庫管理部』の札がある部屋のドアをキーカードで開けて入る。部屋に入ってすぐの棚に、黒ベースに鮮やかなデザインのヘルメットと、同じ色のスポーティなグローブが置いてある。古城戸のものだ。奥の窓際の席には古城戸が座して、始業前だがもう何やら資料を捲っている。今日は薄いデニムのパンツに黒い長袖Tシャツ。胸の部分に花弁が五枚扇風機の羽根のようについたニチニチソウの柄が白抜きで入っている。夏用の薄い茶色の革ジャケットは横のハンガーラックに掛けてあった。


 俺は自席について端末の電源を入れる。立ち上がるまでの待ち時間を潰そう。他にまだ誰も来ていないし、左斜め前の管理者席に座る古城戸に声をかける。


「車には乗らないのか?」


 古城戸は資料を行ったり来たりしながら答える。


「雨なら乗るけど、普通はバイクね」


 端末はまだ立ち上がってこない。古城戸は俺の暇潰しを察しているが、邪険にはしてこなかった。


「バイクなんて危ないし、車のほうが楽じゃないか?」

「乗ってて楽しいのはバイクねぇ。長距離移動ならドアを使えばいいし、車ならデロリアンがあるから渋滞も関係ないし」


 デロリアンのように空飛ぶ車自体は珍しいことではない。二〇一八年からトヨタの出資で研究が開始され、二〇二三年当初には初のプロペラ式のエア・カーが発売された。それに合わせて航空法も大幅に変更されている。普通自動車免許ではエア・カーには乗れず、新しい免許種別『普通航空車』を取得したものが運転できる。当初発売のエア・カーはプロペラを展開することで空を垂直上昇するオスプレイに近い仕組みだが、地上ではタイヤで走行する。二〇二三年後半にはさらに新型のエア・カー『WIND』が発売された。こちらはプロペラ式ではなく電磁反発式となっており最高高度は地上百メートルまでしか上昇できないが、無音に近い稼働音で最高速度も時速二百十キロメートルほどは出せる。燃料は水素で、酸素と水素を反応させることで発電して利用するFCVと呼ばれるタイプのエンジンだ。二〇二四年現在は電磁反発式で各メーカーが製造をしている。価格は五百万円程度するし、ガソリン自動車や電気自動車がまだ多く残ってはいるが、かつて馬車が廃れたようにこれらも廃れていくのだろう。


 端末はログイン画面になったが、驚きの回答が来たので話を続ける。


「デロリアン!? まさかタイムトラベル可能なデロリアンか?」

「もちろんできるわよ。デロリアンは国には秘密にしてるけどね。言っちゃだめよ」


 タイムマシンがあるなんてことを国が知ったらどんなことに使おうとするか、わかったものではない。選挙の結果や外国との交渉内容、為替の動きなどすべて事前にわかるのだ。使わないはずがない。


「タイムトラベルしたことがあるのか?」

「一通りの検証はしたわ。でもあれは色んな意味で危険すぎるわよ」

「もうなんでもアリだな……」


 暇潰しは終わりだ。俺はログイン画面にパスワードを入れる。


挿絵(By みてみん)

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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