四章 二 自分自身を知るのは楽しんでいる時か悩んでいる時だけだ
二
翌日、事務所に行くと古城戸が机に突っ伏していた。やわらかそうな髪が机に広がっている。
「おはよう……ってどうした?」
古城戸はむくりと上体を起こす。眠そうな表情が色気を増していた。
「ああ、おはよう……もう散々だったわよ」
古城戸は随分疲れた顔でぐにゃりとした。こんなことは初めてだ。
「随分お疲れだが」
「頼まれ物を取りに侵入したんだけど、また変な魔物に追いかけられてね」
「あー、もういいぞ」
俺は回れ右をして部屋を出る。古城戸は何やら騒いでいたが追いかけてくる気力は無いらしい。また盤古のような奴に関わるのはゴメンだ。
廊下に出るとちょうどおかっぱの女子高生、天花寺ゆりがいたので肩を掴んで引き寄せる。
「きゃ! 何ですか?」
「ちょっと付き合え」
俺と天花寺はエレベーターに乗り一階へ行く。まだ外は暑いが構わず建物から外に出た。外は快晴で散歩をするにはいい日だ。俺は私服姿の天花寺に話しかける。
「今日は学校は無いのか?」
「夏休みですから」
「そうか、夏休みか。学生はいいな」
社会人になると夏休みなどは無いからすっかり忘れていた。夏の間一月以上も休みがあるなんて羨ましい限りだ。
「どうして外に?」
天花寺が聞いてきたが古城戸の面倒な話から逃げてきたとも言えず、誤魔化す。
「天花寺の能力を借りるぞ」
「はぁ」
天花寺の能力『風天小畜』は他人の人生ダイジェストを見ることができる。話に聞いてはいたがどんなものか俺自身は未体験だから試させてもらおう。
「よし、じゃああそこのサラリーマンを見るとするか」
「あの人?」
天花寺は指さすと『風天小畜』を発動。俺も天花寺に続いて『風天小畜』に触れ、因果を顕現。
すぐに天花寺が喋りだす。
「埼玉の一般家庭産まれ、熊谷市立桜木小学校、桜木中学校卒、星野高等学校卒。随分厳しい高校だったようですね。男女一緒の下校禁止ですって。そこから立教大学に進学して、今は翻訳関係の仕事に就いていますね」
天花寺があのサラリーマンのプロフィールを話し始めた。俺にも映像が流れ込む。
「吉野家で朝食を済ませてこれから出勤か。俺が分かるのはこのくらいだな」
天花寺は軽く笑う。
「つい一時間前ですね」
俺の『風雷益』は周りのパーグアの能力をコピーできるが性能はかなり劣化する。天花寺の能力は対象者の人生すべてを見通すほどの性能を持つが、俺は直近一時間程度に留まるようだ。
「もう一人いってみよう。じゃあ、あのOLだ」
「はい」
俺は白いジャケット姿のOLを指差すと先ほどのように風天小畜を発動。とんでもない映像が脳に流れ込む。新婚なのか朝からお楽しみだったとは。
「随分お盛んなことだ」
俺がそう言うと天花寺は顔を真っ赤にしていた。
「あの人、彼氏が六人います」
「六人? 新婚じゃないのか」
俺が使った『風天小畜』では直近一時間の映像しか見えないからそこまではわからなかった。しかし六人とは相当欲深い人物のようだ。
「昼はOLを短時間勤務していて夜は風俗関係のお仕事をされているようですね。彼氏の一人がホストで、そこに稼いだお金を貢いでいるようです」
「そうなのか。やはり俺とお前では大分見えるものに差が出るな」
「直近一時間じゃそんなに深くはわからないでしょ」
「そうだな。まぁ何かの役には立つかもしれん」
使ってみてわかったが、この能力はとても楽しい。人の生活を一方的に覗き見るのがこれほど楽しいことだったとは知らなかった。神の目を手に入れたかのようだ。
俺はさらに何人か通行人の直近一時間を覗き見る。
「しかしこれ案外面白いな。天花寺はどこまで詳細に見られるんだ?」
天花寺は能力は使わず通行人を眺めている。
「気合を入れれば全部見えますよ。産まれてから食べたパンの数までわかりますね」
「それは凄いな。プライバシーも何もないな」
「ふふ。私が裁判官とか刑事なら役に立ちそうですけどねぇ」
確かに裁判官になれば被告の行動すべてが見えるわけだし、刑事になれば取り調べする必要すらなくなる。何百何千もの人生を見てきた天花寺にとって俺はどう見えているのだろうか。天花寺本人曰く、俺は見ていないそうだが古城戸は見たらしい。見られて気分がいいものではないし、知られたくないことだって沢山ある。
俺と天花寺はビルに戻る。天花寺は十階の事務室に古城戸の様子を見に行かせ、俺は一階の食堂で時間を潰す。薄いコーヒーを飲みながらテレビを見ていると天花寺が俺の隣に立った。俺は無言で顔を向ける。
「所長が由井薗先輩を連れてこいって」
「無視しとけ」
「えーっ」
天花寺は俺の腕をつかんでぐいぐいと引っ張る。
「やめろコーヒーがこぼれる」
「来てくれます?」
「やだ。行かない」
「先輩~! 私が怒られちゃう」
「俺を巻き込まないでくれ」
「巻き込まれたのは私です!」
しょうがない、天花寺が怒られたら完全に俺が悪人だ。
「わかったわかった。行ってくるから天花寺はもういいぞ」
「良かったぁ、じゃあもう行きますから」
天花寺は俺の腕を離すと食堂を出て行った。俺はエレベーターで十階に行き事務室に入る。古城戸はもう起きていて普通にパソコンに向かっていた。俺は無言で自席に座る。
「そういえば石橋君と行った件はどうなったの?」
言われて思い出したが報告がまだだった。天花寺の能力を使って遊んでいたら完全に忘れてしまっていた。
「そうだ、またすごい因果を見つけてしまった。なんと『天雷无妄』だぞ」
「『天雷无妄』? どうにもならない凶の因果でしょ?」
古城戸が俺の方を見て首を傾げる。
「ところがどっこい、『どうにでもなる』因果だった。見えてないものなら決められるレベルのものだ」
「すごいわね。それで?」
「結局因果だけ見て帰ってきた。作戦を考えないと無理そうだ」
「そう。そっちは任せるわね。私じゃ大して役に立たないから」
パーグアを捕まえるような任務だと古城戸の『雷沢帰妹』はそれほど役立つわけではない。俺と石橋のほうがマシだろう。
「急がないだろ? また時間をみて攻略するさ」
以前のように『沢風大過』を使えば簡単なのかもしれないが、あれはもう使いたくない。別の方法を考えよう。
「幸い印南は目立った悪事をしているわけじゃないから優先度は低いわ。だから私の方を手伝ってもらおうかな」
「追いかけられたっていう魔物か?」
「ええ。調べてるんだけどまだ正体はわからないのよね。わかったら言うわ」
話は一旦そこで終わりのようだ。俺は先ほどの天花寺の能力で見た数人の過去を思い出す。印南攻略に使えるかどうか考えてみるが何も浮かばなかった。だが喉元まで何かが来ている気がする。出そうで出ない、そんな感じだ。
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