転章
あの日の潜入から一か月後。皆本聖子の結婚式が終わり、その三日後に皆本聖子の母親、美由紀が亡くなったと聞いた。俺は現実ではまったく面識がない人物だが、何故かとても寂しくなった。妻の美由紀だけでも娘の結婚式を見届けることができて、皆本喜一も満足だろう。
結婚式にはあの写真がスライドで映されたらしい。ほとんどの人は皆本聖子は皆本喜一の実子だと思っているから、夫婦とその子に見えただろう。
式場には安納総理に古城戸まで居たというから驚きだ。式に呼ばれるとしたら俺だろうに、ちゃっかりしていやがる。まぁ通常新婦は女友達を呼ぶのが決まりらしいから、男である俺を呼び辛かったと善意に解釈しておこう。
古城戸は式で皆本の母にも会ったそうだから、亡くなったことについては俺よりもショックが大きいだろう。
しかし感傷に浸ってばかりもいられない。さきほど古城戸が俺の机に一枚の紙を置いた。例の十三体のうちの一体の情報らしい。盤古を倒した今、もうこの情報はいらないような気がするが、一応見てみる。
No.004 始祖夢魔
No.004は見た目は中東の女性の十五歳程度の少女で、非常に庇護欲を掻き立てるの容姿をしています。
収容においては、最低限の設備のみを必要とします。
No.004は唯一特別国庫管理人の指示に従う魔物です。
No.004自身の能力や起源については特別国庫管理人の命令を以てしても話すことはありませんでした。
ただし、これまでの言動や調査内容からわかっていることとしては
・通常の人間と同じ言葉を話します。
・日本語、中国、英語、アラビア語、イタリア語、フランス語など九ヶ国語を話します。
・性に対して非常に興味を示します。
・男性を強く魅了します。 No.004を一目みただけで百パーセントの男性は魅了され、No.004に対して強く欲情します。
・No.004は女性が同席している場合、女性にしか見えなくなります。
・男性かどうかの基準は、陰茎の有無です。
・No.004に魅了された男性はNo.004の言うことに従ってしまいます。
・写真や映像でNo.004を見ても影響はありません。
男性職員はNo.004の五百メートル以内への接近を固く禁じられています。
「おぉ……」
俺は驚きが声に出る。こいつは古城戸の言うことをきくのか。
「彼女はイリナちゃんっていうのよ」
俺は資料から目を離し、古城戸を見る。
「前に少し聞いた気がするな。名前があるのか?」
「ないと不便だから二人で決めたのよ。彼女は未だ兄が私の所有物にした呪縛を振り切れないの」
「俺は見ないほうがいいんだよな?」
「女性と同席だと透明になるから見えないらしいのよね。何故だかわからないけど。かといって男性だけだと魅了されてしまうみたい。写真なら大丈夫らしいから、写真見る?」
古城戸は一枚の写真を渡してきた。写真では影響を受けないらしいが、一応身構える。
写真には研究所と思われる背景の場所に、古城戸ともう一人隣に褐色の肌に長いツインテールの金髪を下げた少女が立っている。エメラルド・グリーンの吸い込まれそうな瞳、細身だが突き出た胸、日本人には無いボディライン。十五歳程度の少女ではあるが、どの雑誌のモデルであろうと太刀打ち不可能な容姿だ。思わずため息が漏れる。
「すごい美少女だな。リアルで見てみたいよ」
俺はロリコンではないはずだが、猛烈にこの少女を抱きしめて守ってやりたいという感情が湧き上がる。写真を返すのは惜しいほどだったが、古城戸は大事そうに鞄にしまった。
「表に出してあげたいけど、男性の目に触れると大変だからなかなかできなくて。研究員が言うには、最悪人類の半数が支配されるんだぞって」
俺は資料の内容を思い出す。
「一度魅了されたらどうなるんだ?」
古城戸は苦笑いする。
「いわゆる、骨抜きになるってやつかしら。別にファンタジーのサキュバスみたいに精気を抜かれたりはしないのよ」
「単に惚れ込むだけ?」
「彼女は自分の能力について話さないから本当はできるのかもしれないけど、そうしたことはないわ」
「なら大して害があるわけじゃないんだな」
「彼女自身にはね。ただ、彼女を取り合って周りが奪い合いを始めるのよ」
「あぁ、そういうことか。独占したくなるわけだ」
「昔から女を巡って戦争するのは男の性ね」
トロイア戦争など、美しい女性を巡っての戦いは紀元前から絶えたことはないのだ。
「古城戸の支配下らしいが、古城戸に対して好意的なのか?」
「えぇ。大人しく部屋にいてくれたら痛いこととかしないって約束してるの」
「それでも閉じ込められていたら恨みとか持つんじゃないか?」
「持ってるかな? 彼女はそんな素振りは見せないけど、もしそうだとしたら、どうしようかな」
俺は一つの可能性に辿り着く。こいつは危険だ。
「なまじ仲良くなってしまうと情が移る。どうせ人間と魔物、相容れないのだから即始末するべきだ」
「ひどーい! 絶対あの子に会わせてやるんだから! 『俺があの子を守る!』とか言っちゃうんだもんね!」
古城戸は目を剥いて怒り狂った。
「古城戸すでに魅了されてるんじゃないか? 実は男なんじゃないだろうな?」
「そんなわけないでしょ! はー、なんだか怒るのもバカらしくなってきた。そうだ、現実じゃなく夢でなら、魅了されないかもね? 多分だけど」
このNo.004の情報と古城戸の情報、二つを合わせてようやく俺は確信した。
「冗談ではなく、始末するべきだ」
俺の表情を見て、古城戸も察した。真剣な表情となる。
「どういうこと?」
「普段の古城戸なら絶対気づくはずだが、やはり情に流されているとしか思えない」
古城戸は胸の前で手を上下に振って続きを促してくる。
「古城戸の兄貴が呼び出した十三体のうち、一番最初に呼ばれたのはどいつだと思う?」
古城戸は顎に手をやって考える。
一番最初に古城戸の能力で夢から出てきた魔物は何か。俺はこれを考えてきた。これまで情報のあった魔物は、太歳、無支祁、虚王、盧亀、饕餮、孟婆の六体だが、これらはとても人間が夢に見る魔物とは思えず、手掛かりが掴めなかったのだ。だが、このNo.004の情報をみてついに道が開けた。
「資料のナンバーは政府がつけたものだから、呼び出し順とは限らないけど」
「一番最初は、このNo.004だ」
古城戸は顔を上げて俺を睨む。
「兄貴はよほど古城戸との情事にハマったんだろうな。色欲に憑りつかれたに違いない」
古城戸は気づいた表情になる。
「それで夢魔の夢を」
俺は頷く。夢魔は色欲に引き寄せられる性質を持つのだ。
「このNo.004は最初からお前の兄貴に支配などされていない。むしろ魅了してしまったんだよ。夢の中でな」
「嘘……」
ここからはさらに残酷な話になる。
「古城戸が兄貴に支配されたのは、その時からだろうな。No.004の指示に違いない」
古城戸はショックに打ち震えた。自分が心を許しかけた魔物によって遠回しに操作されていたと聞いたのだから無理もない。
「魅了された兄貴は、まずNo.004を古城戸の力で夢から出し、その後No.004の夢に入って残り十二体を引き出したんだろう。あんな恐ろしい魔物たちの夢を人間が見るとはどうしても考えられなかったんだ。魔物を引き出すには魔物の夢しかない」
古城戸は心当たりがあるのか考えこむ。
「何か気になったか?」
「微かだけど、兄と潜入するとき、別の誰かが居た気がするの」
「それが夢魔だろうな。古城戸古城戸古城戸は兄貴に支配されていたから『忘れろ』とか暗示をかけられていたかもしれない」
俺は話を続ける。
「残り十二体の順番は、おそらく虚王からの無支祁だ。虚王に何を願ったかは不明だが、No.004の願いを叶えた可能性が十二分にある。その後、無支祁の予言を聞いて、回避のため他の魔物も呼んだが、最終的に太歳に殺された、ということだろう」
「イリナちゃんは支配されていないのね」
「魔物をすべて別々の場所で管理したのは正解だったな。政府はNo.004に他の魔物の支配状況を伝えていないのだろう。だからNo.004は、今も他の魔物が支配状態にあると思っている。あるいは兄貴が死んだことを知らないのかもな。それなら支配されたフリを続けていてもおかしくない」
「ちょっとまだ信じられないわ。だってあんなにいい子なんだもの」
「もしNo.004に兄貴のことをきかれたり、他の十二体の話を聞かれても絶対情報を漏らすなよ。こちらから探りを入れるのも危険だ」
「わかっているわ。私たちが『勘づいた』ことを悟られてはいけない」
古城戸の顔は蒼ざめていた。古城戸はポーカーフェイスが苦手だ。もうNo.004に会わないほうがいいだろう。会えば確実に勘づかれると俺は確信した。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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