二章 九 新人教育三限目
九
翌日、俺は九階の防音室で新人へ講義をしていた。
「今日は夢で注意すべきことを教える」
俺はホワイトボードに一つの四字熟語を書く。
「まずは『風』だ。通常、夢の中で風は吹かない」
そういうと新人は上を向く。思い出しているのだ。人間は思い出すとき上を見るというが、それは外部からの情報をシャットアウトして自分の脳内で処理をしようとしているからだ。俺は続ける。
「今までの夢で風を感じたことがあるか? 無いだろう?」
そういうと、新人達は皆頷いている。
「乗り物に乗ったりすればもちろん風を受ける。だが、自然の風は夢では吹かない。乗り物以外で風を感じるときは、大抵よくない前触れだ。すぐに今いる場所を離れること」
この中で唯一の高校生、天花寺ゆりが手を挙げた。俺が促す。
「よくないって何がよくないのですか? 事例はありますか?」
前例を知ることは非常に重要なことだ。特に夢というのは同じ夢を見ることもある。
天花寺は新人の中で唯一のパーグアで、『風天小畜』の因果持ちだ。他の新人よりも夢の中での動き方は知っている。それでも風については知らなかったようだ。
「そうだな。『よくない』と聞いて思い当たること全てが起こりうる。俺と古城戸の例だと、地震や雷雨のような天災もあったし、車や電車の事故もあった。夢によっては危険な動物や殺人鬼のような恐ろしいものに出会うこともありえる」
天花寺は例を聞いて頷く。ある程度イメージはついたようだ。
「風と聞けば爽やかなイメージがあるだろうが、夢においてはあまりいい事はない。ちゃんと覚えておけよ」
新人達はノートに何やら書き込んでいく。
「次に注意すべきは『鳥』だ。夢で自分のペット以外の鳥を見たことがあるか?」
新人達は皆首を横に振る。
「鳥も通常は夢に出てくることは無い。鳥というのは、哺乳類以外で夢を見る唯一の動物だ。だが、通常人間の夢と繋がることはない」
新人たちは、鳥が夢を見ることは知らなかったようだ。あるいは哺乳類と鳥類以外が夢を見ないことを知ったのかもしれない。
「だが、もし鳥が夢に現れたら、それは」
俺は一度そこで言葉を切る。新人たちは続きを待つ。
「夢の出口が近いことを示している」
新人たちはもっと恐ろしいことを想像していたのか、安堵した様子だ。
「夢の出口……ゲートと言ったりもするが、脱出する時にどこから出られるかわからなくなることは結構あるんだ。そんな時は鳥を探せ。鳥が逃げたら追いかけろ。それが出口だ」
鳴神が手を挙げる。俺は右手を出して促す。
「鳥ならなんでもいいんですか? カラスとか不吉じゃないですか?」
「鳥ならなんでもいい。カラスでも青い鳥でも同じだ。彼らは夢の出口を知っているんだよ」
鳴神はそれで納得したようだ。
「最後に注意するのは、『花と月』だ。夢で花や月を見たことがあるか?」
「花鳥風月が揃った」
ホワイトボードを見た梵がつぶやいた。新人は皆気づいたようだ。
「そう、花鳥風月という四字熟語は、美しい自然を愛でる風流ある言葉だ。だが夢では別の意味となる。梵、この花と月はどういう暗示になると思う?」
俺は梵を指名する。
「えっうーん……綺麗なものだから、いいイメージがありますが」
俺は頷く。
「よし、じゃあ鳴神はどうかな?」
鳴神の背中が跳ね、ピンと伸びた。
「えーっ、なんだろう。確かに夢で花も月も見たことがないですね……さっきの反対で、他の人の夢の入口とか?」
鳴神が自分の予想を述べていく。
「答えはな、死人が近くにいるんだ。故人の魂が近くに来ていることを暗示している」
新人は皆驚愕の表情。予想すらしていなかった回答だったのだ。
「花なら女性、月なら男性の魂が近い。誰の魂かは、おそらくわかる」
「わかるってどういうことですか?」
鳴神が即手を挙げて聞いてくる。
「わかるんだよ。『あっ、あの人が来た』ってな。まぁ、そんなにあることではないが、一応覚えておくといい」
新人達は顔を見合わせ「見たことある?」等、確認しあっている。鳴神が手を挙げて発言する。
「月は女性のシンボルって聞いたことがありますが、男性なんですか?」
俺は頷く。
「確かに陰は女性のことで、陽が男性というのは八卦の世界では常識だ。だが、この暗示だけは違う。おそらく、死者の魂はそのあたりが反転しているんだと思う」
鳴神は今日も口がぽかんと開いている。
天花寺が手を挙げたので俺が指す。
「死んだ人って自分が死んだことを自覚してたりします?」
いい質問だ。俺は答える。
「どちらのパターンもある。過去の夢を見ている場合はほとんどは気づいていない。そうでない場合は自覚していて、大抵何らかのメッセージを伝えに来ている」
「自覚していない人に『あなた死んでますよ』って伝えたらどうなるんですか?」
「例外なく、『は?』って感じの反応だな。夢であることすらも気づいてない」
新人はざわつく。
「自覚がある人となら実のある話ができる。死んだときの直前の記憶や殺された場合であれば、犯人を見ていれば覚えていることもある」
「自分を殺した人の顔を覚えてるって怖いですね」
鳴神はそんなことを言う。
「そうだな。だいたいそういうことを伝えるために生者の夢に入ってくるんだよ」
そこで定時の鐘。俺は「じゃあ、終わりね。お疲れさん」と言い残し、部屋を出た。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
記載されている会社名および製品名は、各社の登録商標または商標です。




