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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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二章 四 開天闢地(かいてんへきち)の神


 翌日、外は暑いので事務所の八階で書類仕事をしていると、珍しく古城戸から話しかけてきた。


「あれから何度か潜ってみたんだけど」


俺は顔を上げて古城戸を見る。今日は白と黒のワンピースで、短い裾の下には触れたくなるような素足に黒い網のようなブーツ。

ファッション誌から抜け出したかのような大人の装いだ。とてもバイクに乗る服装じゃないから、今日は車か電車で来たのだろう。


「何かあったのか?」


 古城戸が言う、『潜る』というのは夢に侵入することだろう。俺が返事をすると古城戸は近くの椅子に腰を下ろして足を組んだ。艶めかしい足の間が見えそうになるが気力で目を逸らす。古城戸は特に気にした様子もなく机に左の肘をついて話す。


「書類の時に化け物がいたじゃない? あれがなんだったのか突き止めたくてね」


 俺は先日の夢で追われた化け物を思い出す。黒い達磨にたくさんの手足がついたようなものだった。


「あぁ、あれか。銃が効かなかった」


 古城戸は頷く。


「調べてみたんだけど、中国の妖怪でそれっぽいのがいたのよ」


 中国の妖怪なのか。あまり中国らしさは感じなかったが。


「あの黒い達磨(だるま)が? 夢関連の妖怪と言ったら『(バク)』しか知らないな」

「それが有名よね。でも(バク)はどちらかというと悪夢を食べてくれるほうらしいじゃない?」

「若者の将来の夢を喰らう悪獣という話もあるらしいな。そもそも中国の妖怪ってほとんど知らないが、よく見つけたな」

「有名なのは、四神よね」

「シジン? あぁ、青龍、朱雀、白虎、玄武か。いわれてみれば中国の妖怪か」


 日本でも四神は多くの文学や漫画・アニメの題材にもなっている。四神は天体を始め、方位や色、(こう)にも絡んでいて、俺たちと多少なりとも関連がある。『周易』にある『易有太極 是生兩儀 兩儀生四象 四象生八卦 八卦定吉凶 吉凶生大業』に登場する四象のことで、木、火、金、水の四象に加え、土(麒麟)を加えて五行とも言われる。色では青、赤(朱)、白、黒(玄)を象徴し、人生を四季に例えた「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」にもこの色が反映される。特に「青春」は日本人にとって馴染みのある単語だろう。


「中国の妖怪は昔から日本にも伝わっているのよ。竹取物語にだってでてくるんだから」

「竹取物語? かぐや姫が実は妖怪とか?」

「かぐや姫は月の民だからある意味そうかもね。竹取物語に登場したのはね、かぐや姫が男たちに求婚されたときに無茶な要求をするでしょう? その中の1つに『火鼠の裘』があったのよ」

「カソノカワゴロモ?」

火鼠(カソ)っていうのは中国のネズミの妖怪ね。カワゴロモはその皮で作った服のこと。なんでも燃えない服らしいわ」

「なんとも地味な妖怪だな」

「古代の日本は木と紙でできた家ばかりだったでしょう? だから火事になればすべて燃える環境だったのよ。燃えない服というのは、古代の人にとって夢のアイテムだったってわけ」


 確かに言われてみれば、昔の日本家屋は木造で、障子や襖など紙で出来ていたからよく燃えそうだ。


「そういうことか。現代人にはわからない感覚だな」


 組んだ細い足をゆらゆらと揺らしながら古城戸は続ける。


「ほかにも思いきり有名なのがあるわよ」

「なんだ?」

「孫悟空よ。あれも中国の西遊記に出てきた妖怪でしょ」

「なるほど、猪八戒と沙悟浄もか」

「いろいろ中国から伝わっているのよ。なんだか話が逸れたけど、あの化け物は『盤古』だと思うのよ」

「バンコ? 聞いたことないな」


 古城戸は人差し指を立て、指の腹を俺に見せる。


「中国の道教に伝わる、天地開闢の創造神ね」

「神様だって? 超ラスボスじゃねぇか。神様に追われる心当たりは?」


 道教の創造神って今まで知らなかったが、日本の神話ならイザナミ・イザナギ、インド神話なら梵天の格ってことか。


「ありすぎるわね。特に私はこの世ならざるものを創造するような、創造神泣かせのことをしているわけだし。空想や創造から生まれた者達にとっては目障りってことかしらね」


 古城戸は手を振って、若干慌てる様子を見せる。今の話からすると、神のような概念や人間の創造した偶像が因果として成立し、夢に現れるということだろう。


「ついに天罰が下るのか?」

「ついにって何よ。由井薗君が呪われても知らないんだから」

「俺はアレに発砲したんだぞ。古城戸が責任を取れよ」


 古城戸はやれやれという具合に手を左右で広げた。


「一応、調べたところによると、盤古(バンコ)は原始の世界でくっついていた天と地を分け、右目が太陽に、左目が月に、吐息は雷雲に、という具合に世界を創ったようね。その後、己の身体を分けて植物や動物を創造した、と」


 それでいくつか合点がいった。


「なるほど、それで目もなければ身体も黒い闇のようになっているのか」


古城戸は足を組み直した。またもや足の付け根に目が吸い寄せられる誘惑を振り切る。


「そんな感じかしら。その後、五人の神に加えて四十八人の子を設けたとかなんとか」


 俺は思わず手を打った。


「四十八? 手足の数がそれっぽいな」

「そうね。五人の神は、春夏秋冬に各一人、その他十八日分をもう一人が受け持つ神になったらしいわ」


 その五人の要素は夢で見た化け物からは感じなかったが、五行とも関わりがあるのかもしれない。とにかく盤古(バンコ)という存在が神話レベルのものであることはわかった。


「その盤古(バンコ)ってやつが今後もお邪魔にくる可能性があるんだろ? 対策はあるのか?」

「それはこれから考えないとね」


 古城戸はそれで立ち去ろうとしたが、呼び止める。


「何?」


 こちらを振り向いた古城戸に改まっていうのは少し気恥しい。


「今日は随分気合が入った格好じゃないか?」


 古城戸は少し照れたように自分を抱くと、身体をくねくねさせる。


「えへへ。今日は警視庁のお偉方と宴会なの」


 俺はまったく呼ばれていないのだが、おっさんと向かい合って飯を食うのは苦痛なのでむしろありがたい。


「面白い話があったら後で聞かせてくれ」

「期待しないでね」


 古城戸は手を振って去っていった。



この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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