四代将軍源とも、藝術ハ爆発ダ!(前)
戦が終わり天下が平穏を取り戻すと、各地の往来が活発となりました。新田が開発され、また様々な道具も安く大量に生産されるようになります。ひとびとの生活は徐々に豊かになり、余裕が生まれます。結果、これまで公家だけのものであった文化・風俗・信仰等々が下々にまで広がって行きました。
とりわけ仏の教えは爆発的に普及します。至る所に寺社仏閣が建立され、善男善女が押し寄せました。その勢いで仏教そのものが変化してしまいます。貴族だけではなく、万民に受け入れられる教えが必要となったのです。諸行無常・盛者必衰・因果応報は、庶民に熱狂的に受け入れられました。明日をも知れぬ彼等にとって、極楽往生などと不確かなものよりも現世利益!かくて新しい宗派が次々と誕生していったのであります。
大衆の好みに応じ変化したものはそれだけではありません。ひとびとは判りやすく派手なものを求めました。躍動感溢れる金剛力士像を制作した仏師、運慶・快慶などはまさに時代の寵児であったといえましょう。
絵画においても、より写実的になっていきます。殊に人物画においては、本人と寸分違わぬ、まるで生けるが如くといった似絵が出現します。公家や僧侶・武家に、金のある商人までもが己の肖像画を後世にまで残そうと大流行しました。
これは似絵の名人、英芳にまつわるお話しです。
四代将軍源とも、久々に二位法印の邸を訪問した。生憎と先客がある様子。しかし構わぬと、奥へ通される。
座敷では、二位法印が直綴に中啓といった物々しい正装で鎮座まします。口を真一文字に結び、両眼はカッと見開き、肩を怒らせ微動だにしない。その正面に相対する体で、これがまた小柄な痩せた中年の男がうずくまっている。男はチラチラと顔を上げ何やら指示を出す。ともは、二位法印のこんな神妙な顔は見たことがなかったので思わず吹き出した。
「何をしておられるのです?」
折角の緊迫を破られた二位法印は舌打ちする。また五月蠅いのが来たわ。邪魔が入ったので本日はこれまでにしよう。はっと平伏して男が辞去しようとするのを止め、労をねぎらい酒肴の用意。改めて両者を引き合わせた。
「将軍、こちらがかの似絵の大家、英芳師である。師の高名は、そちも聞き及んでおろう」
「はぁああ、あの英芳様でありましたか。神羅万象・花鳥風月を活写し、殊に似絵においては正に生き写し!天より下りし神の筆!と世間で大評判のご当人!そうとは知らず失礼をいたしました」
源ともと申します!とペコリと頭を下げられ、英芳は一寸戸惑った。「時の女」四代将軍!成程、長身であった。小柄な英芳は威圧を覚えた。時流に乗り得意の絶頂!全身から溢れ出る覇気。瑞々しいばかりの若さと色香。輝きに満ちている。
ともは英芳にスルスルにじり寄ると、描きかけの画像を手に取り素っ頓狂な声を上げた。
「ほぉーっ!これはこれは法印様!素晴らしい出来ではありませんかっ!」
二位法印は満足気に頷いた。英芳も胸を反らす。
「生けるが如く。うん、今にもお叱言を頂戴しそうでありますな」
ともは画像と二位法印を交互に眺めながら感嘆!
「さりながら・・・まだ途中ですか?ははぁ。いや、皺が少ないかと。それから黒子の数も足りませんぞ。鼻はもっと大きく、目を小さくして離せば、二位法印様そのものになりますな」
二位法印は渋い顔で話題を変えた。
「将軍も描いて貰ったらどうだ?」
英芳はハッと身構える。是非この御方を描いてみたい!腰を浮かした。
「嫌です」
間髪おかず拒絶!二位法印驚いた。英芳の期待も一気に萎む。
「何故?近頃は公家だけでなく、坊主や商人までもが似絵を描かせておる。頼朝公も似絵が残っておろう。そのお蔭で、そちは瞼の父の面影を知ることができたではないか」
「皆がやるから己も、チト情けないですな。そもそも肖像を描かせるとは、自己顕示の極み。過度に美化するのもどうかと。・・・それにですな、英芳様の画は迫真!それ故、絵から像が抜け出るだの、涙を流した、笑った、怒ったなどとの噂を聞きます。あまりにも似ているのは気味が悪うございます。魂が吸い取られそうで・・・」
「こっこれはまた、女子供のような・・・」
「ともは女子供ですぞ。何時もそう仰るクセに」
話はこれきりとなった。英芳は落胆を隠せない。
「それにしても英芳様は名人であらせられますな。羨ましい。ともが先日、虎の絵をワザワザ描いて家人共に観せてやったところ、奴等、あろうことかあるまいことか、カエルだの豚だの散々な悪口雑言・・・」
「絵をお描きになるなら・・・僭越ながら手解きなど・・・」
「いやぁ、侍女を描いてやったら”こんなんじゃありませぬ!”って泣いて抗議されてな。一生懸命描いたのに・・・流石に落ち込んだぞ。芸術が理解されぬとは哀しいのぅ。以来、絵筆を折った」
正五位下民部大輔・藤原忠則は、源ともの熱心な崇拝者である。
我こそが真に四代将軍様をお慕い申しておる!この想い、誰にも負けぬ。
実直で温厚、外見もぽっちゃりとしてこれまで浮いた話ひとつなかった忠則がここまで思い詰めるには理由があった。宮中で一番早く、ともを見染めたのは、かく云う忠則である、という自負!
血筋と伝統が総ての公家社会において、四代将軍源ともの闖入は大事件であった。
そもそも武家であるだけでも穢らわしいのに、よりによって母親は卑しい白拍子!道ならぬ不倫の娘が、あろうことかあるまいことか、将軍家を継ぎ、だけでなく驚くなかれ、従五位下とは!世も末法。想像を絶する下賤が御所を我が物顔、しかも男装で闊歩する様は顰蹙を買った。異形の者に静謐が破られた。我慢がならぬ。貴族達は眉を顰め囁き合う。ともは無視された。陰湿な嫌がらせも一度や二度ではない。しかし、そんな中でも、ともは泰然としていた。己に向けられる侮蔑が判らぬハズがない。腹に据えかねることもあろう。だが、少なくとも表面上は、柳に風、何食わぬ顔でニコニコしていた。
ある時、忠則が朝堂から退出した際、ともとバッタリ鉢合わせ。ここは、とものような者が来るべきところではない。どうやら迷子になったらしい。
「外へ出るにはどう行けばよいのでしょう?」
毎日、宮廷へやってきても、ともはすることがない。相手にもされない。こうして禁裏を独りであちこち探検しているのだろう。複雑に入り組んでいるから方角が判らなくなった。どっちへ行ったら戻れるだろう?心細くて泣きたい。ところへ、ようやく人を見つけた!ともは切羽詰まって忠則にすがった。付いてくるよう促すと、ともは忠則の衣の裾をシッカリ掴んで離さない。置いていかぬからと申しても、必死の形相で首を振るのみ。忠則、妙な気分。ようやく見覚えのある所まで出ると、ともは心底ホッとしたように感謝を述べた。以来、ともは毎日「大輔様、あの節はどうも」とニッコリ笑ってお辞儀する。忠則も、ともと挨拶を交わすのが楽しみになってきた。
異変が起きた。突如として巻き起こった四代将軍源とも空前の人気!
当初は限定的なものだった。
暗殺された将軍の唯一の血縁。忌々しい武家北條幕府にたった独りで立ち向かう可憐な乙女!そういった境遇が、先ず民衆の心を掴んだ。そして何より女子!長身で見映えする、ともが都大路を堂々と闊歩する。何と笑顔すら向けるのだ!ともの御所への行き帰りの行列は見物人でごった返した。やがてその熱気は宮中にも伝染。あまりの外野の騒めきに興味がそそられた。そういえば、ともは女人であった。背が高く色黒だが、よく見れば愛嬌があって可愛いではないか。遅ればせながら青年貴族の間で、とも人気が爆発!彼等は掌を返し、熱烈な歌を文を贈り「時の女」を我が物にせんと競い争った。
そうなると、忠則は気が気でない。恋の道に関しては全く自信がない。ただ黙って垣間見るが精一杯。ともは突然の境遇の変化に若干戸惑ったものの、意に介さない。押し寄せる怒涛の求愛者に小首を傾げて微笑むものの、暖簾に腕押し・糠に釘・馬の耳に念仏。総て拒否。そして忠則を見つけると「あの節はどうも」とニッコリ笑って頭を下げるのだ。
英芳は、民部大輔忠則の邸に招かれた。折り入って内密の相談があると云う。
奥の間で忠則と対面した英芳は仰天。忠則の目は虚ろで顔は青ざめ浮腫んでいた。忠則は手招きし声を潜めた。
「四代将軍様の似絵を描いていただきたい」
忠則は思い詰めてしまった。
とも様が愛おしい、愛おしい、愛おしい!だが、彼女は何時の間にか手の届かない存在となってしまった。今でこそ「ともは王城の守護者、源氏の棟梁として誰にも嫁がぬ」などと宣うておるが、女心と秋の空。一寸先は闇。まして四代将軍の後見は、あの天下一の世話焼き婆、卿ノ局ではないか。ともの縁談を虎視眈々と狙っておるに相違ない。現に布智王の名が取り沙汰されておる。宮様と武家源氏の婚姻。悪化する朝幕関係改善に、「治天の君」院も乗り気という。ならば私の出る幕はない。いや他の誰であろうと、私では恋敵にもなれぬ。とも様が結婚なさる。私は耐えられまい。煩悶するうち、閃いた。とも様の似絵が欲しい。似絵ならば何時までも、とも様と一緒にいられる。英芳ならば素晴らしい絵が描けるであろう・・・
「実は将軍様には一度断られておりますので・・・」
とも様と会ったのか?!忠則は血相を変えた。英芳が、二位法印邸でのやり取りを語る。
「とも様はそういう御方だ・・・おぉそうだ、英芳にこれをやろう」
忠則は懐から小刀を差し出した。備前一文字派則宗作。四代将軍所有刀と寸分違わぬものを注文した特製だ。また院にお願いし特別に菊の紋章も入れてある。忠則にとって、とも様の分身だ。勿論、礼金とは別である。完成の暁には望み通りの金子を与える。な、頼む!
ここまで懇願されては・・・しかも、またとない絶品の素材、是非描いてみたい!英芳は依頼を受諾した。