四代将軍源とも、時ニハ母ノナイ子ノヨウニ!
さてさて、四代将軍源とも、であります。
女だてらに武家の棟梁、征夷大将軍!
動けば疾風、発すれば雷鳴!
英姿颯爽・清廉潔白・品行方正・天真爛漫・奇妙奇天烈・摩訶不思議!
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花!
本邦初!唄って踊れる殿上人!
人呼んで「時の女」
ご存知、四代将軍源とも外伝!
始まり、始まりィーっ!
四代将軍源ともの評判はますます盛ん。京では時候の挨拶に次いで「とも様の行状」が話題。昨日は何処へ行った何をしたなどと、間者でも潜り込ませたかのように詳細に語られます。ひとびとの熱狂は止まるところを知らず、源ともの言動はもとより性格・嗜好・習慣から癖に至るまで把握せずにはいられない。そしてその好奇心は当然、ともの周辺にも向けられます。ともの家人は六波羅衆と呼ばれ、今や都の名物。ともを警護し洛中を練り歩く様は一幅の絵巻物、娘たちの憧れの的となっております。
そもそも源とも、女だてらに四代将軍を名乗り幕府北條と対峙などという空前絶後の破天荒。その家人とあらば、それこそ一筋縄ではいきません。伊賀忍者・英次、天竺帰り妖術使い・コウケツ、山門の暴れん坊・善行などなど。
奇々怪々な面々の中でも、一際目立つ突飛な男!成りは小さいが肝っ玉は太い。鬼も震える大音声。ここかと思えばまたまたアチラの神出鬼没。山椒は小粒でピリリと辛い。口は悪いが根は純情。羅生門に巣食う浮浪児の頭目で、公家の邸を荒らしまわった稀代のコソ泥。図に乗って四代将軍坐す六波羅屋敷に侵入したが運の尽き。捕えてみれば小童、何故か四代将軍お気に召し、六波羅衆の仲間入り。家中きっての人気者、その名もカブト!元盗賊、羅生門カブト!たぁオイラのことさ!
六波羅屋敷に尼僧が訪ねてきた。痩せて粗末な法衣を纏っている。奥の間に通され、ともと面会。尼僧は居心地悪そうに辺りを見回し、おどおど語りだした。
「長岡より参りました、笙と申します。あの御家中の・・・カブト?実は私、あの子の母でございます」
「?!」
近江の国司・佐々木定綱は家族と共に京へ戻る途中、賊に襲われた。定綱は殺され、妻の笙子は幼い長男と別々に奴隷として売られた。人買いが捕縛され、笙子は救出。しかし、赤子の行方は杳として知れない。佐々木家は断絶。笙子は出家したが、息子のことは片時も忘れることはない。都でカブトの評判を聞き、もしやと思って駆け付けた。嗚呼、間違いない。立派に成長したが、あの眉あの口元、十年前と寸分変わらぬ。カブトこそ、我が息子、佐々木定綱が忘れ形見、広綱に相違ござりません。無念の死を遂げた夫定綱、魂のお導き。無論、広綱には佐々木家を再興する責務がございます。将軍様、是非共お力添えを!
流石の四代将軍も驚いた。が、それ以上にカブトがビックリ仰天!俺に親がいたのか。近江の国司・・・実の名は佐々木広綱・・・この痩せた尼さんが母親?十年前といわれても何も覚えておらぬ。面影すらない。カブトはポカンとしていた。自分と関係のない、どこか遠いところの愁嘆場を眺めているような心持ち。
「し、しかしまあ、カブトのお母上がご健在でなにより。今後のことは・・・うん、卿ノ局様にお願いしよう。良き様に取り計らってくださる・・・」
何時になく、ともは動揺していた。イキナリ母親と名乗られて・・・いや、とものじゃないいんだが。劇的な母子の再会にドギマギ!熱いものがこみ上げてきた。当事者達よりも興奮!いいなぁ、何かしてあげたいっ!奥の座敷にカブトと笙の床を用意させた。今宵は夜通し、積もる話が尽きぬであろう・・・
ともはカブトを弟のように可愛がっていたから、ちょっぴり感傷的。うん、母子とは良いものだ。ともには母親が二人も!いる。だが実母とは生き別れ、義母に至っては不倶戴天の敵!しかしやっぱり親子は一緒に暮らすがよい。カブトが六波羅を去っても今生の別れでもあるまい。同じ京の空の下、何時でも会える。うむ、晴れの門出ではないか!涙は禁物、笑って送ってやろう。・・・娘を嫁にやる父親とはこんな心境であろうか?ともはひとりで盛り上がっている。
一方のカブト、いろんな事が起こり過ぎて恐慌に陥ってる。迷惑極まりない。突如現れた見知らぬ女人と軟禁状態。何をどうしろ、というのか。あまつさえ同衾などできるか!「お疲れでしょう」と早々に灯を消した。隣の寝息を伺い、カブトはそっと夜具から抜け出した。離れへ行くと、何時もの連中が酒を呑んでいる。
「母者の乳を吸うてきたか」
英次が下衆に揶揄う。カブトは真っ赤になって俯いた。・・・やっぱりこっちがいい。
六波羅衆、元盗賊「羅生門カブト」実は近江国司佐々木定綱が嫡男広綱!
洛中、この噂で持ち切りであった。十年前の悲劇を、ひとびとは覚えていた。そして母子の奇跡の対面に涙した。するとコソ泥だったカブトに、最早気品すら漂ってくるから魔訶不思議。血は争えぬ。名門佐々木家再興は目前であろう。都は美談に酔いしれた・・・
翌日の夕方である。六波羅の門前に中年の女人が現れた。
「カブトは私の子です。十五年前の大火で生き別れになりました。眼の下のホクロが何よりの証拠!」
「?!」何と、カブトの母者がまた?名乗り出た。
で、驚いていてはイケナイ。また来た。またまた来た。次から次へと続々とやって来た。
「八年前に誘拐された」「十二年前の大水で流された」「人買いに連れてかれた」「狼に掠われた」「天狗に拐かされた」「寺から脱走」「神隠し」「ある日、プイといなくなった」等々・・・
矢継ぎ早、何と何とまぁカブトの母親は十三人にも膨れ上がったのです!
四代将軍源とも様、大広間に十三人の母親達を集めた。誰もが「我こそはカブトの実母なり」と、口角泡を飛ばしている。気の毒なのはカブト。思いも寄らぬ事態!女共が罵り争っている。醜い。カブトはこの場から消えてしまいたかった。
「ところで、皆様!」
ともが声を張り上げ、一同静まりかえった。
「カブトのお母様が、かくもおいでになるとは存じ上げませんでした。重畳の至り。ひとりよりも二人、二人より三人、三人より・・・大勢のほうが賑やかでよろしい。カブトは孤児であると己を卑下するところ多々ありましたが、本日より胸を張って生きていけるでありましょう。それもこれも皆様方のお蔭。・・・つきましては、折り入ってお願いがございます」
ここでカブトは、ともに促されて退出。
「失礼。当人が居ると具合が悪い話なので・・・さて、皆様。ご存知の通りカブトは、嘗て都を震撼させし大泥棒でありました。皆様方とお別れした後、どういう経緯か、羅生門に巣食い浮浪児の頭目となったのです。この御時世、生きる為に仕方ないとはいえ、悪事に手を染めます。人殺しこそしてないようですが、盗み・追いはぎ・カッパライ・恐喝・詐欺・・・大胆にも土蔵破りを得意とし、特に公家の邸は軒並み被害に遭っております。かく云う、とももお恥ずかしい限りですが、屋敷に四度も侵入を許しました。盗まれた金品の総額、如何程になりましょうや想像もつきませぬ。かように、カブトは都人の怒りを買っておるのです。その憎っくきカブトが今日、大手を振って大路を闊歩できるのは何故か?不肖、源ともが家人に召し抱えておるからです。これでも四代将軍、天下兵馬之権を掌握する武家の棟梁でありますからな。都の治安を預かる将軍の威光で、謂わば見逃されておるのです。では何故、ともがカブトを使っておるか?申し上げたようにカブトには四度、押入られ多大な損害を被っております。その賠償を、つまりは体で払って貰っているわけです。しかしまぁ、これはカブトを護ることでもあるのです。ともの家人であれば、公家共は手が出せません。そんな事情ですが、やはり母子の絆は尊い。ひとつ屋根の下で仲良く暮らすが何より。断腸の念で、カブトを皆様方にお返ししましょう。さてカブトを手放すにあたり負債のほうですが・・・まあ、ともの被害は・・・親の形見やら拝領の品やらで甚大ですが・・・これまでの働きに免じ棒引きにします。ともはそれで良いのですが・・・何分、京者は執念深うございます。カブトが六波羅を一歩出たら、貪欲な公家共は黙っておりますまい。殊に・・・左大臣の九条道家公なぞは冷酷非道!他の追随を許しませぬ。あの陰湿大魔王に睨まれたら最後、本人は元より一族郎党・係累までもネチネチと追い詰め、あるものは何でも総て残らず毟り取りますぞ。それから・・・あれれれ?皆様、どっ何処へ?えっ!居なくなっちゃった。おーい、おーい、皆何処へ行ったんだぁーっ!おーい、戻っておいでーっ!」
ともの話の途中に「母親」達はひとり抜け二人抜け、・・・そして誰も居なくなった。
天竺でな、ひとりの子供に二人の女が「母親だ!」と名乗り出た。お裁きになったけど、どちらも譲らない。困った王様が「子供の手をお互い双方より引っ張ってみよ」ったんだな。女達は子供の手を取って我がものにせんと力いっぱい引っ張る。子供は痛いからワアワア泣き出す。すると片方の女が可哀想とパッと手を離した。引っ張り続けた女は「勝った勝った」と大喜びで子供を連れて行こうとする。すると王様は、その女を捕えた。
「母親なら、我が子が泣き喚いているのに手を引っ張ることはできぬ」
手を離した者が本当の母親である!王様は偽った女を罰し、母子には褒美を与えた・・・
「ともも真似したくってな。母親ならば己が腹を痛めた子が・・・例え犯罪者であろうとも・・・庇うであろう、護るであろう。本当の母親だけは残るであろう・・・まさか皆居なくなるとはなぁ。不徳の致すところ、ともは天竺の王様にはなれんな・・・」
大広間に、ともとカブトがぼんやりと座っていた。ともは想定せぬ成り行きに戸惑い、結果的にカブトを傷つけてしまったことを大後悔。どうしよう?ともはキョロキョロしながら落とし処を探している。
カブトはカブトで居心地が悪い。とも様は悪くないのだ・・・勿論、俺も悪くないし。別に親なぞ欲しい訳でもなかった。そりゃまぁ、最初は驚いたし嬉しかった。あのひとには何かしら温かい気持ちになれた。恥ずかしいというか・・・瞼の母とやらにやっと逢えたのだから・・・それもこれも一日と持たなんだ。次のひとが来てまた・・・で滅茶苦茶だ。嫌んなった。何なんだアイツ等、巫山戯やがって!とどのつまり、金目当て。だから、ひとりも残らなかったことでホッとしたくらいだ。
六波羅はいい。とも様も、英次やコウケツに善行といった連中もいる。この境遇に馴染んでいる。カブトはそれだけで満足だ。
「あーっ!やめた、やめた!」
ともはイキナリ立ち上がって、カブトの背中をどやしつけた。
「何をクヨクヨしておる!男だろ。カブトには、ともがおるではないか。姉と慕ってよいと申したであろう。ともは弟をそんな軟弱者に育てた覚えはないぞ!」
慰めようとか元気づけようとか、ともは自分でも何を言っているか判らなくなってきた。
「・・・でも、やっぱり母者の乳が恋しいか?ともは絶・対・に!駄目だけど、何なら他に頼んでやってもよい。名主んとこの嫁、トシさんでどうだ?豊満だぞ」
カブトは真っ赤になってソッポを向いた。
「四代将軍源とも、時ニハ母ノナイ子ノヨウニ!」これにて!
ありがとうございます!ありがとうございます!
またの機会をご贔屓に!
それでは皆様、ご機嫌よう!!