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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
続・源とも物語
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四代将軍源とも、雨ノ慕情!

 さてさて、四代将軍源とも、であります。

 女だてらに武家の棟梁、征夷大将軍!

 動けば疾風、発すれば雷鳴!

 英姿颯爽・清廉潔白・品行方正・天真爛漫・奇妙奇天烈・摩訶不思議!

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花!

 本邦初!唄って踊れる殿上人!

 四代将軍源とも様におかれましては、またひとつ新たな伝説が加わりました。

 とはいうものの、やはりあの祈祷はやり過ぎ。殊に最後の「けえぇぇぇ-っ!」と失神は段取りにもなく、六波羅衆ドン引き。

「とも様はあれで婚期を十年は逃した」と散々な不評。

「何を申すか!派手に盛大でこそ、雨乞い!有難味が違う。観よ“四代将軍の奇跡”に世間は持ち切りであるっ!」

 ではあるが、ともは声を潜める。

「賞賛は構わぬ。構わぬが、云うに事欠き“雨女あめおんな”などととは甚だ不本意!まるで妖怪ではないか。仮にも“救国の聖女”に対し無礼であろう?」

 字を変え、みやびに「天恋姫あめこいひめ」と呼称せよ!との厳しいお達し。しかし、六波羅幕府の大々的な喧伝も虚しく、全く流行りませんでした。

 妙な年であった。如月きさらぎ弥生やよいと変に生暖かい日が続いた。卯月うづき巨椋池おぐらいけにイキナリ蓮の花が咲き乱れ騒ぎとなる。亀岡では鳥獣の死骸が散乱。若狭の浜には見たこともない奇怪な大魚が打ち上げられた。三上山みかみやまの辺り、真夜中にドスンという大きな音と共に土地が陥没。東の方角が真っ赤に染まっているのが都からも観測された。天変地異の前触れではないか?ひとびとは声を潜めて囁きあう。お天道様は白く薄ぼんやりとしている。

 夏になった。梅雨時というに雨が降らない。もう四十五日にもなる。水源が枯れてきているのだろう、加茂川も随分水位が下がっている。田畑に引く用水が心もとなくなり、各地で水争いが勃発。騒動は次第に激化、血を見る有り様。さすがに看過できなくなり、朝廷は北嶺ほくれい南都なんと他、神社仏閣・陰陽師や道者にまで雨乞いを命じた。

 が、雨は一滴も降らない。いよいよ旱魃かんばつである。呑み水にも不自由する事態。既に疫病も発生している。大勢の死人が放置され、衛生状況も悪化。六月、伊勢の斎宮さいぐうが呼ばれた。更に「治天の君」いん、御自ら大掛かりな祈祷をおこなった。が、いずれも効果は現れない。雨が降らぬのだ。非常事態である。普段は呑気に朝廷で権力争いを繰り広げている公家共も顔面蒼白!院の政敵であるはずの左大臣・九条道家くじょうみちいえですら天を仰いだ。

 院の祈祷失敗に朝廷は重苦しい雰囲気に包まれた。斯くなる上は、みかどに祈祷をお願いする他ない。だが、帝は御年六つ。いささか重責ではなかろうか。畏れ多いことではあるが、もしものことがあれば・・・既に先帝である院が失敗されたのだ。御威光は地に堕ちる。いや、御天子様が祈られれば至誠天に通ず、必ずや雨は降る!喧々諤々(けんけんがくがく)、朝議は沸騰。結論が出ないまま深夜にまで及んだ。どの公家も疲労の色が濃い。目は充血し喉は涸れ意識は朦朧としたその最中、

「はあい!」

 議場の最後尾から元気よく手を上げて立ち上がった者がいる。

 誰有ろう、四代将軍源とも!


 ともは一同を見渡し大音声だいおんじょうで叱責!

「何をいつまでも騒いでおるのです?事、この期に及んでも尚、保身やつまらぬ面子を繕おうとは!揃いも揃って情けないお歴々であることよ。問題は、雨が降らぬことであります。この日照りが続けば飢饉ききんになりますぞ。一刻も早く雨は降らねばならぬ。その為に出来ることは何でもすべき。帝に祈祷していただくのなら早急にお願いしましょう。失敗したら御威光に傷!などと、グダグダ心配するのはかえって不敬であります」

 四代将軍源ともは従五位下。朝議の末席に連なっても発言できる身分ではない。が、流石に咎める者もおりません。

「雨は確実に降らさねばなりません。最早、猶予はない。どなたもおやりにならぬなら・・・僭越ではありますが、不肖従五位下四代将軍源ともが雨乞いを祈祷しましょう」

 議場は騒然!戯言にも程がある。こんな小娘風情が祈って雨が降るなら、誰もこんな苦労はしない。院や伊勢斎宮をはじめ、名立たる修験者がことごとく失敗したのだぞ。それをわざわざ志願とは!しくじれば失脚どころではない。

「ともは法名“知栄院春香ちえいいんしゅんきょう”という出家であります。そうですな、明日祈祷しましょう。うん、明後日あさってには降るんじゃないかな」


 さぁ大変!翌日、五条河原は黒山の人だかり。四代将軍源とも様、雨乞いの祈祷!民衆の期待は否応なく高まっている。果たしてこの清和源氏主流の末裔は見事、雨を降らせられるのでしょうか?空は相変わらず雲ひとつなく晴れ渡る。まだ早朝というに、お天道様はジリジリと大地を焦がす。ひとびとは爪の立たぬ程押し合い圧し合いで、ともの登場を待ちわびております。ややあって「おうっ!」と云うどよめき。水の少なくなった加茂川に一艘の小舟がスルスルと漕ぎ出されました。

 小舟にすっくと立つは四代将軍源とも様!その日の扮装いでたち白衣しらぎぬ緋袴ひばかまの巫女装束に千早を羽織り、頭飾りは前天冠まえてんかん額当ぬかあて折枝せっし、履物は白足袋、採り物には、さかきみてぐらほこかずら衵扇あこめおうぎ神楽鈴かぐらすず!アメノウズメかタカオカミ、はたまた天女が舞い降りたが如く!眩いばかりの艶姿!

 ともは朗々と両腕を大きく広げるや、袴を翻し足を高々と上げ、扇を開き鈴を振り、イキナリ素っ頓狂な声を張り上げる!


 雨を降れ 雨よ降れ

 雨雨降れ降れ 雨よ降れ

 野にも山にも降り注げ ホレ降り注げ

 雨よ降れ 雨よ降れ

 雨雨降れ降れ 雨よ降れ

 ピチピチ チャプチャプ ランランラン

 ナニャドラヨー サラエテ ナニャドラヨー

 ナニャド ナサレテ ナニャドラヤ

 ヤットコセー、ヨイナセー、こりゃなんでもせーっ!


 奇声を発し、手足をブラブラ振り回す。狭い小舟の上で飛んだり跳ねたり、物の怪に憑かれたように踊り狂う。極めつけは、天地を揺るがさんばかりの絶叫!

「けぇえええええええーっ!」

 ともは白目を剥き、口から泡を吹いて、仰向けに引っ繰り返って失神。・・・雨乞いは恙無つつがなく終了・・・したのか?


 五条大橋に詰めかけた大群衆はこの光景に唖然呆然。いや、よく判らんが、とにかく凄いものを観てしまった。騒めくうち、小舟は岸に着く。すると失神していたはずの、ともはムックリ起きあがり、そのままスタスタと六波羅屋敷に帰ってしまう。残されたひとびとは狐に抓まれた様。ポカンとしたまま。

 その時である。雲ひとつない晴天の西方に小さな黒点が現れたと思いきや、みるみるうちに広がって辺りは真っ暗。何事かと訝しんで天を見上げたひとの顔にポツンと冷たい雫が当たります。一転、ザアザアザアザア、車軸しゃじくを流す大雨ではありませんか!ひとびとはビショ濡れになりながらもお互い抱き合って大喜び!


 天に祈り雨を降らせた四代将軍源とも!

 唄い舞えば鬼神も踊る!心浮き浮き有頂天!

 さすが天晴!「時の女」四代将軍源とも!


 満天下が、ともに深い畏怖の念を抱いたのであります。四代将軍は風雨をも自在に操る。仙人の生まれ変わりか、はたまた竜神の化身であるか!



 種明かしをすると他愛もない。

 六波羅屋敷の近所に、茂作もさくという鰥夫やもめがいた。呑んだくれのロクデナシ。だが、この者には気の毒なところもあって、昔、戦場で矢傷を負い、以来体調が優れぬ。殊に梅雨時には腰も立たない。雨が降ると古傷が痛むのだ。茂作は首や背中の具合で天候が判った。雨の降る前日なぞ眠れぬ程苦しむ。それが今年に入って、すこぶる調子が良い。世間じゃ旱魃だの水争いで騒々しいが、儂にとっては極楽極楽!と吹聴していた。「地獄耳」とも様が見逃すハズはない。家人で医術も心得たコウケツを茂作の家に遣り、観察させる。すると二、三日前から茂作の顔色が悪い。

 こりゃ、そろそろじゃな。天が人間に罰を与えようと日照りにしても、そうそう続くもんじゃない。いずれ雨は降るであろう。だが、時期というものがある。降るような雲気にならねば、誰が何をやっても無駄無駄無駄!ともは茂作の古傷で雨が近いと覚った。一見無謀とも思われた祈祷志願は、実は充分な勝算があったのです。あとは得意の即興、出鱈目な呪文を大袈裟な演技で煙に巻くだけ。

 ともは雨を降らせた功績で、帝から褒美を頂戴する。手柄を横取りして悪いと思ったかともは茂作を正式にお召し抱え。それから茂作は毎日六波羅から天気予報を流し、百姓や漁師から大層感謝されたとの由。


 おーっと、丁度時間となりました。

 ・・・これから先が面白い!

「島人ヌ血風録!」次回、堂々完結!

 乞う、ご期待!

 なんくるないさーっ!

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