四代将軍源とも、地獄大戦争!(下)
四代将軍源とも対平大相国清盛!
稀代の軍師!伊勢平氏総帥にして史上初の武人太政大臣清盛!
対するは、空前絶後の人気者・四代将軍源とも!
新旧の源平伝説、時空を超え、ついに竜虎相搏つ!
血沸き肉躍る、一大決戦!!
舞台は地獄!
括目せよ!いよいよ佳境!最高潮!
閻魔の庁から最も遠い砦を任されたの男は阿久比という。
平安時分、阿久比は百姓を嫌って家を飛び出した。俺はこんな田舎で朽ち果てる男ではない。都へ行き実力でのし上がり、金も女も欲しいものを総て手に入れる!たった一度の人生、面白おかしく楽しもうではないか。しかし現実はキビシイ。虚しくもアッサリと挫折。とどのつまり盗賊の手下となった。遂には仲間内の些細な喧嘩で殺される。なんと詰まらぬ生涯であったろう。挙句の果て、地獄行だ。阿久比、憤怒!何故、俺が地獄なのか!死後の世界にも運不運、氏素性や貧富による差別・依怙贔屓があるからだ!阿久比は生まれた時代を、置かれた境遇を、激しく恨んだ。俺はもっと出来る男なのだ!
「そういう腐った性根だから、このような目に遭うのだ」
鬼共はせせら笑い、阿久比を業火で焼き鞭で散々打擲。そうして鉄の煮立った釜へ放り込む。阿久比の身体はそのまま汚泥に放置され、蛇に脳を啜られ狼に腸を咬まれる。血生臭い風が吹くと破片が集まり肉体は再生される。そうしてまた呵責は飽くことなく繰り返されるのだ。地獄であった。死ぬことすらできない。
何百回目かの責め苦の時であったろう?いきなりヌッと大男が現れ、赤鬼を張り倒した。大男は鬼を鉄の釜へ放り込む。「ぎぃいいいーっ」鬼は断末魔をあげ溶けてしまった。それから大男は手当たり次第、鬼共を叩きのめす。阿久比は呆然と立ち尽くすのみ。ようやく大男が振り返ってニヤリと笑った。助けてくれたのだ。阿久比は大慌てで大男の後を追った。以来、腰巾着のように従っている。大男は口数が少なく名乗りもしない。ただ「武士だ」とのみ言った。
「地獄行きは構わんが、針の山だの血の池に放り込まれるのは真っ平御免だな」
大男は娑婆の戦で一度も敗けたことがないという。そして実際、大男は鬼共を手玉にとり撃退、各地で亡者を開放した。亡者達は狂喜乱舞!大男に付いていけば間違いない。大男の下には瞬く間に数万の亡者が群がった。続々と加わってくる亡者達を、大男は巧みに編成し一気呵成に勝ち進む。なんと同時期に複数の戦を仕掛け一網打尽という信じられぬ成果。大男の指示通りに動けば面白いように鬼共に勝つことができた。
遂には閻魔大王を潰走せしめ、今や大男は地獄の支配者となっている。
亡者の中に、大男を知っている者がいた。
「平大相国清盛様だ!」
阿久比は七つの軍団の長となり、最前線で鬼共と対峙している。
清盛から伝授された策が次々と当たり、敵はズルズルと後退していく。それを追ううち、阿久比は随分遠くまで突出してしまった。清盛からは「戦線を縮小、一旦戻れ」と何度も使いを寄越してくる。しかし、阿久比はことごとく無視。ふん、大男も焼きが回ったか?戦には潮目というものがあろう。今は押しに押しまくっている。このまま進撃すべきだ。既に敵軍は機能していない。呆然と遠巻きにするのみ。追えば易々と崩れていく。早晩、閻魔大王をも生け捕りにしてくれるわ!どうだ!これが俺の実力だ!
しばらく膠着していた戦線に小さな異変が起きた。何とこれまで単身で猪突猛進しか能のなかった鬼共が陣形を組んだのである。指揮を執っているのは、あろうことかあるまいことか、亡者ではないか!左様、海賊磯部治郎丸!
「さすがに奴等も考えたか」
鬼は三匹一組で向かってくる。阿久比側は各々百人の亡者で応戦。鬼は組になってもやはりバラバラであった。連携がとれない。どころか、他を頼むようになり戦意喪失、鬼共は不様に逃げ惑った。何のことはない、これなら以前の単独で向かってくる方が手強かった。
「形ばかり真似でも無駄だわっ!」
阿久比、呵呵と大笑。その光景は最早、戦ではなく単なる殺戮。こうなると阿久比は己もこの遊びに参加したくなり砦から討ってでた。
「トンマが這い出してきおったわ!」
治郎丸、舌舐めずり。そう、罠だった。てんでんバラバラに逃げ惑っていた鬼共、突如隊列を整え向きを変える。更に何処に隠れていたのか側面背面からも鬼が現れ、あっという間に阿久比は袋のネズミ。忘れていた。鬼は大きくて強くて怖い。鬼に睨まれた阿久比は金縛りにあったように縮み上がって動けない。鬼の岩のような拳が阿久比の顔面をブチのめす。鋭い爪で八つ裂き!磯部治郎丸はニヤニヤ見下ろしている。
ともは金の竜に跨って空を舞う。ともはこの竜が気に入り「マサコ」と名付けて乗り回している。いよいよ敵の本陣へ乗り込むのだ。閻魔の庁の門前、ともは青鬼ヤストキと磯部治郎丸を伴い、ゆっくりと降り立った。治郎丸が担ぐ槍の先には、嗚呼何と!阿久比が無惨にも串刺し。頭を潰され腸を引きずった阿久比は弱々しく泣いていた。地獄の亡者はあらゆる責め苦でも再生してしまう。ともは治郎丸に命じて、ワザと手加減して阿久比を痛めつけた。阿久比の身体は滅びず再生もしない。凌辱の苦悶のみが永続するのだ。内臓から噴き出すドス黒い血に咽ながら阿久比は助けを求めた。が、糸より細い悲鳴は誰の耳にも届かない。
亡者達は改めて地獄の恐ろしさに身の毛がよだった。そうなのだ、相手は鬼であった。わが身は不死身ではなかった。潰されても引き裂かれても死ねない。苦痛からのがれる術はないのだ。連戦連勝で高揚していた為、麻痺していた。忘れていた恐怖が、痛みが、甦ってきた。亡者達は血の気を失い声もなく道を開ける。
磯部治郎丸、大音声で呼ばわった。
「一の砦は壊滅したぞ!頭の阿久比はこの通り。平大相国清盛の常勝不敗は潰えた!」
これが、ともの目論見。兎にも角にも統率者の威厳を傷つける。平清盛は戦では敗けたことがない。それを地獄でも実践してみせた。これが拠り所であった。で、あるから急速に亡者の支持を集め首領に担がれた。その根拠を崩す。本来、砦のひとつふたつ失ったところで大局に影響はない。まして清盛程の大将ならば、先を見据え眉ひとつ動かさぬであろう。だが、亡者は違う。目の前に惨めな阿久比を突き付けられ動揺し恐慌に陥った。彼等は思い出したのだ。呵責の日々を。骨は砕かれ肉は裂け血に塗れ死ぬことも叶わぬ阿鼻叫喚を!・・・清盛の魔法が解けた。
「わあっ」と誰かが叫ぶや否や亡者達は逃げ出した。強固な堤もわずかな蟻の一穴から崩れる。何万という亡者が先を争って逃げる。ひとりが転び、それに躓いた亡者が何千何万と折り重なって潰れた。あらぬ方向に駆け出した亡者の跡を追って、断崖絶壁から群れをなして飛び谷底へ吸い込まれてゆく。鬼共はようやく本来の役目を取り戻す。逃げ惑う亡者を捕え鷲掴みにしては次々と業火に放り込む。正に地獄!
「・・・終わったな。脆いものよの」
閻魔の庁の本丸、奥の座敷で大男はひとりで酒を呑んでいた。紛うことなき、平大相国清盛!
ともは前に進み出、ピタリ平伏。
「お初にお目にかかり恐悦至極に存じます。手前は頼朝が末子、ともにございます」
清盛は盃を舐め物憂げに顔を向けた。
「頼朝の?・・・はん、やけに細っこいと思ったら女子であったか。で、何用だ?清盛が首でも獲りにきたか」
「過ぐる平治の乱において敗れし上総御曹司義朝が三男頼朝、斬首は武士の習い。であるところ特別の憐憫をもって助命いただきました。大相国様のご慈悲無くば、ともは生まれておりません。いわば、命の恩人。一言、御礼を・・・」
清盛は鋭い眼光でギラリと凄む。
「ふん、あれは義母が五月蠅かったからだ。少々呆けておってな。何が“死んだ子に似ている”だ、結果どうなった?一族が滅んだわ」
清盛は忌々しそうに酒をあおる。
「此度は・・・敵ながら天晴である。褒めて遣わす。弱点を攻めるのは鉄則であるからな。儂の負けだ」
「平大相国様はお優しい。己のことより他人を惟る。ご自分に欲が無いものだから、皆そうだと思っておられる。しかし人間は欲の塊なのです。弱い者程、欲が強い。苦痛から逃れられたら自由が欲しくなります。自由を得たら、次は金・酒・女・・・強欲を貪り続け際限がありません」
「ふん、儂は貪欲ぞ。欲しいものを望んで何が悪い?」
「己の力で手に入れれば何ら差し障りありません。欲しいものは与えられるのではなく奪うべき、ではありませぬか?亡者達は、相国様に解放されました。そりゃ当座は感謝したでしょう。でも、後どうなりました?喉元過ぎれば熱さを忘れる。どんどん増長していったではありませんか。遂には、阿久比のように慢心し元の木阿弥。結局、己の分際なのです。いくら相国様が力を貸しても無理なものは無理。過分な情けをかけるは、かえって不幸を招きます」
清盛は黙って酒を呑み干した。そして盃をグイッと、ともに差出し徳利から並々と酒を注ぐ。
「女子には惜しい面構えよの。そうか、頼朝の娘か・・・まぁ、呑め!」
差し渡し一尺はあろうかという大盃。そこに表面が盛り上がる程波打つ酒。ともは酒を呑んだことがありません。が、酒は嫌いです。と云うより酒呑みが嫌い、大嫌い!酒呑みは周囲に大勢おりました。酒を呑むと連中は泣いたり笑ったり怒ったり、まぁ騒々しいことといったら!普段は大人しく畏まっていた者が、否!そういう輩程、酒が入ると図々しくなる。ともは幾度、酔っ払いに絡まれ迷惑被ったことか。家人にイキナリ抱き着かれたことさえあるのだ!ところが奴等は翌日にはケロリと昨夜の乱暴狼藉を忘却しておる。ホントか?アレを覚えておらんとは。あまりにも不遜であろう。ともの憤慨に、師・昌恵はしみじみと諭したものです。
「男というものは、嫌なこと辛いこと苦しいことを、酒を呑んで忘れようとするのさ。憂さを晴らしておるのだ。思えば可哀想な生き物だ」
以来、ともは酒席に一切出ない。出来るだけ遠くから冷ややかな目を向けるのみ。
が、今はそんなことは云ってられない。行きがかり上、この大盃を空けねばならぬ。それに重くて何時までも両手で支えきれない。ええい、ままよ!ともは覚悟を決めた。下郎共が喜んで呑んでおるではないか。病もうが禁じらようが止められぬ程。生き甲斐とまで断言する者もおる。ならば、従五位下四代将軍源とも様に呑めぬハズはない。よしんば、ともが下戸であったとしても、ここは地獄。いくら支障あろうが大丈夫、もう死んでいる。
ともはぐぅーっと一気に呑み干した。
「ぷはあぁぁぁぁっ!」
酒は轟轟と、ともの喉を焼き五臓六腑に染渡る。目が回る。耳鳴りがする。頭が噴火しそう。
「良い呑みっぷりじゃ。地獄の酒は旨い。透き通っていて辛口だ。もう一杯どうだ?」
会見の後、平大相国清盛は閻魔の庁から忽然と消えた。
亡者達が降伏したからには未練はない。だが、地獄の軍門には下らぬ。ひとりで行きたいところへ行き、やりたいことをやる。差し当たっては、昔惚れた女が十万億土の何処かに居るだろうから逢いたい、探してみよう。気が向いたら戻ってくる。その時は、ともを妾にしてやる・・・
ともは黙って頷いた。実はそれどころではない。口から鼻から毛穴から酒が吹き出そうであった。ともは茹でダコのように真っ赤になって足元も覚束ない。清盛の話も後半は何を言ってるのか判らなかった。やっとのことで竜のマサコに乗り込んだが焦点定まらず。頭が痛い。グルグル回る。ムカムカする。気持ちが悪い。ふと振り返ると磯部治郎丸の髭面があった。見る見るうち、ともの顔色が赤から青へと変化。「?!」治郎丸は危険を察し身を捩った。が、遅かりし!ともは治郎丸の胸元にしがみつき盛大に嘔吐。何もかも洗い浚い全部ブチまけた!
「ぎえぇぇぇっ!」
治郎丸は元より、青鬼ヤストキに竜のマサコまで被害は甚大。この時、ともの口から小さな黒い虫のようなものが二匹飛び出した。ヤストキがこれを踏み潰す。フグの毒であった。
地獄の秩序は回復された。閻魔の庁では、早速停滞していたお裁きを再開。業火や血の池、針の山も順次稼働。地獄に阿鼻叫喚の活況が戻ってきた。鬼共は何事もなかったかのように、亡者共を呵責する。
閻魔大王は改めて、ともと磯部治郎丸を宮殿に招いた。
「大義であった。褒美といっては何だが、礼がしたい。望みあれば何なりと申せ」
「ともは極楽へ行きとうございます」
閻魔大王はウムと詰まって渋い顔。
「あのな、そもそも人間は罪深い。極楽へ行ける者なぞ滅多におらん。そちは武人であるから猶更、極楽は無理だなぁ」
ともは口を尖らせて膨れっ面。
「だったら、平大相国殿の味方をすれば良かった!今からでも遅くはない。おい、治郎丸行くぞ!」
慌てて閻魔大王は手を振って代案を出します。
「本来はいけないのだが、そちを甦らせてやろう。元の世界に戻す。寿命も少し伸ばすがどうじゃ?」
ともは不承不承聞き入れました。でも内心はしてやったり。
「磯部治郎丸は?」
「この者は罪が重過ぎる・・・」
「じゃあ、やっぱり!」
「わ、判った!何とかする。だがな、治郎丸は首を切られておるだろう。身体が完全に揃わぬ者は生き返ることはできぬ」
「何とっ、誰がそんな酷いことを!」
「お前だろうがっ!」
海賊・磯部治郎丸、本来なら畜生道に堕ちるところ、来世も人間とあいなりました。ただし、一寸先になるようです。
「まぁ、しばらくこっちに居る。酒も旨いしな。地獄に飽きたら転生しよう。そうさな、ともの腹から生まれるか」
ぎえっ!ともは血相を変えて懐から菊一文字則宗を引き抜いて治郎丸に突きつける。
「きっ貴様ァ、それだけは許さん!この助平野郎っ!ブッ殺してやる!」
ともは閻魔大王に向かって口角泡を飛ばし喚き散らす。
「コヤツ、即刻畜生道へ堕とすべし!来世は馬だ、馬!六波羅に送ってくだされ。ともがこき使ってやる!」
治郎丸、逃げながら大笑い。
「やっぱ、止めとくわ。ともみたいな貧弱な乳は俺の趣味じゃねぇ。どうせ吸いつくなら牛のように豊満なのが良いからな。・・・そうよの、山門の坊主にでもなるかな。何しろ、閻魔大王のお声がかりだ」
ふと目が明いた。大勢の顔が覗き込んでいる。ともはムックリ起きあがった。
「・・・腹が減ったな」
とも様ぁ!一同沸き立った。師昌恵が泣きながら抱き着いてくる。卿ノ局は深い安堵の溜息で失神。英次やカブト、家人共も喜びと驚きで顔がクシャクシャだ。コウケツ・善行と、祈祷をしていた陰陽師も歓声を上げる。
「とも様、ようご無事で・・・」
「いや、死んでたよ。ちょっと地獄へ行ってきた」
一同、泣き笑い、ともの戯言なんか頓着してられません。
後日、帝から快気祝いとして駿馬が下賜されました。「早速か!」とも大喜び!「ジロマル」と呼び乗り回しております。何とまぁ不謹慎!謀反人の名ではありませんか。
ともはもう元気いっぱい。相変わらず「酒は毒水、男は助平」
「その方共、死ぬなら今だぞ。地獄へ堕ちたら、ともの名を出すがよい。ともは閻魔大王とは馴染みじゃ。鬼のヨシトキ・ヤストキ、竜のマサコなんかと心易いからの。良しなに言ってある」などと妙なことを宣ております。
それからしばらくしてのこと。六波羅屋敷の門前に捨て子がありました。玉のような大きな男の子。「念の入ったことよの」ともは何故か苦笑して、赤子を山門に預けます。後の法眼大僧都「磯部」豪放磊落にして洒脱、地獄極楽の法話は迫真と評判でありました。
大著「四代将軍記」を編纂した伸晃は、この磯部の弟子に当たります。
「四代将軍源とも、地獄大戦争!」これにて全編の終了!
ありがとうございます!ありがとうございます!
またの機会をご贔屓に!
それでは皆様、ご機嫌よう!!