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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
六波羅夜話
31/33

四代将軍源とも、自由ヘノ長イ旅!

 少女は丹波の山村で育った。お腹は何時も空いていた。小さいうちから親の手伝いで忙しい。毎日毎日、同じことの繰り返し。何の変哲もない。そのまま何年も暮らしていた。

 ある日突然、天地が引っくり返るような衝撃!びっくり、痛い、熱い!大人達が声を荒げて争っている。何時も優しいオッチャンが怖い顔で睨む。・・・それから少女は憶えがない。気が付いたら大きなぼんさんに抱きかかえられていた。ガランとしている。傍らにむしろが被せてあって誰か寝ているようだ。が、坊さんは構わず少女を連れて外に出た。里は無人であった。あちこちの家が壊されている。焼け焦げた跡も。土が大きく盛り上がっている。何か埋めたのだろうか。少女の知ってる風景ではなかった。

 坊さんは怒ったように口の中で何か呟いている。風が吹いてきた。何も聞こえない。何が起こったのか?皆何処へ行ったのか?坊さんは教えてくれない。が、もうここには居られないと坊さんに言われた。

 それから少女は、坊さんと一緒に旅をしている。


 名は?と坊さんに問われ「おい」だと答えた。

 そりゃ名前じゃない、他にあるだろ?坊さんは可笑しそうに首を振った。

「おい」じゃなかったら・・・何だろう?狭い村は、ほとんどが親戚。本家、分家、東、西、川下、爺さま、後家なんかで事が足りてた。

 名前は・・・あるハズだけど呼ばれたことがない。忘れちゃった。干支も知らない。

 じゃあ、儂が名前を付けてやろう。

「さち」でどうだ?慌てて頷く。よし、決めた。「幸」と書く。別人になったようで恥ずかしかった。「幸」は「さいわい」・・・「いいこと」だって。


 坊さんは大きくて怖かったが、とっても優しい。坊さんは「瑞光ずいこう」という。瑞光様はご自分をあまり語らない。伊豆の立派なお寺で修業してたらしい。御恩ある和尚さんが中風で倒れ、付きっ切りでお世話した。お寺には偉いひと、天子様やお公家さんからも文が届く。瑞光様は和尚さんに代わって返事を書いた。瑞光様は和尚さんの字がそっくりそのまま書けた。そのうち他のひとの筆のクセも真似ることができるようになり、何度かイタズラしたことがあるという。

「なぁに、訳はない。ぐにゃぐにゃとそれらしくあれば良いのだ。それよりも文は何が書いてあるかが大事でな。皆、それに心奪われてるから気がつきゃしない」

 瑞光様は笑うが、凄い技だと思う。ところが和尚さんが亡くなって代筆がバレた。瑞光様はお寺を追い出された。それから雲水となって天下のあちこちを旅してる。独りのときもあれば、田楽踊りの見世物にも出演してたって!

 瑞光様は、幸にいろんな話をしてくれた。難しくてよく判らない。瑞光様は何時も怒っていた。世の中とか天下とか、正しいこと悪いこと・・・お酒を呑みながら、段々声が大きくなり遂には泣きだすんだ。瑞光様は他人のことに涙を流す。強い者を憎み、弱いひとを心配してた。あんなに大きい瑞光様なのに、お酒を呑むと小さく見える。可哀そう。呑まなきゃいいのに。だけど、大人というものは、男というものは、辛いこと苦しいことがいっぱいで、お酒で紛らわせるんだ。


 瑞光様は、幸に字を教えてくれた。字を覚えると書が読める。知らないことが判る。それから文が書ける。自分の思ってることを残せるし、他人にも伝えられるんだ。

 お手本にと、瑞光様は紙の束をどっさり渡してくれた。「たま」というひとの書いたものだって。玉さんは昔の仲間で年恰好も幸に似ていると云う。

 どうしてこんなものを?

 娘のようなもんだったからなと、瑞光様は淋しそうな眼を向けた。

「幸は”四代将軍“を知っているか?」

「将軍様!知ってる、知ってる!女のひとでしょう?山賊をやっつけたり、ぬえを退治したんだよね!」

 幸の村では、都なんて遠い遠い別世界。いくさのはなしも、天子様が代わったとか、どうでもいい。明日のお天気のほうが大事。でも、そんな山奥まで噂は広まっていた。将軍様のはなしだけは、大人も子供も夢中!普段は怖い爺ちゃんも“女子おなごの身でエライもんだ”と褒めていた。

「ん、そうだ。それが玉だったんだよ。玉はドエライことをやってのけた」

 えっ?!凄い!将軍様!凄い、凄い、凄い!瑞光様は将軍様の仲間だったんだ!

「将軍様はあれからどうしたの?」

四代将軍よだいしょうぐん源朝子みなもとともこはもういない・・・遠いところへ行ったんだ」

「遠いところって?」

「唐天竺よりもっと遠いところだ。玉は、四代将軍はな、この国を見限った。儂は何もしてやれなんだ・・・」

 瑞光様は目にいっぱい涙を浮かべて苦し気に呟いた。

 幸はよく判らない。将軍様は都が嫌になって出ていっちゃった。どうして?皆は知ってるんだろうか?

 幸は考えた・・・将軍様がいなくなったから世の中悪いことばかり起こるんだ!

「だから、だから、今度こそは儂がやる。なので時間がないのだ。幸にいろいろ教えてやれん。それは玉の形見だ。幸にやる。それで字を覚えろ。そして幸も何か書いて生きた証を残せ」


 幸は、玉さんの文を拾い読みしてみた。仮名は何とかなるけど本字はお手上げ。難しいのは飛ばして簡単なところから。それでも何度も見ているうちに大体意味が判ってくる。 

 いろんなことが書いてあった。今日何をしたとか、面白かったこと。好きなもの、嫌いなもの。鳥とか花の色や形、すぐ傍にあるのに気づかなかったことも沢山。ひとのことなんて凄く細かい。姿形から性格まで。会ったこともないのに、そのひとが有り有りと浮かぶ。名前が書いてないのは悪口が多いからかな。明らかに瑞光様と判る描写があった。ホントにそのまま!そのあとに「酒呑み、助平」だって。

 この玉さんが「将軍様」だったなんて!素敵、素敵、素敵!幸は、驚いたり感心したり。そうやって文を書き写し字を覚えていった。隅の方に同じ字を何度も練習してある。くすっ!玉さんも難しい字は苦手だったんだ! 

 瑞光様は、玉さんが大好きだったのだろう。瑞光様は「幸は玉に似てる!」と云う。幸は顔が熱くなった。そんな、将軍様になんて!だけど幸には、玉さんの文と将軍様の印象が繋がらない。偉い方だから「将軍様」と呼ばなきゃいけないのに。幸の中ではもう「玉さん」だ。玉さんは本家のお嫁さんみたいに綺麗で優しそう。いつの日か、玉さんが帰ってきたら・・・会ってお話したい。


 変なお天気が続いている。夏なのに暑くない。お天道様が妙に白っぽくて、そのくせ雨も降らない。これじゃお米ができないよ。悪い病気が流行ってるって。ひとがバタバタと死んでいく。死骸は道端に転がしたまま。怖ろしいことにそんな風景にも慣れてしまった。そこら中に、行く当てのないひとが溢れている。

 そういったひとたちが、瑞光様のところへ集まってきた。

「ひとを救うが出家の道」

 瑞光様は、みんなの頭目となった。瑞光様達は、大山の荘園を襲い倉を破った。中にはお米がぎっしり。皆、困ってるのにどうしてここだけ!

「米はある!どうだ、我々はこの地で平和に暮らすのだ!」

 だけど大山は、日ならずして大勢のお武家に取り囲まれてしまった。戦になるの?こっちは刀も弓矢もない。お年寄りや赤さんだっている。病気で動けないひとも。

 それでも瑞光様は余裕綽々。戦はしたことがないけど、戦で勝つ方法が載ってる唐土もろこしの書を読んでいる。ひとつ、そいつを試してみようじゃないか。

 瑞光様は、闘うひとを何組にも分け夜中にこっそり抜け出す。敵の背後に回り、寝ているところを襲う。敵はビックリして逃げ出した。瑞光様、高笑い!


 瑞光様は歌を作った。

「我々はぞくではない!たみなのだ!」

 毎朝、皆で手を繋ぎ輪になって歌う。


 食い物をよこせ!

 寝ぐらをよこせ!

 他には何もいらぬ!

 ヤットコセー ヨイナセー こりゃなんでもせーっ!


 ひぃ、ふぅ、みぃ、で、「ほぃっ!」


 気合を入れて笑顔で出発していく。幸も手を振って見送る。

 だけど何人かは戻ってこない。それでも戦は続いた。


 幸は大山荘の中に居る。他の女達と飯を作ったり傷病人のお世話。敵は大勢、味方は少し。戦はどうなっているんだろう?半分も戻ってこない日もあった。帰ってきても皆、怪我してる。

 頭を割られた男が運ばれてきた。凄く血が出ている。幸は痙攣する男の体を必死で押えた。男が手を差し伸べ「ちよ・・・」と呟いた。幸はその手を夢中で握った。男は顔を歪め事切れた。ちよって、ちよって誰?このひとのお嫁さん?娘さん?幸は涙が止まらない。それから、幸は死にゆく者の手を握り続けた。お嫁さんとなり娘さんとなって。時には姉さん妹さん、母ちゃんにも婆ちゃんにもなった。

 仲間には僅かながらお武家様もいる。そのひと達は慣れぬ皆を率い先頭に立って闘った。だから真っ先に狙われる。一番若くて元気だったお武家様が血まみれで運ばれてきた。挫じけちゃダメだ!と何時も皆を励ましていたひと。幸が駆け寄ると、お武家様は呻いた。

とも様・・・」

 幸はハッとして手を握った。

「朝、だよ!」

 お武家様は微笑み血を吐いて死んだ。


 翌日、幸は戦場に立った。

「四代将軍源朝子見参!」


「将軍様」の威力はバツグン!

 敵は恐れをなして逃げ出した。愉快!愉快!久しぶりに大山に笑顔が戻ってきた。

 でも、瑞光様に叱られた。幸が「将軍様」の代わりになんて無理だって。それは判ってる。皆も、幸が将軍様じゃないこと知ってる。・・・死んだお武家様だって多分。だけど皆、喜んでる。

 幸は心を決めた。初めて瑞光様に逆らった。

 幸は「四代将軍源朝子」となった。


 幸は白拍子姿で戦に出る。笑顔で檄を飛ばす。将軍様がそうだったように。面白いように勝てた。敵も味方も「四代将軍源朝子」に大騒ぎ!凄い!凄い!凄い!


 幸は調子に乗っちゃった。いい気になってたかもしれない。

 突然、叩きつけられた。お腹にドスンと岩を落とされたよう。痛い、と言う間もなく。動けない、喋れない、聞こえない、目が見えない、暗くなってきた・・・


 嗚呼、しくじったなぁ。白拍子は目立つから危ない、止めろ!と瑞光様が怒ってたのに。聞き分けがないから、罰が当たったんだ。敵の弓矢にあたっちゃった。

 幸の「四代将軍」なんてやっぱりダメだ。

 玉さんは頭が良くて踊りが上手くて、それで「源朝子」になった。幸は上っ面の真似だけだから失敗。瑞光様は、幸は玉さんに「似てる」と言ってくれた。だから、幸は玉さんの替りになろうとした。せめて近づきたい。でも駄目だったな。幸じゃ比べものにならないや。瑞光様、ごめんなさい。せっかく「幸」の名前をくれたのに“いいこと”なんて何もなかった・・・


 幸は不思議な場所にでた。穏やかな光に包まれている。静か。目を凝らすと誰か座っていた。綺麗なべべを着ている。お姫様のよう。背の高いひと。

「やあ、幸!」

 お姫様はニッコリ笑った。幸は驚いて胸がドキドキした。この方は・・・

「玉だよ、玉!・・・四代将軍源朝子様だ」

 あっ!幸は両手で口を押えて立ち尽くす。やっぱり!

「あの・・・瑞光様と・・・将軍様・・・」

「うん、ずっと観てた。頑張ったなぁ。四代将軍は良かった。玉なんかより、よっぽど似合ってる。玉は戦したことないもん」

 幸は涙が止まらない。瑞光様のウソツキ!瑞光様は、幸は玉さんに似ていると云った。だけど全然違う!姿も形も!幸は小さいのに、玉さんはこんなに背が高い。なのにこんなに可愛らしい。

「瑞光は薄情者だぞ。都で行列ん時、幾度か見たが知らん顔されての。一寸ちょっと落ち込んだ。玉が勝手なことしたから怒ってるんだな。・・・オハナシで悪者にしちゃったし」

「瑞光様はお優しいです!」

「そっか、幸には優しいんだな。ふむ、瑞光は、幸みたいな小さい女子が大好きだからな。相変わらず助平なヤツだ」

 そこへ小柄なお姫様が入ってきた。ビックリするくらい綺麗なひと。お姫様は幸に微笑むと、玉さんに何事か囁いた。うん、と玉さんは頷く。

「こっちもいろいろ面倒でな。もう行かなくちゃならん」

 いきなり玉さんに抱きしめられた。幸は体中が熱くなり胸が張り裂けそう。玉さんは、あったかくて柔らかくていい匂い・・・優しく背中を撫でてくれた。

「じゃあ、瑞光にヨロシクな」

 玉さんとお姫様は立ち上がった。幸は堪らずその背中にすがった。

「連れてって!」

 驚いたように玉さんが振り向く。お姫様が袖を引き首を振る。

「判ってるよ、ねえさま。まぁ、いずれどうしたって来なきゃならんところだ。慌てんでもな・・・けど・・・」

 幸は淋しそうな顔をしてたんだろう。玉さんは小首を傾げてニッコリ笑ってくれた。


 幸が死んでしまった。

 瑞光は慙愧に堪えない。何の罪もない少女を巻き込んでしまった。総て、儂の所為だ。不甲斐ない、情けない、恥ずかしい・・・申し訳ない。瑞光はまたしても己の不覚で尊い命を失った。瑞光は慟哭した。いたいけな少女が命を削ってひとびとを鼓舞したのに、儂は何をしていたんだ。玉を見殺しにし、今また幸まで死なせた。瑞光よ、地獄へ堕ちろ!


 幸の荷物から一枚の紙が出てきた。


 「 あったかいおまんまを、与えよ

   あったかい寝ぐらを、与えよ


   他には、なにもいらぬ


             四だいしょうぐん とも  」



 源朝子・玉の筆跡ではない。幸のものだ。何時の間に、幸はこんなものを書いたのか。


 瑞光はこの檄文を何百枚も書き、各地にバラ撒いた。触発された民衆が立ち上がる。平易な文字で書かれた檄文は直にひとびとの口に上り、合言葉となった。

「四だいしょうぐんの乱」である。

 同時多発!幕府は滑稽な程、狼狽えている。

 瑞光はまたもや教えられた。名もなき力なき民衆と侮ってはならぬ。そう、瑞光もかつては権威の側にあり、知らず知らず彼等を見くびっていた。傲慢であった。しかし見よ!無学な少女の文だけで、天下の民が心をひとつにした。奇跡であろう。どんな高僧、いやみかどにだって出来やしまい。古今東西、空前絶後だ!

 瑞光はこの偉業を引き継いだ。玉や幸には及びもしないが、命のあらん限りやるっ!儂は書の専門家のはず。この檄文を千枚万枚書き続けよう。そして天下の隅々にまで飛ばすのだ!


 生きねばならぬ者共の為に!

 救わねばならぬ者共の為に!

 闘う者共の為に!

 後に続く者共の為に!


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