四代将軍源とも、地獄大戦争!(中)
四代将軍とも、地獄行きの続きであります。
賽の河原の行く手には大河。轟轟と濁流が渦巻いております。
「三途の川だ」
この三途の川を渡るといよいよ閻魔の庁。お裁きは七日毎におこなわれます。
ところが川岸はどうしたことか数万の亡者で溢れかえっている。先に進もうにも、ごった返しており立錐の余地なし。爪を立てるところもございません。
「どうなっておるのだ?これは!」
訳も判らず害を被るのは、四代将軍の最も癪に障るところ。ともの苛立ちに恐れをなした赤鬼ヨシトキが慌てて走り出します。ようよう戻ってきても仔細は判らず要領を得ません。
「お裁きがこのところないようです。そればかりか、閻魔の庁が閉鎖されていると・・・」
ヨシトキとヤストキ、鬼であるから顔が利く。地獄の沙汰も・・・で優先的に通された。便乗して、ともと治郎丸も一緒に三途の川を渡ります。対岸までたどりつくと、そこも鬼と亡者でいっぱい、大混乱。遥か彼方に閻魔の庁が見える。成程、門は固く閉ざされております。どころか、獄卒も残らず外に出ており、どうやら鬼すら近づくこともできぬという、尋常ならざる異様な事態。
「何事であるか?」
驚くなかれ、閻魔の庁は亡者によって占拠されたという。ある日突如、何万という亡者の群れが四方からなだれ込み、一気に奪われた。閻魔の庁が攻撃されるなぞ地獄開闢以来、初の椿事!誰も夢想だにしない。為に不意を突かれた鬼共は、ほとんど無抵抗で放り出された。閻魔大王も行方不明であるという。
「ふふんっ」ともは何となく痛快。一体、誰が指揮を執っているのだろう?
「お裁きだけでなく刑罰も停止されている。今や地獄は機能しておりません。各地で亡者が暴れております」
「お裁きができんというのは難儀だな。んじゃまぁどうせ、ともは極楽であるから勝手に行かせて貰うぞ」
「そそ・・・それは困ります」
「何故だ?いいだろ。ついでにお釈迦様に援軍を寄越すよう頼んでやるぞ」
「できません!地獄極楽、世界が違う。往来なぞ神仏でも稀。それぞれ独立しておるのです。互いに干渉せぬよう申し合わせ・・・」
「はぁ?亡者如きに敗走して今更、見栄も体裁もあるか。早急に秩序を回復せねば、ますます混沌してゆくぞ」
まぁ良いと、ともは手を振り、
「ヨシトキ・ヤストキの誼みで、四代将軍様が力を貸してやろう。治郎丸、久しぶりに合戦だ!」
閻魔大王は、闇穴道から枝分かれした奥深い奈落の底に僅かな供回りと隠れておりました。ともは閻魔大王に謁見します。大王は見るも無残な憔悴。その所為であろうか、絵図とは違って随分お優しそうな方あるなと、ともは内心可笑しかった。
「そなたが源とも、であるか。不徳の致すところですまぬが、よろしく頼む」
「して、敵は?」
「平清盛と申す者だ」
「?!」
閻魔大王は思いも寄らぬ驚愕の名を告げた。平清盛!言わずと知れた伊勢平氏の棟梁。武士として初めて太政大臣にまで上り詰め、権勢並ぶ者なき独裁者。まさか地獄に堕ちてまで動乱を巻き起こそうとは!
「平大相国殿が地獄におるのですか?そりゃまた妥当というか、うぅむ・・・」
ともはポンと膝を打ち、
「ならば、九郎義経・木曽義仲といったところも地獄に居るのでしょう?ともの一族であります。両名は娑婆で、清盛の一族を滅ぼしており、謂わば天敵!彼等に討伐させましょう。ついでに古今東西の英雄豪傑も集めて!・・・罪一等くらい減じてやれば連中、喜んでやりますぞ」
「ここは入口に過ぎぬ。地獄は地の果てまで広がっている。また地下幾層にも分かれておる。移動するだけで何百年もかかるのだ。そして罪の軽重によって、各々堕ちる場所が違う。そもそも同時代・縁故の者なぞ、先ず同じところには堕とさぬ」
なぁんだ。ともは拍子抜け、いささか失望。父頼朝はともかく、九郎判官殿には逢ってみたかった。
「じゃあやっぱり、ともがやろう。平氏の御大将と合戦ぞ。血沸き肉躍るの!」
地獄に堕ちた平清盛、火の車で連行中、三途の川に飛び込み逐電。行方は杳として知れなんだが、突如数万の亡者を引き連れ来襲。一夜にして閻魔の庁を乗っ取った。瞬く間に要塞化。立て籠もる亡者は日に日に増え続け、逆に討って出て鬼共を蹴散らす有様!
「平大相国殿の目的は何でしょうな?」
「それが一切判らん。使者を立てても追い返される。ばかりか、姿も見せぬ」
ともは戦況を訊いた。数が多いとはいえ相手はたかが亡者。地獄には、恐ろしい鬼ばかりでなく妖怪や化物の類が佃煮にするくらい揃っておろうに。何故こうもあっさり打ち破られたか?
「それが清盛は摩訶不思議な術を用いた。向かってくると思いきや、全然違う方角からも出てくる。退却するので降参したものだと安心してたら、イキナリ引き返す。一匹の鬼に何人もで囲う。穴を掘ったり石を投げてきたり、とにかく卑怯なのだ。あれが噂の“魔法”とかやらかもしれぬ」
ともは溜息を吐いた。
成程、地獄には恐ろしい鬼がいる。背丈も厚みも人の倍はあろう。鋭い爪や牙、岩をも砕く腕力を持っている。対して亡者はどうか。病や怪我で命を失い、罪を背負って堕ちてきた。亡者とは・・・小さくて弱くて醜くてすぐに潰れるモノでしかない。鬼の責め苦によってバラバラにされた亡者はそのまま放置。すると血生臭い風が吹き、飛び散った破片が集まって元の亡者に戻る。そして再び責められる。亡者は罪が消えるまで、何万年何千年でも繰り返し苦しみ続けるのだ。亡者とはそれだけの存在だ。反撃、などとは夢にも思わない。その亡者が徒党を組んで攻撃してくるとは・・・鬼共は殴られたことがない。防御、という概念がないのだ。ばかりか、地獄にはこれまで争いというものがなかった。戦を経験していないのだ。
「なんとまぁ、平和な地であるの!」
これでは百戦錬磨の平清盛でなくとも赤子の手を捻るようなもの。それより亡者を瞬時に組織化した手腕のほうが、ともには脅威であった。
今や閻魔の庁は無慮数万の亡者で埋め尽くされている。何しろ亡者なので死なない。引き裂いて擂り潰しても風が吹けは元に戻ってしまう。更に娑婆から新鮮な亡者が続々と加わってくるのだ。
一方・・・
「鬼は死んだらどうなるんだ?」
「死ぬ、とは?」
「そこからかっ!うーんとっ、息が止まるというか、できなくなる。飯を食ったり見たり聞いたり喋ったりできなくなる。亡者に袋叩きにされて動けなくなった奴がいたろ?あんな具合だ」
「消えることか?」
「キエル?」
「ウッカリ熱湯の釜に落ちたり、針の山に串刺しになることはよくある。怪物に食われたりする。衝突して寝たまま起きてこないのもいる。そういうのを“消える”とか“無くなる”という。でも鬼は大勢いるので大丈夫だ。しばらくすると新しいのが出てくる」
「お、大勢いてもヨシトキはひとりであろう。ヨシトキが消えるとヨシトキが無くなるんだぞ」
「鬼は大勢いるので大丈夫だ。しばらくすると新しいのが出てくる」
ともは目眩がした。言葉は判るのに意味が通じない。流石は地獄、生死の概念が一味違う。ともは思考を放棄することにした。とどのつまり、鬼は死ぬと消滅してしまうようだ。亡者は何度でも再生するというに。
「不公平ではないかっ!」
死ぬ気遣いのない亡者軍は、ここぞとばかり大胆不敵な奇襲を繰り返す。・・・平大相国殿は楽であろうな。娑婆で散々苦労した兵の損傷に全く心配がないのだから。
平清盛は閻魔の庁にいる。無尽蔵の亡者共を使って堀を深くし塀を固めた。更に放射状に砦を築く。最早、難攻不落。ともは竜に乗って空から偵察し、清盛の戦略に舌を巻いた。単純に真正面から攻めていては億万年かかっても無理だ。事態は悪化の一途をたどっている。閻魔大王はいよいよ窮地に追い詰められた。
地獄に反旗を翻し混沌の主役はまさかまさかの、平大相国清盛!
天地開闢空前絶後の下剋上。
対する四代将軍源とも、難攻不落の大要塞を攻略する秘策ありやなきや?
稀代の戦略家と、純情可憐なでしこ将軍が火花を散らす!
冥界ならでは!時空を超えた「源平合戦」!いよいよ佳境、最高潮!
・・・これから先が面白い!
次回、「四代将軍源とも、地獄大戦争!」堂々、完結編!
お見逃しなく!