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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
続・源とも物語
22/33

四代将軍源とも、鼎ノ軽重ヲ問ウ!(後)

 それから十年余り・・・

 建保七年正月、雪の鶴岡八幡宮にて、将軍実朝、兄頼家の子・公暁に襲われ落命!拝賀を終え退出の最中、衆人環視の中。公暁は即座に討取られた。これにより、清和源氏主流将軍家は断絶!多くの謎を残したまま、事件は手際よく片付けられた。この間、執権義時は一切表に出てこない。

 北條氏は、いよいよ独裁色を強める。源氏将軍家が消滅した今、なに憚るものがあろう。

 しかし!大江広元が叫ぶ。

「あの女人を殺さねばならぬ!」

 知栄院春香!将軍家の男子は絶えたが、女子が残っている。そして、その女は血筋云々ばかりでなく、あまりにも危険!

 広元の脳裏には、十年余り前の鼎の一件が、ありありと浮かぶ。あの小娘は、こともあろうに、この広元に説教しおった。あれが、八つの童女のやることか!あれ以降、春香には目立った言動もなく、相も変らぬ修行の日々という。ただ「健やかに成人なされ、特に御身丈は、寺の誰よりも高い」とある。さもありなん。だが、大人しいのは気に入らぬ。あずさや京都守護は騙せても、広元にはお見通しであるぞ。あの女は機を窺っている。猫を被り、密かに爪を研いでいたのだ。そして、時は今!

 先手を打って、広元は刺客を放った。知栄院は人目につかぬ山間に在る。春香のみならず、昌恵以下、総て殺せ!あの日、三年振りの我が子を、広元は見誤った。八つの春香は、十二のあずさの背を越していた。今や春香は二十はたちになる。そう、「寺の誰よりも」長身なのだ。万一、最年少という先入観が、春香を別の者と取り違えるやも知れぬ。広元は美しく成人したであろう、あずさを思い浮かべた。が、私情は捨てた。

「若い尼僧は二人いる。両名とも必ず仕留めよ。取り逃がすな」

 一方、京都守護・伊賀光季は、広元の心中をおもんばかった。

「陸奥守様ご息女あずさ殿は救出せよ」

 この指揮の混乱が、刺客団を迷わせ、僅かな隙が生じた。結果、間一髪で春香を逃がすことになる。


 春香を救ったのは、桂香でした。桂香は、泣きじゃくる春香を叱責し脱出させ、身代わりとなって寺に残り火を放ったのです。人生で一番美しい時期を間者として虚しく消費させられた、桂香あずさの、父に対する最初で最後の反抗でありました。

 焼け落ちる知栄院を、春香は裏山から滂沱の涙で見届けた。

「ねえさま!」

 桂香は誰からも愛されました。春香は、自分の為に努めて側に居る桂香が眩しく、いつしか「桂香さん」と距離をとっていました。それでも桂香は、変わらぬ笑顔を春香に向け続けてくれました。

「ねえさまの仇はきっと討つ!」

 春香は、この瞬間に幕府北條への復讐を誓ったのです。


「四代将軍源とも」の闘いは、ここから始まります。


 鎌倉から荷が届きました。差出人は何と、尼御台北條政子!応対した桂香はビックリ仰天!慌てて庵主・昌恵を呼びにやります。かつて、こんなことはありませんでした。桂香は何か良くない知らせではと胸を痛めます。それでなくとも本日午後、臨時の検分があります。これも初の出来事。しかもやってくるのは政所別当・大江広元!春香を知栄院に閉じ込めた張本人。そして桂香の実父・・・今この山間の尼寺は準備に天手古てんてこ舞い。この荷と今日の検分は何か関連が? 桂香は、箱を手に取りました。コトッ・・・音がする。はて?確かに音がします。中で何か転がっているような・・・そこへ昌恵が現れ一緒に開封。青銅器が入っていました。鼎?のようなもの・・・それに何かの破片?

「いやぁああああーっ!」

 桂香は動転!最初に触れたのは自分、私が壊した・・・

「あっ脚が・・・折れてる!」


 昌恵は総てを見抜きました。

 鼎の脚は当初から折れていた。漆で繋いだ痕が何よりの証拠。尼御台政子は承知で、脚の折れた鼎を、知栄院に送りつけてきた。何の目的で?ただの嫌がらせだろう。権力側から分不相応の、しかも傷物を押し付け、こちらが醜態を晒す様、たくらんだ。その一部始終を見届ける為、ワザワザ政所別当まで派遣するとは恐れ入る。

「死んでお詫びを!」取り乱す桂香を、ようやく落ち着かせたところ。桂香も鎌倉の恐ろしさを痛感しているようだ。応対を誤れば、知栄院は潰される。

 門前が騒がしくなった。幕府政所別当陸奥守大江広元が到着したのである。


 大江広元はゆっくりと奥の間に着座。

 此度の首尾は上々であった。広元の上京、実は将軍実朝の嫁取りが目的。幕府安泰の為にも、実朝の結婚は重要である。当初、関東源氏との融和を図ろうと、足利義兼あしかがよしかねの娘を正室に迎えようとした。が、これに何と、当の実朝が拒絶!京文化に耽溺する実朝は、公家の娘を強く望んだ。何たることか!婚姻は色恋沙汰ではないのだ。家と家との結びつき。まして将軍家ともなれば政略・戦略にも等しい。しかし、実朝は聞く耳を持たない。尼御台政子も執権義時も困惑したが、取り敢えず大江広元を都に遣わした。公家は、とにかく武家を蛇蝎の如く嫌っている。まして遠方の草深い鎌倉に娘を差し出そうなどとは、いかに武力を持って脅しても屈しないだろう。

 ところが、案ずるより産むが易し。都に到着するや、話はトントン拍子に進む。「治天の君」院の乳母である卿ノ局が、万事手筈を総て整えていた。何と何と、権大納言・坊門信清ぼうもんのぶきよの娘、信子のぶこを実朝正室に差し出すという。坊門家は藤原北家。皇室とも縁が深い。院の寵姫・西御方にしのおんかたは、信子の実姉に当たる。鎌倉にとって、無論実朝とっても望外!卿ノ局は、この美しい切り札で恩を売り、実朝を取り込もうと画策していた。

 宮中の意図がどうあれ、大江広元は大役が片付き安堵。余裕が出来たので、帰路に知栄院視察を思いついた。久しぶりに娘の顔が見たくなったのだ。もう三年になる。大殿の娘に変わったところもないようだ。同じ将軍家の血でありながら、兄将軍は結婚、異母妹は尼、運命とは残酷なものよ。ともかく、あずさも十二、これからどんどん美しくなるだろう。都へ嫁にやるのも悪くない。そろそろ交代させよう・・・


 室内には香が焚き込めてある。小さな青銅器のような、汚い変わった香炉であった。少し傾いているような?・・・ややあって、左右を若い尼僧に支えられた庵主・昌恵が入室。広元、目を剥く。昌恵に従うは、春香と桂香であろう。然るに一瞬、広元にはどちらが我が子か判別つかなかった。いや、顔を見ればハッキリする。小柄なのが娘、桂香あずさである。問題は春香、まだ八つのハズ。十二のあずさよりも背が高い。あずさが小さいというより、春香が大きすぎるのだ。流石は大殿の娘・・・広元、愕然。昌恵が下座に着く。春香・桂香は部屋の隅に下がった。広元がチラと目を配ると、何故か桂香あずさは震えて平伏している。

「遠路遥々ご苦労様です。お懐かしゅうございましょう、お預かりした両名、健吾に修行に励んでおります」

 広元は軽く頷く。知栄院の動向は、昌恵も含めて総て手の内にある。

「また、尼御台様より結構な品を頂き、恐悦至極」

 尼御台が?はて、何を贈ったのか?殺そうとまで憎んだ継子の元に?

 あっ!広元に思い当たる節がありました。先日、博多より取り寄せた殷代の鼎!脚が一本折れていたと、尼御台が激昂していた・・・よもや、それを・・・何ということを!贈った宝物を壊されたと騒ぐつもりだったか。だが、そもそも、そういうものなのだ。唐土の、しかもとうに滅んだ王朝の遺物ではないか。何百年も立てば無事では済むまい。しかも都では、渡来品の補修は常識。当然、昌恵もご存知であろう。将軍の道楽も大概だが、まだ唐土に真摯に学ぶ姿勢はある。ところが尼御台ときたら金額しか見えぬ。フム、相変わらずであるな。広元の見るところ、尼御台政子は先ず当代第一の人物である。頭も切れるし肝も据わっている。が、感情の起伏が激しく、しばしば失敗する。此度も、年端の行かぬ継子に悋気を拗らせたのであろう。盛大に自爆しておる・・・


 ハッと、広元は振り返った。あの香炉、汚い小さな青銅器・・・

「もっもしや、あれが・・・・」

 隅に居た春香が真っ直ぐに顔を上げた。

「はい、尼御台様より頂いたもので御座います。丁度良かったので、香を焚きました」

 鼎は脚が三本共、無かった。折れていた一本はおろか、残り二本をも取り払われ、鼎の本体というか、瓶のようなところだけが、台の上に直接置かれている。

「あっ脚があったであろう・・・三本、脚が!」

「一本折れておりました。上手く立てないので全部取りました」

「とっ取っただと?!そなた、これが唐土、殷朝宮廷に伝わる鼎と知っての狼藉かっ!」

「使ってこその物です。どんなに古く、皇帝が手にしようが、用を為さねばガラクタですな。折れた脚を漆で繋いでまで修理したものですぞ、香炉にでも茶碗にでも使ってやるほうが物も喜びましょう」

「残りの健全な脚まで折るとは何事かっ!」

「脚は三本だから立っていられたのです。ケモノは四本の足で体を支えていますね。ただでさえ動物より一本少ない脚。その一角が欠けたのですから。釣合いが取れませぬ。それに立ってるより座ってる方が楽ではありませんか。ホラ、安定してます」

 広元は、この八つの少女に次第に追い詰められていた。これが大殿の血筋か・・・

「成程、鼎は脚が三本ないと立てぬか。相判った、然らば問う!ひとは二本の脚で立って

おるぞ。何故、ひとは二本脚で立てる?」

 春香は小首を傾げてニッコリ笑い、

「陸奥守様は、ひとが二本の脚のみで立っていると、お思いか?」

 さにあらず。春香は澄んだ瞳で広元を見据えた。

「ひとは二本の脚と、己の意志で立っているのです」



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