四代将軍源とも、鼎ノ軽重ヲ問ウ!(前)
これから申し上げますのは、四代将軍源とも様ご幼少の砌、「春香」の名で京の尼寺知栄院にて修行中の出来事です。
将軍源頼朝公、全く突然に不慮の事故でお亡くなり、鎌倉は大混乱!幕府がようよう固まった矢先の悲劇。新将軍に嫡男頼家を据え、何とかこの苦境を乗り切・・・と思いきや、またもとんでもない事態が発覚!
頼朝公、京に隠し女!
相手は卑しい白拍子「とき葉」しかも身籠ってると云うではありませんかっ!頼朝公、生まれてくる子に「朝」の一字を与えると約束までしていたのです。御台所北條政子は半狂乱!殺せ、八つ裂きにしろ!などと大暴れ。
見かねた頼家、仲に入り、「生まれた子が男女いずれであっても、出家」の条件で母子は助命されます。
月満ちて生まれた子は女児でした。とき葉、安堵。女子ならば醜い争いに巻き込まれることもなかろう。名は「朝」としました。ところが、政子の横槍、強引に「まつ」と決定されてしまいます。「まつ」には「松」でなく「末」の字が当てられました。政子は声高に「スエ」と呼ばわります。さて、恐ろしき執念じゃのぅーっ!
それでも、頼家は「赤子を預けられても寺が困りましょう」などと、まつの出家を先延ばしにしてまいりました。頼家はこの不憫な異母妹を憐み、何かと便宜を図ります。一方、もうひとりの兄実朝はまだ幼く、まつの存在すら知らされていません。とにかくこの時期が、まつにとって一番平穏だったのでしょう。
元久元年、頼家、失脚・横死。
誰憚ることなく政子は、まつの出家を決定します。
「奥州にでも生涯閉じ込めておしまい!」
まつのこととなると血相を変える政子を説得したのは、政所別当・大江広元でした。
「女子とはいえ、大殿の血筋。どんな輩が良からぬ謀みに利用せんとも限らぬ。ここは目の届くところで・・・」
まつは山科の尼寺・知栄院に送られることになりました。庵主・昌恵は元貴族、あの「鹿ケ谷の陰謀」に関わった咎で、今も京都守護に厳しく監視されています。ここならば反幕勢力も迂闊に手をだせぬでしょう。更に広元は、己の末娘あずさを、まつに同行させました。まつの一挙手一投足を、細大漏らさず報告させるのが目的です。あずさは九つ、利発で優しい娘。かくして、まつは京に出立します。まつ、五つの春でした。
知栄院にて、まつは「春香」、あずさは「桂香」と名乗り、厳しい修行が始まりました。
それより三年の月日が流れます・・・
鎌倉の尼御台政子の元へ、唐土よりの渡来物。以前より、是非と注文しておいたものです。鼎という、余程古い青銅器。彼の地の宮廷で祭祀に使われたものだそうな。持ち込んだ博多の商人・宗像屋佐助は、赤ら顔に満面の笑み、いかにこの品が素晴らしいか、入手においての苦心談を、汗を拭き唾を飛ばして力説します。
くすんだ見搾らしい器。寸法は案外小さく四寸程でしょうか。紋様のある瓶?のようなものに、脚?が三本・・・
政子には汚い置物にしか見えません。それはともかく、鼎の脚が気にかかる。明らかに一本折れていて、それを漆かなにかで繋いである。
「脚が・・・折れている」
そうです!宗像屋は叫んだ。
「まさしく本物の証!唐土代々の皇帝に受け継がれた神品!この世に唯一であるが故に修繕を施してまで、使われ続けたのであります!」
こんな傷物を!政子憤怒。いかにも、金に糸目は付けぬと申したが、あのような法外な値で!何と言われようとも、宝物に見えぬ。舐められた!この尼御台を無知な女子と侮るとは!
何時もの政子なら即座に、宗像屋の首は飛んでいましょう。しかし、間もなく将軍が御成りあそばす。この汚い器物を、わざわざ見に来ると云うのです。
宗像屋佐助、命拾い。
将軍・実朝は、御年十五。若年でもあり、政から遠ざけられている。それは、政子の意向でもあったのです。兄・頼家のように自ら政務を執られては何かと困る。実際、先代・頼家は将軍に就任するや独裁的判断を開始。訴訟も直に裁断しました。従来の慣習は無視し、近習の者を抜擢。彼等の方が能力があると云うのです。これまでの実績や家柄を蔑ろにされた古参御家人は反発、激怒!遂には、頼家追放。政は北條氏を執権とする有力御家人の合議制となった。政変を目の当たりにした実朝は一切を、執権北條義時に委ねます。任せておけば万事上手くいく。血を見ずに済む。
そのかわり、実朝が熱中したのは和歌や蹴鞠でした。武芸などという危ういものから徹底的に忌避したのです。実朝は京文化に傾注します。都から書画骨董が続々と運び込まれ、蹴鞠の師匠を招く。勅撰集を出された院に和歌を献上し、藤原定家より添削を受けます。鎌倉で実朝は、公家のように暮らしていたのです。
そればかりか近頃、宋人・陳和卿を親しく招き入れ、中華王朝にも興味津々。陳和卿から「当将軍は権化の再誕なり」などと煽てられ悦に入る。病膏肓に入り、遂には嘘か本気か「宋に渡りたい」などと浮かれる始末。実朝は、和卿に莫大な金子を与え、到来品を片っ端から収集している。
尼御台政子は、我が子が何を考えているのか判らず不安いっぱい。そこで物は試し、実朝がそこまで執心する、唐土の礼器とやらを取り寄せたのです。
それが目の前にある。何とまぁ詰らぬものでしょう。こんなものに、将軍は入れ込んでいるのか。これを見せて、実朝の頭を冷ますのだ。いかに宋人が狡猾で信用のおけぬ輩であるかを諭すには、かえってこの汚い傷物で良かったやもしれぬ。
やがてドタバタと息せき切って、実朝が駆けつけます。何時もの品行方正ではありません。目は輝き頬を紅潮させ、入室するなり、
「ややっ!これはっ!・・・これは素晴らしい!」
「?」
続いて同行した陳和卿もまた、
「間違いありませぬ。本物です。殷朝で使われた鼎であります」
両人は大感激!大和言葉と漢語が入り混じって議論始めるではありませんか。政子、ポカン・・・
「しかし、脚が折れている」
「そうです!漆で繋いであるでしょう。このような名器、皇帝に仕える工人とて、生涯にひとつ出来るかどうかの傑作!神が憑依して作らせた逸品なのです。無論、再現は不可能。脚が折れるもまた天啓、いささかも価値は下がりませぬ。ばかりか、漆で補修することによって、ますます味わい深い。神々しい御姿ではありませんかっ!」
陳和卿も身体を震わせて同調。
「これ程の上物、本土にも三つとないでしょう。この国でこのようなものに巡り合えるとは!何という僥倖!眼福、眼福!であります」
政子は馬鹿馬鹿しくなってきた。が、疎遠になっていた我が子と久しぶりに長い会話が出来た。楽しくて仕方ない。舞い上がってしまった。
「では、将軍に献上しよう。妾にはちと判らぬ故・・・」
あっ!と、実朝は嬉しそうに顔を上げたが、思い直しすぐ首を振った。
「いいえ、いけません。これは母上に授かったものなのです。何千年のいにしえより更には何百里もの波涛を超えて、今お手元にあるのです。嗚呼、何と云う悠久の旅でありましょう。これは先の世から定められた因縁です。母上が大事になさってくださいまし」
興奮冷めやらぬ実朝と陳和卿は慌ただしく退出。後にポツンと残った政子は、鼎を手に取り溜息ひとつ。
「フン、このようなものがのう・・・」
暫く弄ってるうち、何かの拍子で、鼎の補修した脚がポロリ!
「あっ!折れちゃった!」
自分でも驚く程、素っ頓狂な声!思わず周囲を見渡す。誰もいない。
政子、ひとり赤面・・・




