四代将軍源とも、笑ウ門ニハ福来ル!
さてさて、四代将軍源とも、であります。
女だてらに武家の棟梁、征夷大将軍!
動けば疾風、発すれば雷鳴!
英姿颯爽・清廉潔白・品行方正・天真爛漫・奇妙奇天烈・摩訶不思議!
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花!
本邦初!唄って踊れる殿上人!
人呼んで「時の女」
ご存知、四代将軍源とも外伝!
始まり、始まりィーっ!
我らが四代将軍源とも様、本日は南都の盂蘭盆会法要に招かれました。ちなみに此度は師・知栄院昌恵の名代。なので、法名「春香」での参列であります。僧形にして、供も元山門の徒弟・善行ひとりの実に地味。ではありますが、そこは源とも!そもそも寺社に若い女人なぞ滅多にお目にかかれぬ。そこへ「時の女」あの長身ときては“掃き溜めに鶴!”際立って浮いてしまいます。南都にしても今を時めく有名人の到来ですから、ただの尼僧の待遇ではありません。皇族や公卿の来賓と並び最前列に席を用意。とっとと帰りたい、ともにとって、誠に不本意な事態であります。
法要が始まり、南都の大僧正入場。齢八十になんなんとす大僧正は畏れ多くも、「治天の君」院の叔父上に当たられます。威風堂々たる所作でご着座。本堂は静寂と緊張に包まれる。
とも春香もまた居住まいを正し・・・おや?ともは首を傾げます。この御方、どこかで・・・いやいや、そんなハズはありません。皇族出身の大僧正です。おいそれと会える身分ではない。まして、ともなどは出家と云っても方便、北條の魔手から逃れる為の目眩ましに過ぎぬ。動機が不純ですから経もロクに読めません。月とスッポン、提灯に釣り鐘、鯨と鰯、まさに雲泥の差!接点あろう訳がない。それこそ盲亀の浮木、優曇華の花、海砂利水魚、水行末・雲来末・風来末でありましょう。では、四代将軍になってから?しかし、ともは還俗しています。そもそも武家に神仏は相性が悪い。特に六波羅と北嶺南都、平大相国以来揉め事が多い。そして忌避の最大要因!ともにとって知栄院時代は、黒歴史。辛い修行、退屈な日常、夢も希望もない牢獄でありました。人生の最も美しい時を、危うく棒に振るところだった。ともにとって仏門とは、もう二度と真っ平御免!なのです。高僧との邂逅なぞ有得ません。それでも・・・否!こんな特徴的な僧侶に遭っていたら、必ず憶えている。絶対に忘れない・・・ともはもう気になってしょうがない。思い出せない、もどかしい、歯がゆい、沓の上から足を掻くとでも云おうか、ええっと何だっけなぁ?あーっ!今晩、眠れなくなっちゃう!
その時であります!突如、ともの脳裏に雷鳴の如く閃く天啓!嗚呼それは遠い日の懐かしい風景でありました。古い古い記憶です。秋の夕暮れ、鐘の音、赤とんぼ、お宮さん参り・・・幼いともの手を引くのは誰だったろう?息急き切って石段を登る。鳥居を潜ってお社。そしてその左右には・・・左右に鎮座まします、一対の、一対の、一対の・・・
(こっ狛犬ぅ!狛犬だああああぁーっ!)
謎は総て解けた!次の瞬間、ともは五臓六腑から猛烈に突き上げてくる激情に襲われた。ヤバいっ!これを必死に呑み込む。苦しい。息もできない。腹はよじれ波打ってる。脂汗が噴き出る。ともは瞑目し知りうる限りの経を口中で唱え、かろうじて踏み止まったのです。間一髪!ようよう平静を取り戻しました。よくぞ耐えた!うむ、流石は四代将軍、頑張った。自分で自分を褒めてやりたい。そうしてゆっくりと薄眼を開けると、そこには・・・
(!)
しかし、ともは強烈な自制心で再度堪えました。目を逸らせ、視るんじゃないっ!ともは意識を散らすことに全精力を注ぎます。哀しいこと辛いことなど思い出し、嫌いなもの怖いものを心に列挙するのです。北條、左大臣、蛇、蜥蜴、蚯蚓、蜘蛛、百足、蛞蝓、幽霊、お化け・・・よよ妖怪・・・こっこまいぬぬぬぬ・・・ともは慌てて連想を遮断。なんとか崖っぷちギリギリ!
ふぅーっ!大きく息を吐いて落ち着きを取り戻す。ともは改めて大僧正を拝します。うむ、よく見れば尊いお姿ではないか。先程までの艱難辛苦は何だったんだ?チラと周囲に目を配れば、あろうことかあるまいことか、あちこちで居眠りしとる輩が!何と不信心な!罰当たりめ。ともが斯く迄の試練と云うに此奴等は・・・ともは義憤に駆られ正面を向き直る。
フト、大僧正の襟元に小さな緑色の物体を認めました。そしてそれは微かながら動いているのです。
(バッタだ!)
三度、ともに発作が襲来!最早、命懸けで臍下丹田に力を込める。
(自重しろ、自重するんだ!源とも!あれは虫、虫だ。虫が這ってるに過ぎぬ。そう、バッタだ。細長いからショウジョウバッタというやつだ。ショウジョウバッタとは“精霊飛蝗”と書いてお盆の舟に似てるからその名が付いた。活動はこの時期である。本日この刻に、この寺に、この法要に、紛れ込むのは不思議でも何でもない。必然である!謂わば仏様のお導き。ありがたや、ありがたや・・・)
ともの苦悶を知ってか知らずか、虫は大胆不敵、畏れ多くも大僧正の首筋に悠然と到達!大僧正、うなじに手をやり思わず、
「ひゃあっ!」
馬上、ともは笑い転げている。善行、ホトホト困った。
法要は恙なく終了。途中、大僧正が素っ頓狂な声を上げたが、そのまま進行。当時、本堂に集まった僧侶達も怠惰に陥っており気づかぬ者も多かった。真相を知り一部始終を見届けたのは、ともだけだったのです。ともは鋼鉄の意志でこの絶体絶命の窮地を凌いだが、帰路にて遂に堰は切れ爆発!苦しい苦しいと咳込み涙さえ浮かべてゲラゲラ笑っている。
「いい加減になさいまし。人が見ておりますぞ」
・・・ひぃひぃ、あっうん、そうだな・・・ブッ!・・・もう手が付けられません。
こんな調子で屋敷に戻るまで、ともは笑い続けました。出迎えた家人共、驚いたのなんの。来るべきものが来た、とうとう狂を発せられたかと真顔で囁き合います。ともは自室に閉じ籠り暫くドタバタ悶絶していたが、ようやく静かになった。夕餉にはもうスッキリとした顔で席に着きます。
「いやぁ、笑った笑った。このまま止まらなくなったらどうしようと思ったくらいだ」
「善行に訊きましたが、そこまで可笑しいことでもないでしょうに」
ともは頷き、それがなぁその場の状況とか雰囲気とか・・・とグッと詰まり、みるみる紅潮し頬が膨らんだかと思うと一気に侍女の顔めがけて粥を盛大に噴出!
元の木阿弥、再び、ともの哄笑が屋敷中に響き渡るのです。
「とも様のアレは何とかならんのか?」
「むしろ悪化しとる。とにかく笑いだしたら止まらない。此頃では何でも面白いらしい。馬の顔が長いと笑い、ご自分のクシャミで大爆笑だ」
「とも様が笑うと確かに一寸だけ可愛いところもあるが・・・過ぎたるは猶及ばざるが如し。最早、正気の沙汰ではない」
「うぅむ、由々しき事態であるな。このままでは乱心として御家改易取り潰しぞ」
「ただただ、鬱陶しい!」
家人共は憂慮に堪えません。遂に意を決したように英次が立ち上がります。
「仕方ない、こうなっては毒を以て毒を制す他あるまい」
「と、いうと?」
「人間の能力はその体内に予め決まった量が備わっていると、二位法印様に教わった。徳とか運とか智・仁・勇といったものだな。それを使って生きていくのだが、当然使えは減る。使い切ると無くなってしまう。感情も同じ。とも様は二日二晩笑い続けている。この際、とことん笑わせるのだ。笑い止むまで・・・いくら、とも様が笑い上戸と云えど、流石にもう残り少ないであろう。ここで俺がトドメを刺して“笑い”を根絶やしにしてしまうのだ。結果、とも様は金輪際、クスリともせん。未来永劫、仏頂面ぞ」
「お主にそんなことができるのか?」
「任せておけ。抱腹絶倒、とっておきの必笑ネタを披露しよう。ひとつだけ心配なのは、そなた達が巻き添えで、笑い死にせんかということだ」
四代将軍源とも様御前に、家人英次が進み出でご機嫌麗しゅう・・・
「さて、とも様は常々“無駄使いは良くない”と申されますな」
「うむ”何時までもあると思うな親と金”何物も使えば減る。これを消費という。減るに関わらずの消費は浪費となる。浪費は貯めるよりも足が速い。減れば元に戻らぬ。見る見るうちに無くなるのだ。無くなってから嘆いても手遅れだ。だから大切に、少しづつ少しづつ。質素倹約!贅沢は敵だ。ひとは本来、おまんまと寝座があればそれで事足りる。近頃、貴賤問わずたるんどる!」
「ひとつで済むものを幾つも持つのは無駄でありましょうな」
「然り!それこそ無駄の極致!複数あろうと同時には使えまい。使わぬものを所持するを貪欲という。罪深い。餓鬼道に堕ちるぞ」
「さればでございます。とも様の御名“みなもとともこ”には“も”と“と”が二つも入っております。殊に“と”に至っては“とと”と続けての浪費!これを無駄、貪欲と言わず何としましょうや。質素倹約の折、今後は“と様”とお呼びします」
ともはキョトン。居並ぶ家人共も呆気にとられております。
「・・・何だ、そりゃ?」
「な、何だと聞かれましても・・・お、面白くありませんか?」
「はあっ面白い?何がっ!」
「つまり、これは諧謔であります・・・」
「かいぎゃくぅう???」
「えっとですね・・・所謂、言葉遊びでして・・・その、皆で陽気に笑おうと・・・」
四代将軍源とも様、席を蹴って怒髪天!
「巫山戯るなぁっ!一体、それの何処が諧謔なのだ。笑える要素が一欠片でもあるかっ。洒落にも何もなっておらんではないかっ。馬鹿も休み休みと云うが、お前には壊滅的に才能がないっ!ひとを笑わせようとして、ひとに笑われてどうする!そんなくだらんものを考えてる暇があったら仕事せぃ、学問せぃ、鍛錬せぃ!無能が大それた野望を抱くな!ひとに迷惑のかからぬようひっそりと生きていけっ!」
ともが癇癪を起し奥に引っ込んでしまいます。しかし家人共はホッと致しました。これです。こうでなくてはいけません。とも様は少々膨れっ面が扱い易い。六波羅は通常に戻ったのです。それもこれも英次のお手柄と一同大喜び。
その英次、衝撃でしばらく動けません。渾身の傑作を「壊滅的に才能がない」・・・
「四代将軍、呵々大笑」
源ともの笑顔は天下を魅了しました。余程印象に残ったか、公家や僧侶の日記にも数多く言及されています。
ともはあらゆる場面で笑っています。天真爛漫で屈託なく輝いていました。釣られて周囲もまた嬉しくなってしまいました。そうです、確かに悩みがあったり病気では笑顔は出ません。戦や飢饉でどうして笑っていられましょうや。笑える、とは何とも贅沢で幸せなことでした。
「箸が転んでも可笑しい」
だからこそ、ともは、ひとびとに愛されたのです。




