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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
続・源とも物語
18/33

四代将軍源とも、転ガル石ニ苔ムサズ!

 さてさて、四代将軍源とも、であります。

 女だてらに武家の棟梁、征夷大将軍!

 動けば疾風、発すれば雷鳴!

 英姿颯爽・清廉潔白・品行方正・天真爛漫・奇妙奇天烈・摩訶不思議!

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花!

 本邦初!唄って踊れる殿上人!

 人呼んで「時の女」

 ご存知、四代将軍源とも外伝!

 始まり、始まりィーっ!


 四代将軍源とも様におかれましては、このところますますご清栄。俗に「箸が転んでも可笑しい」お年頃、好奇心旺盛で何にでも興味をお持ちでございます。ともは何事も全力、猪突猛進!周囲も目に入らない。目的の為ならば危険をも顧みず。この情熱を他に向ければ途方もない偉業が成せましょう。しかし、如何せん!方角が斜め上の明後日。おまけに稀代の飽き性。ケロケロッと気を移す。とても付き合ってられない。

 ともの奇行中、際立つは恐るべき収集癖であります。それも高価なもの・珍奇なものなら兎も角、傍から見れば「???」ばかり。例えば書、文はもとより下書きや書き損じに用済みの証文等総て大切に保管しております。他は雑多で、折れた釘・欠けた茶碗・破れた扇・・・脈絡なく並べてはウットリ恍惚の境地。この夏はせみの抜け殻を大量に行李に隠し、知らずに開けた気の毒な侍女が失神!大騒動となり、卿ノ局より直々「破棄せよ」と厳しく叱責されます。しかし、この程度でめげる四代将軍様ではないっ!性懲りもなく次なる標的を定めたのです。


 近頃、ともは屋敷からひとりでフラリと出掛けます。気が付くと居ない。しばらくするとニコニコして戻ってくる。何をしてるか?尋ねても言を左右にはぐらかされてしまいます。ははあ、また“病気”が始まったか。家人一同、警戒を強める。挙動が前回と同じなので、何やら収集しておるのだろう。それにしても、あれ程ものを拾うのに躊躇ちゅうちょしない御方も珍しい。問題はそれが何であるかだ。またあの悲劇を繰り返してはならない。その、ともだが帰ってきても特に変化は見られない。袂か懐に入るくらいの小さなものであろう。ますますアヤシイ!不気味この上ない。だが、ともが何も語らぬ以上、真相究明は憚られた。


 武家に相応しく六波羅の立派なうまやには選りすぐりの駿馬が揃っている。中でもみかどより下賜された「葉月はづき」「かげろう」は、とものご自慢。参内の折りには交互に乗ってまいります。厩番の五郎ごろう熊野くまのの出。寡黙でよく働きます。朝は暗いうちから真っ先に厩に向かう。ところが今日に限って先客がいる。はて?五郎が声をかけるや、その人物はギクリと立ち上がった。長身の女人、誰あろう、とも様ではないか。何やら小さな葛籠つづらを抱えて・・・

「あっごご五郎か。おはよう!早いな。何時もご苦労さん」

 ともは慌てて取り繕った。

「五郎は“葉月”“かげろう”の面倒をよくしてくれる。馬も懐いている。五郎が優しいのが畜生にも伝わるんだな。五郎は馬一頭一頭よく見てて、各々に合った分量の飼葉をやる。だから六波羅の馬は色艶が良いと評判だぞ。他所よそはな、大事にされてなくて可哀そうだ」

 五郎は驚いた。六波羅には膨大な家人共がおります。自分はその他大勢の厩番に過ぎぬ。直接言葉を交わせる分際ではない。なのに、この可憐なあるじは気さくに声をかける。ばかりか、五郎のことを詳しく知っていました。そして礼まで言われた。こんなことは初めて。五郎は馬の世話で奉公しているのです。当然でありましょう。仕事を感謝されるなぞ、思いもよらない。であるのに、殿上人ともあろう御方が!五郎は胸が熱くなりました。とも様の方が余程、家人ひとりひとりを観察しておられる。

「もの云えぬ畜生と情を通じるなぞ、五郎は繊細な感性を持っている。羨ましい。そんな五郎なら、ともの気持ちも判ってくれるかな?」

 ともは顔を近づけ澄んだ瞳で覗き込むように囁く。五郎はドギマギし慌てて何度も頷いた。ともは後ろ手に隠し持ってた葛籠を開けるや、中のものを取り出します。

「石?!」

 葛籠には大小様々な石がビッシリ詰まっておりました。これが、ともの宝物であった。ともはやや照れながら満面の笑みで披露。

「石?ですか・・・」

「んふふふふっ、ただの石ではないぞ。ほれ、よく見て」

 石!それは本当に石でした。何の変哲もない・・・道端や河原に転がっている、あの石なのです。色、形、大きさもまちまちですが・・・石です。「よく見ろ」と言われても・・・やはり石でした。五郎、心底困惑!ともはもどかしそうに身を捩りひとつの石を取り上げると、五郎の目の前に突き出した。

「よぉく見ろ。何かに似てるだろ?ほら、ここんとこ!」

 五郎は必死で凝視します。とも様が申すのなら、何かに似ているのだろう。歪んだ楕円形で窪んでるとこがあって・・・いや、駄目だ。やっぱり石にしか見えぬ。

「判らんかなぁ。牛だよ、牛!ここが頭、胴、ポチポチが角。牛が寝そべってるんだ」

 すると不思議なもので、石は見る見るうちに牛となった。

「成程、確かに牛ですな」

「そうだろっ!これ見つけた時は身体が震えた。何ら人の手は加わっていない。太古の昔より天変地異や風雪に曝されたであろう。幾度も割れ、砕かれ、転がり、削られた。悠久の時を経て、牛に昇華した。奇跡の造形。人智では到底及びもせぬ“美”である!」

 ともは更に石を三つ置いた。「さぁ、どうだ?」

 お・・・同じに見える。だが、並べた以上は別々のモノなのだろう。仔細には、色・模様・形状が若干異なる。それだけだ。しかし、ともはこれだけで神羅万象・花鳥風月を見分けろと云う。無茶だ!五郎が絶句してると、、ともはもう焦れったくて我慢できず正解を明かす。

瓢箪ひょうたんだよ、瓢箪!ほれ、ここんとこキュッとなっとるだろうが。それから・・・ん、馬糞?ぶっ無礼者!違う違う、形や色だけで早トチリすな。よく見ろ、表面に点点が七つある。上手いこと結ぶと、星宿せいしゅくすばるになるんだ!有り得んだろ?描いたってこうはいかぬ。次は判るな!頭巾に打出の小槌、袋担いでる。ズバリ、大黒様だいこくさま!それだけじゃないぞ。こっちのは米俵が二つ連なっているんだ。いいか、ここに乗せるとそのまま!いいか、この大黒様と米俵は全く別々の場所で採集したのだぞ。であるのに、誂えたようにピッタリだ。何という天の配剤!ありがたや、ありがたや・・・」

 ははあ・・・五郎は感心しました。石ではなく、ともの想像力に!ただの石ころ、その僅かな凹凸だけで、ここまで盛り上がれるとは。そして、ともが断言すれば、それは確かに牛であり大黒様なのだ。

 ともは一段と声を張り上げる。

 さあてお待ちかね!いよいよ千番に一番の兼ね合い、とっておきの秘宝ご開帳!

 余程自信作なのであろう、ともは勿体ぶり厳かに披露した。掌には一寸程の緑がかった小石!そうしてワクワクしながら五郎の反応を見据えている。

 もう逃げられない。五郎は期待に応えねばならぬ。目を皿のようにし、己の知識を総動員し、全身全霊でこの小石に取り組んだ。するとどうであろう。石にしか見えぬそれが、命を吹き込まれ瑞々しく息づいてきた。今にも跳躍しそうな・・・嗚呼、五郎にも判った。

「これはかえるでございますな」

 我が意を得たりと、とも快哉!

「だろ、だろ、だろ!蛙だよ、蛙!蛙蛙蛙!もう蛙!この目、口、お腹!生けるが如くというか、蛙そのものだよ!運慶うんけい快慶かいけいだってこんなの彫れやしない。これが偶然だと思うか?否!これは神意である。この蛙との出会いは劇的であった。朝から胸騒ぎがした。路傍から、ともを呼ぶ声がする。はて?面妖なと振り返れば、草叢が輝くではないか。ともの脳天に稲妻が走り、大いなる力でグイと引かれた。思わず駆け寄り掘り起こすと、果たして神々しいお姿を現されたのだ。祝福するように空には虹が掛かっていた」

 とも有頂天!憑かれたように熱く語る!語る!語る!

佐用姫さよひめ伝説・・・知らんのか?その昔、肥前国に大伴狭手彦おおとものさてひこという豪族がおってな。この人のお嫁さんが佐用姫だ。大変仲睦まじかったが、狭手彦殿が新羅しらぎとのいくさに徴用された。遠い異国、生きて戻ってこれるかどうか。いよいよ出征する夫に領巾ひれを振って見送る佐用姫!愛しい人と引き裂かれた悲しみのあまり、遂には石となってしまったのだ。“夫の後を恋ひ慕い、石になりたる松浦潟まつらがた。領巾ふる山の悲しみ・・・”今も松浦潟には石となった佐用姫が夫の帰りを待っておる。佐用姫の涙は砂利となり浜を覆ってしまった。佐用姫は“貞女ていじょかがみ”である・・・この蛙もまた然り!これは石ではない。蛙なのだ。この蛙も愛を裂かれ慟哭のあまり石化したに相違ない。貞女である・・・貞蛙ていけいかな?とまれ、ともはいつの日にか松浦潟を訪れ、佐用姫のトナリにこの蛙を納めたい。恋に上下の隔てなし。人であれ蛙であれ、永遠の愛を貫くは斯くも尊いのだ!」



 椿事、勃発!何と何と、六波羅に泥棒が入ったのです。


 四代将軍!天下兵馬之権てんかへいばのけんを掌握す武家の棟梁!その屋敷ともなれば城郭にも等しい。まして鎌倉と一触即発の最中、蟻の這い出る隙もなく厳重に警戒れている・・・ハズではありませんか!大胆不敵と云おうか・・・

 そもそも六波羅は都の外れ、加茂川の東。屋敷の傲然とした構えは、いかにも孤高の巨人といった佇まい。ですが周囲は田畑がのんびりと広がり、洛中から隔離された感。いかにも無防備に見えます。都人は武家に根源的な反感を持ってるし、何といっても今をときめく「時の女」に一泡吹かせるは痛快事!腕に覚えのある盗人ぬすっとならば狙ってみたい獲物でした。が、流石に六波羅は堅牢。過去、数多あまたの賊が侵入を試みましたが、ことごとく失敗。かの「羅生門らしょうもんのカブト」に至っては四度も捕えられ遂には軍門に降った程であります。


 ソブエなるケチな悪党がこの六波羅屋敷に目を付けた。難攻不落の四代将軍邸を堕とせば仲間内で羽振りが利くというもの。ソブエは慎重に下見します。成程、商家などとは比べものにならぬ厳戒。ただこの、かつての天下人・平大相国清盛へいだいしょうこくきよもりが夢の跡はあまりにも広大。一朝有事ともなれば数百の軍勢をも収容できる。その後釜に入居したは我等が源とも!ですが、四代将軍などといっても手駒は微々たるもの。所詮、人は立って一畳寝て半畳。せっかくの施設を持て余し、現在では大半は閉鎖されております。その警備の手薄を突いて、ソブエは門内への侵入に見事成功いたしました。

 さて、これからどうするか。先ずは藤勢、厩に潜り込む。ここも市が立ちそうな規模ですが、馬は僅かで後方は空っぽ。ソブエはそこで夜を待つことにしました。と、その時・・・人の気配!誰かがこっちにやって来る。馬のいないガランとした厩の最も奥まったところ。ソブエは肝を冷やし息を殺す。その人物は気づかず通り過ぎた。長身で華奢な若い男のようだった。立ち止まると隅の一角に背中を向けて屈みこんでいる。何をしている?そうして用が済んだか、踵を返して戻っていく。頬を上気させ瞳はキラキラ輝き零れる笑みで踊るように厩から出て行った。ソブエはその姿をハッキリ見ました。見誤るハズはない。都大路を我が物顔で闊歩する、天下の有名人。紛うことなき、四代将軍!

 ソブエは飛び出すや先刻の藁の辺りを掘り返す。こいつだ!案の定、葛籠と小さな壺が隠してある。欣喜雀躍!引っ手繰るや一目散に駆け出した。葛籠の重みで、肩や腰が悲鳴を上げる。なんの、これしき。息が切れる程のお宝が詰まっている!生涯、遊んで暮らせるのだ!

 やっとのことでアジトに着いた。ソブエは荒い呼吸のままへたり込む。さあ、いよいよだ。動悸が昂ぶり手が震える。えいや、葛籠の蓋を開けた・・・

「なんじゃこりゃああああーっ?!」

 葛籠の中は・・・ビッシリと詰まった・・・石!石!石!

 悪い冗談か?そっ底の方は・・・全部ひっくり返したが転がり出るは石!石!石!総て石であった。

「たたったばかられたぁ!おっおのれ、あのメギツネェ!」

 ソブエは全身の血が逆流し、怒りと恥辱で気が狂いそうだった。

「そうだ、こっちは?この壺は・・・」

 小壺は恐ろしく軽かった。嫌な予感しかしない。もどかしく封を外す。何か入っているが暗くてよく判らん。覗き込むと・・・

「ひぃいいいいっ!」

 無数の目が睨んでいた。ソブエは慄き壺を放り投げる。その拍子に中身が飛び散り襲い掛かってきた。

「ぎゃあああああーっ!」

 異様な騒ぎに近所の者が駆け付けると、土間に石が散乱している。奥には、恐怖で気の毒にも失神したソブエ!おぞましいことには体中に、夥しい蝉の抜け殻が張り付いていた・・・



 六波羅屋敷に盗人が入ったという知らせに、都は騒然!しかし四代将軍の計略で、賊はガラクタを掴まされたというオチ。絵に描いたような、骨折り損のクタビレ儲け!流石、とも様!転んでもタダでは起きぬ。ともの場合、どんな事件でも結局最後は皆笑顔になるようで・・・

 ソブエは所払い。本来、盗みは重罪!ですがモノがモノだけに、特別の憐憫をもって減刑されたのです。


 治まらないのが、とも!せっかく、五郎に頼んで厩に隠しておいたのに!ひとり血相を変え憤然と“お宝”の返却を強訴!しかし、卿ノ局に一喝され泣きの涙。哀れ貴重な石は三条河原に投棄され、蝉の抜け殻はねんごろに焼却されたのです。ともの嘆きは如何許りか・・・

「これより、ともは悲しみのあまり石となる!」

 厠に立て籠もって暫く出てきませんでした。


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