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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
続・源とも物語
17/33

四代将軍源とも、銀ノ龍ノ背ニ乗ッテ!

 北山の深泥ヶみぞろがいけには、昔から竜が棲んでおっての。これが暴れん坊で、人は呑む牛馬は襲う。気まぐれに天に昇り大雨降らす雷落とす。ひとびとは皆、困っておった。ある時、都から菅原道真すがわらのみちざね公が御成りになった。竜は道真公に勝負を挑む。道真公、少しも慌てず、竜の顎の下に一枚だけ逆さに生えている鱗を射った。実はの、ここが竜の急所でな。竜は全身から力が抜けて降参。道真公、竜に問う。

「何故、里に害を為すか?」

「わたしは姿が醜いため、人目を忍んでこの池に隠れているのです。それを人間共は、わたしの棲み処で騒ぐのです。五月蠅いと追い払ったまで。わたしは大きく力も強いので、人が死んだり家屋が壊れたりするのです」

「相判った。里の者に近寄らぬよう申しておこう。お前も姿を現すでない。そうしてお互い関わらぬようにし、争いは起こすな」

「ひとが来ぬならば、わたしも約束しましょう。ただ、三百年に一度、天に昇らせていただきとうございます」

 道真公、大きく頷き快諾。民は「竜神様」をお祀りし、深泥ヶ池には決して近寄らぬよう戒めました。その後、里は気候が穏やかになり米もよく獲れるようになりました。


 ・・・それから丁度、三百年でございます。


 土用の入り二十日辰の刻、深泥ヶ池より竜が天に昇る!


 奇妙な噂が洛中を駆け巡った。かの菅原道真公が深泥ヶ池に竜神を封印、その際三百年に一度の昇天を許したと云う。時は流れ三百年目、正に当年当月。 

 何処から誰から伝わったものか。初めは小さな囁きが次第に伝播し、七月に入るともう大騒ぎ。貴賤問わず老若男女、寄ると触るとこの話題。果たして同日同時刻、本当に竜は現れるであろうか。気の早い者はお盆過ぎから池の周囲に集う。その数は日毎に膨れ上がり、倍々に増えていく。良い場所を確保しようといさかう始末。都の長く暑い夜は、かくて更けてゆく。


 将軍様は地獄耳・・・と俗謡にまで詠われた情報通であらせられる、ご存知源とも!当然この噂を逃すハズは御座いません。とも様は殊の外、好奇心旺盛で何事につけ興味津々!珍しいもの・変わったこと・奇妙奇天烈・摩訶不思議・妖怪変化に魑魅魍魎・因縁因果な怪談が大好きであります。こんな美味しい話、真っ先に喰いつきます。三百年の奇跡、千載一遇の僥倖、歴史的瞬間である。何を置いても、立ち会わねば!この眼にしかと焼き付けるべし。早速、暦に印を付け、指折り数えて待ち望んでおられます。

「あーっ!楽しみすぎる!これ程、血湧き肉踊る事件があろうか!竜!竜だぞ、竜!絶対見逃せぬ!よし、深泥ヶ池に行くぞ。早う仕度せぃ。うーむ、何事も手につかん。ゆめゆめ齟齬があってはならぬ。万難を排して臨もう。不測の事態に遭わぬよう当日まで出仕は控える!」

 はしたなくもウキウキ舞い上がる四代将軍。家人筆頭・英次、流石に苦言を呈します。

「ただの噂でございましょう?それにそもそも竜などが実在するかも・・・」

「何を申すかっ!そなたも存じておろうが、ともは古今東西の奇譚を収集しておる。いずれ大全として纏めたいくらいだ。その中に予言という分野があってな。未来に起こる出来事を記してあり実際その通りに歴史が動くと云う・・・んだがなぁ、これが眉唾もの。言った通りになるのだが、その予言って“天変地異が起きる”国が滅びる“貴人が死ぬ”程度でな。そんなもん、いつの時代でも普通にあるだろ。だったら占いの方が理屈っぽい分、余程マシ。けど中には、ちゃんとしたやつもあるだろう。唐土の“推背図すいはいず”、聖徳太子しょうとくたいしの“未来記みらいき” とかなら信用できよう。で、ワザワザ書陵部しょりょうぶに見せて貰った。ところがコレ、”魚が飛んだ”やら”星が堕ちる”だの、内容が有象無象と大差ない。権威があるだけタチが悪い。肝心の内容だが、暗喩というか恣意的というか“天地が反転する”が下剋上で、“火の雨が降る”が噴火だったり、後から無理矢理コジツケて“当った当った”と喜んでるんだぞ。それで良いんだったら、ともだって“よげんの書”を二十巻くらい出せる。要点極意は、明言しないことだ。何時・何処で・誰が・何をってのを曖昧模糊としておけば、いずれそれっぽい事が起きるんだ。“北條政子が明日腹下しで死ぬ”だと残念ながら明後日にはハズれるが、“鬼婆、仰向けに転ろばれ候”なら、死んだとき“正にこのことであったぁっ!”と云い張れば的中だからな。かように予言はいい加減である。ところがだ、此度はハッキリ“二十日辰の刻”と宣誓しておる。期日を限定した予言は初めてだ。これは余程の根拠・確信に相違ない。流石、菅原道真公!うん?そなた、よもや天神様を疑ってはおるまいの?不敬であるぞ!」

 ともはキッパリ居住まいを正します。しかし直ぐに相好を崩し、

「そうだ!竜が出てきたら生け捕りにしよう。どうするって?乗るんだよ、飼い馴らして。なあに、三百年も生きてて人語を解す獣だ、それくらい出来る。それに三蔵法師さんぞうほうしの馬は竜の化身ぞ。ともの家人には猿・豚・河童みたいなのは仰山おるからな。あと竜が加われば完璧だ。天竺にでも行くか!うん、ともは寛容だから化けるのは堪忍してやる。というより、そのまま乗りたい!えへへ、皆驚くぞ。近頃は武人に限らず公家共でも馬に乗っていてな。己の馬自慢するんだが、そりゃ“走るのが速い”とか“力がある”ならまだしも、葦毛だ栗毛だの産地や血統とかで騒いでおる。そんな詰らぬ馬比べが白熱したところへ、ともが颯爽と空から竜で舞い降りるんだ。“やあやあご機嫌好う!ほほぅ御歴々は馬ですか、結構結構。ところで本日はこれに乗ってきました”とな。一同、ビックリ仰天!流石は四代将軍!武家の棟梁!いよっ日本一!正に天女!感服つかまつったぁ!とまた、ともの評判が上がってしまうのだ。ふふっ困るのぅ。あっ鎌倉まで飛んで行ってもいいな。空から北條屋敷へ竜の糞をお見舞いし、政子の肝や潰さん!」 

 こうなるともう、ともの暴走は止まりません。居ても立っても居られず、取る者も取り敢えず、三日前の十八日には、既に深泥ヶ池に到着!

「三百年振りである。待ちかねて約束の刻限より先に出て来るやもしれぬ」

 池を正面に見晴らしのよい地に陣屋を築き櫓に特等席を設けます。とも様、一日中鎮座ましまし今か今かと待ち構えます。夜も見張りを立て抜かりはありません。見物衆にとって、竜と四代将軍の一石二鳥!夢の競演に欣喜雀躍、随喜の涙、熱狂の坩堝、お祭り騒ぎ!もうその頃には、京をはじめ近郊近在はもとより大和・大坂からも続々と詰めかけ黒山の人だかり。その数や二千!立錐の余地もありません。物売りが現れ市が立つ大変な賑わい。加えてこの暑さ!六波羅衆は警備や傷病人の手当て、喧嘩の仲裁にも大忙し。それでも、ひとびとは辛抱強く待っております。とももまた身を乗り出し監視しています。そうして、その日は刻一刻と近づいてまいります。


 二十日辰の刻が、何事もなく虚しく過ぎてしまいました。

 集まった民衆は呆然。「やっぱりデマだったか」何か裏切られたような気分ですが、苦情の矛先がありません。もう何も起こらぬと、ひとり抜けふたり抜けとぼちぼち解散していきます。それでも諦めきれぬ相当数が未練がましく残っている。そして彼等は気不味そうに四代将軍様の陣屋を覗き込むのでした。

 とも様、こめかみをヒクつかせて顔面蒼白。

「いや、相手はケダモノ、ウッカリ忘れてたかもしれん。うむ、三百年からしたら一日二日は誤差の範囲内である」

 丸二日過ぎましたが深泥ヶ池は波ひとつ立ちません。日没前である。とも様、幽鬼の如く殺気を漲らせ、ユラリ立ち上がるや、厳かに宣言!

「もう待てぬ!明朝辰の刻より、深泥ヶ池の水を総て抜く。竜を捕獲せい!」


 夜中にも関わらず、深泥ヶ池とも様陣屋は篝火を焚いてごった返しております。明日の水抜きに備え大勢が右往左往。その忙しい最中に、英次は里の代表の訪問を受けました。  

 古老が水抜きの中止を懇願してきたのです。

「・・・申し訳ございません。竜が出る、というのは子供のイタズラで・・・泣いて白状しまして・・・寺の宝蔵・・・といっても物置小屋ですが・・・そこから例の天神様の文書が出てまいりまして・・・それが実は小僧の捏造で・・・吹聴するうち・・・いや決して騙そうとかではなく・・・こんな大事になるとは当人も・・・土用の入り辰の刻も何時の間にか尾鰭がついた次第で・・・あの池は雨水が溜まったもので、竜はおろか、魚一匹おりませぬ。何卒、将軍様には良しなに・・・」

 英次、深く溜息。どうせそんな事であろうとは思っていた。

「しかし、遅すぎた。何故もっと早く申し出なんだ?せめて刻限が過ぎた時点で来てればなぁ。とも様は嘘偽りを最も嫌う。ましてご自分が騙されたとなれば、どれ程お怒りになるか・・・いや、最早察知しておられる。さればこその水抜きだ」

 老人達は震えあがる。

「とも様はあれで気が短い。癇癪持ちでな。それでいて爆発せん。怒ると、すぅっと血の気が引く。冷ややかな目で見下し“氷の微笑”を浮かべるのだ。生きた心地がせんぞ。直視したら石にされそうだ。そうして矢庭にプイと席を立って厠に籠って出てきてくれぬ。“天岩戸隠れ”と恐れられている。まだ怒鳴られたほうがマシだぞ。執念深くての、何時までも根に持つ。家人で善行という者が酔って、とも様に抱きついてしまった。とも様が手討ちだ八つ裂きだと喚くのを何とか全員土下座して宥めたものの、それから善行は針の筵。今猶、朝な夕な、ネチネチ陰湿に蒸し返てくる。あれは地獄ぞ」

 とも様は水抜きを下される際、それはそれは冷酷であった。腹中、どれ程の憤怒が渦巻いておろうか。

「わっ我等にはっ・・・どのようなお咎めがありましょうや!」

「さて、それは判らぬが・・・とも様はよく唐土の拷問とか処刑方を話してくれての。火炙り・釜茹で・車裂き・・・男は宮刑きゅうけい、女は人豚じんてい・・・」

「キュウケイとかジンテイとは一体・・・」

「・・・知らん方が良い。あっそれから、皇帝の悪口を言った学者を集めて穴掘って生き埋めにするというのも、とも様は目を輝かせて語っていたな」

「ひぃぃぃぃっ!」

「そ、それでは明日水を抜いた池に我等を生き埋めに!ご慈悲を!お助けくださぁいっ!」

 泣き喚いて縋る老人達に、英次は気の毒そうに眼を伏せた。

「悪いがもう何もしてやれぬ。ああなったら、とも様は手がつけられん。その方等だけでない、俺達にも累が及ぶ。すまん、帰ってくれ・・・」



 翌朝、ともはスッキリ目覚めた。


 さぁ今日はサッサと池の水を抜いて、竜なぞおらんことを満天下に示してやろう。「竜・は・お・ら・ぬ!」とな。さすれば、しつこくタムロしとる連中も諦めよう。これで馬鹿げた騒動も終いだ。

 全く暇人共めが!それにつけてもデマの元凶は絶対許さん。草の根分けても探し出し厳罰にしてやる。二度とこんな阿呆が出ぬよう見せしめだ。どうせガキの仕業だろう。圧倒的に教養が足りん。創るなら上手くやれ。返す返すも日時を切ったのが失敗。こういうのは逃げ道を作っておくもんだ。そもそも深泥ヶ池と大層に云っても流入する河川もないではないか。あんなのただの水溜まり、鮒だっていやしない。せめて広沢池だろうに。菅公かんこうもそう!偉人を勝手に使うな!どうせならスグ近所に、賀茂別雷命かもわけいかづちのみこと在すのに、勿体ない。あと、ひとの気を引くならモット色気が欲しい。生娘きむすめを生贄とか、幾らでもできように。とにかく設定が杜撰。ただの思い付きだ。それに引っかかる方もどうかしとるがの。それから、こんな暑い時期にするな!攪乱起こすわ。ふん、この際ハッキリさせておく。祟りとか呪いだの、そんなものは、ないっ!どれもこれも迷信に過ぎぬ。誰が真に受けるか。冷静に考えれば判るだろ。であるのに、事実と虚構の区別のつかぬ輩が世の中多すぎる。ともがこうして道化を演じ小芝居のひとつも打たねば、目が醒めぬ。やれやれ、民を啓蒙し正しきへ導くには骨が折れるわ。これも上に立つ者の宿命・・・まぁでも楽しかった!


 ともはご機嫌で朝餉に向かう・・・その時です。

春香しゅんきょう!これは一体何のマネです。里人にまで迷惑をかけて!すぐにお止めなさい!」

 誰あろう、ともの仏門の師、知栄院昌恵ちえいいんしょうけいではありませんか!「春香」は、ともの法名。ともは雷に打たれたように固まってしまう。いや、これは・・・慌てて釈明しようにも舌が痺れて言葉になりません。ともがこの世で唯一頭の上がらない人物、師昌恵。英次が最後の手段と、ご足労願ったのです。

「何を遊んでいるのですか!こんな暇があったら勤行なさい。さぁ、帰りますよ!」

 ともは引き摺られるように都に戻っていきました。


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