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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
続・源とも物語
16/33

四代将軍源とも、河原町幻想奇譚!(後)

 突如、都に現れた謎の怪人・揖斐いび

 摩訶不思議、驚天動地の術を駆使し洛中を混沌せしめる。

 曰く、遥か天竺より渡来。不死身であり地獄極楽を往来。

 更には時空をも飛び越え、未来過去にも自由自在。

 千里眼は、ひとの生死をも予見。

 仙人か?妖術使い?魔物?怪人揖斐の暗躍に都は恐怖に慄いた。

 果たして、四代将軍源ともの運命や如何にっ?!


 暫く鳴りを潜めた揖斐だが、またぞろ蠢いている。各所で辻説法なぞ催し大層な賑わい。検非違使庁から無罪放免というお墨付きに揖斐、増長!臆面もなく民衆から銭を取る。ひとびとは争って揖斐に寄進した。奇妙なり、揖斐は蛇蝎の如く嫌われているハズなのに何故?・・・ただただ怖いのだ。ひとびとは厄災を畏れた。何とか逃れたい。見過ごして貰いたい。揖斐を怒らせてはならない。触らぬ神に祟りなし。揖斐は死神・疫病神の権化である。為に民衆は揖斐の機嫌を取った。争って揖斐に媚びた。

 揖斐の勢力は日に日に拡大してゆく。得意気に御政道を批判したりする。幕府は元より寺社や公家、遂には禁裏にまでも容赦ない罵声を浴びせる。不敬である。だが、朝廷も京都守護も手をこまねいていた。検非違使で懲りている。関わるのは危険。天災のようなものだ。耳を塞いで遣り過そう。事なかれ主義が、揖斐を「無敵の人」とした。

「そもそもである。帝に徳が無い為、賎しい武人如きに天下をくすね盗られた。最早、京は都にあらず。天下の中心は鎌倉に移った。ところがだ、その鎌倉で天下人であるハズの公方が惨殺される。何のことはない、将軍にも徳が無かったのだ。さぁそれからは滅茶苦茶だ。尼御台が出しゃばって、宮様を将軍に寄越せときた。犬の子でも貰うようだな。宮中は宮中で六つのわらわを帝に据える。北嶺南都はとうの昔に堕落しておる。何と云っても極めつけは“四代将軍!”何だ、これは?武を以て天下を治めるべき将軍位、よりによって女子!何の力も権威もない飾りものでございと自ら吹聴に等しい。しかもだ、六波羅にポツネンと住まいなし”将軍、将軍!”と喚くのみ。無能の極み。将軍とは幕府の長であろう。不可分、一蓮托生ではないのか?それが鎌倉と京に分裂し抗争なぞ、本末転倒、茶番も茶番、正気の沙汰ではない。かような理不尽、不道徳、不忠不孝が罷り通る腐りきった世の中よ。その混沌故に天罰が下るのだ。見よ!近年の天変地異・疫病・飢饉を。道理を忘れ、徳なき者が治世に在るを、天が怒っておるのだ。諸悪の元凶、それは“四代将軍源とも”である!」


 揖斐の横暴はますます目に余る。

 時空を飛び越え冥界にも出入りする揖斐は、閻魔に顔が利く。余命幾許もない年老いた公家が藁をも縋る思いで、揖斐を頼る。極楽行を斡旋してもらおうと、賄賂を渡したのだ。揖斐は満面の笑みで万事請け負う。間もなくこの公家は亡くなり、極楽往生間違いなし!と喧伝された。

 この噂が広まるや、我も我もとお布施する。味を占めた揖斐は「極楽行」の手形を大量に発行し売り捌いた。持っているだけで極楽往生、無ければ?地獄行!ひとびとは先を争って買い求めた。「手形」の値は高騰!罪の種類、深さによって様々な手形が用意された。極楽往生を確実なものにする為には、総て揃えねばならぬ。どれだけの善男善女が餌食となったことか。

 己を万能の神と誇大妄想した揖斐は、遂に破廉恥な事件を引き起こした。揖斐は深夜にも拘わらず加持祈祷と称して人を集めている。その最中「秘法を授ける」とし、複数の女人を裸にし辱めたことが発覚!

 四代将軍源とも様、激怒!


 揖斐は直ちに引っ捕えられ六波羅屋敷に連行された。

 四代将軍源とも様直々のお白洲!

「お前に訊くことなぞ何もない!偽者めが!穢らわしい!ケダモノ!色魔!勘弁ならぬ!即刻、死罪申しつける!」

 揖斐はニタニタ笑いながら反駁。

「何の権限で儂を裁くかの?四代将軍とはどういうお役目なのだ?そもそも女子が将軍などとは正当たり得るか?どうだ、教えてくれぬか」

 とも、憤然と一切無視!目の前に大きな香炉が置いてある。ともは無造作に香木をくべる。紫の煙がフワフワ上がり甘美な香りが漂ってきた。

「院が大和行幸の折、正倉院から蘭奢待らんじゃたいを切り取られてな。お土産に少し貰った」

「なっ何と?!」

「えへへへ、嘘嘘嘘!ともに香は判らんからの。丁重にご辞退申した。これは、ともの特製でな。揖斐、そなたも持っておるならひとつ、薫香くんこう合わせといこうか」

 揖斐は黙った。源ともは北條に追われ一時、鞍馬山に潜伏。その際、かの牛若丸を鍛えた天狗によって密教の秘法を伝授されたと云う。また家人には忍者や妖術使い・盗賊等を抱えているのだ。揖斐の術に何ぞ対抗策を用意しているのは間違いない。揖斐は慎重に香を合わせた。灰色の煙が立ち込める。饐えたような不快な臭い。何やら呪文を唱える・・・  

 すると何ということだ!立ち込めた煙は突如黒雲となり稲妻が走る。暴風、竜巻、雹、車軸を流す豪雨!六波羅屋敷は見る見る浸水していく。山が崩れた。土石流が押し寄せる。更に轟音と共に天を裂いて踊り出るは、小山程もある巨大な獣!獰猛な唸り声、鋭い爪、邪悪な眼!天竺で国を滅ぼしたと云う伝説の怪物「わざわい」であった。禍は火炎を吐き牙を剥きだし、今まさに、ともに襲い掛からんとす。四代将軍、絶体絶命!

 この時、とも様少しも慌てず、うなじの後れ毛をチョイと抜き口元でフッと吹いた。するとどうであろう、飛び散った後れ毛各々が小さな人になる。見ればそれは小さな、ともであった。小とも達は隊列を組み鶴翼の陣を敷く。号令一下、無数の源ともが一斉に飛び、禍に立ち向かう。禍の全身に蚤のように食らいつき、毛を毟り肉を削ぎ骨を砕く、体内に潜り込み内臓を食い破った。瞬く間に形勢は逆転。激闘の末、禍は断末魔の絶叫を残し息絶えたり!

 ぱあん!

 ともが大きく開手かしわでを打った。一同はハッと我に返る。途端に、禍も小さなともも消えてしまった。不思議な事に、あれ程荒れ狂った嵐に洪水、跡形もなし。どうしたことか?夢でも視ていたのか?仰ぎ見れば、ともは何事もなかったかのように泰然。方や揖斐、全身から汗を噴出し息も絶え絶え、ガックリとこうべを垂れている。

「ともの勝ちだな。お前の術は見切った。その程度で万能神を気取るとは笑止千万。そもそも術を見世物にして庶民から小銭を掠めるなぞ、仙人のやることではない。芸人だ、芸人!芸人なら見物に喜ばれる芸をやれ。それを何だ、善良な女人に乱暴狼藉とは!この変態め!」

 こういう卑劣で気色悪い助平爺は絶対に許さん!

「聞けば、お前は首を切っても死なず、地獄極楽自在に往来するそうな。通行手形まで用意できるとは大したもの。丁度良い、ちょっと閻魔の庁まで使いに行ってくれ。ともがフグに中った折、彼の地でいろいろ世話になっての。ことづけを頼む。”お陰様で元気であるから、まだそちらに行けぬ”とな。あぁ、戻らんで良いぞ。おっつけ、お前の“手形”が出回るのだろう?そのまま待機してろ。何しろ皆、死ぬのは初めてで土地不案内であるからな。詳しい者がおれば心強い。おお、そうだな!善は急げだ。今から行って貰おう。うん、コウケツ、手伝ってやれ」

 ともの家人・妖術師コウケツが背後に周って刀を振り翳す。

「暫く!暫く!ご、ご慈悲を・・・」驚いたのなんの、揖斐は取り乱して命乞い!

 とも様冷やかに見下す。

「案ずるな。検非違使のような間違いは起こさぬ故、懸念には及ばぬ。なあに、このコウケツも少々、術の心得があっての。お前の目晦ましで手元が狂うようなことはない。安心確実に送り出してくれるぞ。じゃ、閻魔大王にヨロシクな!」

 怪人・揖斐、梟首!

 その術、ことごとくマヤカシであったことが、四代将軍名で暴露された。

 曰く、

 “瓜の蔓を登って天に消えたというのは、高い杉の枝から綱を垂らし伝っていった”

 “池に飛び込んで溶けたのは、石を放り込んで気をそらし反対方向に逃げたのである”

 “雀や蛙を一喝で殺したのも、予め死骸を用意していた”

 “牛の丸呑みは、大きな布を被せただけ”


「いちいち小細工がセコくて惨めったらしいのう。検非違使庁で自害したのも、懐からカボチャ転がして”首だ首だ!”と騒いでたんだぞ。そんなカラクリを、小汚いジジイが一生懸命仕込んでたかと思うと、可笑しゅうてやがて哀しき・・・だな。それに騙されるほうも騙されるほうだ」

「薬草には様々な効用がございます。中で”痛め止め”というのがありますな。これは治験薬にあらず。神経を麻痺させる為、痛みを感じない。根本の治療になっていないのです。実は痛いのに痛くない、これは危険なこと。原因が放置されてしまう。更に問題は、繰り返してると効き目が薄れる。次はより強い薬が求められます。続けるうち使わずにはいられない。禁断症状ですな。常に欲しくなり、やがては人の心を乱し脳を狂わせるのです。中毒になると、意識が朦朧とし妄想を起こし幻覚を視る。そしてその幻覚は時に本当に人を苦しめ傷つけます。揖斐はこれを悪用し更に暗示をかけ、視えぬものを視せていたのです。こういった薬草は様々種類があり、とも様にお渡しした香木もそのひとつ。まぁ特級品ですから、揖斐如きの手に入る代物しろものではありませんがね。だから、とも様の暗示に揖斐も簡単にかかった。周囲も集団で夢を視たようなものです。私が“揖斐が妖怪禍を出した”とか”とも様が分身して攻撃“などと誘導します。それに沿って各々化物退治を体験したのです。だから家人共に訊くと、禍の姿は獅子であったり竜や鬼、更にはヒヒ・ウワバミ・ヌエみたいなのとバラバラなんですな。己で幻覚を創っているので、自分の想像の及ぶ範囲で拵えたものしか視えぬのです」

「詰まらんのぅ。そうやって種明しされると・・・」

 ふんと、ともはソッポを向く。しばらく頬杖をついていたがハッと顔を上げた。

「そうだ!思い出した!こないだ御所へ向かう途中、ともは揖斐に“人でなし”と罵られたんだぞ。その折、コウケツ!お前も含め誰も何もせず、知らん顔でそのまま通り過ぎたな。公衆の面前であるじが侮辱された!かかる傲岸無礼に、無関心どころか笑ってる奴もいた!お前等、ともを蔑ろにしておる!いや確かに御所への往来と云えど、将軍の軍事行動!一糸乱れぬ統制を厳命し軽挙妄動を戒め、見物の声掛けに逐一反応するなとは申したがの。そこは臨機応変、機を見るに敏でなくてはならぬ。そもそも、ともに感極まっての称賛と、かかる謂れなき罵詈雑言、同列に扱う奴があるかっ!何だと?これは“了見が狭い”などという問題ではない!もっとこう壮大気宇な、人間の尊厳に関わる・・・おいこら、聞いとんのかっ?・・・どっ何処へ行くのだ!話はまだ終わっておらんぞ。おーい、待てーっ!・・・待ってぇ・・・」

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