四代将軍源とも、徒花緋牡丹四一半!
「加茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」
かの白河法皇をして嘆かせた、天下三不如意!絶大な権力者「治天の君」も天災・賭博・宗教の害には悩まされたということでしょう。
中でも博打の爆発的な流行は喫緊の課題!時代が変われど人の欲に変わりなし。むしろ拡大の一途を辿ります。武家ばかりでなく公家や百姓までもが一攫千金泡銭を求め熱中。
博打「四一半」賽を二つ振り、目が丁か半かを争います。ただし四と一が出た場合は掛け金の半分を胴元が取る定式。なにしろ一瞬で勝負が決まり、通常では有り得ぬ額が動きます。ひとびとは競って賭場に張りました。明日をも知れぬ生と死の狭間。苦しい生活が現世利益を求めるのでしょう。運否天賦、賽の目が誘う刹那。一夜にして分限者が翌日には破滅する。有り金総てどころか借財し家屋敷・田畑残らず手放す者、続出。結果、総てを失い逃散や刃傷沙汰が相次ぎ人心は荒廃、世情不安。
堪りかねた朝廷や幕府は度々禁令を出しますが一向下火になる様子もない。
四代将軍源とも様には大勢が仕えております。出自は様々で武家は言うに及ばず、公家や山法師に忍者・妖術使い・盗賊まで揃ってる。彼等は六波羅衆と呼ばれ、此の頃では大した羽振り。何しろ人気絶頂「時の女」の家人でありますから注目度も高く、京娘共の憧れの的!ですが、実態は鎌倉に公然と楯突く不逞の輩、云わば造反集団。北條勢とは一触即発、何時戦が始まってもおかしくない。よって常に臨戦態勢であらねばなりません。その上、主人が気まぐれと我儘の権化、源とも!見た目の華やかさとは裏腹に、強いられる重圧と緊張で心労幾ばくか。同情を禁じ得ません。
幸い、ともは早寝ですから日が暮れれば家人達は解放されます。宵の口、これからが愛すべき野郎共、憩いのひと時。酒を酌み交わし賑やかに過ごします。夜も更けると話も下品になり、歌ったり踊ったり喧嘩したり。そのうち隅の方で数人が車座に。
「さぁ張った、張った」「丁」「半」「参ります、勝負!」
六波羅屋敷で夜な夜な博打が行われている!不穏な噂を耳にした四代将軍源とも様、持ち前の潔癖症から「捨て置けぬ」と御自ら調査に乗り出した。するとどうでしょう、こっそり隠れてならまだしも、連日連夜大盛況!時に侍女までも加わっていたと発覚!
将軍様激怒!
「ともは四代将軍として天下を治め国家を安康せしめるが使命!その為には高潔な理念と、滅私奉公・清廉潔白が求められるのだ。すべからく率先して人民の範とならねばならぬ。かように日夜、ともが艱難辛苦・臥薪嘗胆・切磋琢磨しておるに、あろうことかあるまいことか、その方共は家人の分際で酒色に溺れ博打にウツツを抜かす。不正を取り締まるべき四代将軍のお膝元でよくもまぁかかる大胆な悪行!嗚呼、情けなや!けしからん!許さん!裏切られた!お前等にはホトホト愛想が尽きた。顔も見たくないっ。明朝までに残らず出ていけ!ともは官位を辞し出家するっ!」
さすがに一同、頭を垂れて神妙にしております。しかし、いくらなんでも将軍返上・六波羅幕府解散は穏やかでない、やり過ぎ。ここは何としても、とも様の癇癪を鎮めねばなりません。
ともは更に吠える!
「大体、いい大人が双六の何が面白いのだ?女子供でもあるまいに!」
あのぅ・・・カブトがオズオズと手を挙げた。
「我々のは双六ではなく、賽を振って丁半を当てるもので・・・」
「はぁ?賽振るだけ?何だそりゃ。そんなもん、大切な銭を賭けてまでする事か!」
「いやぁ、これが中々奥が深いのです」
カブトは懐から賽を二つ取り出すや、試しにと手の中で賽を振りそのまま板の間に伏せた。
「とも様、丁か半か、どちらだとお思いで?」
ともは不意を突かれたが、ここで怯む訳にいかない。「・・・半」
「一と五、丁ですな」
ともはムッとなった。
「カブトがイキナリ訊くからだ。ちゃんとやれば当たる!」
「では、ちゃんとやりますか?」
「敵に後ろは見せぬ。受けて立つ!」
「しかし、我々はこれに銭を賭けますが・・・」
「申すまでもない、案ずるな。銭ならここにある」
およそ貴人というものは、商いを蔑視しています。生産するでなし消費するでなし、中間で利鞘を掠め取る卑しい行為であると。その取引に使われる金子なぞは不浄と触れぬものですが、何の因果か四代将軍様は殊の外銭がお好き。チマチマ貯め込んではニヤついております。
「よぉーく考えろ、銭は大事である」
商人や農家への支払いも御自ら、細かくキッチリ名残惜しそうになさいます。
ともの主な収入は下賜された荘園等ですが、無論何処にあるか行ったこともなく名前すら知らない。それと云うのも、ともに領地なんぞ与えようものなら、必ずやその地に乗り込みアレコレ口出しするに決まってる。迷惑極まりない。災難は未然に防がねばなりません。相応分を銭にて支給。それも一度に纏まって渡せば、とものことです、後先考えず盛大に散財しかねない。それやこれやで後見・卿ノ局は月々必要分のみ六波羅に送金。ともにすれば銭さえ頂ければ文句はない。そうした銭を頭陀袋に入れ肌身離さず持ち歩いております。
ともは懐から宋銭一枚おっかなびっくり取り出し「半」・・・
カブトが賽を振った。「四五の半」一同、どよめく。
「そうら見ろ。ともの言う通りだ。えっ何?宋銭一枚くれるのか?当たったから?丁半当てるだけで賭金同額貰えるのか?それが定式?うーん、良いのか?じゃ、じゃあ貰っていくぞ。えへっ、うへへへ・・・悪いな。カブトも貧乏なのに。負けたから仕方ないか」
とも、全身がゾクゾク!込み上げる喜びを抑えることができない。今度は宋銭を二枚出して「丁」、カブトの振った目は「六六の丁」
「うひゃあーっ!また当たった!今度は二枚だ、二枚だぞ二枚二枚!」
判っておりますと、カブトは宋銭二枚、ともに渡す。とも様、忘我の境地!
「宋銭三枚!丁!」
「三二の丁!」
「五枚で半!」
「一六の半!」
たちまち、ともの前に銭が山積み。四代将軍、呵々と高笑い!
「お前等は所詮その程度なのだ。いい大人が目の色変えて力んでも、ともの片手間に遥か及ばぬ。持って生まれた”徳”というやつだ。そもそも運というがの、それも実力のうち。ともの辞書に”不可能”の文字はない。天下三不如意何するものぞ。次は十枚だ。カブトをや破産させてくれん。イザ、半!」
四と一で半!やったーっ!ともは手を打って大喜び。だが、銭は五枚しか貰えない。
「おいっ!ともは十枚賭けたぞ」
「四一半といって、四と一が出た場合は胴元が半分取ります。だから半分の五枚」
「ひっ酷いではないかっ!せっかく当たったのに」
「そういう定式です」
納得いかぬと、ともはブツブツ溢していたが、ならばと丁、また十枚賭けた。
「二五の半!」
うげっ!ともは悲鳴を上げた。目の前の宋銭十枚が消える。こっこんな理不尽があるか!損を取り戻す為、半に二十枚!
「三一で丁!」
ぎゃあぁぁぁっ!ともが仰向けに引っ繰り返った。さぁそれからというもの賽の目はことごとく、ともに逆らう。丁と張れば半、半と張れば丁、自棄っぱちで丁半両方に張ったら四一半!弱り目に祟り目。貧すりゃ鈍する。泣きっ面に蜂。遂には一文無し。ともの眼は血走り顔面は紅潮、口角泡を飛ばし、怒りに全身を震わせている。
「とも様、もうお開きにしましょう」
「何ィ?勝ち逃げする気か?許さんぞ。勝負!」
「と云って、とも様には最早賭ける銭がございますまい」
ええいっ五月蠅い!ともは懐から菊一文字則宗を取り出すや賭場に叩きつけた。
「これを賭ける!半!」
「そっそんなもの、賭けられまぜぬ!」
「何だと?畏れ多くも院より菊の紋章を許された名刀に価値が無いと申すか!」
あまりの剣幕にカブト賽を振るも「六四の丁!」
勿体無くも畏き辺りのお手を煩わせた逸品を、博打如きで巻き上げるとは何たる不敬っ!
瞬く間に、ともは身包み剥がれた。亡父頼朝の形見である笹竜胆の印籠、帝より贈られし名馬「葉月」「かげろう」、卿ノ局が仕立ててくれた絹の衣、鏡、櫛、筆、硯、庭の灯篭、漬物石・・・手あたり次第、没収!今や、ともの顔面は蒼白、こめかみを痙攣させている。カブトは泣きたくなった。もう止めたい。
しかし、ともは乾坤一擲の大勝負に出た。料紙を拡げるとサラサラと大書!
「四代将軍」
ともは己の存在価値を賭けた。
「ともが賽を振る!」
己が運は己が手で掴む。幸せは待っても来ない、栄光とは血みどろに闘って奪い取るものである。ともは祈った。生まれて初めて神仏の存在を信じた。これだけやれば必ず報われるハズだ。至誠天に通ず!最後に正義は勝つ!何卒、何卒、我に「丁」を与え給え!
「勝負!」
賽は投げられた!転がった目は、六と・・・五、五だ!六五の半!
ともは燃え尽きた。真っ白な灰になった。風に吹かれて世界は崩壊した。
あれから、ともは病気と称し引き籠ったまま。参内もしないし、そもそも家人の前に姿を現さない。困ったカブトは、取り敢えず「四代将軍」だけでも返したいと申し出たが、ともは虚ろな瞳で物憂げに首を振るばかり。
「憐憫なぞいらぬ。ともは負けたのだ。戦ならば首が飛んでいる。ともは死んだ。諦めろ。皆の憧れ、満天下を熱狂せしめた純情可憐な偶像“時の女”四代将軍源ともはもうおらぬ。・・・嗚呼、正直者が馬鹿を見、卑怯者がのさばる・・・神も仏もあるものか、この世は闇だ」
何の事はない。毎度おなじみ、駄々っ子の不貞腐れではないか!気に食わぬと直ぐにこれだ。こんなことなら屋敷も田畑も残らず取り上げるべきだった!何が「生ける屍」だ、あんな身勝手な死体があるかっ!・・・さりとて、このまま捨て置く訳にもいかぬ。そもそも鬱陶しい。カブトは英次等と策を練り、再度謁見。
「何用だ?最早ともは抜け殻、世捨て人。ここに在るはただの“薄幸の美少女”に過ぎぬ・・・」
「とも様に献上したき品が御座います」
「献上?」
「私が所有する“四代将軍”並びに笹竜胆の印籠、衣とか鏡やら白粉の類、あと漬物石。自分には無用の長物故、謹んで献上いたします」
「成程、返すのではなく、カブトの持ち物の内、不要品を処分したいと申すのだな」
「御意」
「やれやれ、せっかくのの宝物も節穴同然の濁った眼にはガラクタか。正に、豚に真珠・猫に小判・馬の耳に念仏、であるの。・・・いやぁ相判った。ならば譲歩しよう。しかしな、ともも我を曲げてまで折り合うとなればだ、一部分などという吝なことは言わぬぞ。姑息にも巻き上げられた莫大な銭、菊一文字則宗、葉月・かげろうも含めて総てなら、うん、涙を呑んで受け入れよう」
「?!」
とも様「四代将軍」に目出度く復帰。六波羅衆、ホッと一息。歓喜の渦中、カブトひとり膨れっ面!
それからというもの、ともは賭博の害について、熱っぽく説いて回る!説いて回る!
博打に熱中すると周囲が見えなくなる。冷静な判断ができない。したがって財産を残らず手放すばかりか借金までする。たとえ勝ったとしても悪銭身に付かず。仕事を怠ける。目付きが悪くなる。ひとと争う。とどのつまり、逃散、一家心中、破滅の未来しかない。百害あって一利なし。悪魔の所業である。全面的に禁止!猶行えば厳罰に処すべし!
「ひとの心は弱きもの。“次こそは”と、止められぬ。結果損を増やす。沈着冷静ともでさえ奸計に嵌められ、あわや窮地に陥ったのですぞ。いわんや欲に目が眩んだ自堕落な連中をや!」
あまりの剣幕に恐れをなし朝廷は「四代将軍命」として賭博を禁止。・・・効果の程は・・・
さてこの騒動、そもそもの発端は六波羅衆!諸悪の根源でありますな。流石に、あれきり賭場は開かれていない。反省?いやいや滅相もない。あの日あの晩、ともの狂気と鬼の形相を目の当たりにし、さしもの猛者蓮も戦々恐々度肝を抜かれた。あな怖ろしや、博打は身を滅ぼす・・・
「他山之石可以攻玉(たざんのいし、もってたまをみがくべし)」




