四代将軍源とも、美シキ野獣達ノ修羅!(中)
平安の昔、怨念で巨大な鼠と化し延暦寺の経典を食い荒らした、僧・頼豪!
その妖怪「鉄鼠」を二つ名とする、美しき鬼畜“北條時子”
片や虎の眼を持つ「時の女」四代将軍源とも!女と女の新たなる源平合戦!
続きであります・・・が、えーっと、お詫びが先になります。
せっかくでございますが、今回“北條時子”は登場しません!
御免!ゴメンなさいっ!許して!段取りが悪くて申し訳ございません。
源ともと北條時子の邂逅は少々先延ばしさせていただき、
さて、とも様六波羅屋敷にて・・・
四代将軍の六波羅屋敷には大勢の家人が仕えております。ところが主源とも様は花も恥じらう乙女故、むさ苦しい野郎連中だけでは何かと不自由なされます。そのため近隣農家から、後家だのおかみさんやらの応援を頼むのです。
百姓万蔵の娘たまは、初めて六波羅にやって来ました。たまは十七。大柄でのんびりした性格。近所のオヤジ共から「ちちうし」などと揶揄される。・・・本人だって褒められてないことは判りますな。いい気分ではないが、そこは堪え黙々と働いております。今日は祖母の代わりにお屋敷に参りました。とも様への応援は二・三軒づつ順番です。年寄りが出かける家が多い。とも様は朝が早い。夜明け前に六波羅に入ります。お屋敷は大きくて立派で圧倒される。たまは自分ん家より大きな馬小屋に腰を抜かしたが、そんなもん序の口!玄関に立つと巨大な家に呑み込まれそう。実際、太い柱や梁は何やら怪物の骨格めいていました。真っ直ぐ伸びる廊下はどこまで続いてるのでしょう?綺麗な絵の襖に仕切られたお部屋、お部屋、お部屋!果てしがない。ひとが大勢!口喧しく出入りしている。忙しそうで見向きもされない。たまは心細くなりました。
一緒に来た婆様達は戸惑うたまを促しサッサと中に入ります。迎えにでたお姫様、またこの方がビックリするくらい綺麗!気さくに言葉を交わすと、慣れたもの、ズケズケ奥に通ります。
さてさて、四代将軍源とも様お目見。
「今日は、“せん“に“さと“か。あれっ誰だ?”ぎん”の代わり?婆様どうした?風邪?いかんなぁ。で?孫の、“たま“・・・うん、良い名だ。イヒヒ!やっぱ若い女は良いな、ピチピチしとる。ほほぉ結構デカイな。ともは、とにかく大きいのが好きだ。ふむふむ、気に入ったぞ!」
挨拶もそこそこに、とも様は慌ただしく参内。屋敷は女ばかりが残ります。急に静かになりました。緊張が和らぎノンビリした空気が漂います。
ここだけの話、四代将軍源とも様のお手伝い、といっても実は大したことはありません。力仕事は男がやりますし、ともの世話は元々侍女が付いています。精々、掃除とか洗濯といった雑用。普段の野良に比べ格段に楽でした。ひと段落つけば「あとはゆっくりしていいよ」と、婆様達は横になり何と寝息を立てるではありませんか!
将軍様は下々にお優しい。そして、ともはひとの仕事を観てるのが好きでした。暇さえあれば御厨や厩の隅っこにうずくまってる。フト外に出て、お百姓の野良仕事を日永一日飽きもせず眺めています。当初、皆は「監視されてるのでは?」と気味悪がったものですが、ともはニコニコしてるだけ。ひとが作業して何か出来上がる。その過程が楽しい、のだそうです。
ともはお百姓の重労働に心を痛めていました。殊に女の大変さと言ったら!同性としてやり切れない。朝から晩まで働きづくめ。それが生涯続くのです。方や公家共は、文字通り「遊んでいる」ではありませんか!世の中、間違ってる。何とかしたい!しかしそれは「四代将軍」を以てしても手に余る難事業。天下の仕組みを根本から変えねばなりません。ともは己の無力に覆われます。
ともが出来ることは・・・そうだ!一日くらいのんびりしよう!ゆっくり休もう!疲れた体を癒せば気分も晴れる。そうして、また明日から元気に働こう。せっかく生きているんだもの、楽しまなきゃ!
四代将軍様はそうして、近隣農家、特に年寄りや女達を屋敷に招いてくれたのです。たまは驚きました。あんな偉いひとが何故、お百姓の心配をするの?しかもこれは施しじゃありません。たまは考えてしまいました。悩んだ末、嗚呼これが「慈悲」というものかと思いました。そして先程一寸だけ話した、ともに有難い気持ちで一杯になったのです。
独りで起きていると差し当たって何もすることがない。たまはお屋敷の中を探検に出かけます。奥は誰もおりません。寂として声なし。フト足を止める。その一間に見事な衣が掛かっておりました。たまはこんな美しい着物は見たことがありません。しばし呆然と立ち尽くします。とも様は何時もこんな綺麗なものを着ているのか・・・たまは衣の大きさに気づきました。とも様はスラッとした長身。そのお召し物ですから、普通より随分と袖や裾が長くなっています。ひょっとしたら・・・たまにも着れるかも・・・絹なんて雲の上の人のお召し物。普通、着物とは麻の小袖のことでした。ただ纏っているだけです。まして、たまはお下がりばかりですから、身もはち切れんばかり。肘や膝が出てしまい、恥ずかしい思いをしてきました。とも様は身体に合った衣をお持ちで羨ましい。あれなら、たまにも似合う・・・周りを見回すと誰もおりません。たまは震える手でそっと衣に袖を通しました。絹の上等、柔らかくて軽くて肌触りが心地よさと云ったら!丈もピッタリではありませんか。鏡を見ます。本物のお姫様みたい・・・ウットリと、たまは部屋の中を舞うように徘徊します。辺りを見回しました・・・誰も見ていません。
それっきり、たま逐電・・・
妙な噂がある。
京の東、月輪に曲直瀬なる世捨人が居る。その庵に、四代将軍源とも様が独りお忍びで逗留しているという。
「馬鹿々々しい、出鱈目だ!」
東山の北條泰時は一蹴!月輪は六波羅から更に外れた寂しい村だ。そんな辺鄙な所に、あの派手好きな女が出張る訳がない。よしんば何らかの企て、例えば北條に対する挑発・攪乱といったものであったとして、月輪など目と鼻の先、移動にどれほどの意味があろう。安全面から云っても、要塞にも比する六波羅屋敷とは雲泥の差。崩れかけた庵にワザワザ危険を冒してまで籠る理由なぞあるまい。
このところ毎日のように四代将軍源ともに関する情報が入ってくる。玉石混交と云いたいが、ほとんど総て全くもって突拍子もない荒唐無稽な戯言!ただのイタズラ、嫌がらせなのだ。それでもその都度、泰時は確認に手間を取らされる。これら虚報の出所は他でもない、源とも本人が関与!と睨んでいる。ネチネチとしつこい。根も葉もない鎌倉の醜聞なぞ嬉々と流布する。こちらが否定しなければ、やっぱり真実!と喧伝し大はしゃぎ。火のない所に煙を立てられ、泰時の心中穏やでない。
「またか」である。しかし今回のは一寸意図が判らぬ。まぁ、あのアバズレに理性とか辻褄を求めても詮無きことではあるが・・・それでも真偽は明らかにせねばぬ。仕方なく間者を放つと案の定だ。月輪の庵どころか、四代将軍様は本日も元気に参内されておる。
「それ見たことか!」泰時は吐き捨てた。




