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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
続・源とも物語
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四代将軍源とも、美シキ野獣達ノ修羅!(上)

 お伝えしております、「四代将軍源とも」いよいよ佳境!

 さて、ここに源ともにとって不倶戴天の敵が遂に登場します。

 その名も“北條時子ほうじょうときこ”!

 ときは、執権北條相模守義時様の末娘。御年十七。見目麗みめうるわしゅうございます。蝶よ花よと乳母日傘おんばひがさで手塩にかけられた深窓の姫君・・・と思いきや!何と何と可憐な花にはとんでもない棘がありました。端正な容貌の下は鬼か蛇か!我儘・傲慢・残虐・冷酷・非情・傍若無人な、幼き暴君だったのです。

 将軍は飾り物、最早幕府は北條独裁。その絶頂に成長した生まれながらに支配者の娘。北條は武家、いざとなれば女子といえど弓を取って闘わねばならぬ。とはいえ、ときは余りにも粗暴でありました。ときには北條の血が濃厚に凝縮されたのでしょう。彼女にとって他者とは、家来でなければ敵なのです。意に添わぬ者は即座に追放。癇癪を起せば暴れて手が付けられぬ。周囲は怒りの矛先が向かぬよう身を縮め、嵐が過ぎ去るのを待つしかありません。不気味なことに虫を愛で、カエルやヘビを弄ぶ。舌舐めずりしてイタズラを企んでいる様は、正に獲物を狙う獣。美しいだけに一層悪魔的でありました。干支の甲子きのえねから「鉄鼠てっそ姫」と密かに綽名されれております。そろそろ裳着もぎというに、泥んこになって遊び、一向娘らしく落ち着く気配がありません。

 そんな、ときの奇矯な振る舞いを「利発である」「流石、得宗の姫君」などと周囲は無責任に阿諛追従。しかも父親である義時は、ときを溺愛。「男に生まれれば良かったなぁ」などと呑気に宣うものですから、ますます増長するばかり。

 ときがこの世で唯一怖れるのは、伯母の政子でした。父親の姉、ばかりでなく一族の長に君臨す尼将軍!甘いばかりの父とは違い、この鬼婆は事ある毎に、ときを叱責します。口答えしようものなら容赦なく折檻。ときにとって天敵でありました。


 その北條政子最後の悲願は、皇室との縁組でした。皇統に北條の血を入れる。是が非でも叶えたい、究極の夢。武をもって天下に覇を称えた北條一族!覇権は「力」、王権は「徳」であります。力だけでは天下は治まりません。徳が必要なのです。天下を盤石とするは、力と徳が一体となればよい。古来より、覇者は帝の御威光にすがってきたのです。新たな天下人北條もまた、皇族との縁を望みました。一族の女を入内させる。生まれる子は皇統に連なります。そして次代の帝位に届くやもしれません。政子はその僭越不遜な野心に取り憑かれます。幾度となく娘の入内を画策したのです。しかし外部の血に対する、皇室の拒絶反応は想像以上でした。また、多くの競争相手が立ち塞がります。公家などは、皇族と婚姻するためだけに存在してるようなもの。摂家ともなればは既に複数の娘を入内させております。殊に左大臣九条道家は、帝の外祖父として権勢を振るっている。それに対抗するは卿ノ局、「治天の君」院の乳母であり「権勢の女」閨閥の仕掛人。北條はここに割って入らねばなりません。女の凄惨な戦いでした。

 政子の娘達、大姫おおひめ三幡さんまんは入内を果したものの、禁裏に馴染めず非業の死を遂げました。悲嘆に暮れる政子、しかし諦めません。何としても!それが逆縁ながら子の仇討ち!最早、執念でした。

 政子の失敗は、北條の貴族化を計ったことでした。躾・作法・教養・風習や言葉使いに至るまで、都から師を招き一族に強要。しかし所詮は付け焼刃、娘達は委縮してしまったのです。

 元久元年、将軍実朝の正室として、坊門信子ぼうもんのぶこが京より下ってきました。信子は正二位内大臣・信清のぶきよの娘。正真正銘のお姫様!美貌・気品・所作・・・何もかも敵わない・・・本物はかくも違うか・・・いや、別の人種でした。北條の女達は戦慄、京のみやびには千年かかっても到達できまい。

 打ちのめされた政子は、ならばと逆張りに転じました。北條は坂東の豪族。あくまでも武家として、皇統に入ろう。近親の交配で王家は虚弱となっている。万世一系を安泰せしめるには、時に外部より力強い野生の血が必要でしょう。

 政子は、ときに白羽の矢を立てました。ときの凶暴性は、どのような逆境にも負けない強固な意志という美点となるでしょう。小柄ながら頑強な肢体は、健勝な赤子を産むでしょう。ときに求められるのはそれだけでした。座っているだけでよい。そう、ときは黙っていれば京女にも匹敵する美人でありました。

 政子は、ときを引き取り教育しました。ときにとっては正に拷問。反抗もことごとく跳ね返される。「何時か、殺す!」ときは政子を憎んだ。


 政子がこれ程までに焦ったのは申すまでもなく、源ともの出現でした。妾の子、しかも白拍子の娘の分際で清和源氏主流を継ぎ、あまつさえ四代将軍!それだけでも忌々しいのに、ともの後見はあの卿ノ局。この切り札を使わぬ手はありません。狙いは親王でしょうか?老いて尚お盛んな、院の可能性も・・・まさか六つの帝は圏外でしょうが・・・しかし過去に母親程年上の妃の例もあり油断ならぬ。あの「天下の遣り手婆」なら、ともを最も高く売りつけるであろう。思い巡らすだけでも政子は発狂しそうでした。おのれ源とも、どこまで邪魔立てするのか!

 最早、一刻の猶予もなりません。政子は、ときを都へ送り出す決断を下します。名目は政子の代参、そのまま在京し入内を目指す。そして御守役として京に詳しい大江広元の長男、親広ちかひろを指名。親広は早速宮廷工作に取り掛かる。将軍未亡人の実家坊門を頼ろう。信子の姉、位子いこは院の後宮にありました。


 ときは何も知らされず、無邪気に上京を喜びました。何より、政子の監視下から逃れられる!意気揚々と鎌倉を発し東海道を上る。それが二度と戻れぬ片道中とは知る由もありません。勢州桑名の宿、ときは親広から真意を伝えられます。とき激昂!巫山戯けるな!ときを何と心得る!モノではないっ!おのれクソ婆、八つ裂きにしてくれん。しかし既に鎌倉より八十余里。戻るより都の方が遥かに近い。不承不承、ときは西に向かいます。

 それにしても大江親広はのっぺりとして何を考えているのか判らない。そして、ときの言動事細かに干渉します。眠気眼で、口に餅でも含んでいるかのようにモゴモゴと同じことを何度でも繰り返し注意してくるのです。ときは、こういった男が大嫌いでありました。そちの思い通りにはならぬぞ。誰が入内なぞするか!京に着いたら・・・脱走してやる!


 一行は都に入ります。華やかな喧騒に流石の、ときもビックリ!見るもの聞くものが総て珍しく面白い。それからは毎日が夢のようでありました。嗚呼、鎌倉は田舎であった。ここでは何もかもが満ち溢れておる。ときは興奮しました。こんなことならもっと早く来れば良かった。最早、親広の叱言も耳に入りません。京都守護・伊賀光季いがみつすえ邸を拠点に連日遊び歩いております。東山の口喧しい兄泰時には近寄りもしない、呼出も無視する有様。

 大江親広は早急に、ときを教育せねばなりません。何とか作法だけでも躾て、後宮に送り込むのです。ところが、ときは上の空、馬の耳に念仏、右から左に聞き流しております。親広、焦る。モタモタしていては先を越される。そう、源ともの存在です。「これ程のものとは・・・」親広ですら思いもよらなかった、四代将軍の人気!都で実際に目の当たりにして驚愕!鎌倉ではこの熱気は伝わぬだろう。理解できまい。「四代将軍源とも」は既に天下人であった。これが皇室と結んだら・・・親広、戦慄!


 一方呑気な、ときは「四代将軍」に興味津々。女だてらに将軍家を継ぎ、武家の棟梁。北條に真っ向から逆らう異常人。たかが源氏の妾の子に、天下が右往左往、翻弄されている。一族にとって仇敵でありながら、ときは痛快でした。特にあの氷の能面・政子婆が、こと源ともとなると半狂乱の醜態。それだけでも、ときの溜飲は下がるのです。

 しかし、四代将軍の颯爽とした評判にはやはり反感を覚える。ときは都大路で四代将軍の行列を観た。この世のものとは思えぬ煌びやかな極彩色の絢爛豪華!その中心で源ともは輝いておりました。民衆は高揚し惜しみない称賛!その熱狂の渦を、源ともは小首を傾げ笑みさえ浮かべ悠々と進むのです。ときは頭が熱くなる。怒りが込み上げてきた。嫉妬、でありました。とき憤怒!

 四代将軍に大勢の視線が釘付け!・・・一方で誰も、ときを見ていない。気にもされていない。屈辱でありました。違うだろ!その役割はその場に居るべきは、ときのハズだ!清和源氏だが知らぬが・・・何だあれは!図体がデカイだけではないか。ときの方がずっとずっと綺麗だ!それを、あの女・・・本来、ときに集められるべき衆目を・・・盗られたのだ。許せぬ、何もかも許せぬ!ときは、源ともに殺意を抱いた。

「四代将軍と云っても・・・首にヘビを巻きつけてやったら泣いちゃうんだろ?」


 ときには「北條時子ほうじょうときこ」の名が与えられました。高貴な女人は名前に“子”をつけるのです。ときは着々と公家化していきます。当初、「子」が小童こわっぱのようで嫌でした。しかし気が変わった。訊けば、あの源とも、本名は「源朝子みなもとともこ」とな。奴も「子」が気に入らんとみえる。「源とも」で通しておる。ふふん!田舎者め。所詮教養のない白拍子の娘、字を知らぬのだろう。下賤の出故「子」のみやびに気がつかぬ。ときは意地悪くほくそ笑み、優越感に浸ります。ならばと、これ見よがしに北條時子を名乗るのです。そして朝子をあえて「アサコ」と侮蔑を込めて呼び捨て!負けぬ、あの女には決して負けぬ。何としてでも!源ともを出し抜けるなら・・・公家でも誰とでも寝てやるわ。北條時子は舌舐めずりするのでした。

 恐るべし、北條時子!

 美しき鬼畜の魔手が、源ともに忍び寄る!四代将軍、危機一髪!

 ・・・これから先が面白い!次回、お楽しみに!

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