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四代将軍とも外伝  作者: 山田靖
続・源とも物語
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四代将軍源とも、藝術ハ爆発ダ!(後)

 嗚呼、愛しの四代将軍源とも!

 恋焦がれた民部大輔藤原忠則、似絵の名人・英芳に「源とも像」を依頼したのであります。

 翌日から英芳は、ともの行列を見守った。辻々に立ち、携帯用の画版に精緻に写生。行きと帰りでは場所を変え、あらゆる角度から、ともを描いた。ともも家人達も、その食い入るような視線には気づいてはいたが、悪さでないから咎め立てもできない。ともは、英芳の粘っこい気配を体中に感じて身の毛がよだつ。ともは観られることが戦略である。露出し支援者を増やすのだ。慣れている。だから、ひとの視線には敏感。とももまた観察していた。目付きである程度内心が読める。ともは称賛よりも嫉妬や憎悪を多大に浴びてきた。人々の発する気に相当痛めつけられている。いい加減免疫ができたが、英芳はまた異様であった。殺気すら覚える。ともは心を閉じて防御。素知らぬ顔で遣り過ごすのだ。

 十日程続いたろうか、そのうち英芳の姿が見えなくなった。ともは安堵した。


 英芳は邸に籠り、似絵製作に没頭。昼夜を分かたず寝食を忘れた。作業場には弟子さえも入れず、ただひたすら筆を走らせた。

 英芳は美の求道者であった。これまであらゆる人物を描いてきた。公家・武家・僧侶・商人・・・皆、醜かった。姿形ではない。内に秘めたる情念がだ。彼等の成功は、他を蹴落とし騙し裏切ってのものなのだ。その邪悪が表情に噴出する。反吐が出る。英芳はその汚物を丹念に取り除き美化する。似ても似つかぬ出来!それで依頼主は満足する。

 女人も多く描いた。大抵は公家の奥方や姫君であった。彼女達は美しい。だが美しい女人ほど、嫉妬や怨念が鬱積していた。英芳は美人を描いた後は必ず嘔吐した。

 その汚泥で一筋の光明、源ともを見つけた。ともは輝いていた。何より、清純であった。英芳は、ともを愛した。最早、写生なぞいらぬ。ともの姿は脳裏に焼き付いている。英芳の眼は、とものあらゆる部位を網羅した。遂には衣を透過し、肌を、内臓までも、生々しく意識した。英芳は、ともの絵に魂を吹き込んだ。それは最早とも、そのものだ。



 民部大輔忠則が、英芳の邸を訪ねた。注文してから早やひと月、音沙汰がないので督促にきたのだ。誰も入れるなと厳命されている仕事場に、忠則は構わず乗り込む。締め切った部屋には垢じみた汗と絵具の臭いが充満している。英芳は突っ伏して眠っていた。壁に目をやると、おおっ!四代将軍将軍源とも似絵が燦然と輝いている。凛とした中にも儚げな、ともが見事に活写されていた。瑞々しい乙女の一瞬の輝きを永遠に留める傑作!

「出来ているではないか。これは美しい!」

 恍惚と見惚れる忠則の気配で、英芳が目を覚ます。

「英芳、ありがとう!素晴らしい絵だ」

「いっいや、まだ完成しておらぬ。もうしばらく・・・せめてあと一日・・・」

 英芳の言を訊かばこそ。忠則は有頂天!大喜びで乱暴に金子を置き、絵を奪うように去っていく。

「待ってくれ!行かないでくれ・・・」

 残された英芳、腑抜けてへたり込み、赤子のように泣いていた。

 


 恒例の四代将軍様宮中御出仕の行列が通る。大勢が歓声を上げる。

 あっいるいる、久しぶりだの。ともは群衆に混じる英芳を認めた。薄気味悪いが、居ないなら居ないで心配するものだ。ともは伏目がちに何食わぬ顔で馬を進める。

 英芳、ともを凝視。


 違う!違うのだ!源ともが動いている。呼吸をしている。供回りと談笑している。駄目だ!そうではない!首を傾げるな!瞬きをするな!歯をみせるな!頬を掻くな!ともの輝きが、美が、グニャグニャ歪んでいく。何たること!英芳が見出した宝石はこんなにも不安定であったか。これは・・・源ともではないっ!英芳の描いた、ともは完璧であった。ところがどうだ、目の前の女子は!間断なく揺れていて画面に収まろうとしない。そうだ、儂が描いたのが、源ともである。これは偽物だ。源ともとは・・・嗚呼、やはり女人であった。見損なった。やがて此奴も嫉妬や怨念が鬱積するのであろう。いずれ青春の輝きは失せ、無惨な老醜を晒すのであろう。許せん!そんな身勝手はさせぬ!


 絵師・英芳、四代将軍の行列に切り込むも直ちに取り押さえられる。業物は菊一文字則宗であった。高名な画家の凶行に満都は騒然!

「何ら害は被っておらん」ともは一切を不問に処す。

 英芳は自ら閉門し謹慎。それからというものは絵も描かず、終日虚ろな目で何事か呟いていた。そして弟子が目を離したその僅かな隙に、菊一文字則宗で喉を突いて死んだ。


 民部大輔忠則は、英芳筆「源とも像」を部屋に飾ると、その場から動けなくなった。ともが忠則に微笑みかけている。忠則は日永一日、恍惚と眺め、絵像と会話した。出仕もしなくなり飯も喉を通らない。眠れない。遂には病の床についた。朦朧とする意識で、英芳の最期を知った。・・・馬鹿な男だ。とも様は此処に居るではないか・・・

 突如、襖が乱暴に開いた。

「何を臥せっておられるのです!さぁさぁ元気を出して!」

 忠則が頭を持ち上げると、枕元に何と何と、源とも様!これは夢か幻か?

 ともは壁の絵図を引き剥し、

「こんなもんがあるから患い憑くのです。起きて起きて!ではまた御所でお目にかかりましょう」

 ともは絵図を丸めて抱え込みそのまま風のように去っていった。忠則、呆然・・・

「そうであったな。出仕せねばならぬ」

 忠則は湯漬けを三杯掻っ込み、目出度く全快!



 騒動は一応の落着。後味の悪さだけが残った。ともには最初から最後まで何が何だか、全く理解できない。たかが絵、ではないのか?それは紙であるぞ!と怒鳴りたかった。そして、ともは・・・被害者ってことか?心痛を訴えても許されるのか?腑に落ちぬ!善悪が曖昧模糊として答えが見つからない。無理だな・・・ともは思考を止めた。

 それでも事件を総括するため、何か言わねばならぬ。

「うん、その何だ・・・ともの所為かな。全く美し過ぎるというのも罪なものだ」

 家人共、無言で一斉に席を立って退出・・・


 英芳筆「源とも像」はその後、どうなったのでしょうか?

 ともは忠則の邸から持ち帰り、しばらく広間に飾っておりました。素晴らしい!美しい!観る人残らず称賛の嵐!とももまた夜中にコッソリと独りで眺めてニヤニヤしておりました。ところが、あまりにも評判!絵ばかり褒め讃えられ、どうかすると本物はゾンザイに扱われます。四代将軍様、激怒!破るの燃やすの癇癪を起します。手放すならばと、二位法印他大勢が所望しましたが、山門に奉納したとの由。たとえ絵であっても、ともである。助平共には渡さん!との強い意志でありました。宝物殿に安置されましたが、何時の間にか所在が判らなくなったという・・・


 嵯峨野の古寺に 「屏風ヨリ抜ケ出シ白拍子、旅僧ヲ拐ス」なる怪談が残っている。

 ひょっとしてこれが、あの「源とも像」であったかもしれません。


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