第二話 その一
ぶっちゃけ一話読まなくても分かるかもしれない……そんな話です。
『我が名は哦捨髑髏。浮し世に燻る屍が見る夢。
今宵夜月の陰る頃、帝國第玖の百科館より“上臈の錦鱗”を戴く』
暇つぶしに入ったブリキ機械電屋でそんないかめしい言葉が流れた。
『これが今日、帝都にばら撒かれた犯行声明の内容です。いやぁ~まさに怪奇小説さながらの“怪盗”ですねぇ。今日はゲストに犯罪心理学者の伊能先生をお呼びしています。先生、先生は哦捨髑髏についてどうお考えですか?』
『いやぁね、私は警察の方にも顔が聞くんだが……ここだけの話、警らは奴の尻尾すら掴めておらんらしい』
『警察の怠慢ですなぁそいつは! まったく税金を何だと思ってるのか』
やけに態度のでかい中年男性が横槍を入れた。確かベテランの芸人かなんかで最近は映画にも出ているらしい。
苛立つ彼を新米らしきアナウンサーがヘコヘコ頭を下げながらなだめる。学者先生はものともせずつらつらと情報と持論を述べるがそれはひどくつまらないものだった。
『要するにね、“哦捨髑髏”はカルト宗教さながらの一大組織なんですよ。あまりにも大きくてメンバーに権力者までいるものだから捕まえられないんだ』
「くだらない」
僕はつぶやいた。
だってそうだろう? そんな陰謀論なんていかにも古本屋で色褪せているカストリ雑誌が唱えそうな理屈だ。
僕が好きな展開じゃない。
僕が好きなのはもっとこう、オカルトチックな事実。背骨が凍てつくような不気味な事件。
「まぁ、哦捨髑髏なんてきっとメディアのでっちあげか何かだろうけどね」
ふっと笑いながら僕は振り向いた。
誰もいない。
おかしいな……確かに僕は一人でここまで来たからそれは当然なんだけど何故か、どうしてか分からないけど僕の言葉に頷いてくれる誰かがいたような気がする。
統合失調症の前触れかな。
まぁいいや。
僕はそう思い直してポケットに両手を突っ込み、帰路についた。
僕の根城たる月五千円の安アパートの、外の音を素通りさせるうっすい扉の前にはなんと先客がいた。
それも二人。
驚きだ。
見れば男女一組な彼らはビシッとスーツを着こなしていて、僕みたいなラフな格好の若者と到底面識があるとは思えない。ていうか実際ない。
なんとなしに遠巻きに彼らを眺めていた僕だったが、すぐに気づかれて声をかけられた。
「やあ、ご機嫌よう」
「ご機嫌麗しゅう」
僕は初めてご機嫌ようといって挨拶する人を見たかもしれないしご機嫌麗しゅうといって挨拶する人は間違いなく初めて見た。
帝都住まいの上級臣民だろうか。
「あ、どうも」
僕はとまどいつつも頭を下げた。
「お忙しい所申し訳ありませんが、少々お話を聞かせてはもらえませんか?」
女の人が言った。
肩にかからないぐらいでさっぱりと切り揃えられた黒髪に理知的な言葉づかい、目鼻立ちは何というかびっくりするくらい整っていて、何だか前に立たれるだけで気後れがする。あとそれに、タイトスカートに黒タイツを穿いていた。大事なことなので最後に言ったが、しかし隣に背の高い男がいるのであまり見ないどこう。
「宗教の勧誘ならお断りですよ」
「そう見えますか」
「いや全然」
「でしょうね」
沈黙。
女の目が僕を射抜く。
すげー怖い。何人か殺してそうだ。
そんな沈黙を破ったのは身の丈二メートルを超すかも知れないほどの大男だった。
「すまない。彼女は結構人見知りする方なんだ。では自己紹介をしよう。私は帝國中央警察庁所属超常現象特務課の八十神晃守という。よろしく」
ご丁寧にも警察手帳を見せてきた。そこには目の前にあるのと同じ彫の深い顔が決め顔で枠に収まっている。
「同じく木更津緋花です。錦織文雄さんで間違いありませんね」
「はい。そうですが……えっと超常現象課でしたっけ? が一体僕に何の用ですか。捜査一課ならまだわかるんですけども」
「それは君が一番よく知っているだろう?」
……なるほど。
どうやらただの刑事じゃなさそうだ。