第二話 「melas moth man(夜色の大蛾)」 前夜
久々です。しかし長くなりそうです。
当面の目標は起承転結の転まで行く事。
焔――であった。
肝試しにと車を駆らせたその道に浮いていた蒼い、それでいてさながら奥深い大海原を中心から覗いた時のようなくすんだ純粋さを感じさせるそれは、焔であり、人の頭骨の様相を呈していた。
その浮世じみた光景に思わず、息を呑んだ。
隣にいる友人はというと目を見開いて硬直している。実に間の抜けた表情だ。
ふと、車に備え付けられている鏡に目をやると僕も同様の顔をしていた。なんて情けない顔だ。目は最大限に開かれ、瞳孔は右往左往と落ち着きなく収縮しともすれば哀れにも涙を浮かべている。あごは力を失いだらりと頭を垂れてぽかんとした口の開き具合など甚だ間抜けだ。
しかし、泣き面に蜂とでも言うか。鏡に写し出されたのはそれだけではなかった。
車のバックミラーというのはそもそも運転手に後方を覗かせる為のものだ。
僕には見えた。
毒々しい鱗粉を瞬かせ両翼を水平に開いて迫りくる化け物の姿が。
その化け物の蝋燭の火のように爛々と輝く二つの丸い目は、僕が見ているのに気づいた途端さながら笑うようにすっと細くなったのが分かったのと同じくして僕達の乗った車は岩壁に衝突して大破した。
………
――目が覚めると、まず揮発油の臭いが鼻を劈いた。
強烈な臭いだ。
僕は思わず、勢いよく顔を上げた。否、上げてしまった。
今になって思えば不可解だ。
一体何故、車の前席にまで揮発油が漂うほどの事故のさなかにいたのに僕が無傷だったのか。
きっとそれはあの時僕の目の前で、まるで僕が顔を上げるのを待っていたかのように立っていた奴が、あの醜悪な蛾男が知っているんだろう。