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旭東帝國奇譚  作者: 主任
第一話
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第一話 その参

 八十神晃守は影に沈んだ後に、建物の隙間という隙間を滑るように移動して外に出た。

 第十機関の拠点たる未確認存在。第玖号[kowloon's castle(雑多な牙城)]。

 その銀色の巨大な建物は自ら成長と防衛と修復を行う。

 黒い森に囲まれた機関拠点を背にする晃守に五人の男が敬礼をした。

「待っておりました晃守殿。我らM小隊。貴君に命を預けます」

 重装備のM博士の一人が言った。

「ああ。どうやら今回は輪をかけて強力な存在のようだからな、恐らく君らには死んでもらう」

 晃守はかすれそうな声で呟いた。

「心配には及びません。我らは幾らでもいます故、どうか心を痛めないでください」

 最初とは違うM博士が溌剌とした表情で笑う。

 それに他のM博士も頷いた。

「そうです。帝國の為に死ねるのならば大量生産の粗悪品たる我らも本望」

「むしろそうしてくれなくては我らの生まれた意味はなし」

「さあ行きましょう晃守殿! 華々しい帝國の勝利の為に!」

「そうだな」

 晃守は力強く頷くとM博士らがエンジンを温めていた装甲車の後部に飛び乗り、五人のクローンもそれに続いて乗車し、意外と静かな動作音を上げて森の中道を突っ切って走った。

 晃守はその後部で腕を組んで仁王立ちしている。

 風は強く彼に当たっているが彼の背から伸びる黒い枝のような触手が車に絡みついているので問題はない。

 ピリリリリと間抜けな音が彼の時計から鳴った。

『こちら有姫。聞こえてるー?』

「うむ。正常だ」

『では今回の作戦行動を説明しまーす。今回の目的は第拾壱号の排除。方法は問わない』

「了解。博士らの装備は?」

『重機関砲及び合成マルカリニア装甲の戦闘服。それと虎の子の第漆号それぞれ一発ずつ』

「ふむ。防御重視だな」

『あわよくば第拾壱号が踏めずに終わればいいなーと思って』

「まぁ、それはその場でなければ分からんが……目的は排除だな? 捕獲ではないのだな?」

『そう。相手は神様だからね、それも活発化したやつだ。よしんば捕獲できても後々逃げられる際に機関は大ダメージを追うだろうしねー』

「了解」

『じゃ、がんばってー』

 そんな間の抜けた声を最後に時計からは何も音がしなくなった。

「到着です」

 ふいに車が止まった。

 目的の場所に付いたのである。

 そこは第七都市福時季地区六丁目。

 街頭まばらな寂しい大通りであった。

 目に入る民家に明かりはない。

 事前に機関が保護していたからだ。

 そしてそんな中道路からカツカツと蹄の音が――鳴り響いた。


「ほう、随分と不吉な気配がするものだと思えば……お主のようなものがどうして人の形を取っている」


 次の瞬間、運転席に座っていたM博士の頭蓋が踏み砕かれた。特殊装甲のヘルメットなど何の意味もないとばかりに彼の頭は落ちた柘榴のように散った。

 五十メートルも先から飛び乗った首なし馬のしたことである。

 その上で角の生えた少女はにやにやと笑っている。

「不吉とは君のことではないのかね? お嬢さん!」

 晃守が声を荒げるとそれに呼応するように背から触手が伸び、首のない馬の脚に絡みついた。

 絡み付いた部分は高熱を発しているのか、はたまた溶解しているのかはさだかではないがそこからはジュウジュウと肉の焼けるような音が鳴り、馬が痛みに嘶いた。

「何をするか!」

 少女が一喝すると晃守、及び装甲車やM博士に至るまで突風にあおられたように吹き飛ばされまた馬に絡みついた触手も主に伴って離れた。

 晃守は吹き飛ばされながら目に入った街灯の柱に触手を伝わせ、またM博士のうち三人を掴んだ。

 残り一人は装甲車の下敷きになっている。

「く……っ! 私にかまうな! 奴を滅ぼせ!」

「誰を、滅ぼせというのか」

 少女と馬はいつの間にか装甲車のすぐ前まで来ている。

「おのれぇぇぇえ!」

 M博士の慟哭虚しく、装甲車すらも馬の蹄は踏み砕き爆破炎上した。

 その様はまるで火柱。地獄の窯の蓋が開いたのならばこのような情景を作り出すだろう。

 博士はおろか、装甲車までもが溶解してしまい高熱を上げる黒炭と化している。

「この野郎!」

「しねぇぇえ!」

「くたばれ化け物!」

 激昂したM博士らは銃を乱射した。

 されどその銃口の先には馬の影もなくば少女の袖すら漂わぬ。

 それに気付いたときにはもう手遅れであった。

 パァン。

 パパァン。

 と、そんな軽快な音を立ててM博士らの頭蓋は蹄に潰され弾けて落ちた。

 とても人体とは思えない、呆気ない最後だった。

 晃守はそれをただじっと見ているしか出来なかった。

 とても目で追えないほど速すぎるのだ。

「愚かよの。我が何かも分からずに刃向い手向い弾けて潰える。我に、『夜行』の前に立ちはだかればそれは死を意味するというに、まこと人間は物を知らぬ。そうは思わんか」

「……悪いが私にはもう会話する余裕はなさそうだ」

 晃守の胸の奥底から滲み出るのは仲間の死への悲しみ、己への無力感、そして何よりも渦巻くのは怒り。

 その怒りに呼応するように彼の内に巣食うそれは脈々と蠢きはじめた。


 どろり、と彼の体の表面が腐り落ちる肉さながらに体を流れた。


 外見に見て取れる最初の異変は影だった。

 それはあたかも荒れる波間のように渦巻き蠢き溢れては押し戻り、立体として確かに存在している。

 次に変わったのは晃守自身だ。

 今わの際のような呻き声を上げた後、彼の体は闇に覆われた。

 皮膚に爪に血液に筋肉に骨に軟骨に眼球に下に喉に胃に心臓に焼けるように熱い黒い濁流が流れ込み、彼の体は真っ黒に染め上げられた。

 顔ももはや顔ではない。

 そこには目もなく鼻もなく、口もなければ髪もない。耳のあった場所にはつるりとした表面があるだけで、深い深い黒色のそれはどう見ても皮膚や筋肉どころか骨ですらあるまい。

 最後に彼の背から生えていた枯れ木の枝のような触手が多足類のそれのように逞しくもおぞましく変容し、全ては終わった。

 体長三メートル。重さ不明。

 第弐号 [About black(蒙昧な暗闇)]の第三形態がこれである。

「それだ。それでこそよ。何という姿か、所詮お主はそうなのだ」

 ふっとまたもや夜行は一切の移動なくして晃守の前に出現した。

 その騎馬の蹄はすでに晃守の額数寸の距離まで迫っており、その直後に触れた。

 思い切り踏みつけられた晃守の頭はたまらずひしゃげ、潰れる。

 されど

『どうした。この私が頭を潰されて死ぬとでも思ったか?』

 晃守は尊大に両手を広げて威嚇した。

 彼の頭は出来損ないのゼリーのように潰れてしまったがそんなのは彼には関係ない。

 それもその筈、第三形態と呼ばれるこの形態にはおおよそ重要器官というものどころか昨日を分割する必要がない。彼の黒い肉体はどれもが筋肉であり全てが骨であり内臓でもありそして脳でもある。

 頭を潰された事など、今の彼にとっては伸びた爪を切られた程度の感覚しかない。

 夜行は即座に距離を取った。

「化物め」

『よく言われる。だが、君もそうだ』

 彼の声にあわせてどっと押し寄せる荒波の如く晃守の背から生えた触手が道を覆いつくして迫りよる。

 夜行の目に見えない移動に対する彼なりの策だ。

 触手はどれもこれも煮詰めた墨に劣らず黒々と蠢いており自身に当たった物体を当たっただけ削り取りながら突き進む。

 夜行は道の塀、電柱、電線を軽々蹴りながら空中に飛び上がりそれを避けた。

『愚かな。袋の鼠だぞ』

 形を治した頭で好機とばかりに晃守は叫んだ。

 触手も瞬間方向を変え上へと先端を伸ばした。

 その数なんと四十五を越える。

 塀が虫食いに破られ電柱が跡形もなく破壊された。

「どうだろうか。我のなんたるかをお主はまだ知らん」

 そんな窮地にあって、首のない馬に乗った少女はにたりと不敵に笑った。

『何だと』

「お主は知らんだろう。我を、我という怪異を。そしてそれが何を意味するかも知らん」

『ああ、知らんな。では後で調べるとしよう。君を弔ったその後で、な』

 晃守の触手はすでに夜行の周囲を取り囲んでいた。

 月のない夜に紛れるようにしてそれは徐々に間隔を狭め、そして閉じた。

 その一連の動作に音はない。

 音すらもそれらが吸収してしまっているのか、それは晃守にも分からない。

 だが分かることもある。

 それは、まだこの事件は終わっていないということだ。


 そんな晃守の予感は的中した。

「怨み晴らさでおくべきか、というての」

 絡み合った黒い触手の間から吹き出る赤々とした液体と共にやけに陽気な声がした。

 先程の夜行の少女と声音は同じだがどこかその声は弾んでいる。

「切られれば八つ裂きにする。見捨てれば殺す。笑えば身を裂く。我の如く強烈な怨念を持って死んだものはそういうものになるのだよ」

 吹き出る液体は勢いを増し、やがて晃守の触手の圧迫を弾くようになっていた。

 道路にびしゃびしゃと嫌な音が沈む。

 周囲は鉄錆びのような臭いに包まれていた。

 液体は血だった。

「お返ししよう黒いの」

 触手の塊から一つだけ妙に鮮やかな色の触手が飛び出し晃守の腹を抉った。

 それは何の抵抗もなく彼の腹を貫き、後方にヘドロのような黒い液体を伴って突き出た。

 晃守が呻いた。

『何だ、これは』

「知らんな。我はただ単に返しただけよ。但し、上乗せしてな」

 晃守の触手を押しのけて夜行は再び姿を現した。

 しかれどもその姿は先刻とは殆ど別の物へと変容していた。

 少女の顔は変わらない。だがその首から下は見目麗しい重ね衣ではなく鈍い赤色の光を放つ無数の帯のようなものに覆われている。見るにそれ自体が彼女の体でありそれは全て首の付け根から伸びていた。恐らくあの着物はこの本質を隠すヴェールだったのだろう。

 馬もまた変わっていた。首のないのは変わらないが、その首の断面から赤黒い触手が伸びて晃守の腹を抉っているのだ。

『それはまさか……私の』

「その通り。教えてやろう。我という祟り神の特性は“されたことを数倍にして相手に返す”こと。我に善い事をすればその者には幸運が、悪事を為さば凶たる道が開けるのよ」

『つまりあれか、君は今から私を』

「そうだ。これで殺す」

 夜行の首から垂れる無数の赤黒の紐がうねった。

 少女には首から下はなく、馬には首から下しかない。その欠けた部分が晃守の触手を模したものに代わってしまっている。その数は百や二百を下らない。

『まずいな』

 真っ黒な顔で密かに焦りを見せる声で晃守は呟いた。


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