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旭東帝國奇譚  作者: 主任
第一話
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第一話 [ Killer on the beheaded horse(首無し馬の通り魔)] 前夜

いないとは思いますが、待っていた人がいたならば遅くなった事に心から謝罪の言葉を述べて反省します。マイペースなんです。でもこれからもたぶんそう。

 それは年を越して一月もとうに経ち、雪の影が見えなくなった始めたある日の夜のことである。

 その日は二月にしては大変暖かな日で、小春日和であるとニュースでも再三に渡って騒がれたような穏やかな日であった。

 そんな日であったので人々も浮かれ始めて特に何があったわけでもないのに集団で食事に出かけたり、そこで騒いだりとなかなか能天気に過ごしていた。

 彼女、永香奈子(ひさし かなこ)も例外ではなく、職場の女友達とともに一週間前に忙しくて祝えなかったというのを言い訳に行きつけの居酒屋に行って年頃の女性とは思えないほど酒を飲んだのであった。

 充実した時間であったが楽しい時間ほどすぐに過ぎるというもので、気づけば彼女は一人帰路に着いていた。

 飲酒をしているので愛車はパーキングで就寝している上にタクシーに乗る金も酒に変えてしまったので歩きだ。代行? それももう試してみたが営業時間を過ぎていたので用を為さなかった。

「まーべっつにいいけど? きょーはあったかいしさぁ……おおっと! あぶね。電柱にずつきかますとこだった」

 あっちへフラフラこっちへグラグラと街灯のまばらな閑散とした道を彼女は舌足らずな独り言を呟きながら歩いている。

 若くて容姿端麗なれども格闘技を幼少から今に至るまで嗜んでいた彼女は不審者などお構いなしに、深夜も甚だしい時間なので人目も気にせずに酔いの回った頭の赴くままに独り言を放ち、千鳥足でジルバを踊るように進んでいる。

 悲しいことに彼女にボーイフレンドましてや夫の類はない。

 今だけではなくこれまでずっとだ。

 男勝りな性格と大の男にも引けを取らない戦闘力、そして妙に高い諸々のスペックが相まって近寄りがたい印象を与えているからだと職場のよくモテる友人には「あんたが戦闘民族だからよ!」と分かりやすく言われた。ちなみにその友人はそこそこの見た目と能力で見事玉の輿を手に入れていたりするので意見は無視できない。

 ふと、それを思い出して彼女は無性に寂しさを感じた。

「ううううう……悲しい! あたしゃ悲しいよ電柱よぅ! まわりはやれ結婚だなんだと騒いでんのにあたしにはなんで男の影一つないんだい! ええ!? おう、吐きそう……」

 勢いよく電柱に頭突きをかましまくった結果彼女の胃袋は悲鳴を上げ、結果内容物を外へと撒いた。

 酷い有様である。

 しかし人間泥酔すれば大抵こんなもんである。

「おお、すまねぇ。盛大にゲロ吐いちまった……まあいいか」

 水でも飲もうと彼女は近くで爛々と光を放っていた自販機に近づいた。

 タクシーに乗る金はなくともミネラルウォーター一本ぐらいなら買う金はある。

 光に誘われていた虫を華麗な旋風脚で散らして彼女は十円玉をじゃらじゃらと投入し、ボタンを押して飲料水を買った。

 しかし出てきたのはおしるこであった。

「ああ? こんらもん飲めるかってんだコノヤロー!」

 自販機によく体重の乗った右ストレートが放たれた。

 液晶にヒビが入り、防犯用のブザーがけたたましく鳴り始めた。

 彼女は即座に逃げた。

 酔っ払いも意外と逃げ足は速いものである。


「ふいー。危ない危ない、流石に都市警察があんなので捕まるわけにはいかないわよねぇ……。酔いも覚めたし、さっさと帰るかねー」

 彼女がそう言っておしるこを一口飲んでうげぇと喚き、前を眺めると先刻の彼女と同じような緩慢な動きでふらつく中年男性の姿が見えた。

「うおー愛してるぞ娘よぉー!」

 どこでもない虚空に叫んでいる。

 彼女は二度と泥酔しないと反省した。


 その時。


 彼女の背筋に凍った虫が這うような不気味な怖気が走った。


「……っ!?」

 思わず全身を震わせるほど気色の悪い感覚だった。

 前の男も同じような感覚に襲われたようできょろきょろと回りを見渡している。

 目があった。

 恐々と指を向けてきた。

「今のあんたか?」という意味だろう。

 香奈子は「いいや違うね」という意味を込めて首を振った。

 すると、またもや寒気を感じた。

 その上どこからともなくカツカツと硬いものが規則的に道路に打ち付けられる音がし始め、それは一瞬で終わらず長く、迫りくるように続いた。

 男と香奈子は周囲を舐めるように見回した。人はない。動物も見えない。当然だ、今日は月も星もない夜。灯りは心もとない切れかけのガス燈のみ。だが分かる事もある。それは二人以外に音を出している物は一切ないということだ。

 段々と恐怖が足元から這いずるように彼らを蝕んでいった。

 時刻は深夜二時。

 場所は人気のない道路で、端に並ぶ民家の明かりは消えて久しい。

 テレビが騒いでいたように気温は低いわけではない。むしろ高いと言っていい。

 風もない。

 道路は寝そべる暗闇で、安心感など抱きようがない漠然としたものと化している。

 香奈子に男が見えているのも男に香奈子が見えているのも辛うじて生きているガス灯あってこそのものだろう。香奈子に男の向こう側はうかがえないし、男にしても香奈子の向こう側は分からない。それに二人とも振り向く勇気はないのでお互いがお互いの背景を注意深く睨むのみである。

 ふいに香奈子が小さな悲鳴を上げた。

 男もそれにつられて後ろを振り向き、激しく後悔しながら腰を抜かした。


 男の後ろ、振り向いた目の前には動物の断面と思われる部位が街灯の光を受けて赤黒く光っていた。


 ひいい、と情けない声を上げて這いまわる男にそれは蹄を鳴らしながら街灯の下の明るみに姿を映した。

 それは四足の獣であった。すらりと長い四肢を見るにおそらく山羊か馬の類であろう、しかし判断が出来ない。

何故ならその獣には首から先がなかった。

 香奈子は叫び声も出なかった。どころか全身が動かなかった。瞼すらもである。呼吸も忘れて食い入るように首無しの獣の姿を見つめていた。

 獣は首もないのに大股で歩き、男に迫る。

 男は理不尽な状況に酔った頭が逆上したのか「ふざけんじゃねぇ! 家畜がなに威圧してんだコラァ!」などと叫んでいたが獣はそれに一切反応せず歩を進め、ついにはその蹄で男の腹を踏みつけた。

 骨の数本でも折れたのか、痛々しい硬質な音と肉が潰れる形容しがたい嫌な音がして男のうめき声がそれに重なった。

 獣はそれでも歩を進め、もう片方の前足で男の頭を捉えた。

 スイカを叩き潰したかのように水っぽい生々しい音と断末魔の悲鳴が暗い通りに響いた。

 香奈子は再び嘔吐した。

「道を開けよ」

 驚いて顔を上げると獣の首が目の前にあった。

 心臓は動いているのか、血管の断面から赤い体液が噴出している。

 香奈子は再び襲い来た吐き気に口を抑えた。

「退けと言っている。退かねば貴様も踏み砕くぞ」

 獣の上に人が乗っていた。

 それは年端もいかぬ少女で、幾重にも重ねられた濃淡艶やかな着物――朱一色の十二単とでもいうのだろうか、を着ており黄金色に輝く右の瞳で香奈子を見据えていた。

 額からは角が生えており、もう片方の目は真っ直ぐに伸びた黒髪に隠れて見えない。

 香奈子は驚きつつ転げるように慌てて移動し、彼女に道を譲った。

「そうだ。それでいい」

 少女は満足げに頷き、首のない獣が前へと進んだ。

 街灯に白い蛾が舞っているのが目に入った。

「我らは返そう。主に親切を。彼には暴力を。そして奴には彼岸の成就を。我らに幸が有らん限り」

 蹄の道路へ当たる音と、少女の言葉が聞こえたと思うと香奈子の意識は闇に沈んだ。

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