21. イブニング・ピクニック 3
思わぬ言葉に、美月はびっくりして目を見開いた。
隣に座っていたドナヴァンも思わぬ言葉に驚きを隠せない表情を浮かべる。
「で、あれをどこで手に入れたんだ?」
「ラル、いきなりなの?」
呆れたようなルルーシアの声が聞こえる。
「いや、だって、どうやって手に入れたのか凄く気になってさ。あれ、すごく珍しいんだよ?」
「珍しいって?」
「滅多に見つけられないんだ。僕は2回しか見た事ない。それも本当に偶然って言ってもいいような状況下で、ね。しかもあっという間に転がって行っちゃった」
珍しいと言われてドナヴァンが尋ねると、確かにいつも飛び回っているラルウレーンが2回しか見た事がないと言われると珍しいのだろうと納得する。
「それでどこでそのアーマード・コアを見つけた?」
「ここからドレクロワに行く途中で越える最後の坂を登っている時に、いきなりゴーレムが出てきて襲われたんだ。俺たちはゴーレムと対峙していたから見なかったんだが、ミッキーが目の前を転がってきたのを見つけて拾ったらしい」
「ゴーレム? それってさっき僕に聞いてたアレ?」
ラルウレーンにドナヴァンが頷いた。
「だからドレクロワに行く途中にある荒野の事を聞いてきたんだな。確かにあそこにゴーレムが出たっていう話は聞いた事ないし、僕も見た事ないなぁ」
顎を擦りながらラルウレーンは考え事をしているように少し斜め上を見ている。
「でも、全くない、という事はないと思うよ。アーマード・コアは魔力を持っていてね、それを使って周囲の石や金属、ほかにも枝とかで自分を覆ってゴーレムとなるんだ。だから、本来ゴーレムと言われているものとは少し違うかもしれないね。ただ外からはその違いが判らないから、僕らはまとめてゴーレムと呼んでいるんだよ」
「じゃあ、もしかしたら倒したらゴーレムではなくアーマード・コアかもしれないって事も有り得るんだな」
「そうだね。けど、アーマード・コアは、自分を覆っている部分が破壊されてしまうと、それを脱ぎ捨ててそのまま逃げ出してしまう事もあるし、運悪くゴーレムのコアと間違われて破壊されてしまう時もある。まぁそれはアーマード・コアはゴーレムのコアと同じ場所にいるから仕方ないんだけどね」
つまりゴーレムのコアと同じ場所に位置するせいで、コアを破壊するための攻撃を受けてそのまま死んでしまう事がある、という事なのだろう。
けれどそれならもっと人目に触れているのではないか、と美月は疑問に思いそのまま口にする。
「でも・・・だったら、死体が残っているんじゃないんですか?」
「うん、そう思うよね。けどね、アーマード・コアは死んじゃうとそのまま硬化して石のようになっちゃうんだ。だから、少しいびつな丸っぽい石が転がっている、っていう程度の認識だから人の目に触れても気づかれないんだよ」
「なるほどねぇ・・・だから、誰も知らなかったって事なのね」
「そうだね、ルルー。多分、ドナヴァンたちが見たゴーレムもアーマード・コアだったんじゃないかな、って思うな。現場を見てないからはっきりとは言えないけどね。そこにいるアーマード・コアはまだ生まれて間もない子供みたいだから、その子の親だったんじゃないかな、って気がするよ」
美月はコロコロと転がるジローに視線を向ける。ジローはここで自分の事が話題になっているとも知らず、相変わらずコロコロと転がっては石を見つけてコリコリと食べている。
今は手のひらに乗る大きさだがこれが生まれたての子供だというのなら、これからどのくらい大きくなるのだろう。
尋ねようなどうしようか美月が考えていると、隣に座っていたドナヴァンが口を開いた。
「ラル、アーマード・コアはどのくらいの大きさになるんだ?」
「そんなに大きくならないよ。せいぜい・・・そうだね、このくらいかな?」
尋ねられたラルウレーンは少し考えながら両手を使って大きさを作ってみせる。
それはソフトボールくらいの大きさで、美月はそれを見てほっとする。
もしかしたらとんでもない大きさになるのではないか、と心配になったからだ。
ソフトボールくらいの大きさなら今までと同じように連れて歩く事ができる、美月は安堵の溜め息を吐いて今もコロコロと転がるジローを見る。
「成獣になってもその程度なんだ? ゴーレムの大きさを考えるともっと大きくなるのかと思ったよ」
「そうだね。でも、大きくなるともっと魔力も強くなるからね。大型のゴーレムだってその程度の大きさのコアしか持ってないよ?」
「そう言われたらそうだよな」
「それからアーマード・コアは魔獣だよ、ただの獣じゃない」
指をチッチッチッと横に振りながら話すラルウレーンに、彼の言葉に引っかかった美月はラルウレーンの方に顔を向けた。
「ジローちゃん、魔獣・・・・・なんですか?」
「ジローちゃん? ああ、アーマード・コアの事だね。うん、魔獣だよ。だって、魔力を持っているもの。魔力を持っていたら魔獣、持っていなかったら普通の動物」
「けど、凶悪な性格、じゃないんだろ?」
「うん、そうだね・・・アーマード・コアが凶悪だっていう話は聞いた事ないね。でも、アーマード・コアの事をそこまで研究している人がいないから、言い切る事はできないんだけどね。一応名前がつけられる程度の知名度はあるけど、さっきも言ったように滅多に見つからない魔獣だから研究もそんなに進んでないのが現状だよ」
「じゃあ、ミッキーと一緒にいても問題はないって事だな」
良かったな、とドナヴァンが美月の頭をポンポンと叩く。
うん、と頷いてから美月はラルウレーンを見る。
「あの・・・でも、手許に置いていてもいいんですか? 珍しいんだったら、その・・・」
偉い人が取り上げるのではないか、と言いたいのだがうまく言葉にならなくて声が止まってしまう。
そんな美月の言いたい事が判ったのか、ドナヴァンが美月に答える。
「誰もミッキーから取り上げたりはできないよ。他の人間からならともかく、ジローは既にミッキーの使役獣として契約をしているからな。使役者から使役獣を奪う事はたとえバトラシア様にも許されていない。もしただのペットというのであればまた話は別だけどね」
「そうだね、使役獣契約しているから、その子は誰にも奪えないよ。それに大体『異界からの客人』から奪うなんて事、この国が許す筈がない」
「えっ・・・?」
「ミッキー、ラルは知ってるから大丈夫だよ」
『異界からの客人』と言われて美月はハッと顔をあげたが、ドナヴァンの言葉でホッと安堵する。
「そうよ。今日ここにきているメンバーは大丈夫。心配する必要はないわよ」
「そうそうルルーの言う通り。今日は最後の日だから、ミッキーが気を使わなくてもいいメンバーだけに声をかけたのよ」
どうやら今日ここでピクニックをするという事で、参加希望者がそれなりにいたらしい。
けれど、アルフリーダだとルルーシアが参加希望者をふるいにかけて、今日ここに来ているメンバーを決めたようだ。
「まぁ、そういう事だから心配しなくてもいいからね」
「は、はい、ありがとうございます」
「でも僕には観察くらいはさせてね。こんな風に間近でアーマード・コアを見る事なんて滅多にできないと思うから、この機会に色々と調べたいなって思うんだ」
「でも見るだけだぞ。解剖は絶対に駄目だ」
「当たり前だよ、僕がそんな事するわけないじゃん」
失礼だな、と憤慨するラルウレーンにどこか冷めたような視線を向けるドナヴァンと、そんな2人を呆れたように笑いながら見ているアルフリーダとルルーシア。
どうやら前科があるようだ、と美月は少し不安になるが、それでもドナヴァンの家族だと思うとラルウレーンの言葉を信じる気になれる。
「とにかく、向こうに戻ったらすぐにリンドングラン領の領主にアーマード・コアの事は言っておいた方がいいだろうね。少しでも早く伝えておけばもしもの時にすぐに動いてくれるし、ミッキーの事を知らないで盗もうと考える人間に対して抑制してくれる事になるからね」
「そうだな・・・ミッキーが『異界からの客人』だという事を知っている人はそれほどいないから、知らないで盗もうとする奴は出てくるかもしれないな。だったら、帰ったらその足でバトラシア様のところへ行った方がいいかもしれない」
「だったらドナヴァン、僕が立ち寄るかもしれないって事も言っておいてくれよ。そうしてくれたらいつでも思い立った時に行けるからさ」
「バトラシア様たちに伝える事はするけど、それでも連絡を入れなかったらマズイって事は判ってるだろうな? それをちゃんとしてなくてバトラシア様を怒らせたら、ジローに会う事なんてできなくなるぞ」
「えぇぇぇっっ、それは困るよ。でもめんどくさいなぁ・・・」
「領主の町に来る前にコネコ便を送れば済む事だろ?」
「そりゃそうだけどさぁ・・・」
それでもめんどくさい、というラルウレーンを冷たい目で見るドナヴァン。
叔父と甥の関係なのに気さくな雰囲気に美月はくすくすと笑う。
「とにかく、ラルが来るかもしれない、って事は伝えておく。けど、来る前にちゃんと自分で連絡はいれろ」
「仕方ないなぁ・・・判ったよ」
2人の会話を聞いていると、どっちが年上か判らない。
けれどどうやらそれはいつもの事のようで、美月以外は誰もがそれを普段通りだと感じているようだ。
「ラル、あんまりめんどくさがってると、バトラシア様たちに言うぞ? 俺がそんな事を言ったら援助を切られるかもしれないぞ」
「ドナヴァン、それは脅迫、って言うんじゃないのかな?」
「まさか。俺はただもしかしたら、と推測を口にしただけだよ」
「・・・・判ったよ。ちゃんと前もって連絡を入れます。それでいいんだよね?」
「そうだな。ちゃんと予め連絡を入れれば、バトラシア様も文句はないと思うよ。もちろんちゃんとバトラシア様とウィルバーン様の2人に顔も出すんだぞ? 挨拶だけじゃ足りないからな」
「・・・・判ったよ」
いやいや返事をするラルウレーンを呆れたように見てから、ドナヴァンは美月を振り返る。
「ラルに頼んでアーマード・コアについての情報を送ってもらおうか?」
「えっと・・・ううん、多分大丈夫」
あとでマップルを使ってアーマード・コアの事を検索してみる、と周囲に聞こえない程度の小さな声で言う。
「そうだな。もしそれで判らなかったら、その時はラルに頼んでみればいいな」
「うん、そうだね。今夜にでもとりあえず調べてみるね。それでもしアーマード・コアで検索できなかったら、ここを出る前に頼んでくれる?」
「判った」
向こうに戻ってから検索できなかったと判ると、ラルウレーンに知らせるのが面倒になるから、美月はここにいる間に検索できるかどうかを調べるつもりのようだ。
「でもジローちゃんがなんていう名前の生き物なのか判って良かった。これでやっと少しは扱いやすくなりそう」
「もともとコットンたちに任せてたから、あんまり変わらないと思うけどな」
「ドナヴァンッッ」
ドナヴァンの言う通りなのだが、それでもムッとして彼を睨み付けると苦笑いを浮かべて、ドナヴァンは美月を抱き寄せてごまかす。
「もうっっ・・・・でも、まぁドナヴァンのおかげで判ったから許してあげる」
「はいはい。それより、ちょっと湖の方を見てろ。そろそろ始まるみたいだ」
「えっ・・・何が?」
「それは説明するよりも見てもらった方が早いから、ほら向こうを見る」
一体なんの事だろう、と美月は背中を向けていた湖の方をゆっくりと振り返り、目の前に現れた光景にそのまま息を飲んだ。
湖とその湖面は、日が暮れてすっかり暗くなったにも関わらず、ほのかに点滅を繰り返しては時折その光が集約した場所で光の爆発が起きている。
爆発するといっても大きな音がするわけでもなく、どちらかというと光の玉が弾けているといったところだろう。
美月がそんな光景に魅入っていると少しずつ湖を取り囲む森の中からも、同じような小さな光の粒が湖に集まってくるのが見える。
それらの光も先ほどの他の光と同じように集まっては爆発するように弾けては、また少しずつ1つの場所に集まって光を弾けさせている。
それも白一色ではなく、場所によっては青かったり黄色かったり、他にもピンクや緑といった様々な色が静かに集まっては弾けているのだ。
身体半分振り返ると言う中途半端な体勢のまま、美月は湖とその周辺に広がる幻想的な光景に魅入る。
そんな彼女の体をドナヴァンはひょいと持ち上げて、湖の方に向けさせてから自分の身体に持たれるようにしてやる。
美月はそんな事に気づきもせず、ただただ目の前の光景に魅入っているのだ。
そして、そんな幻想的な光景は、いきなり終わりを告げた。
不意にすべての光が消えてしまったのだ。
「えっ・・・・・?」
「大丈夫だ。終わっただけだから。ほら、後ろにはランプの明かりがあるから真っ暗じゃないだろ?」
「・・・ホントだ」
唐突に真っ暗になった事で美月は不安になったものの、隣にいるドナヴァンの温もりと背後にほのかに明かりが見えた事でホッと小さく息をこぼした。
「今の・・・・って・・・」
「光虫たちだよ。今の時期、1週間ほどこの湖に集まるんだ」
「そうなの。だからミッキーたちは本当にいいタイミングできたのよ」
「今夜を見逃すと来年になっちゃうものね〜」
光虫、と小さく口の中で教えてもらった名前を呟く。
「でもどうして今だけなんですか?」
「光虫は普段は単独で行動する虫なんだ。だから、こうやってある時期になると集まってくるんだよ」
「そうそう、普段はあちらこちらに隠れていて、滅多に見られないんだけどね〜。でも盛りの季節になると、この湖にこうやって集まってきて交尾しているんだよ〜。光を点滅させながらメスに集まるんだ。で、あの爆発は交尾が成功したって事」
「は・・・はぁ・・・」
ニコニコとドナヴァンの説明に被せて更に詳しい説明をラルウレーンがしてくれたが、交尾と言われてなんと返答をすればいいのか判らず、美月は気の抜けたような声しか出せなかった。
そんな美月の心情を察したのか、アルフリーダやルルーシアがくすくすと笑っている声が聞こえる。
「ラル・・・頼むからもう少し柔らかく説明してやってくれないか?」
「柔らかくってどういう意味? だって、交尾は交尾だろ?」
どう言ったってやってる事は一緒じゃん、とドナヴァンのいう意味が判らないといった顔をしているラルウレーンを見て、ドナヴァンは小さく溜め息を吐いた。
おそらくラルウレーンには聞こえていないだろうが、隣にいた美月にはしっかり聞こえている。
それを聞いて美月もアルフリーダたちと同じようにくすくすと小さく笑う。
「とにかく。そろそろ帰りましょう」
「そうね、あんまり遅くなると明日ちゃんと起きられなくなっちゃうものね」
気を取り直して、アルフリーダがみんなに声をかけると、ルルーシアも同じように言いながら立ち上がる。
美月は先に立ち上がったドナヴァンが差し出した手を掴んで立ち上がると、そのままもう一度湖を振り返る。
そこはもう真っ暗になっていて何も見えない。
つい先ほどまで繰り広げられていた光のショーはほんの10分ほどのものだったようだ。
「また、いつか見に来ような」
「・・・うん」
名残惜しそうな美月をみて声をかけてきたドナヴァンに美月は小さな声で頷いて彼の手を握り返した。
読んでくださって、ありがとうございました。




