20. イブニング・ピクニック 2
ドナヴァンたちが連れてきてくれた湖は、陥没した場所に水が溜まったような感じの場所だった。
低いところで1メートルから、高いところは10メートル以上ありそうな崖に囲まれていて、ドナヴァンたちがピクニックに選んだ場所は1メートルほどの崖が途切れた砂地の広がる場所だった。
どうやら馬車から湖が見えたのは、ちょうど崖が低い場所を通っていたからだったようだ。
広がる砂地の丁度真ん中あたりにピクニックテーブルとシートが広げられ、ついてきていた侍女2人と御者をしていた男が手際よく料理を並べた。
ドナヴァンの家族はみんなてんでバラバラに散策をしたり、岸辺で水遊びをして過ごしている。
疲れるとピクニックテーブルの所に戻ってきては、食事をしたりシートに寝転がって昼寝をしたりしていた。
ここに着いたのが3時過ぎだったという事もあり、今はすでにゆっくりと日が暮れ始めている。
美月もドナヴァンと1時間ほど散策して戻ってきてからは、叔父と話があるというドナヴァンと別れて今は彼の母親たちと一緒にいる。
「もう直ぐ暗くなるけど、まだ帰らないんですか?」
暗くなっては帰るのが大変ではないか、と思ったのだ。
「大丈夫よ。1本道だから迷う事はないし、灯りも持ってきているから片付けの時も困らないから」
「それに暗くなってからの楽しみがあるのよ、ここ」
「楽しみ・・・ですか?」
「そう。今の季節しか見られないものが見れるの。毎年この季節になるとここに来るのよ」
「そうよね。だからミッキーたちは丁度いい時期にここに来てくれたって事ね」
アルフリーダ、ルルーシア、美月の順で話していると、美月の膝の上のバスケットがもぞもぞと動いた。
「あれ? あぁ、そっか・・・あの、うちの子たちを出してやっていいですか?」
「うちの子?」
「バスケットに入っているこの子たちです」
「ミッキーの使役獣ちゃんたちね、いいわよ」
あたりが薄暗くなってきたからバスケットから出て食事に行きたいのだろう、と思った美月はとりあえずアルフリーダたちに尋ねる。
ドナヴァンが家族に説明しておいたコットンたちは、昨日の夕方アルフリーダたちにお披露目をしておいたので、2人にはなんの事か直ぐに判り頷いてくれた。
「ほら、コットン、ミラ、行っていいって。でもあんまり遠くに行かないでね。帰る時間、判らないから」
「キュキュッっ」
「ピュイッッ」
「なるべく近くでご飯にしてね。もし足りなかったらここであげるから」
バスケットを覆っていた布を取り外すと直ぐに2つの頭が美月を見上げてくる。
そんな2匹に言い聞かせるように声をかけてから、あっという間に飛んでいく2匹を見送って美月はバスケットの中に残っていたジローを地面に置いてやる。
丸まっていたジローは、少しだけ体を緩めてその隙間から目を覗かせて美月を見上げてくる。
「ジローちゃんも行って来ていいよ。でもあんまり遠くに行かないでね。足りなくてもちゃんと持ってきているからそれをあげるからね」
ジローはすぐにまた丸まったかと思うと、そのままコロコロと転がっていく。
オレンジ色のボールが夕日を浴びてさらに鮮やかなオレンジ色になって転がっていくのを見送って、美月は膝の上に置いていたバスケットを傍に下ろした。
「本当にコロコロって転がって行くのねぇ」
「昨日もちょっと見せてもらったけど、面白い生き物よね」
アルフリーダとルルーシアが口元を緩めながらコロコロと右や左に転がって移動しているジローを見ている。
「石を食べるっていうのも変わっているわよね」
「そういえば鉱山でも食べていたみたいね?」
「そうです。ドナヴァンが鉱石に含まれている輝石も食べてるようだった、って言ってました」
「変わったものを食べるのね」
美月も初めてジローが石をコリコリと齧っているのを見て驚いたものだ。
「ただ、どういう生き物なのか、判らないんですよね。ドナヴァンもいろいろ聞いてくれてるみたいなんですけど・・・」
「私も見た事ないわねぇ。こんな可愛い生き物だったらもっと世間に知られててもおかしくないって思うんだけど」
「ホントにそうね。でもこうしてみると、ミッキーって変わった子ばかり使役しているわね」
クスクス笑いながらルルーシアが言うと、アルフリーダもウンウンと頷いた。
「そうですか? でも、小さなものばっかりです。大きな生き物もできるみたいなんですけど、出会いがないからまだ試してないです」
「大きな生き物なんて面倒見るのが大変よ。このくらいのサイズの子で十分」
「家の中で飼えるサイズが一番」
美月としてはそのうち背中に乗れるような大きな生き物とも使役獣として契約できるといいな、と思っていたのだが2人に言われて、確かに家の中で飼える方が世話もしやすいだろうな、と思う。
以前ドナヴァンが今のサイズでまとめておけ、と言っていた事に今更ながら妙に納得する。
「白いコウモリも私、ミッキーに見せてもらったのが初めてだったけど、闇鴉なんて話でしか知らなかったくらいよ」
「そういえばミッキーがミラちゃんを捕まえた時の経緯も面白かったしね」
2人には尋ねられるままいろいろと話してあり、その中にはどうやって使役したのかという話もある。
白いコウモリのコットンはそれほど変わった手を使ったわけではないのだが、闇鴉であるミラージュは美月の夕飯をくすねようとして捕まえた、と言うと2人は目を丸くしてから吹き出したのだ。
更にアルマジロもどきのジローに至っては、2人は面白がりはしたものの同時に美月の不注意さを咎めもした。その咎め方がドナヴァンに似ている、とこっそり思ったのはここだけの話だ。
「ぅおぉぉぉぉおおおっっっっ!!!!」
ぼんやりと薄暗闇の中をコロコロ転がっているジローを見ていた美月の耳に、雄たけびのような声が飛び込んできて思わず反射的に飛び上がった。
美月と一緒にいたアルフリーダとルルーシアが驚いたように後ろを振り返ると、そこにはドナヴァンと背の高いヒョロッとした男性が立っているのが見える。
雄たけびをあげた男性はそんな美月たちに頓着せず、そのまま早足でジローに向かって歩いていく。
「ドッ、ドナヴァンッッ?」
「大丈夫、害はないよ」
ジローに突進していく男と自分を交互に見ている美月を安心させるように、ドナヴァンは彼女の横にやってきてそこに座る。
「でっ、でもなんかすっごく興奮してるみたいなんだけど?」
「ラルはいつもああだから、ミッキーが気にしなくてもいいよ」
ラル、と言う名前を聞いて、美月はあれがドナヴァンが話をすると言っていた叔父のラルウレーンである事に気づいた。
ラルウレーンは美月たちに一瞥もせず、そのままジローのそばに行くとしゃがみ込んでジィッと見ている。
時々頷いたり頭を横に振ったりと忙しいが、ブツブツ言っているのも遠目にだが見える。
「ミッキー、気にしちゃダメよ。あれがラルだから」
「そうそう、ああなったらどうしようもないから、暫くほっとくしかないのよ。大丈夫、ジローに危害は与えないと思うわ」
「そういう事だ。ほら、お茶でも入れてもらって飲もう。俺たちがお茶を飲んでいるうちに頭が冷えてこっちに来るよ」
どうしたものか、と美月が思っている事が顔に出ていたのだろう。
アルフリーダは美月が頷く前にそばにいた侍女にお茶の用意を頼んでいる。
ドナヴァンは美月を安心させるように肩をポンと叩いてから自分の方に引き寄せる。
そこまでされると、さすがの美月も心配し続ける訳にもいかず、小さく頷いてからラルウレーンとジローを見守る事にした。
ジローはと言えば近くに彼がいる事にも頓着しないまま、相変わらずコロコロと転がっては小さな石を見つけてコリコリと食べている。
そんなジローのそばにしゃがみこんで、ジローが選んだ石とその周囲に落ちている石の違いを見ようとしているようだ。
「どうせ自己紹介なんてしないだろうから私の方からしておくわね。アレはラルウレーン・グラスハーン。私たちの夫の弟よ。何年かに1度ここに戻ってくるくらいで、あとはどこにいるかも音信不通」
「大抵安否確認のために彼が籍を置いている大学が今はどこにいるのか、って聞いてくる時に連絡を取らせる事、くらいね。まぁ犯罪に手を染めるでもないから、ほったらかしにしておいてあげるの」
「・・・はぁ・・・」
その話はここに来た時に聞いた気がしたが、改めて聞くとなかなか個性のある人のようだ、と美月は思う。
「今回は丁度うちの鉱山を調査したいって言ってきていたところよ」
「ああみえて、頭はいいらしくってね。彼の研究レポートの権利が欲しくって、大学側は滅多に立ち寄らないのに彼に調査費を出して好きにさせてるって訳。ただ年度末になると書類の関係でうちにどこにいるのか聞いてくるわ」
「大学も居場所を突き止めるとその直後にラルに人をつけるんだけど、いつの間にか巻いて雲隠れするんだって、親父が笑いながら教えてくれたよ」
だから、うちを頼るんだ、とドナヴァンが笑いながら付け足す。
そんな美月は丁度目の前に出されたお茶を手にする事で、返事に困った事をごまかした。
お茶を飲みながら美月は、侍女たちが小さなランプに明かりを点し始めたのを見る。
「鉱石関係の事を専門に調べている人だから、もしかしたらジローの事も知っているかもしれないな」
「えっ・・・?」
「さっきまで向こうでゴーレムについて聞いていたんだ。ほら、ドレクロワに行く途中で襲われただろう? 普段棲息していないような場所に現れた要因を聞いていたんだ」
「あぁ、そっか。そういえばゴーレムの事、聞くって言ってたわよね」
ゴーレムがでる地域に住んでいる、という話をドナヴァンから聞いたな、と美月は思い出す。
「いろいろ聞けたよ。また詳しい話はあとでする。ミッキーだって気になっていただろう?」
「うん。ありがと」
「親父も一緒に話を聞いていたんだ。バトラシアさまたちには俺から口頭で事情説明をするつもりだけど、書面での報告は親父がしてくれるらしい。ドレクロワの方にもここで得た情報は流すって言ってたよ」
ドレクロワの町ではドナヴァンもいろいろ調べていたのだが、結局は原因も要因も何も判らなかったから、そのために情報を共有する事で今後に備えるらしい。
ふぅん、とドナヴァンの話を聞いていると、アルフリーダが「ミッキー」と声をかけてきた。
「ほら、大分落ち着いたみたいよ」
「えっ?」
「ラル、まだ名残惜しそうだけど、こっちに向かって歩き出したでしょ?」
「ホントだ・・・」
言われてラルウレーンがいた方向を見ると、彼が後ろを振り返りながら美月たちが座っているところに向かって歩いてきている。
おそらく美月たちがいなければ、今もまだジローを観察していたに違いない、と思わせるような態度で美月は思わずプッと吹き出した。
それを聞いて、ドナヴァンたちも小さな笑い声をあげた。
どうやらみんな同じ事を思っていたようだ。
「やあ。僕にもお茶もらえるかな?」
「もちろんよ、ラル」
アルフリーダが答えると、その横でルルーシアが侍女にお茶を頼む。
その間にラルはドナヴァンの隣にどっかりと腰を下ろした。
大きなシートなのだが、やはり大人が5人も座ると窮屈に見える。
「いや〜、凄いなぁ、こんなところでアーマード・コアを見れるとは思わなかったから、つい夢中になっちゃったよ」
「アーマード・コア?」
「ゴーレムの核になれる生き物だよ」
「へっ・・・・・?」
思わぬラルウレーンの言葉に、美月の間抜けな声が答えた。
読んでくださって、ありがとうございました。




