新世界、到着 ー 3.
暫く惚けて男たちを見ていた美月は、3人の馬が近づいてくる事でハッと我に返った。
「大丈夫か?」
「・・・・」
「おいっ。聞こえてるのか?」
へたり込んだ美月の真ん前にやってきた真ん中にいた男が馬の上から声を掛けてきたが、美月が驚きのあまり言葉もなくただ男を見上げていると、左隣りにいた男がイライラした感じで聞き返してきたので慌てて頭を縦に振った。
男たちの言葉が判る、と思い美月はホッとする。
いきなり現れた彼らに驚く方が先だったが、今こうやって話しかけられて言葉の事を思い出した。
アストラリンクがスリープ学習とやらで美月にこの世界の言葉を習得させると言っていたが、今までこの世界の人間と会っていなかったのですっかりその事を忘れていたのだ。
それもまるで日本語のようにスルッと頭に入ってくるのだから、アストラリンクのスリープ学習は大したものだ。
そんな事を美月が考えていると、男たちはお互いを見やってから馬から降りる事にしたようだ。
彼らは馬から降りるとそのままフードを後ろにやり、美月は3人の顔を見る事ができた。
まず真ん中の男は、着ている服そのままの漆黒の髪を頭の後ろで縛っていた。身長は180センチを軽く越えていて、彼の銀色の瞳は離れていても真っ直ぐ美月を見ているのが判る。
そんな漆黒の髪の男の右側にいる男は肩まであるオレンジ色の髪をたなびかせ、漆黒の髪の男よりは5センチほど背は低いが、それでも十分高い身長の彼は緑の瞳で美月をじろじろと遠慮なく見る。
そして最後の漆黒の髪の男の左隣りにいる男は空色の髪に藍色の瞳をしていて、身長こそ漆黒の髪の男と同じぐらいであるものの、がっしりとした体型は彼をはるかに上回っている。
どの男もなかなかの美丈夫だ。
「こんなところに女1人で何をしている」
「・・・何をって・・・・町に向かって歩いています」
多分町があるだろう方向を指先でさすと、なぜか男は頭を振った。
「おまえ、どこから来たんだ?」
今度は右隣りにいた男が尋ねてきたが、美月は返答に困って黙ってしまう。
当たり前だ、こんな怪しさ抜群の男たちに自分の事情を簡単に話せる訳がない。
しかしそんな美月の沈黙をどう受け取ったのか、真ん中にいた漆黒の髪の男が馬から下りて美月の前に膝をついて彼女と目線を合わせてから口を開いた。
「ここはバトラシア・リンドングラン様とその夫であるウィルバーン様が治める領地でリンドングラン領という。今オレたちがいるのはその領地の北東に広がるスタレーン草原と言う場所だ。判るか?」
「・・・・」
「・・・そうか」
知らないという事を頭を振る事で伝えた美月に、なぜか彼はフッと苦笑を浮かべてみせた。
「今日オレたちがここに来たのは、カサンドリアの言葉があったからだ」
「・・・・カサン、ドリア・・・って?」
「リンドングランにいる予言者の名前だ」
予言者、と言われてもまだ美月はピンと来ない。
「カサンドリアが今朝領主の館にやってきてバトラシア様に会見を求め、バトラシア様はそれを快く認めた。そして彼女は、今日この場所に異界からの客人が来る、と告げた。そしてバトラシア様が俺たちにここへ異界からの客人を迎えに行くように、と命令されたんだ。つまり、俺たちは君を迎えにここに来たんだ」
「ま、あんたが本当に異界からの客人、ならの話だけどな」
めんどくさそうにオレンジ色の前髪をかき上げながらぼやく男の頭を空色の髪の男がぽかりと叩く。
「いってぇ」
「おまえは黙ってろ」
「はいはい」
漆黒の髪の男の後ろで2人の男が言い合っているが、漆黒の髪の男はそれを無視して美月に話を続けた。
「俺たちに全てを話す必要はないが、君は異界から来た、違うか?」
「えっと・・・・」
正直に言うべきかどうか一瞬迷ったものの、結局美月は小さく男の言葉に頷いた。
「そうか。では間に合って本当に良かった」
「へっ・・・?」
男は満足そうに頷いてから、美月の背後に視線を投げる。
それに釣られて美月が振り返ると、すっかり忘れていたがそこには矢で射られた蛇の死体が相変わらず木からぶら下がっている。
「ひぇっっ」
「大丈夫だ。もう危害を加える事はない」
そう言われても蛇というだけで尻餅をついたまま後ろに後ずさる。
「これはジャラモンガと呼ばれる蛇でこのような大きな木の上に巣を作っている事が多い。おまけに強力な毒を持っているから、次からはこういう木の下で休む時は気をつけた方がいい」
「・・・はい」
手を差し出されてその手をとり、引っ張られるまま立ち上がろうとしたが、なかなか足に力が入らなくて上手く立ち上がれない。
「なんだ、腰が抜けたのか?」
「おいっ」
オレンジ色の髪の男が揶揄するように声を掛け、またしても茶色の髪の男に頭を叩かれる。
そんな2人に視線を流して呆れたように溜め息を吐いてから、漆黒の髪の男が手を伸ばしたかと思うとそのまま美月を抱き上げた。
「きゃっ、ちょっ、ちょっと」
「この方が早いだろう? このままここにいても拉致があかないからな。さっさと領主の館に戻ろう」
急に抱き上げられた事でバランスを取るために男の首に腕を回してから、彼の顔の近さに美月はまた手を離そうとしてバランスを崩し男の首に回した手に力を込めて抱きついた。
「そのまま掴まっていてくれ。落としたくないからね」
「・・・・はい」
きっと顔が羞恥で真っ赤になっているだろうと思うのだが、ポーカーフェイスのできない美月には隠しようがない。
男に抱き上げられたまま馬に近づく。こうして近くで見ると、その馬は美月が知っている馬とは随分と違う事に気づいた。
漆黒の馬の毛並みは美月が見慣れている馬のものと同じだが、その額からは銀色に輝く角、ではなく剣が伸びている。
そしてその両隣にいる銀色と赤色の馬は全身が毛ではなく鱗のようなもので覆われている事に気づいた。パッと見には鎧をつけているように見えないでもないが、こうして近くで見るとそれが鎧ではなく本物の鱗なのだという事がよく判る。
男は美月を腕に抱いたまま、つい先ほどまで乗っていた漆黒の馬に近づく。
馬は主人が近づいて来た事で頭を軽く振るのだが、その拍子に額から伸びている剣も同じように振られるので、正直美月には近寄る事が怖かった。
しかしそんな美月の心情など知らない男は、馬の横に立って後ろから着いてきていた茶色の髪の男に声を掛ける。
「フンバル、手綱を持ってヴァルガを抑えていてくれ」
「はい」
フンバル、と呼ばれた茶色の髪の男は手綱を手にして、漆黒の髪の男が乗りやすいように鐙の位置も手で整える。
漆黒の髪の男は美月を片手で抱え直してからそのまま馬に股がった。
「走りやすいように馬に股がってくれ」
「はっ・・・はい」
男の左手に抱えられたままなんとか体を捻りながらも馬に股がると、美月を両腕の中に取り込むように男は手綱を握った。
「あっ、あの・・・私はどこを掴めばいいんでしょう?」
「そのまま俺の腕に掴まっていればいい」
「えっ・・・いや、でも、それだと馬の手綱を握りにくいですよね?」
「それくらいなんでもないさ。それにその位置だと掴むものはないしね」
「あぁ・・・・そうですね」
いわれてみると確かに彼のいう通り、鞍の前に座っている美月の前にはこれと言って掴めるものはない。
仕方なく、美月は男が最初いったように彼の腕に手を掛けた。
それから周囲を見回すと、他の2人もいつの間にか馬上の人となっていて出発を待っている。
「それでは行こうか」
「行くって・・・・」
「もちろん、リンドングラン領主の館、だよ」
そう言うと同時に、男は馬を走らせるために馬の腹を蹴った。