19. イブニング・ピクニック 1
ドナヴァンの両親たちが住む館から2時間ほど馬車で郊外に出たところに、野球場3つ4つ分くらいの大きさの湖があった。
今朝は昨夜のパーティーでみんな疲れていたのか、美月が朝食に行った時まだ誰も起きていなかった。そういう美月も同じで、ドナヴァンと一緒に朝食のテーブルに行ったのは9時少し前だったのだが。
「わぁっ、綺麗・・・」
馬車の窓から身を乗り出すようにして外を見ていた美月は、木々の間からキラキラと陽の光を受けて輝いている湖を見つけた。
「あそこに行くの?」
「ああ、もう少し回り込んだ場所に湖の前に開けた場所があるから、そこに行くように指示してあるんだと思う。そこならピクニックにもいいし、釣りをするのにもいい岩が突き出した場所があるからな」
「ふぅん・・・着いたらすぐに食べるの?」
朝ごはんあ少し遅かったせいであまりお腹は空いていないのだが、もしみんなが食べるなら一緒に何かつままないといけないな、と美月は頭の中で予定を考える。
「いや、とりあえずテーブルや椅子を設置して少ししてからだろうし、みんなも少し散策したいだろうから多分1−2時間くらい後だと思うぞ? なんだ、そんなにお腹が減ってるのか?」
「ううん。まだお腹が減ってないな〜って思ってたから聞いたの。だったら丁度良かった」
「そうか? まぁ、散策って言っても遊歩道沿いに野花が咲いているのを見る程度だから、それほど見どころはないけどな」
「・・・遊歩道があるの?」
「昔作ったものを整備しているんだ。うちは兄弟姉妹が多かったから、遊歩道を作ってそこを子供たちに歩かせるのが一番事故が少ない方法だったんだ、って言ってた」
そういえばドナヴァンは8人兄弟姉妹だった、と美月は思い出す。
2日ほど前のパーティーで兄弟姉妹とその家族の紹介を受けたのだが、正直美月は誰が誰だか完璧に憶えられていない。
「そっか・・・傍にいてね、ドナヴァン。私まだみんなの名前と顔が一致してないから・・・」
「大丈夫だよ。もし美月が名前を間違えても忘れてても、誰も気にしないって。大体一度に全員の名前を憶えられるって思う方が間違ってるさ」
「でも・・・」
「うちの家族はミッキー1人分を憶えるだけだが、おまえは50人以上の親族から挨拶を受けたんだ。憶えられなくったって仕方ないって思ってくれるよ」
美月の頭をポンポンと叩いてからドナヴァンは彼女を自分の隣に引き寄せる。
「俺がずっと傍にいるよ。もしどうしても離れなくちゃいけなくなったら、母親たちのどちらかに傍にいるように頼んでおくから」
「・・・ありがと」
ホッと小さく息を吐いた美月を見て、ドナヴァンは不安に思っていただろう美月をそっと抱き寄せる。
パーティーから2日ほどは普段から家にいる身内としか顔を合わしていないのでなんとかなっていたのだが、今日は明日リンドングラン領主の街に戻る美月たちのためにかなりの数の親族がピクニックに参加する事になっていた。
という事はパーティーでしか会った事のないメンバーも参加する事になるので、名前と顔が一致しないとマズイ、と美月は本気で心配していたのだ。
「名前くらいなら何度でも聞けばいいんだよ。まぁ俺や母親たちが一緒の時は、相手が話しかけてきた時に相手の名前を言ってから返事をするように心がけるよ。そうすればたとえ美月が名前を覚えていなくても相手に名前を聞かなくて済むだろう?」
「うん、それなら・・・でも、大丈夫かな?」
「気にするなって。それより俺の母親たちのオモチャにされないように気をつけろよ?」
「うっっ・・・・」
お披露目のパーティーが終わってからの2日ほど、美月は何かと言うとアルフリーダとルルーシアにかまわれていたのだ。
美月としては義理の母親たちという事で無碍にもできず、引きつった笑みを浮かべたまま二人にされるがままだった。
来る時は二人分の服が入ったスーツケースは2個しかなかったのに、今ではその数は5つに増えている。
それもこれもアルフリーダとルルーシアが美月を着せ替え人形のようにして、彼女のために普段着からパーティー用のドレスまで色々と仕立て上げたからだった。
たった2日間でどうしてこんなに、と美月は不思議に思ったがよく考えるとドレクロワに行く前にサイズを計られていたのだ。
それを使って二人はあらかじめ美月のサイズのドレスを用意したに違いない。
この2日間は選んだドレスや服のサイズ直しと、今度はそのドレスや普段着に合う靴や小物を合わせたり、更にはその合間にテーブルマナーに人と会う時のマナー、と毎晩ドナヴァンが心配するほど美月は疲れ切ってベッドで眠っていたほどだった。
ただそれをドナヴァンの家族も判っているので、朝食は各自起きた時間にという事になっていた。
「まぁここだとドレスが追いかけてくる訳でもないから、きっとなんとかなると思うな・・・多分」
「まぁな、けどその代わり今日のピクニックに参加したメンバーがやってくるかもしれないぞ?」
「それは・・・頑張ってお付き合いします」
アルフリーダの話では、今日ここにやってくるのはドナヴァンの兄弟姉妹数人とその家族、それに叔父夫婦1組のみらしいのでそれほどの数ではないが、それでも20人ほどにはなると言っていた。
特に当日殆ど関わる事がなかった子供達がメインとなって来ているらしいから、余計に名前と顔が一致しないだろうな、と思うとまた不安が頭を擡げてくる。
「だから、俺がそばにいるから心配するなって。それに母親たちも手を貸してくれるよ」
どうやら美月が不安に思っているのが顔に出ていたのだろう、ドナヴァンが口元に笑みを浮かべて美月を安心させるように頷いた。
「判った・・・・よろしくね。でも、私も頑張る」
「判ってるって。美月はいつだって頑張ってるよ」
「そ、かな・・・?」
本当にそう思っているんだろうか、と美月がドナヴァンを見上げるとそんな彼女の額に触れるだけのキスを落とす。
「まぁ、今日で最後だから、もう1日だけ付き合ってやってくれ。みんな美月と話をしたいみたいだからな」
「話・・・って?」
「子供たちには言っていないけど、俺の兄弟姉妹にはミッキーが異界からの客人だという事は伝えたんだ。バトラシア様もその方がいいって言ってたからな。何かあった時に安心して助けを求められる人間を増やしておけ、という事らしい」
ドナヴァンの家族であれば信用できる、とバトラシアは判断したようだ。
「俺の兄貴が、そのうちミッキーのところに加護詠みをしてもらいにくるって言ってたぞ。まぁうちの方に来る口実なんだろうけどな。それと弟が領主の騎士隊に入りたいから、その下見と試験に来るとも言ってたから、嫌じゃなかったらうちに泊めてやってくれ」
上から2番目の兄であるシュバルツはこの街の商業を管理しているらしく、その関係で近隣の町や時には王都にまで足を運んで流通の手助けをしたりしているのだそうだ。
その関係で父親のトマッシュと一緒に領主の住む町にも年に1−2回程度やってくるらしい。
「えっと・・・加護だけでいいの?」
「表向きは加護読みしかできないって事になってるだろう? まぁ、その辺は帰ってからまたバトラシア様と相談するよ。親父にはミッキーがステータスチェックできる事は話してあるんだ。だけど、今はまだ親父しか知らないからな。どこまでの事情を誰に話すかの相談に乗ってもらった方がお前も安心だろう?」
「うん・・・私には判断仕切れないもん。下手な事をしてみんなに迷惑をかける訳にもいかないしね」
「迷惑って事はないけどな。まぁそれでも少しでも危険を減らすためと思えば慎重に行動するべきだろうから、そういう意味でもバトラシア様の意見を聞いた方が無難だろう」
美月が判断したいといればそれを尊重するつもりはあるが、彼女自身がどう判断すべきかと不安に思っているから、ドナヴァンはいつもバトラシアの意見を聞けというのだ。
ドナヴァン自身が判断する事も可能だが、自分に依存したくないという美月の意思を尊重してやりたいし、彼自身が異界からの客人についての知識がないために判断ミスを犯すかもしれないと考えているため、必然的にそう言った事を判断するための知識と伝手を持っているバトラシアに委ねる事にしたのだ。
「ごめんね、なんか色々と迷惑かけてるわよね」
「迷惑なんかじゃないよ。そんな事気にしなくていい。俺はミッキーが嫌な思いをしないようにと思ってるだけだ。あとは危険な目に遭わせたくないから、だな」
「ん・・・ありがと」
笑みを浮かべた顔で言われ、美月は照れ臭くて彼の顔を見る事ができず横を向きながら礼を言う。
「そういや、ラルも来るから、俺は少し話をしなくちゃいけないんだ。その間は母親たちと一緒にいてくれないか?」
「ラル・・・?」
「親父の弟だよ、ラルウレーンって紹介されたの、覚えてないか? 俺の叔父なんだが、おじさんなんて呼ぶと怒るんだ。だからうちの家族はみんなラルって呼んでる」
そう言われて、メガネをかけた痩せ型の飄々とした人物を思い出す。
ドナヴァンと同じくらい背が高いのだが、ヒョロっとしていて力仕事よりは内向きの仕事をしている人だと一目で判る、そんな感じの人だったな、と美月は乏しい記憶の中を引っ掻き回してその風貌を思い出す。
「なんとなく覚えてる。でも、なんで?」
「例のゴーレムの事で話を聞こうと思ってね。親父も気になると言っていたから、今日一緒にラルが何か知ってるかどうか聞こうと思ってるんだ」
「まだ聞いてなかったんだっけ?」
「親父は聞こうとしたらしいだけど、ここにいる間に行きたいって言って、みんなが止めるのも聞かずに1人でうちの鉱山に行ったらしい。一応 うちの母親が今日のピクニックのために絶対に戻ってこいって命令していたから出てきたけど、ほっておいたら1週間でもこもりっぱなしになるような人なんだ」
仕事が鉱物に関する研究職らしく滅多に地元に戻ってこないが、たまに戻ってくると周囲の事など目に入れる事もせずに黙々と1人で鉱山にこもるのがいつもの事なのだ、とドナヴァンが溜め息混じりに付け足す。
「で、この人が今研究のためにいるのが、ゴーレムが多く出てくると言われる地域なんだ」
「じゃあ・・・あの時のゴーレムの事を聞くの?」
「そのつもりだよ。親父はこことドレクロワを繋ぐ唯一の道の安全確認のために、俺は帰ってからウィルバーン様とバトラシア様に報告しなければいけないからな」
確かにバトラシアたちが治める領地での事なのだから、2人に報告しない訳にはいかないだろう。
それならきちんと調べておかなければドナヴァンも報告ができない。
一応ドレクロワの町とここの両方に届け出てはあるが、ある程度の情報がなければ報告するにも中身のないものになってしまう。
そうならないためにも、とりあえずゴーレムについて何か知っていそうなラルウレーンに話を聞くのだろう。
「私も興味があるけど・・・多分よく判らないと思う。あとでちゃんと教えてくれる?」
「もちろん。ミッキーだってその場にいたんだからな。今夜か明日の馬車の中で教えるよ」
自分の騎馬を連れてきているドナヴァンが馬車に乗って移動するかどうかはその時にならなければ判らないが、そうでなければ明日の夜にでも教えてくれるだろうと美月はその言葉に頷いた。
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