18. グラスハーン家、再び 4
息も絶え絶えに貼り付けた笑顔が強張ってきた頃、ようやくドナヴァンの身内巡りが終わった。
アルフリーダとルルーシアに連行されたものの、心配してドナヴァンが付いてきてくれた。おかげで紹介されるたびに彼が少しずつ情報を補填してくれたので、彼らがドナヴァンにとってのどんな関係なのかも判って助かった。
「少し食べないか?」
「・・・うん。ちょっと、なら」
「料理はそんなに悪くないからミッキーの口にも合うと思うぞ?」
「そうじゃなくって・・・ぎゅうぎゅうに締められてるから入んないかもしれない」
「そりゃ・・・大変だな」
「うん・・・」
息が止まるかと思った着付けの時を思えばマシなのだが、それでもたくさん食べれないな、と美月は思う。
「だから、あとで部屋で何か食べさせてね」
「ああ、なにか軽いものを用意してもらっておくよ」
「ありがと・・・そういえば、コットン達は?」
午後一杯使ってパーティーの準備のためにアルフリーダたちに拉致されていたので、美月はコットンたちのことを失念していた。
「ちゃんと日が暮れてから外に出してやったから大丈夫だ。ジローには小石と鉱山から持って帰ってきた欠片をあげたしな」
「そっか・・・ありがとね」
「気にするな。ミッキーのせいじゃない。むしろうちの連中が悪かったな。まさかあんなに早い時間にやってくるとは思わなかったんだ」
ドナヴァン曰く、侍女たちが美月の着付けのためにやってくる事は知っていたようだ。
ただ男であるドナヴァンはまさか準備にあんなに時間がかかるとは夢にも思っていなかったのだ。
「私もびっくりしたけど・・・でも、私1人じゃあこんな風にできなかったから、手伝いをしてもらえてよかったかも」
「でも時間かけた甲斐はあったな」
「・・・ありがと」
思ったよりパーティーに参加している人が多くてドナヴァンも驚いていたが、それでもきちんと一通り挨拶は済ませる事ができてホッとしている。
「たくさんの人からおめでとうって言って貰えたの」
「みたいだな。俺もやっと結婚したのか、って言われたよ」
「フリーダさんとルルーさんが一緒に回ってくれなかったら、どこかで遭難してたかもしれないけど・・・」
とにかく人が多かったのだ。
確かにドナヴァンからある程度の人数は聞いてはいたものの、それでも実際に招待客全員に挨拶をして回るとなると人数以上の人と話をした気がする。
「まぁ、あと少ししたら部屋に戻ろう」
「・・・いいの?」
「ああ、構わないだろう。もともとみんなミッキーに会いたかったからきただけだ。ちゃんと挨拶さえしておけば、あとは適当にパーティーを楽しむさ」
「でも・・・」
アルフリーダとルルーシアは、美月とドナヴァンが今夜のパーティーの主役だと言ったのに、勝手に抜けていいのだろうか、と気になってしまう。
けれどドナヴァンがいいというのであれば、ありがたく一足先に部屋に戻ってのんびりしたい。
「あっ・・・そういえば、さ」
ふと、思い出して美月がドナヴァンを見上げると、彼は器用に片方の眉をあげて促した。
「あの・・ドレスの事なんだけど・・」
「気に入らなかったのか?」
「ううん、そんな事ないわよ。すっごく綺麗なドレス、みんな褒めてくれたわ。そうじゃなくて、どうして白いドレスだったのかな、って思ったの」
支度をしてくれた侍女の話によると、こういうお披露目目的のパーティーでは一緒に参加した相手の持つ色に合わせるものだとの事で、美月のように相手の色が入っていないドレスを着る事はないのだそうだ。
ドナヴァンであればそんな事は知っていておかしくないのに、どうしてこの色を選んだのか気になったのだ。
「そりゃ、ミッキーのために選んだんだ」
「それは判ってる。ただ、色がね。こういうお披露目パーティーだとドナヴァンの色がドレスに反映されていないとおかしい、って聞いたの。だから、どうしてかな? って・・・」
「ああ、そういう事か」
美月の言葉を聞いて、ようやく彼女が聞こうとしている事に気づいたドナヴァンは小さく頷いた。
「確かに、こういうパーティーだと美月には黒か銀の色が基調となったドレスを着てもらうものなんだけどな。ただ、これは一応俺たちが結婚したっていうお披露目の意味もあるから、以前ミッキーから聞いた話を思い出して白にしたんだ」
「私の話・・・?」
なんの事だろう? と頭を傾げていると、ドナヴァンはそんな美月を見てため息をついた。
「おいおい、もう忘れたのか? あれだけ怒っていたくせに」
「怒って? 何を?」
何か怒ってたっけ? と美月が真面目な顔で考えていると、ドナヴァンはそんな彼女の頭をコツンと叩いた。
「・・・って、痛った〜」
「この頭には中身がないのか? あれだけものすごい剣幕で文句を言っていたくせに、すっかり忘れてしまっているのか、お前は全く」
「ものすごい剣幕って・・・」
「あれは凄かったぞ。あんなに一気に喋るミッキーは初めてだった」
うんうん、と1人で頷いているドナヴァンを見上げながら美月は必死に記憶を辿るがまだ思い出せない。
そんな美月を見て、ドナヴァンはわざとらしく大きな溜め息を吐いてから美月を見下ろした。
「俺たちが結婚のために神殿に行ったあとの事だ。神殿の帰りに夕飯を食べに行った事は覚えているな? ・・・よし。その時に俺がなんの準備をする時間もなしに神殿へ行って式をあげた事を怒ってただろ? まぁ怒っていたというよりは驚いていたのかもしれなけどな・・・で、だ。その時にミッキーは自分の世界での結婚の事を滔々《とうとう》と説明してくれたのは覚えているか?」
何度か確認のために尋ねるドナヴァンに美月は小さく頷いた。
「もうすでに神殿で式をあげたから、式のやり直しはできないけど、せめてここでするミッキーのお披露目の時に、憧れていたっていう白いドレスを着せてやりたかったんだよ」
「・・・ドナヴァン・・・」
「それとな。多分気づいていないんだと思うけど、確かに親にせっつかれてミッキーを見せに来たっていう事もあるけど、今回の旅行は『新婚旅行』だ」
「っっっっ!」
そうだった、新婚旅行に連れて行って、と頼んだのだと美月は思い出した。
神殿での神官とドナヴァンと自分の3人だけの質素は結婚式の後、食事に連れて行ってくれたドナヴァンに日本における結婚式と披露宴について力説したのだ。
その時に、せめて新婚旅行くらいは行きたい、と頼んだのだ。
けれどドナヴァンにいきなり、親が会いたいって言ってるから実家に行こう、と言われたので新婚旅行という言葉の事はすっかり忘れていた。そして、同じ理由でウェディングドレスの事も頭に思いつかなかった。
ここでドナヴァンが言わなければ、美月は未だに自分が着ているのがウェディングドレスという事も、今回の旅行が美月が望んだ新婚旅行だという事に気づいていないだろう。
だから、ドナヴァンは美月に真っ白のドレスを選んでくれたのだ。
そして、ドレクロワに滞在したのも誰にも邪魔されない時間を作って、新婚旅行にしてくれたのだろう。
「・・・・ごめんなさい」
ここにきてようやくその事に気づいた美月は、申し訳なさにドナヴァンに頭を下げようとしたが、彼は下がりかけた美月の顎に手をかけて顔を俯ける事を阻止した。
「謝らなくていい。そんなつもりで言ったんじゃないぞ。ただ聞かれたから答えた、それだけだよ」
「でも・・・白いドレスって言うだけで、ちゃんと気づくべきだったのに」
「それだけテンパっていたんだろ? ここに来た時は親だけだったけど、今夜は親戚中が集まったからな。だから、これが結婚披露パーティーでもあるって事に気づかなかっただけだ。気にするな」
しょぼん、としょぼくれた美月の頭をいつものようにポンポンと叩くドナヴァンを見上げると、彼女を見下ろしているその瞳は優しい色を瞳にのせていた。
「以前、海がみたい、って言ってたから勝手に海を旅行の行き先に決めたんだ。本当なら新婚旅行の行き先を一緒に決めるべきだったんだろう? そうしてればいくらなんでも気づいていただろうからな」
「ううん、楽しかったわよ。ドレクロワで一緒に過ごせた時間は、私が思っていたような新婚旅行そのものだったもの」
実はこっそり心の中で、新婚旅行みたい、と思っていたのだ。
まさか、あれが本物の新婚旅行だとは、美月には気づけなかったのだが。
それでもこんな風に美月の言葉を聞き流す事もなく、少しでも彼女の望みを叶えようとしてくれたドナヴァンの気持ちが嬉しい。
「護衛の人もいたけど、ドレクロワにいた間は基本2人きりだったでしょ? あれ、ドナヴァン、私たちからは護衛が見えないように配置してくれてたんだろうなって、今なら判る。ありがとう」
「さすがに護衛抜きって訳には行かなかったんだ、悪かったな」
「ううん、仕方ないって判ってるから。それに私のせいでトラブルが起きるよりマシだもん」
「バトラシア様がどうしても、って言って断れなかったんだ。でもゴーレムが出てきた時、連れてきてよかったって思ったよ。さすがにあれは俺だけじゃあ倒せなかっただろうからな」
「そういえば、結局ゴーレムの事、判ったの?」
「いや、まだ調査中だよ。あんまり進展はないらしい」
シュラに戻ってすぐにゴーレムの事を報告したドナヴァンから少し話を聞いていたものの、あれからどうなったのかまでは美月は知らなかった。
「この辺じゃあ珍しいからな。けど、今日集まった親戚の中にゴーレムがいる地域から来たっていう叔父がいるから、明日にでも聞いてみようって親父と話していたんだ」
「何か判るといいね」
「そうだな。でないと危なくてミッキーをドレクロワに連れて行けない」
「えぇっ・・・それはヤダなぁ」
海は楽しかったのだ。もう二度と連れて行ってもらえないと言われるのは嫌だ。
「あっ、でも、クチビルお化け魚はもう二度と見たくないけどね」
「クチビルお化け魚って、ゴーレンの事か・・・けど、ミッキーも美味しいって食べてただろ?」
「あっ、あれはっあの魚だって知らなかったんだもんっっ! ご飯に出さないでね、って言ったのにっっ!」
「宿の女将が俺たちを喜ばせようって気を回してくれんだよ。まぁ、女将にゴーレンは出さないでくれって言い忘れた俺も悪かった。けど、美味かっただろ?」
「そ・・それは、まぁ、ね。でっ、でもっ、口に入れる前に言って欲しかったわ」
「俺が気づいて言いかけた時にはすでにミッキーの口の中に入っていたんだよ。けど、さすがにリップの部分を食べる前には言っただろ?」
美月がまず食べたのは一口大に切って唐揚げにされた身の部分だった。
それからこんがりと焼かれた唇の部分に手を伸ばした時、ドナヴァンがそれはゴーレンだと言われたのだ。
最初ゴーレンの事を覚えていなかった美月は頭を傾げてドナヴァンを見たが、彼がそれは美月が釣った魚だと聞いて、驚いてフォークごと皿に落としたのだ。
確かにドナヴァンは最初の一口大は間に合わなかったが、美月が一番気色悪いと思っていた唇を食べる前に止めてくれた。
もし止められていなかったらそのままトイレに直行していた、と美月は思っている。
「明日、湖に行った時に釣りをするか? いろいろ釣れるぞ?」
「あ〜・・・考えとく」
プッッ
眉間に皺を寄せて当たり障りのない美月の返事を聞いたドナヴァンは思わず吹き出した。
美月はそんな彼をジロリと睨みつけるが効果はない。
それどころか更に笑い出す始末だ。
「ドナヴァンッッ」
周囲の視線を感じて美月がドナヴァンをたしなめると、彼は小さな声ですまんと一言言いながらもその口元は笑みが刻まれている。
「まぁ、戻る前に湖に行くって母親たちに言ったら、その時は一緒について行くって言ったメンバーもいたようだから、そっちの様子を見てから考えればいいよ」
「そうなの?」
「ああ、ピクニックだって言って、母親たちがランチバスケットを頼んでいたよ」
少なくともその日はもっとラフな格好でいいだろうし、すでに見知った顔ばかりなので今日に比べると少しは気が楽だと美月は思う。
「コットンたちのバスケットも持って行こう。ランチを持って行くと言ってもどうせ午後からだし、日が暮れるまでいると思うからな」
つまり暗くなるまでそこにいるからコットンたちを連れてても大丈夫だ、という事らしい。
美月はうん、と頷いて明日着る服は自分で選ぼう、と心に決めた。
読んでくださって、ありがとうございました。




