17. グラスハーン家、再び 3
大きな扉の向こうから音楽が聞こえてくる。
ドナヴァンの話では、この街に住む知り合いの小さなバンドに頼んで来てもらったそうだ。
美月のイメージだと20人ほどの音楽隊を呼ぶ、といったところなのだが、どうやらここに来ているのは4人組の男たちで、本当にバンドと呼ぶのがしっくりとくるような人数らしい。
ドナヴァンは美月とパーティー会場の前の大きな扉の前で開けてもらうのを待っている。
どうやら勝手に入ってはいけないようだ。
ドアの前にいた男が1人、中に入って美月たちが来た事を知らせに走った。
まさかみんなこんな風にパーティー会場に入らなくてはいけないんだろうか、と思うともうパーティーの類には出たくないなぁ、と美月はこっそりと溜め息を吐いた。
「大丈夫か?」
「んん・・・判んない。緊張してる」
「緊張なんかしなくてもいいのに。この中にいるのは俺の身内だけだから気楽にしてくれ」
そういうのは簡単だが美月の緊張はすぐにすぐは解けない。
それでも緊張を和らげるために、美月は大きく深呼吸をして隣に立つドナヴァンを見上げると、ふと何かを思い出したというような表情を浮かべた。
「なんだ?」
「そういえば言い忘れてた。ドナヴァン、すごくカッコイイ」
「・・・ありがとう。ミッキーもすごく綺麗だ」
「そっ、そっ・・・」
そんな事ない、と言いたいのにどもってしまって言葉が出ないし、顔がどんどん赤くなっていくのが判る。
「そうやって髪をあげてるのは初めて見たよ。その髪型も凄く似合ってる」
「あっ・・・・ありがと」
「いつもはそのまま垂らしているか、後ろでくくっているだけだからな。そういう髪型は新鮮だ。1人じゃあ難しいだろうけど、たまに髪結いに頼んでもいいな」
領主や町の治める階級の人間であれば、雇用の中に1人くらい髪を結う事ができる者もいるかもしれないが、一般人は町にいる髪結い専門の人に頼む事になる。
ドナヴァンはたまに髪結いに頼んでもいいかもしれない、と思うくらい美月の結い上げた髪型を気に入った。
そんな事を考えながら美月の結い上げたうなじの辺りに手を添えると、狼狽えた美月が更に顔を真っ赤にするのが見えた。
「その・・・そういえば、このドレスはドナヴァンが用意したって・・・」
このままでは『恥ずか死に』できる、と思いながら美月はなんとか話題を変えよう、と思い出した事を口にした。
「ん? ああ、そうだ。こっちに来るまでに間に合うかどうか心配だったんだが、なんとかなってホッとしたよ」
「でも、いつの間に?」
「こっちに来る事が決まった日に頼んだんだ。バトラシア様が口を利いてくれたおかげで、なんとか仕立て上げてもらえたよ」
着替えをする時に侍女たちが教えてくれたのだ。
「つまり、パーティーがあるって知ってたのね。ずるい、教えてくれても良かったのに」
「いや、言っただろ? 身内が集まるから、って。俺もこっちに滅多に戻ってこないから、この機会にミッキーのお披露目をするかもしれないって思ってたんだ」
「・・・でもさぁ・・・」
「それに、こんなのパーティーにしては小さい方だぞ? 俺の親クラスの人が集まるパーティーだと100人はいてもおかしくないからな」
バトラシア様のパーティーとなると300人以上の規模だぞ、と言われるとあまり文句も言い続けられない。
ドナヴァンの話では今日ここに来ているのは50人くらいらしいから、ここは諦めるしかない、と美月は小さくため息をこぼした。
「あんまり気にするな、って言ってもミッキーには難しいかもしれないな。けど、ここにいるのは俺たちを歓迎してくれている人だけだから、あんまり硬くならないで楽しんでくれたら嬉しいよ」
「・・・頑張る」
「頑張れ」
繋いでいたドナヴァンの手を握りしめて小さく頷く美月を見てくすっと笑った彼は、丁度そのタイミングで戻ってきた男が開けたドアに向かって歩き出した。
うおぉぉぉいっっ
小さな悲鳴(?)を心の中であげて、美月は握っていたドナヴァンの手を更に強く握りしめる。
中に入った途端、全員の視線が自分たちに向けられたのが判ったからだ。
もともと目立つ事が苦手で、おまけに目立った事をしたという記憶もない美月としては、ここまで大勢の人から視線を向けられた事など1度もない。
思わず立ち竦んでしまった美月の腰に手を回したドナヴァンは、そのままゆっくりと彼女が中で待っている家族の元へと進ませる。
「ド・・・ドナヴァン・・・」
「大丈夫だ。向こうにみんながいるから、まずそちらに挨拶に行こう」
何が大丈夫なんだろう、と心の中でツッコミを入れてみたものの、それを声に出す事はできないまま彼と一緒に広間の奥で待っているトマッシュたちのところへと歩みを進める。
そこへ行くまでに20人ほどの人たちの前を歩いたのだが、ドナヴァンは美月に小さな声で親戚だ、と教えてくれた。
そしてようやく辿り着いたトマッシュの周りには彼の妻2人と10人ほどが一緒にいた。
濃紺を基調とした上下に少し襟元が華やかな白のシャツを着こなしたトマッシュの両隣には、真っ赤なドレスを着たアルフリーダと空色のドレスを着たルルーシアが立って2人が近づいているのを待っている。
アルフリーダとルルーシアは待ちきれなかったのか、美月たちがあと5メートルほどという距離まで近づくとトマッシュの元を離れて早足で美月の元にやってきた。
「まぁ〜、ミッキー。とっても綺麗ね」
「本当。ドナヴァンが白いドレスって言った時に何変な事を、って思ったけど、ミッキーの黒髪に映えてすごく似合うわ」
ニコニコと笑みを浮かべて2人を迎えてくれたアルフリーダとルルーシアは、両手を広げて交互に美月を抱きしめる。
「さすがうちの侍女たちだわ。ミッキーの魅力をしっかり引っ張り出してくれたわね」
「可愛くて綺麗な娘ができて嬉しいわ」
美月の両側に並んだアルフリーダとルルーシアは、そのまま彼女の両腕に腕を絡めて並んでから、トマッシュたちの方に振り返る。
「どぉ? 私たちの新しい娘よ」
「みんな仲良くしてあげてね」
苦笑いを浮かべたドナヴァンは、いつの間にかトマッシュの隣に移動していて、美月はアルフリーダとルルーシアに引っ張られるままドナヴァンの前まで移動した。
そしてドナヴァンの目の前までやってきた時、美月の両腕に腕を絡めていた2人が腕を離して、その場に美月だけを残してトマッシュの元へ移動した。
1人その場に残された美月はどうすればいいのか判らずに、そのままドナヴァンを見上げる。
ドナヴァンは美月の腰に手を回したまま、更に彼女を自分の方に引き寄せる。
そんな2人の前に、ドナヴァンになんとなく似た女性が進み出てきた。
「初めまして、ミッキー。私はヴィアラッテ。ドナヴァンの姉よ」
「は、初めまして」
ヴィアラッテと名乗った女性は、にっこりと微笑んで美月に小さな赤い花束を渡してからまた元の場所に戻ると、別の女性が前に出てきた。
「初めまして、ミッキー。私はニコラッテ、といいます」
「初めまして、ミッキー。私はメリー・ベルです」
「・・初めまして」
ニコラッテはピンク色の花束、メリー・ベルはオレンジ色の花束を美月に手渡した。
あっという間に3つの花束を受け取った美月は、一体どうなっているのか全く判らずオロオロしている。
「初めまして、トーラセンです。ランスと気軽に呼んでください。そしてこちらは妻のジョーアンです」
「初めまして、シュバルツです。こちらは妻のアイロンカです」
「初めまして、ナサニエルです」
「初めまして、ヒースクリフです」
3人の女性が元の場所に戻ると、今度は4人の男性が2人の女性を伴って美月たちの前に進み出てきて、先ほどの女性たちと同じように自己紹介をしてから美月にそれぞれ違う色の花束を手渡した。
今美月の手には7色の花束がある。それぞれの花束は小さいので、7つ揃ってはじめて1つ分の大きさになった感じだ。
美月は立て続けの自己紹介に、小さな声で初めまして、というだけしかできなかった。
おそらく顔も引き攣っていてうまく笑えていないだろうと思う。
「ドナヴァン・・・これ、は?」
はじめて会ったのだから自己紹介されたのは判る。
けれど、花束をもらった意味が判らない。
そんな美月に苦笑を浮かべてドナヴァンがそっと耳元で教えてくれる。
「美月を歓迎しているって事だよ」
「あら、それだけじゃないわよ? 結婚おめでとう、っていう意味もこもっているんだから」
「新しい家族になってくれてありがとう、っていう意味もあるわよ」
ドナヴァンが短く説明すると、それを補足するようにアルフリーダとルルーシアが付け足す。
「今夜はミッキーの歓迎パーティーでもあるけど、同時にあなたとドナヴァンの結婚披露のためのパーティーでもあるのよ」
「えっ・・・?」
「もちろん、まだまだ色々と用意しているから楽しみにしててね」
「・・・えっっと?」
「うちの息子って気が利かないでしょ? ほんっと、どこで育て方間違えちゃったのかしら?」
「育て方っていうより、やっぱり騎士だと戦う事以外知らないって事なんじゃない?」
「女の扱い方くらい家を出る前にトマッシュから習っておけばよかったのに」
「もともと女に愛想の無い子だったから仕方ないわよ。女の子たちはそれがカッコイイって思ってたみたいだけど、私にいわせてばただの朴念仁だったんだけどね」
アルフリーダとルルーシアが交互に言いたい放題でマシンガントークを続けるが、美月は2人の勢いについていけずただ呆然と聞いているだけだ。
「なんか酷い言われ方だな。けどまぁ、そういう事だよ。今夜は美月をみんなにお披露目するためのパーティーでもあるんだ。無理して名前を覚えようとしなくていいからな」
「覚えろって言われても、無理」
「そうだろ? 俺だってこれだけの人数の名前を覚えろと言われたって無理だよ」
ドナヴァンはクスクスと笑う。そんなドナヴァンを見上げながらも、未だに美月には何が何だか判っていないのだ。
それなのに、アルフリーダとルルーシアがやってきて、美月の隣からドナヴァンを押しやる。
「さぁ、他のみんなにもミッキーを紹介しなくっちゃね」
「そうそう、行きましょうか」
アルフリーダとルルーシアは、そのまま美月の腕を両側から捕まえてクルッと反転すると、そのままホールにいる他の親族達の元に美月を連行して行ったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。




