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石版の魔女  作者: チカ.G
その後編
66/72

16. グラスハーン家、再び  2

 『さぁ、今夜はパーティーよっっっ!』


















 そう叫んで美月の部屋にフリーダとルルーシアが突撃してきたのは、今から4時間ほど前だった。

 昼食を済ませて部屋でドナヴァンとのんびりしているところに乱入してきたアルフリーダとルルーシアは、ドナヴァンに『ミッキーを借りるわよ』と言ってそのまま両側から彼女の手を掴んで飛び出した。

 気がつくと美月はアルフリーダの部屋に拉致され、そのまま彼女とルルーシアの侍女たちの手によって風呂に投げ入れられ、磨き上げられるとバスタオルで簀巻きにされた。

 簀巻き状態のまま美月は大きな鏡台の前に座らせられると、侍女たちの手によって髪を乾かされ、そのまま香油で磨いてから髪を結い上げられる。

 この世界に来た時に後ろはブラのホックのあたりまでの長さだった美月の髪も、ドナヴァンの希望のまま伸ばし続けたせいで今では腰近くまで伸びている。

 それでもこちらの世界の標準女性に比べると短いのだが、それを侍女たちは器用に纏めて結い上げる。

 ところどころに花を飾ったり輝石がついたチェーンを髪から垂れ下げたり、と鏡の中にいるいつもと違う自分と一生懸命美月を飾り付けている侍女たちを見比べる。

 「好みの髪型はないと申されたのでこのようにしたのですが、よろしいでしょうか?」

 「もしお気に召されないようであれば言ってくださいね。すぐに直しますから」

 「は、はぁ・・・」

 立て続けに侍女たちに聞かれるが、それに対して返す言葉を見つける事ができない美月は小さく頷く事しかできない。

 それでも時々侍女たちは美月に意見を聞いてくる。

 「もう少し花を飾ったほうがいいでしょうか?」

 「えっと・・いいえ、十分です」

 「大きめの花を飾っても綺麗ですよねぇ」

 「いいえ、今のままで十分です」

 「それではチェーンはどうでしょう? ドナヴァン様からミッキー様はあまり派手好きではないとお聞きしているのですが、もう少し大きめの石がついたものの方が黒髪に映えると思うのですが?」

 「いいえ、十分です」

 今のままでも十分派手だと美月は思うのだが、侍女たちはそうは思わないようで美月にもっと派手にしようとあれこれと提案してくるのだ。

 けれど、これ以上派手にして目立っては堪らないと、美月はなんとかひきつったような笑みを口元に浮かべて必死になって断っていた。

 「けれど少し物足りないというか・・・そうです! アルフリーダ様からティアラをお借りしてもいいですね。とても綺麗な真珠のティアラがあるんですよ」

 「いえいえいえいえいえっっ、ほんっとうにもう十分ですからっっ」

 「しかしですね」

 「お願いしますっ。本当にもうこれで十分です。これ以上飾り立てられるとどうしていいか判りません」

 「そうですか・・・」

 怖い事を言い出した侍女に全力で辞退するとどこか渋々といった風に引き下がってくれたが、美月はそれだけの会話ですっかり疲れてしまった。

 アルフリーダとルルーシアの話では、今夜の食事会のためにドレスアップするのだ、と言う事だったのだがここまで着飾る必要があるのだろうかと思ってしまう。

 領主であったバトラシアでさえここまで着飾っているところを見た事がない。

 確かに彼女は堅苦しい席が嫌いだといって、パーティーを開くにしてもカジュアルなものが多かったので光希が知らないだけかもしれないが、それにしてもやりすぎ感があるのは否めない。

 「あの・・・みなさん同じように着飾っているんですよね?」

 「それはもちろんです。皆様それぞれがキチンと場にあった格好をされて来られる手筈となっております」

 「そうですか・・・」

 「とはいえ、ミッキー様は大切なお客様ですので、主人様ご夫妻よりミッキー様が望むように着飾ってあげて欲しいとお言葉を承っておりますので、安心して着飾っていただければと思います」

 「いえいえいえいえいえっっっ! もう、本当に十分です。これ以上着飾ってもらうわけにはいきませんっ」

 「ミッキー様は奥ゆかしいお方ですねぇ」

 にっこりと微笑んでから、鏡台の上に並べられていたひときわ大きな宝石がついたネックレスを取り上げかけた侍女たちに美月が叫ぶように言うと、至極がっかりとした顔をしてネックレスを台に戻す。

 いくらドナヴァンの両親が好きなだけ着飾れと言っても、これ以上着飾る気にはなれない。

 鏡に映る自分の姿は普段より3倍増しに美人度が上がっていると思う。これ以上すると詐欺だと言われても文句も返せないだろう。

 こんな自分を見てドナヴァンが何を言うんだろう、と思うと美月は不安になるばかりだ。

 「さて、髪型はこれでいいですね。これからドレスを着ましょうか。それからお化粧をしなければなりません。あと1時間ほどで皆様が集まられる時間となりますから急がなくては」

 「・・・・はぁ」

 ドレスはここに連れて来られてからサイズを直したものだ。

 アルフリーダとルルーシアは最初からここでパーティーをするつもりでいたようで、そのためのドレスを用意していたのだろう。

 つまり、あの時には既に美月を着飾る事が決まっていた、という事だ。

 そんな話は全く聞いていない、と心の中でブツブツと文句を言ってはみたものの、まさかアルフリーダたちに直接いう訳にもいかず、15−20分ごとにサイズの確認に付き合わされていたのだ。

 まずドレスのサイズ直しに2時間ちょっと、それから風呂に入れられ髪を結ってから化粧をするのに1時間半が経っている。

 これから先ほど仕上がったばかりのドレスを着せられるのかと思うと、美月は小さく侍女たちに聞こえないように溜め息を吐いたのだった。






 コルセットで締め付けられ、息も絶え絶えになった美月は、それでもなんとか椅子から立ち上がって鏡の前で全体の確認を取らされていた。

 真っ白の肘まである袖と胸元にレースが取り付けられているだけの、どちらかというとシンプルなデザインのドレスは、美月の黒髪を更に際立たせて見せる。

 喉元にはドナヴァンの瞳の色と同じ真っ黒に輝く宝石が銀色の台座に収まって、天井の明かりを反射しているのか鏡越しに煌めいているのが見える。

 「なんとか間に合いましたね」

 「お綺麗ですよ」

 「本当に。ドナヴァン様がきっと惚れ直しますね」

 「さすがドナヴァン様、ミッキー様に似合うものが判ってらっしゃるわね」

 美月のドレスアップした姿を見て、侍女たちが口々に褒め言葉を投げかけてくれる。

 「えっ?」

 けれど既に疲れ切ってしまっていた美月は、それに気のないお礼を返すだけだったのだが、その中に聞き捨てならない言葉があったので思わず反応してしまった。

 「どういう事ですか? これって、ドナヴァンが選んだの?」

 「はい、こちらに来られてすぐに奥方様たちに渡されておりました。奥方様たちはそれを見て、ミッキー様のためのパーティーはお2人がこちらに戻られてからにした方がいいと判断されたようです」

 「本来であればミッキー様のお披露目にはドナヴァン様の色を身に纏ってもらうものなのですが、どうしてもミッキー様にはこのドレスを来て欲しい、というドナヴァン様たっての願いでしたので奥方様もご了承されたようです」

 「夫となる方の髪や瞳の色を身につける事がお披露目のドレス選びの基準ですね」

 ドナヴァンの色、と頭を傾げていると、侍女の1人が教えてくれた。

 「さぁ、これで準備はできましたね」

 「ドレスを汚さないように気をつけてくださいね。特に食事はできるだけ色がつきにくいものを選んでいただければ、と思います」

 これから立食式のパーティーに出席しなければいけない。

 なので手に皿とフォークを持つ事になるから、零して汚しやすいと心配しているようだ。

 なんとなくお腹が空いている気はするものの、コルセットでぎちぎちに締め上げられているから食べられる自信はない。

 まぁ、なにも食べられなかったら、ドレスを脱いでからドナヴァンに何か食べさせてもらおう、と密かに思っている。

 それでも、少しウキウキした気分も湧き上がってきた。

 鏡に映る自分の姿は、どう見てもいつも見慣れた美月とは大違いなのだ。

 女は化粧で化けるというけれどあれは本当だったんだなぁ、としみじみ思うほど自分でもすごく綺麗に仕上がっていると思うのだ。

 でもこんな格好は自力では絶対に無理だという事も判っている。

 なのでドナヴァンがこんな格好をいつもしてくれ、と言わない事を切実に願っているところだ。

 「そろそろドナヴァン様が迎えに来ますよ」

 「そうですね。もうかなり時間も押してますから」

 「えっ? そうなの?」

 まだよくこの世界のこういった席での事に疎い美月としては、説明して貰わないと判らない事が多々ある。

 そう言われて壁にかかっている時計に視線を向けるが、丁度6時半になったところだ。

 確か夕食は7時からと言われていた筈なので、ホストであるドナヴァンの両親より先に会場に行くために迎えに来たのかな、と美月は思う。

 コンコン

 そんな事を思っていると、ドアがノックされた。

 どうやらドナヴァンが来たようだ。

 侍女たちの1人がドアを開けるために歩いていくのが見えた。

 美月は鏡の前から向きをドアに変えると、そのままドナヴァンを迎えるためにドアの方へと歩いていく。

 「準備はできた--」

 笑みを浮かべて部屋に入ってきたドナヴァンは、綺麗に着飾った美月を前に言葉を途切らせた。

 母親たちから美月を着飾ると聞いていたものの、どんな風にするのかまでは教えて貰っていなかったのだ。

 それでもすぐに我にかえったドナヴァンは、美月の前にやってきた。

 「見違えたな」

 「えっと・・・おかしくない?」

 「綺麗だ。こんな風に着飾るとどこかの貴族の娘と言われても信じるよ」

 「そぉ、かな・・・なんか慣れない格好だから・・その、落ち着かないんだけど」

 「そうだな、俺も美月が着飾ったとこなんて初めて見たから驚いたけど、本当によく似合ってる」

 そっと頬に手を当ててきたドナヴァンを少し困ったような、それでいて照れ臭そうに見上げた美月は本当に綺麗だ。

 普段の彼女は年齢の割に幼く見えたのだが、今は年齢並みに大人びて見えるのだ。

 「こんなに綺麗にしてくれてありがとう。母さんたちも喜ぶよ」

 ドナヴァンは美月の後ろに控えていた母親つきの侍女たちに礼を言うと、そのまま美月に手を差し出した。

 「もうみんな集まっている頃だな。急がないと遅れたって文句をいわれそうだ」

 「そうなの?」

 「ああ。その辺りは容赦ないからな。だから、そろそろ行こうか」

 躊躇いながらドナヴァンの手をとった美月の手を引くと、美月は遠慮がちに歩き出した。

 慣れないヒールの高い靴のせいでいつものように歩けないようだ。

 そんな美月の歩みに合わせて、ドナヴァンはゆっくりと歩き出した。







読んでくださって、ありがとうございました。

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