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石版の魔女  作者: チカ.G
その後編
65/72

15. グラスハーン家、再び  1

 ドレクロワからシュラへの帰り道は、行きと違って特にこれといった事件もなくのんびりと進んでいった。

 結局荒野にいたゴーレムの事は誰も知らなかった。というか、目撃者がいなかったのだ。

 おそらく見た者もいただろうが、無事に町に辿り着けず知らせる事ができなかったのだろう、というのがドナヴァンの父であるトマッシュの弁だった。

 それでも今までの数件あった行方不明者の事と壊されて放置されていた馬車は、ゴーレムによる被害だろうと推測できるだけ手の打ちようがあると言ってくれた。

 シュラに着いたその日の夕食の時に、あらかじめゴーレムの報告をしていたドナヴァンにトマッシュはそう話したのだ。





 そして今日はシュラに戻って2日目、美月はドナヴァンと一緒にトマッシュが経営している鉱山へ行く事になっている。

 朝からテンション高くそのままのノリで、美月はドナヴァンの操る馬に一緒に乗せてもらって郊外にある鉱山にやってきた。

 馬車でも行き来はできない事はないのだが、普段は荷車しか使わないような道なので乗り心地が悪いらしい。

 それに美月としても、もう馬車はウンザリだったのでドナヴァンに言われるまま頷いて馬に乗ったのだ。

 できれば美月の愛馬であるコンテロッサがいいのだが、あいにくここに連れてきていない。

 コンテロッサはこの世界にきてすぐの頃、バトラシアから借り受けていた馬だったのだが、結婚祝いと言って美月にくれたのだ。

 それ以来、美月たちが住んでいる家の裏にある厩にドナヴァンの愛馬であるヴァルガと一緒に手入れをしてもらっている。

 「着いたぞ」

 「・・・ここ?」

 ドナヴァンが馬を停めたのは、なんとなく荒れ放題の広場の前だった。

 スタッと馬から降りたドナヴァンは美月が降りるのを手伝おうと手を差し伸べているのだが、美月の視線は目の前の惨状を目の当たりにして彼の手が視界に入っていない。

 そこには荷馬車が10台ほど、それを引くのだろう馬も10頭、そして薄汚れたベンチに食べ物が散乱しているテーブル、テントのようなものがいくつか、という今まで美月が見た事もないような場所だった。

 「ああ、あれはここで働いている鉱夫たちのものだ。大抵は町に戻るんだが、たまに仕事に興が乗って帰るタイミングを失ったりするから、そういう時のためにテントがあるんだと。あと、あれは多分朝飯の食べ残しを片付けずに放ったらかしているんだろうな」

 美月の視線の先を見ながら、ドナヴァンは苦笑いを浮かべている。

 「そうなんだ・・・あっ、ありがと」

 「気をつけろよ」

 「大丈夫。1人でも馬に乗れるもん」

 今更ながら差し出されていた手に気づいた美月は、素直に彼の手をとって馬から降りる。

 「それにしても凄いねぇ・・・」

 「何が凄いのかは聞かないが、確かに凄いな」

 「まぁ、鉱山だから男の人しかいないんだよね。だからこんなに散らかっちゃうんだ」

 「いや、いるぞ?」

 「へっ?」

 「だから、ここで働くのは男だけじゃないぞ? 女だって少しはいるぞ。まぁそんなに多くはないけどな」

 「・・・うっそだぁ」

 何を言っているんだ、というドナヴァンの視線を受け、頭を大きく振った。

 「ミッキーの言いたい事は判る気はするけど、鉱山っていうのはこんなもんだよ」

 「そういえば、昨日トマッシュさんが犯罪奴隷を使っているって言ってたけど、だからなの?」 

 「いや、ここには犯罪奴隷はいないよ。そんなところにミッキーを連れてこない。ここは雇われ鉱夫が働く鉱山だ。取れるのは主に輝石の類だな。犯罪奴隷が掘っているのは鉄鉱石だ」

 ドナヴァンに言われて、そういえば鉄鉱石と輝石の鉱山があると言っていたっけ、と美月は今更のように思い出した。

 「ま、とりあえず中に入ってみるか?」

 「うん。あっ、ジローちゃんたち、どうしよう?」

 「中に入って少し落ち着いてから出してやればいい」

 「判った」

 美月はジローが入っているバッグを軽くポンと叩いてからドナヴァンに手を引かれるまま鉱山の中に入っていった。





 鉱山の中は真っ暗なのかと身構えていた美月だが、中は以前言った事のある鍾乳洞並みに明かりが配されていた。

 足元もそれほど暗くはないが、水が染み出しているのか気をつけないと転びそうになる。

 それでもドナヴァンが彼女の手を握ってくれているから、転びそうになるたびに彼にしがみついて事なきを得ている。

 そうやって20分ほど歩いていると、前方から人の声と明かりが見えてきた。

 声は怒鳴りあっているように聞こえるが、見上げたドナヴァンの顔は特に変化がないのでいつもの事なのだろう。

 とても明るいその場所は20畳ほどの細長い場所だった。

 そこでは鉱夫らしき人たちが1列に並んで一心に掘っている姿が見える。

 背の低いのはドワーフだろう。そんなドワーフの中に数人普通の人が混ざっていて、横一列に並んでいる姿はデコボコして見える。

 「やっているな」

 「ああやって、掘るの?」

 使っている道具はツルハシのように見えるが、その先端が少し光を灯っているように見える。そしてその威力は、まるでバターをナイフで切るように岩を切り出しているのだ。

 「掘っているというか、岩を切って取り出しているんだ。ここで取れる輝石はあの岩の中に含まれている成分だから、あれを砕石場に持って行ってそこで取り出し作業をするんだよ」

 「じゃあここでは輝石は見れないの?」

 「いや、岩の表面に出ているから少しは見えるよ。ただ取り出すんだったら砕石場でやった方が楽だからここでしないんだ」

 「なぁんだ。私はてっきり輝石を盗むかもしれないから、犯罪奴隷にやらせないんだと思ってた」

 「犯罪奴隷をここで使わないのは、あの道具を使わせないためだ」

 あれを使って監督しているヤツを襲われたら大変だからな、とドナヴァンは付け足す。

 そう言われて美月は改めて視線をツルハシもどきに向けるが、あんな切れ味のある道具は確かに犯罪者にあれはもたせちゃいけないな、と思う。

 鉱夫達はちらりと美月たちに視線を向けたものの、それ以上関心はないのかすぐに仕事に戻ってしまう。

 「ねぇ、挨拶しないわね。いいの?」

 「いいんだ。親父も文句を言わない。挨拶で工程が遅れるよりは好き勝手に仕事をしてもらった方がいいんだって言ってた」

 「ふぅん・・・まぁ、そういうものなんだって言うんだったらいいけど・・・でもここでジローちゃんは出しちゃダメでしょ?」

 「ああ、とりあえず掘っている現場を美月に見せたかったから寄っただけだよ。俺たちが行くのはもう少し先だ」

 ドナヴァンは美月の手を引きながらまた先ほどまで歩いていた坑道を奥へと進む。

 ポツポツと明かりが置いてあるから真っ暗ではないとはいえ、先ほどより明かりの数が少ないせいか足元がよく見えない。

 それでもドナヴァンが手を引いてくれているから、今の所美月はコケずに済んでいる。

 「ほら、この辺でいいだろ」

 そう言ってドナヴァンが連れてきたのは、先ほどの場所よりは少し狭いが少し開けた場所だった。

 そこには隅の方に小さなベンチが置かれていて、休憩所として使われている場所のようだ。

 「ジローちゃん、出していいの?」

 「ああ、ここから今は誰も来ないだろうからな」

 「でも休憩場所だったら、大した鉱石はないんじゃないの?」

 「元々はここからも鉱石を掘り出していたんだ。けど採掘量が減ったから場所を変えただけだから、少量ならまだ出るよ」

 「そっか」

 じゃあ、と言ってバッグを開けて中からコットンとミラージュを出してやる。

 「あんまり遠くへ行かないでね。帰る時に困るから」

 「ピュイィィッッ」

 元気に鳴いてから仲良く飛んで行った2匹を見送ってから、今度はジローを取り出す。

 最近ではジローの方も慣れたのか、移動している時は丸く丸まったままだ。

 美月はそっとジローを地面に降ろしてから、ドナヴァンが座っているベンチに座る。

 ジローは相変わらずいつものようにコロコロと転がって、美月たちから4−5メートルほど離れた場所を掘り始めた。

 それから何かを見つけたのか、短い前足で持ったままコリコリと音を立てて食べ始める。

 「ちゃんと食べれる物見つけたみたいだな」

 「そうみたい。でも、何食べてるんだろうね。いつもは石を食べているけど、ここって輝石が出るんでしょ? もしかして輝石を食べてるかも?」

 「どうだろうな? あとでジローに食べている石を持ってきて見せて貰えばいいんじゃないのか?」

 「う〜ん・・・見せてくれるかな?」

 まぁ持ってきてくれなければ自分から覗きに行けばいいや、と美月は呑気に思う。

 2人並んで座ってジローを眺めていると、ふと今朝食事の席でドナヴァンの母親たちと交わした言葉を思い出した。

 「そういえば明後日の夜、みんなが集まるんでしょ?」

 「ああ、そういやそんな事言ってたな。でもまぁ気にする事はないよ」

 「気にする事ないっていうけど・・・確か8人兄弟姉妹だって言ってたわよね。みんな結婚してないんだっけ?」

 「下の2人がまだ結婚してないからな。けど、甥っ子姪っ子が10人はいた筈だぞ」

 10人? と目を丸くしている美月に、ドナヴァンは小さく頷いた。

 「確か上は10代から下は去年生まれたばかりまでいるから、みんな顔を出すんだったら賑やかな事になりそうだな」

 「じゃあ・・・30人くらい集まるって事?」

 「最低でもそのくらいは集まるだろうな」

 だから、母親たちは立食式のパーティーにするつもりだ、とドナヴァンは付け足す。

 「自宅で立食式パーティー・・・・」

 日本で普通の庶民として育ってきた美月には考えられない事だが、ドナヴァンは当たり前のように口にする。

 「大丈夫だよ」

 「・・・ドナヴァン・・・」

 「心配しなくても大丈夫だ。美月が『異界からの客人』という事は兄弟姉妹は既に知っているから、礼儀作法がなんて事は気にしなくてもいい。それに言いにくい事は答えなくても誰も文句言わないよ」

 どうやら美月たちがドレクロワに行っている間に、ドナヴァンの母親が彼の兄弟姉妹に極秘情報として連絡をしていたようだ。

 ドナヴァンの身内には知られても気にする必要はないので構わないが、どうにも気を使われているようで申し訳なく思ってしまう。

 「みんな美月に会うのを楽しみにしてるから」

 「・・・・うん」

 「それに美月の使役獣に会うのも楽しみにしてるみたいだぞ?」

 「えっ・・・・そうなの?」

 「ああ、どうやらフリーダから話を聞いているみたいだな」

 そう言えば、と美月はドレクロワに行く前日の事を思い出す。

 あの時アルフリーダとルルーシアに頼まれて、コットンとミラージュを見せたのだった。

 二人は2匹の事を可愛い可愛いと言っていつまでも指先で頭を撫でて、ドナヴァンから叱られるまでやめなかったのだ。

 その事を思い出して美月はフッと口元に笑みを浮かべた。

 「もみくちゃにされるかもしれないぞ」

 「その時は飛んで逃げるわよ」

 「で、ジローは転がって逃げるのか」

 「そうそう」

 コロコロと転がって美月の所に逃げてくるジローが想像できて、美月は思わず声を出して笑ってしまった。

 そんな美月の肩をドナヴァンはそっと抱き寄せる。

 転がるジローを想像して緊張が抜けた事を抱き寄せる事で感じ取ると、ドナヴァンはホッとする。

 「向こうに戻る前に一緒に湖に行こう。あそこでのんびりピクニックしながら昼寝でもしような」

 「うん・・・」

 綺麗な湖なんだ、と言葉を続けるドナヴァンの肩に美月は頭を乗せた。

 「もう少し暑かったら泳げるんだけどな。今回はまだ寒いから無理だけど、また今度来る時はおよゲル季節に来よう。その時はまたドレクロワまで足を伸ばせばいい」

 「・・でも、釣りはしないわよ」

 「船で沖に出ればいいだろ?」

 「またあんなのが釣れたら嫌だもん」

 「・・・食ったくせに」

 「えっ? 何?」

 ボソッと言うドナヴァンに食いつくが、彼の肩から頭を上げようとした美月の頭を肩に押し付ける。

 あの夜、夕食に気を利かせた宿の女将がゴーレンを料理して出してくれたのだ。

 何も知らない美月はドナヴァンがそれが何かを教える前にパクリと食べて、美味しいと喜んだのだ。

 後でその事を聞かされた美月は、顔の色を赤と青の交互に変えながらドナヴァンに一晩中文句を言った事はいうまでもない。 

 その時の事を思い出して思わずドナヴァンは小さく吹き出した。

 「なんでもない。まぁそれはその時にまた考えような」

 「ドナヴァンッッ」

 思わずぷっと吹き出したドナヴァンの肩から頭をあげてジロリと睨みつけるが、全く効果はない。

 プリプリと怒る美月の頭をポンポンと叩いて、ドナヴァンはまた彼女の頭を自分の肩に乗せた。

 そんなドナヴァンにこれ以上怒っても無駄だ、と美月も諦めたようにドナヴァンの脇に肘をぶつけてからコロコロと転がっているジローを眺める事にした。

 





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