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石版の魔女  作者: チカ.G
その後編
64/72

14. 海辺の町、ドレクロワ  3

 夕暮れの海岸の砂浜をドナヴァンと手を繋いで歩く。

 右手は美月と繋いでいるドナヴァンのもう片方の手には、コットンたち美月の使役獣が入っているバスケットが下げられている。

 周囲には美月とドナヴァンの他に誰もいない。

 一応2人の護衛はいるのだが、離れた場所にいるので美月の視界には入っていない。

 「あっという間だったね」

 「そうだな。明日はまたシュラに向かって移動だな」

 5日間の滞在、と言われて結構長くのんびりできるな、と思っていたのだが楽しかった時間はあっという間に過ぎて行ってしまった。

 「明日からまた5日間の移動かぁ・・・なんか大変」

 「そうだな。馬車だとどうしても時間がかかるから仕方ない」

 「そういえば鳥車ランナー、すごかった。あれだと確かに早いけど乗り心地が悪そう。あれには乗りたくないなぁ・・・」

 ふと美月はここにきた次の日に町中で見かけた鳥車ランナーと呼ばれる乗り物を思い出した。

 車の部分は美月たちが乗っていた馬車に似ていたが少し細長い形をした4人乗りで、その後ろに同じくらいの大きさの荷物を積む事ができる荷台が付いていた。

 ただ、その車を引いていたのは高さ2メートル以上、重さはどう見積もっても軽く200キロほどはありそうな空色のニワトリだった。

 「でも鳥車を使えば3日で移動だぞ? ここからリンドングランまでだったら1週間かからないから、帰ってから数日のんびりできるぞ?」

 「あぁぁ〜・・うん、でも、やだ。あれは乗りたくない」

 「もしかしたらミッキーが思うより乗り心地がいいかもしれないけどな」

 「本当に? あれはどう見てもそうは思えなかったんだけど・・・特にあの急発進、あんな風に出発されちゃったら、それだけで車酔いしそうだもの。あんなのどんなに速くたってゴメンだわ」

 とにかくものすごい勢いで走って行ったのを美月は見たのだ。

 気を緩めていたら鞭打ちになるんじゃないかと思うような勢いだった、とあの時の事を思い出すとそれだけで首の付け根が痛くなる気がするほどだ。

 「まぁな。確かにすごく揺れる事は否定できないな。だから大抵は鳥車に載せるのは荷物だよ。壊れ物は載せられないけど、それ以外の急ぎの荷物を運ぶ時には重宝されているんだけどな。けど、どうしても急ぐからというヤツが乗せてくれっていうみたいだ。それでもそういうヤツはある程度いるから、人が乗る部分がちゃんとあるんだけどな」

 「だよねぇ・・・でも、あんなのに乗ったら酔いまくって着いた時には倒れちゃうんじゃないの?」

 「慣れたらそれなりに乗り心地はいい、と聞いた事はあるけどな」

 「・・・想像つかない」

 あんなのが乗り心地良いなんていう人の気持ちはてんで判らない、と頭を振る美月を見下ろしてドナヴァンは苦笑いを浮かべる。

 「そういえば、他にもあるって言ってたわよね? 他のってどんな乗り物なの? 確か竜車とかって言ってたような気がするんだけど・・・?」

 「あぁ・・・そういやそんな話したな」

 確か移動中の馬車の中で、鳥車と竜車の事を話したな、と思い出す。

 「竜車は2種類あるんだよ。引くドラゴンの種類によって呼び名も違うんだが、まとめて竜車と呼んでいるんだ」

 「2種類?」

 「ああ、1つは地上を移動するもので、もう1つは空を移動するものだ」

 「・・・空? って、飛ぶって事?」

 「そうなるな。地上を移動する竜車は地竜バンダーが引いているんだ。速度は馬車と大して変わらないけど、俺たちが乗っている馬車の3倍ほどの大きさの楕円形の馬車を引く事ができる。これは来る時に話したよな。それから空を飛ぶ竜車は飛竜スカイラーが下にカゴみたいなものをぶら下げる形で移動するって事も話しただろ。飛竜スカイラーのカゴの大きさはこの馬車程度なんだが、まっすぐ目的地に向かう事ができるから、馬車での移動に比べると5分の1程度の時間で済む。その代わり値段の方は10倍以上だな」

 美月が知っている竜といえば、昔見た映画に出てきたような西洋のドラゴンしかないので、イメージもその竜となってしまうから今1つ想像できない。

 「ふぅん・・・あとでマップルで調べてみようっと」

 「あぁ、そういやミッキーは石板あれで調べることができるんだったな」

 「うん。ドラゴンと言われてもイマイチ想像ができないのよね。でもドナヴァンがドラゴンの名前を教えてくれたから、多分検索できると思う」

 名前が判れば、なぜか写真で見る事ができるのだ。

 一体どこからこの世界の行き物の写真が、と思わないでもないが、それでも便利なのでその辺は気にしないで使っている。

 この世界に来て半年以上経つのだ。

 もういい加減いちいち突っ込んだり気にする事もなくなった。

 「さて、この辺でいいか」

 「うん、そうだね」

 立ち止まったドナヴァンは周囲を見回す。

 浜辺の端の方にやってきたせいか、周囲には誰もいない。

 元々こんな風に浜辺をのんびりと歩くような人がいない事もあり、ドレクロワに来てから美月たちは初日以外毎日夕方になるとこうやって浜辺にやってきていた。

 ここで食事のためにコットンとミラージュを放してやる。

 それから人がいない事を確認してから、食事のためにジローを放してやるのだ。

 ドナヴァンと護衛のノーマンたちがそれとなくドレクロワの町の人にジローらしき生き物の事を聞いたのだが、誰もジローのような生き物の事を知っている人はいなかった。

 つまり、未だにジローが一体どういう生き物なのか判っていないのだ。

 なのでリンドングラン領に戻ったら、ドナヴァンがバトラシアたちに訪ねてくれる事になっている。

 まぁ、ゴーレムの事も報告しなければいけないので、そのついで、という形ではあるが。

 美月はドナヴァンからバスケットを受け取ると、砂の上にそっと置いた。

 それから自分もバスケットの隣に座ると、そっと覆っていた布を取り外した。

 「コットン、ミラ、ご飯の時間だよ〜。私たちはもうちょっとしたら宿に戻るから、そっちに帰ってきてね」

 指先でコットンとミラージュの頭をそっと撫でながら声をかけると、2匹はモゾっと動いたかと思うと準備運動と言わんばかりにそのまま羽を伸ばした。

 それから小さく鳴くとそのまま飛んで行ってしまう。

 そんな2匹を見送ってから、今度はバスケットに残っていたジローを取り出して砂の上に置いてやる。

 最初はスンスンと砂を匂っていたジローは、そのまま丸くなったかと思うとコロコロと5−6メードルほど転がってからまた元の姿に戻って砂を掘り出した。

 「なんか見つけたみたいだな」

 「うん、ああやって小石を見つけるみたいだよね。でも、あんなのでよく判るわよね」

 「そうだな。匂いながら探すって言うんなら判るが、転がりながら見つけるんだからな」

 そうなのだ、ジローは犬のように匂いを辿って目当てのエサになる石を見つけるのではなく、最初に少しだけ匂ってから丸まって転がって移動するのだ。そして止まったところで鼻先と前足を使って掘った場所に目当ての石を見つけるのだ。

 一体どうやってエサになる石を見つける事ができるのか美月には謎でしかないが、それでも自力でエサを見るける事ができている事にホッとしている。

 使役獣にしてみたものの、よく考えると未知の生き物なのだ。一体何を食べているのか全く見当もつかず、どうしようかと思っていた事もある。

 けれど、良くできた他の使役獣のおかげで特に問題になる事もなく済んだのだ。

 「明日は朝早いけど、大丈夫か?」

 「えっ? うん、多分」

 「まぁ、あれだけ色々と買っていたら足りないものはないと思うけどな」

 「えぇぇ・・だって、帰りにドナヴァンの実家に寄るじゃない。ちゃんとお土産買っておかないと」

 「別にいらないぞ」

 「そうはいかないわよ」

 どうやらこの世界では土産を買って帰るという習慣はないようで、まだ1度しか会った事がないドナヴァンの家族に土産を買うという美月に呆れていたドナヴァンだった。

 けれど自分の家族の事を考えての行動なのだ、嬉しくないはずはない。

 だからドナヴァンはなんだかんだといいつつ、美月が買いたいと言う土産を買わせていたのだ。

 「まぁ、うちの男連中には酒を買ってあるから、あとはミッキーの方で適当に配ればいいよ」

 「・・・なんか投げやりなセリフね」

 「土産って言われてもピンと来ないからな。それでもミッキーからだって言えばみんな喜ぶよ」

 「そ、そぉかな?」

 「ああ。ただ、その代わりシュラからうちに戻る時に荷物が増えるかもしれないけどな」

 クスクス笑いながら言うドナヴァンを美月は意味が判らないといった表情で見上げる。

 「・・どういう意味?」

 「だってミッキーはドレクロワから山ほどの『土産』を持って帰ってきて、それをみんなに配るだろう? そうすればみんなだって何かミッキーに持たせてやろうって考えると思うぞ?」

 「そ、それは別にいらないんだけど・・・わたしは楽しかった旅行のお裾分けってだけだから・・」

 「それでも持たされると思うけどな。ま、頑張れ」

 断りたいんだったら自分で頑張れ、と言うドナヴァンを困ったように見上げるが、彼の表情から手伝いは期待できないと感じられる。

 はぁ、っとわざとらしく溜め息を吐いてみるものの、ドナヴァンは知らぬ存ぜぬを通すつもりのようだ。

 「まぁどうしても困るようなものだったら、きちんと理由をつけて断ればいいよ。無理やり押し付けるような事はしないと思う」

 「でもさぁ・・・断るのって難しいわよ?」

 「いいんだよ。こっちじゃあそれが当たり前なんだ。欲しいものだけ貰って必要ないものはきちんとその理由を言えば、それで納得して下げてくれる。相手によっては代わりのものを聞かれるけど、それでもいらないものを抱えて帰るよりはマシだろ?」

 美月としては失礼な態度のような気がするのだが、それがこちらでは当たり前だと言われるとそれ以上言い返す事ができない。

 郷に入れば郷に従え、という言葉の通り、美月の常識で判断してはいけないと言う事なのだろう。

 「そういえば帰りに寄った時に他の兄弟姉妹に合わせるって張り切っていたから、それには付き合ってやってくれ。行きに寄った時に間に合わなかった兄弟が結構いたから、どうしてもミッキーと会いたいって言ってるらしいんだ」

 「あ〜・・・うん。それは断れないわね」

 「すまんな。けど、これで暫くはシュラに行く必要もないから、うちに帰れば少しのんびりできるよ」

 「判った」

 知らない人と話す事は苦手だが、ドナヴァンの家族という事であれば断る事はできないし、美月としても彼の兄弟姉妹には会ってみたいと思う。

 ここに来る前に会った彼の母親たちは物凄く個性的だったが、すごくいい人たちだったと美月は思うし、せっかくなのでこの機会に他の兄弟姉妹にも会ってみたいと思ったのだ。

 「とりあえず親の家に5日ほど滞在する予定だから、その時に町を案内するよ」

 「ホント? 楽しみ」

 「ついでに鉱山にも連れて行ってやるよ。もしかしたらジローが好みそうな石もあるかもしれないな。といってもジローが鉱石を食べるのなら、って前提だけど」

 「鉱石、ねぇ・・・どうなんだろ?」

 食べる石に好みはあるようだが、とりあえずなんでも食べてはいるようではある。

 ただそれが石の成分なのかどうかという事まで美月には判らない。

 目の前でコロコロと転がりながら、時折鼻先と前足で小石を掘り出しては食べているジローを見ながら美月は頭を傾げる。

 「まぁ連れて行った時に食べるかどうか判るわよ。それに私も鉱山、見てみたい」

 「興味あるのか?」

 「う〜ん、あるというか・・・今まで見た事のある鉱山って廃坑だけだから、実際に使われている鉱山を見てみたいのよね」

 「見ても大したものじゃないと思うけどな。でもまぁ、ミッキーが鉱山に興味があると聞いたら親父が喜びそうだ」

 どうやらドナヴァンの兄弟姉妹は誰も興味がないようだ。

 一番上の跡継ぎである兄は仕事として勉強はしているようだが、特に思い入れもないらしい。

 「ま、そろそろ戻るか? 俺たちの晩飯の時間だ」

 「はぁい」

 立ち上がって砂を落としてから手を差し出すドナヴァンの手を素直にとって美月も立ち上がると、6メートルほど離れたところでコロコロと転がって遊んでいるジローを捕まえる。

 もうほとんど日も暮れてかなり暗くなってきている。

 そんな中、影を長く伸ばしながら2人は手を繋いだまま宿へと歩き出した。





読んでくださって、ありがとうございました。

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