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石版の魔女  作者: チカ.G
その後編
62/72

12.海辺の町、ドレクロワ  1

 思ったより移動が早かったようで、シュラの町についたのはまだ日が暮れる前だった。

 町に入る手前の丘の上からは遠くに広がる海を見る事ができ、美月は思わず歓声をあげた。

 そんな美月に苦笑しながらもドナヴァンは町の大きさの規模や特産品の話をして聞かせる。

 美月も半分体を窓から乗り出して少しずつ近づいてくる町を見つめていた。

 そうして美月の乗る馬車が町に着いたのは、太陽が海とは反対側にある美月たちが苦労して越えてきた麓二荒野が広がる丘の向こうへと隠れる1−2時間ほど前だった。






 美月はドナヴァンに連れられるまま、彼がドレクロワに入ってすぐに向かった宿の2階へと上がった。

 この宿よりは高級な宿もいくつかあるのだが、そこは港の一番端にあるせいか2階の客室から海と港を見下ろす事ができた。

 海を見たがっていた美月が喜ぶだろう、という事でそこを選んだようだ。

 そして案内された15畳分くらいの広さの部屋には、入って左側に小さなベッドが2つ並んで置いてあり、反対側の壁には小さなテーブルと椅子が2つ置かれている。そして2つのベッドの横にそれぞれ鍵がついた小さなトランクのような箱が置かれているのは、おそらく荷物や貴重品を入れるためだろう。

 残念ながらこの宿には二人で眠れるような大きなベッドのある部屋はなかったのだが、ドナヴァンたちが夕食を食べている間にベッドを動かして2つくっつけて並べてくれる、と宿の受付の女性が確約してくれた。

 もちろん、美月はそんな事を知らない。

 夕食から帰ってきてから驚く美月の顔を見る事をドナヴァンは今から楽しみにしている。

 「小さいベッドだけど、馬車の中の座椅子よりはまだ寝やすいだろう」

 「ん、そうね。ありがと」

 旅の間、野営をする時は外のテントで眠るか馬車の中のベンチ型の座席をベッド代わりにして眠るかだった。美月としては外のテントで眠る方が野営の見張りをするドナヴァンたちと近いから嬉しいのだが、昨夜はゴーレム強襲という事もありドナヴァンが外で眠る事を許さなかったのだ。

 「コットンたちのバスケットはどこに置くんだ?」

 「ん〜、っと・・そっちのベッドと壁の間かな? そこだったら朝でも陽射しは当たらないと思う」

 「判った」

 美月の腕からバスケットを取り上げると、ドナヴァンは彼女が指差した入り口側のベッドとドアのある壁の間にそれを置いた。

 「ミッキー、窓を少し開けておけよ。そうすれば俺たちが夕食から戻る前に暗くなっても、コットンたちは食事に行けるだろう?」

 「ん? そうねぇ・・・帰ってくるのが遅くなったらお腹も空くだろうから可哀そうよね」

 「それとも肉か何かを用意した方がいいのか?」

 「ん〜、どうだろう? 聞いてみるね」

 ドナヴァンは床においたバスケットをベッドの上に置き直したところで、美月がベッドを回って彼の隣にやってきた。

 バスケットには布がかけてあり、その布を捲ると中に白、黒、オレンジの3つの塊が見える。

 それぞれが美月を見上げるように頭をあげていて、彼女は笑みを浮かべながら指先でそれぞれの頭を撫でてやる。

 「みんなご飯、どうする? 自分で取りに行く? それともお肉を用意しようか?」

 「コットンとミラージュは肉でも取りに行くでもいいが、そのオレンジ色のヤツはどうするんだ?」

 ふとドナヴァンが気がついたというように美月に尋ねた。

 そう言われて美月もオレンジ色のアルマジロもどきは、コットンたちと同じように空を飛んで餌を取りに行けない事に気がつく。

 「そう言われると・・・何を食べるんだろう、この子。コットンたちは日が暮れたら餌を取りに行くって言ってるんだけど・・・・」

 指で触れる事で使役獣の考える事が多少判るようになる事は、コットンやミラージュのおかげで知っている。

 けれど触れているオレンジ色の新しい使役獣の考えている事は、全く美月の頭の中に入ってこない。

 「やっぱり、名前をつけてないから、かなぁ・・・でも・・・う〜ん・・・」

 バスケットの中で羽を伸ばして毛繕いを始めたコットンやミラージュの隣で、美月に撫でられて目を閉じている新入りの子をじっと見つめるが全く判らない。

 「俺がつけてやろうか?」

 「いいの。この子の名前はジローちゃんなの」

 「・・・ジローちゃん?」

 「アルマジロのジローちゃん。そう決めたの。まぁ男の子の名前なんだけど、もし女の子だったらジロ子にでも替えるからそれで決定」

 きっぱりとドナヴァンに言い切ったものの、実はたった今決めたばかりだ。

 というか、必要に迫られてとっさに頭に浮かんだ名前を口にしたというのが正しい。

 けれどそんな事は微塵も態度に見せず、美月はきっぱりと言ったのだ。

 「アルマジロっていうのがこれの種類なのか?」

 「判んない。ただ、私が元いた世界にいたアルマジロっていう生き物がこの子とそっくりなの」

 「じゃあ、そのアルマジロっていうのと同じようなものを食べるんじゃないのか?」

 「どうなんだろ? もしかしたらそうかもしれないけど、私テレビで見た事があっただけでアルマジロが何を食べるのかなんて知らないのよね」

 何かのアニマル番組だったと記憶しているのだが、家族と晩御飯を食べている時に見た程度の番組だったので、アルマジロの見た目は覚えていてもその生態は全く覚えていない。

 ちなみにドナヴァンは美月のいうテレビというものを知っている。

 「ジローちゃんは何を食べるんだろうねぇ・・・」

 ツルツルピカピカのオレンジ色の鱗に覆われた表皮を撫でながら美月は呟くように尋ねるが、ジローはスンスンと鼻を鳴らすだけで美月に伝わってこない。

 「う〜ん、・・・ 判んないなぁ・・・」

 「ミッキーでも判らないのか?」

 「ジローちゃんが何か伝えようとしているのは判るんだけど、それが何か全く伝わってこないの」

 よく考えると昨日の夕方使役獣にしてから、エサを全くやっていない事を思い出したのだ。

 さすがに今日丸1日エサ無し、というわけにはいかないだろう。

 「コットン、ミラ、あんたたちジローが何を食べるか判る?」

 「コットンたちに判るのか?」

 「どうだろう? でも、同じ使役獣同士だから多少の意思の疎通ができるかも、って思うんだけど」

 美月はコットンの頭を撫でながらジローは何を食べるんだろうね〜と呟いている。

 「コットン、ミラと一緒に晩御飯に出かけたら、ついでにジローのご飯も取ってきてくれない?」

 「キュキュッっ」

 「そぉ。ありがとうね〜、コットン。ミラも手伝ってあげてね」

 「ピピピッッ」

 ミラージュの頭もひと撫でしてやってから、美月はドナヴァンを見上げる。

 「コットンたちからジローちゃんが何を食べるのか伝わらなかったけど、ジローちゃんが食べられるものを持って帰ってくれるみたい」

 「本当に大丈夫なのか?」

 「う〜ん・・・多分? でも、全く判らない私よりマシだと思う。何となくだけど、3匹はそれなりに意思の疎通ができているみたいなのよね。だから、私にジローの食べるものを伝えられなくても、食べるものを持って帰ってくる事はできるんじゃないかな」

 どうにもあやふやな言葉にドナヴァンは安心はできないものの、美月の言う通り自分たちにはジローが何を食べるのか全く想像もできないのだ。

 ここはとりあえずコットンとミラージュに任せる他にない。

 「で、今から行くのか?」

 「えっ? 今から・・・じゃないみたいね。まだ完全に日が落ちてないからコットンが出かけられないみたい。もう少し暗くなったら行くんだって」

 「あぁ、そういやコウモリは日の光が苦手だよな」

 「うん。一応使役獣だから、他の野生のコウモリよりも日の光に耐性があるみたいだけど、それでも暗い方が楽みたいね」

 この点は美月には全く判らないのだが、人の使役獣になると使役される事の恩恵の1つに耐性が向上するというものがあるらしい。

 例えばコットンはコウモリだ。コウモリは夜行性の生き物なので明るいところは苦手なのだが、それでも使役されているというだけで多少の耐性はつくのだそうだ。

 同様にミラージュは闇鴉やみからすと呼ばれていて夜の方が得意らしいが、美月の使役獣となってからは昼夜関係なく動き回る事ができるのだ。

 美月は一度マップルを使って検索エンジンであるグラッターで調べてみたのだが、この事に関しては使役されると恩恵を得られる、という事しか調べられなかった。

 「じゃあ、俺たちは一足先に晩飯を食べに行くか?」

 「そうだね・・・護衛の人たちが準備できてたらね」

 「俺たち2人だけで行ってもいいんだけどな」

 「駄目よ。護衛さんたちと一緒に行動しないとあとで怒られちゃうもの。それにここでそんな事したら、シュラに帰った時にドナヴァンの家族に全部バラされちゃうわよ」

 「確かに・・・それはめんどくさいな」

 ドナヴァンの父親であるトーマスであれば苦笑いで済ませてもらえそうだが、2人の母親たちの耳に入れば長いお小言になる事は判りきっている。

 下手をすれば他の身内の女性陣が一丸となってドナヴァンに説教を始めるかもしれないのだ。

 「せっかく2人になれそうだったのにな」

 「ドッ・・・」

 「まぁ、晩飯のあとは2人きりだから、それで良しとするか」

 真っ赤になって口をパクパクと開いたり閉じたりしている美月の顔を見てニヤリと笑うドナヴァンは、美月が照れて赤くなる事が判っていたに違いないと彼女は確信する。

 2人でいたい、と言われるとそれだけで嬉しくて真っ赤になる自分がチョロ過ぎる気もするが、嬉しくて照れくさくて真っ赤になる事を止められないから、仕方ないと諦めているのだ。

 「とっ、とにかく、護衛のみんなに聞きに行かなくっちゃ」

 「いいよ、ミッキーは部屋で待っていてくれればいいよ。あいつらには俺が伝えに行くよ」

 「えっ?」

 「とりあえず荷物の片付けをしててくれ。その間に俺はあいつらと時間を決めてくるから」

 「そぉ・・・判った」

 赤くなった顔をドナヴァンから逸らして部屋のドアに向かおうとしたが、ドナヴァンが軽く手を振って彼女を制する。

 「すぐに戻るよ」

 「はぁい」

 そのまま部屋を出て行くドナヴァンを見送りながら、美月はベッドの上に置きっ放しになっていたコットンたちが入っているバスケットをドアのある壁とベッドの間に置いてから、荷物を部屋に備え付けのタンスにしまう事にした。





読んでくださって、ありがとうございました。

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