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石版の魔女  作者: チカ.G
その後編
61/72

11. 荒野越え 5

 パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、美月はノーマンが入れてくれたお茶を一口飲んだ。

 あれからなんとか今夜の野営予定の場所まで移動した美月たちは、馬車を停めるとすぐにテントを立てて火をおこし、フランクとクリスに馬の世話を任せる。ホリディは見張りだ。

 ノーマンは馬車に積んであった薪を下ろして誰かが作ってそのままになっていたかまどを使って火を起こして簡単なスープを作り始めた。美月はドナヴァンと一緒に馬車や今夜野営するテントの周囲に呼子を仕掛けて回った。

 一応結界とやらも張るらしいのだが、それでも念のために呼子も取り付けるようだ。

 そうしてようやく落ち着いたのは周囲が真っ暗になって、焚き火の明かりだけになった頃だった。

 ノーマンが作ってくれたスープとパンの夕食を終えて、今は焚き火を囲んでみんなでお茶を飲んでいるところだ。

 美月は馬車から下ろしたバスケットを自分の膝の上に置いて、ドナヴァンと並んで座って同じようにお茶を飲んでいた。

 ちなみにバスケットの中に入っていた白コウモリのコットンと闇鴉のミラージュは、2匹仲良く夕食を食べるために出かけている。

 「それにしても、今日は大変だったな」

 「ああ、ホントだ。まさかゴーレムが出るなんて思ってもいなかったよ」

 「この道にゴーレムが出るなんて聞いた事なかったんだけどなぁ」

 「そうだよな、貰った地図にもそんな事書いてなかったよな」

 「ノーマン、お前地図ちゃんと見てなかったんじゃないのか?」

 「バカやろ、そんな事あるかよ」

 「やっぱり何かデカイやつに襲撃されるっていう噂は本当だったって事かなぁ」

 ノーマン、ハロルド、クリス、そしてホリディがボヤくように話をしている。

 そんな3人の話を聞きながら、美月は隣に座っているドナヴァンを見上げた。

 「ゴーレムって、珍しいの?」

 「いや、別に珍しいっていう訳じゃない。ただリンドングラン領にはいないし、この辺りにも目撃情報がなかったんだけどな」

 「そうなの? じゃあ、どこから来たんだろうね?」

 「判らないな。とりあえずドレクロワに着いたら報告するつもりだよ。それから帰りにまた実家に寄るから、その時にも親父に話しておくつもりだ」

 ドナヴァンの父親はリンドングラン領の端になるシュラという町を治めている。

 ドレクロワに入るルートは他にもあるが、ドレクロワとシュラの街を結ぶのはこのルートだけなので、確かにその両方に報告しておく必要はあるだろう。

 「でもこれが道っていうのはちょっと、ねぇ・・・もっときちんと整備できないの?」

 「確かに舗装されてないけど、この道を行き来する人間っていうのがあんまりいないから、今のままでも特に支障は出てないんだよ」

 「そうなの? それにしても、ねぇ・・・・」

 元の世界と基準を一緒にしてはいけないと判っていても、もう少しなんとかならないのだろうか、と思わずにいられない。

 「この道を使うのは商隊の人間が多いから、自然と馬車や馬での移動になるんだよ。この通りの荒野だから徒歩で移動しようとする人間は殆どいないからな」

 「どうして?」

 「途中で水が手に入らない。それに大型の魔獣はいないが、それでも安全とは言えない旅路だ。徒歩だと危険が大きすぎる」

 「そっかぁ・・・」

 ドナヴァンに言われてここまでの道中を思い浮かべると、確かに彼の言う通り徒歩では過酷な環境だな、と美月も思う。

 「ただ、ゴーレムが出るとなると話は変わってくるかもな」

 「そうなの?」

 「馬車で移動していれば多少の魔獣相手ならなんとか処理できるだろうけど、ゴーレムとなるとそうはいかない。馬車についてくる護衛は大抵2人くらいだから、そんな少人数でどうにかできるような相手じゃない」

 「そうだよな。特にこの辺りにはゴーレムがいないから、殆どの人間はゴーレムの倒し方なんて知らないだろうし」

 ドナヴァンが美月に説明していると、ホリディが補足するように口を挟んできた。

 「あの時、的確にどこを攻めればいいのかが判らなかったら、俺たちはもっと手古摺てこずったと思う」

 「ミッキーさんのおかげです」

 「そうそう、コアの場所を教えてくれたからなんとか対処できたようなもんだよな」

 いつの間にか美月とドナヴァンの会話を聞いていたようで、ホリディが口を挟んできたのを機に残りのノーマンとフランクも同意してきた。

 そんな彼らの話を聞きながら、美月はバスケットの中に手を伸ばして丸まっているオレンジ色のアルマジロもどきの手触りを楽しむ。

 ツルツルスベスベの手触りはコットンやミラージュに比べるととても新鮮で、ついついいつまでも触ってしまう。

 手のひらに握りしめてみたり、指先で触れてみたり、と触れ方を考えながら美月は手触りを堪能する。

 そうやって触っていると、ふと思い出したことがあった。

 「そういえばまだ名前つけてなかったっけ・・・」

 変な名前しか思いつかなかったところをドナヴァンに呼ばれたので、すっかり名前を考えるのを忘れてしまっていた。

 「でも名前ねぇ・・・な〜んにも思いつかない」

 オレンジ色のツルツルスベスベだけでは、美月の乏しい想像力をいくら駆使しても何も頭に浮かばない。

 それでもいい加減アルマジロもどきと呼ぶのも面倒くさくなってきている。

 「--なんだ・・・ミッキー?」

 「えっ? はい?」

 不意に自分を呼ぶ声に気付いて、美月はパッと顔をあげて隣に座るドナヴァンを見上げた。

 「えっと?」

 「どうしたんだ? なんだかぼーっとしてたみたいだけど?」

 「ん? あ〜・・・ちょっと、考え事?」

 「考え事って?」

 「えっとね、今日--」

 見つけた新しい使役獣の事、と言いかけて美月はパッと口を閉じた。

 そういえばまだドナヴァンに新しい使役獣を手に入れた事を言ってないのだ。

 「今日、なんだ?」

 「えっと・・・・怒らない?」

 「・・・俺が怒るのか? 美月、何したんだ?」

 「何って、そんな大した事・・・してない・・・よ?」

 多分、と美月は口の中で呟く。

 その声はドナヴァンには聞こえなかったが、彼女が何を呟いたのかある程度予想はついたのだろう、ジロリと睨みつける。

 「何をしたんだ」

 「えっとね・・・新しい子を見つけちゃった」

 「新しい子?」

 幾分低くなった声で聞かれると、美月は視線をドナヴァンから逸らしてバスケットに向けた。

 ドナヴァンは聞き返したものの、彼女の視線の動きで何をしたのか瞬時に理解したようだ。

 「今度は何を拾ったんだ」

 「今度はって、何も拾ってないわよ」

 「じゃあ、何がそのバスケットの中に入っているんだ? 新しい子って言うくらいだから、何か使役したんだろ?」

 「あ〜・・うん。はい」

 ギロリ、と鋭い視線を向けられてはそれ以上言い返す事も出来ない。

 美月は素直に頷いてから、バスケットの中からオレンジ色の玉を取り出した。

 「・・・なんだそれは?」

 「判んない」

 「はっ?」

 「馬車の中でちょっとだけ調べたけど判んなかった」

 オレンジ色の玉は美月の掌の上でピク、と動いてから体勢を変えて初めてあった時のように横倒しになったアルマジロのような格好に体を伸ばす。

 それから少しだけもがくように手足をばたつかせてなんとか手足を美月の掌に載せる事に成功した。

 ふんふんと美月の掌を匂っているそれを食い入るように見つめてからドナヴァンは視線を美月に移す。

 「見た事ない生き物だな」

 「でも可愛いよね。前いた世界でアルマジロって言われてた生き物にそっくりなの」

 「そいつは大きくなるのか?」

 「だから、判んないんだってば。この子がなんていう種類の生き物なのか判らなくってね。それでなんにも調べられなかったの」

 幾つか特徴を打ち込んでみたのだが、それでも何も出てこなかったのだ。

 「もしかしたら、新種、とか?」

 「おまえ、何も判らないようなものを使役したのか?」

 「えっ? そ、それは・・・」

 その通り、と思ったもののそれを口にすると叱られる事が判っているから言葉を濁すしかない。

 そんな美月を見て、ドナヴァンはハァッと大きな溜め息を吐いた。

 「どうせ美月の事だ。可愛い、っていう理由で使役したんだろ?」

 「・・・正解です」

 「まったく。よく判らないものを使役して危ない目にあったらどうするつもりだ?」

 「でっ、でも、こんなに小さいよ? それに見つけた時だって特に私を襲ってきたりとかしなかったもの」

 だから安全だと判断したんだ、と小声で反論してみるが、それもドナヴァンからの一睨みで美月は肩を竦めるしかできなくなってしまった。

 「まぁ、今のところ特に害獣には見えないから仕方ない。けど、どこで見つけてきたんだ? というよりよくそんなものを見つける時間があったな」

 「えっとね、ほら、ドナヴァンたちがゴーレムと戦っていたじゃない? 丁度倒し終えた頃だったかな? 目の前を転がってきたの」

 「・・・は?」

 「だからね、あの時ドナヴァンに言われて岩陰に隠れていた私の目の前の坂を何かオレンジ色の玉が転がってきたなぁ、って思って思わず手を伸ばして拾ったの」

 頭が痛い、といわんばかりにドナヴァンが左手をこめかみに当てて目を閉じた。

 「つまり美月は、転がってきたから、無防備に手を伸ばして捕まえた、と」

 「べ、別に無防備って訳じゃあ・・・」

 「ほう、無防備じゃないというのか? 未知の生き物に素手を伸ばして、その上むんずと掴む事のどこか無防備じゃないのか教えてくれないか?」

 薄く目を開けて美月を睨みつけるドナヴァンは、物凄く怒気を発していて怖い。

 美月としてもそう言われると確かに ちょっと(・・・)無防備だったかな、と思うので言い返す事ができない。

 普段はミッキーと呼ぶドナヴァンは、真剣に話す時は呼び方が美月に変わる。

 だから今美月と言っている彼は本気で美月の安易さを怒っているということだろう。

 とはいえ、基本美月に甘いドナヴァンである。

 本当に申し訳なさそうな美月をジロリと見てから、はぁぁぁっっ、とわざとらしいほど大きな溜め息を吐いてから頭を振った。 

 「えっと・・・ごめんなさい」

 「まぁ、もう既に使役したんだったらもう仕方ない。ドレクロワに着いた時にでもこんな生き物を知っているか、って聞いてみるよ」

 今のところ特に害がありそうには見えない。それに美月に甘えている様子を見る限りではこれからも害になる事はないだろう、とドナヴァンは判断する。

 美月の両手を広げた狭い場所をスンスンと鼻を動かして匂いを嗅ぎながらウロウロしている姿は、小さなペットのようにしか見えない。

 そのオレンジ色をした細かい鱗を見る限りなんらかの爬虫類、またはそれ系統の魔獣なのだろう、というくらいしか今は判らないがそのうちこれがなんなのか調べる事ができるだろう。

 「それで、名前は?」

 「えっと・・・まだ決まってない」

 「珍しいな」

 「だって、なんにも思いつかなかったんだもの。大体オスかメスかも判んないし」

 スンスンと鼻を動かしている頭をツンツンと突きながら美月は答える。

 「俺がつけてやろうか?」

 「えぇぇぇぇぇ・・・・遠慮しとく」

 「なんだそれは」

 「だって、ドナヴァンの命名センス知らないもん」

 「失礼なヤツだな」

 ドナヴァンはムッとした顔で美月の額を指先でピンと弾く。

 「じゃあ、ちなみにどんな名前を思いついたの?」

 「さあな」

 興味ないんだろ、とドナヴァンは美月と視線を合わせない。

 そんな彼らしくない拗ねたような態度に美月は思わず笑いそうになったが、何とか堪えて隣に座る彼に肩を押し付ける。

 「いいじゃない。教えてよ。すっごくいい名前だったら採用してあげる」

 「・・・すごく偉そうな言い方するな、おまえ」

 「だって可愛い使役獣に付ける名前だもの。いい名前をつけてあげたいじゃない」

 クスクスと小さな笑い声を漏らしながら偉そうにいう美月の髪をクシャクシャにしてやる。

 「その割にコットンとミラージュの名前にはそれほど時間をかけなかったよな」

 ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべるドナヴァンを見て、美月は上目遣いに睨みつける。

 「いいの、あの時はすぐに閃いたの」

 「今回はひらめかなかったって事だな」

 「うぅっっ・・・私の事はもういいの。それよりドナヴァンの思いついた名前を聞かせてよ」

 「あとでな」

 「えぇぇぇぇぇ」

 「さぁ、そろそろ片付けて寝るぞ。明日の朝も早いんだからな」

 話は終わりだ、とドナヴァンは美月の頭をぽんぽんと叩いてから立ち上がった。

 美月は不満そうにドナヴァンの後ろ姿を見送ったが、仕方ないと掌のアルマジロもどきをバスケットに戻して馬車へと向かった。






読んでくださって、ありがとうございました。

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