新世界、到着 ー 2.
枝に引っ掛かったり石に躓いて転けたりしながらもなんとか森を抜ける事ができたのは、美月が歩き始めて2時間ほど経った頃だった。
「思ったより大きな森だったなぁ」
マップルの地図を見ていると数本の木が描かれているだけだから、森の深さなんてまったく予想もできない。
それでもなんとか森を抜けて広がる草原を目にすると、なんとなくホッと息が漏れた。
「これって、地図になんにも描いてなかったエリアだよね・・・って事は・・・・」
スマフォとポータブル・アンテナをバッグから取り出して、アンテナをスマフォに繋ぐ。
それから起動させると、マップルと同じような見慣れないアイコンを見つけた。
その中から『グラッター』のアイコンを見つけるとそれを早速クリックする。それから先ほどと同じようにマップを探し出して、現在位置を確認する。
「ん〜〜・・・・って事は・・・あっち、かぁ」
美月はスマフォから顔を上げて、右斜め方向を見た。
見える限り草原で、建物などまったく見えない。
それでも、今の美月にはこのマップ以外頼るものはないのだ。
仕方ない、と思うもののとりあえずはマップが指し示す方向に進むしかない。
てくてく
てくてくてく
てくてくてくてく
てくてくてくてくてく
歩けど歩けど、何も見えない。
美月の前に広がるのは、美月より背の高い草が生えている草原だけ。時々その切れ間から見える先には、ただただ草原が広がるだけだ。
「・・・なんか、いい加減飽きてきたな・・・」
どこまで歩いても見えるのは草原だけとなると、だんだん周囲の景色に飽きてくる上に、まったく進んでいないような気にもなってくる。
時々スマフォで方向を確認するのだが、スマフォの画面だと小さいから今一つ距離が判らないのだ。これが街中でちゃんとした地図だったらこんな風に思わないのにな、と美月は溜め息を吐いてからスマフォをバッグに仕舞う。
今着ている服はさらし木綿のシャツにパンツ、それに皮のブーツだ。どうみても一昔以上前のデザインなのだが、アストラリンクがこの新しい世界で目立たないように選んだものだと判っているだけに文句は言えない。
言えないのだが、せめてパンツにポケットくらいはつけて欲しかった、と美月は思うのだ。
襷掛けに掛けているバッグも素材は厚手のデニムのような生地で、茶色く染めたと言う感じのものだ。
それでもこの格好であれば、他の人と出会っても目立たないだろう事は美月にも判るから、声を大にして文句を付ける事はできない。
「・・・本当に、この方向で合ってるの・・・かなぁ・・・」
あまりにも変わり映えしない景色に、だんだん心配になってくる。
「あれ?」
遠くに濃い緑が見えた気がして、美月は背伸びをしてなんとか確認しようとする。
見間違い出なければ木だ。
背伸びだけでははっきりしないから、美月は木が見えた方向に進路変更する。
そして少し歩くだけで、それが見間違いではないのだと確信した美月は元気に木に向かって走る。
木が立っている場所は少し周囲の草原より高い位置にあるのか、今まで美月の視界を隠していた草の向こうが見えるようになった。
かなり遠くまで見渡す事ができるが、それでも見えるものはあまりない。最初に美月がいたであろう森が遠くに見える。そして今美月が向かっている方向にも森というほどではないがいくつもの木が立っているのが見える。
しかし、見えるのはただそれだけだ。
大したものが見えなかった事で少しガッカリしたが、美月は頭を上げて目の前のガッシリと立っている木を見上げた。青々とした葉を茂らせて、ずっと歩いていたせいで暑さを感じていた美月に程よい涼しさを与えてくれ、その心地よさに美月はホッと息を吐き出した。
ずっと草の中を歩いていたせいで、久しぶりに見る木の緑の濃さがそんな美月の目に染みる。
それから木の下に座り込んで、美月は襷掛けしていたバッグを肩から降ろして中に入っている筈の非常食を捜す。
「非常食を入れてるって言ってたんだけどなぁ・・・できれば水も欲しいんだけど、あるかなぁ」
なぜかバッグの中は真っ黒で、何が入っているのかもよく見えない。唯一見えるのはマップルだけなのだが、それ以外は全て手探りで捜さなければいけないのだ。
「おっ・・・あったあった。多分、これっ」
紙袋が指先に当たり、美月がそれを引っ張り出すと中にはサンドイッチとリンゴ、それに小袋のクッキーが入っていた。
「あとは・・・お水が欲しいんだけどなぁ。お水お水お水・・・っと、あったかな?」
指先にボトルが触れた気がしてそのまま握りしめてバッグから出すと、500mlくらい入っていそうなボトルだった。
しかしボトル、といっても普段見慣れているようなプラスティックのボトルではなく、メタルのミリタリー仕様っぽいものだ。
「う〜ん・・・・なんとなくだけど、このバッグの使い方が判ってきた気がする・・・・」
はむ、とサンドイッチに齧り付きながら美月はバッグを見おろした。
どうやらこのバッグ、美月が欲しいと口にしたものを取り出す事ができるようだ。ただし、バッグの中に入っていれば、という前提のようだが。
確かにバッグの見かけ以上のものを大量に入れることができるのだから、いちいち入っているもの全てを出してから目当てのものを探し出すわけにはいかないだろう。
だから、美月が欲しいと思ったものが出てきてくれれば、それに越した事はない。
ボトルのキャップを開けてグイっと水を飲む。
どうも思ったより喉が渇いていたようで、そのままボトルの半分ほどの水を一気に飲んだ。
それからサンドイッチをまた齧りながら、美月はバッグの中からマップルを取り出して地図を開けた。スマフォでも地図は見れるが、マップルの方が画面が大きいので広範囲を見るのが楽なのだ。
「う〜ん、一応町っぽいところに近づいてはいるみたいなんだけどなぁ・・・・」
最初にいた森の中と町の位置、そして今いる場所は丁度その真ん中辺りだ。
という事は今まで歩いた距離の分だけ歩けば町に着く事になる。
「もっと町に近い場所に送ってくれたら良かったのに・・・・」
まったくあのおじいさんも気が利かないなぁ、とぶつぶつ口の中で文句を呟きながら美月は水を全部飲み干した。
カッ
空になったボトルと一緒にマップルもバッグに仕舞ってから、バッグをまた襷掛けに掛けて立ち上がろうとした美月の少し上に何かが当たった音がした。
なんだろう、と見上げた美月の目に入ったのは弓矢。
そして、その弓矢に頭を貫かれたのであろう真っ赤な蛇。しかも大きさは美月の腕ほどの太さを持つ胴体が木の枝の影に見えている。
「へっっ・・・蛇っ」
驚いて数歩離れてからその場に尻餅をついた美月の耳に、ガサガサと草をかき分ける音が聞こえた。
その音に驚いて草原を振り返ると、そこにはいつの間にか3つの動くものが現れていた。
そして今度こそ、美月は声もなくただ現れたそれらを凝視した。
美月から20メートルほど離れた場所に現れたのは3頭の馬とそれに乗馬している3人の男だった。
最初に目に入ったのは真っ黒な馬とその馬に乗った真っ黒な男だった。男はフードを被っているから顔は見えないが、着ている服もマントも全て黒。そして乗っている馬は有り得ないものだった。
その右隣りにいる男は銀色の馬に乗っていて、彼も同じようにフードを被っているから顔は判らないが、彼は真ん中の男と同じように全身を黒で統一している。
恐らく彼が矢を射ったのだろう。彼の手には大きな弓が掴まれている。
そして左隣りの男が乗っている馬は真っ赤だ。乗っている男は他の2人同様フードを被っている上に同じように全身真っ黒だ。
どう見ても3人とも怪しさ抜群の格好をして美月の前に現れたのだ。