9. 荒野越え 3
岩陰からそぅっと顔を出して馬車の方を見るが、そこには御者のクリスしかいない。
それから美月が坂の上の方に視線を向けると、ドナヴァンが他の護衛3人と一緒にゴーレムに向かって走っている姿を見つけた。
ドナヴァンと護衛2人は剣を手にしているが、もう1人の護衛であるフランクが持っているのはどう見ても剣ではなくハンマーに見える。それは大工が使うようなハンマーの片方を反対側の倍ほどの長さにして、その部分を鋭い斧の刃のようにした形で斧にしてもハンマーにしても歪な形としか言いようがない。
まぁ形はこの際棚にあげる事にしてもその大きさは半端なく、ハンマーヘッドの部分は子供の頭ほどの大きさでなのあ。
美月であれば持ち上げる事すらできそうにないそれを、フランクは軽々と片手で持って他の3人から遅れる事なく走っている。
「あれ、チートだよね・・・」
あのハンマー、一体どのくらいの重量があるんだろうか?
美月はそんな事を考えながらも、3人の後ろ姿をじっと見つめる。
馬車と坂の頂上の丁度真ん中辺りでドナヴァンたちがゴーレムと向かい合う。
真ん中をドナヴァン、右手にノーマン、左手にホリディが進んで3人でゴーレムを囲むように対峙すると、ドナヴァンが最初に足を前に進めた。
彼が手にしていた剣がほのかに青い光を放ったかと思うと、そのまま剣をゴーレムの中心に向けて振り下ろした。
けれど、美月にはドナヴァンがこれといったダメージを与えたようには見えなかった。
それに続いてノーマンとホリディが同じように剣を振るうが、結果はドナヴァンと同様で特にダメージを与えたように見えなかった。
それはどう見てもちょっとデコボコしたただの土砂の塊にしか見えないのだ。
そんな土砂を剣で切ってもダメージを与える事なんてできないだろう。
それはドナヴァンたちも判っているんだろう。
けれどゴーレムに対しての大した知識のない彼らでは、他にどうやればいいのか判らないのだ。
それは美月だって同じだ。ゴーレムなんて初めて見たし、ドナヴァンが教えてくれなかったら動く土砂の塊としか思えなかっただろうから、美月にゴーレムの倒し方の知識がある筈もない。
美月はなんの役にも立てない自分に不甲斐なさを感じて、思わずぎゅっと着ていたスカートを握りしめた。
「あれ?」
握りしめた指先が何か固いものに触れ、彼女がポケットに手を突っ込むとそこからスマフォが出てきた。
そういえばさっき馬車から出てくる時にポケットに入れたっけ。
あの時は寝起きで半分寝ボケた状態でした事なので今1つよく覚えていないが、それでも頭の片隅になんとなく記憶が残っている。
「・・・あっ」
そうだ!
美月はスマフォの画面からグラッターをタップして起動させる。
「えっと・・・確か・・・ゴー、レ、ム・・・っと」
確かドナヴァンがゴーレムと呼んでいたな、と思い出しながら美月が『ゴーレム』と打ち込むと1万以上ヒットする。
それではあまりにも多すぎてどこに美月が探している情報があるのか判らない。
そこで、土砂、岩、倒し方、と幾つかゴーレムという単語のあとに新たに打ち込んでから、美月はもう一度検索ボタンをタップする。
今度は検索数が1000をちょっと多いくらいなのでホッと小さく息をついた。
「え〜っと・・・ゴーレムには・・・種類が・・・コアが・・・・」
ブツブツと小声で口にしながら、とりあえず最初に出てきた文章を読み上げていく。
そこにはまずゴーレムにはどんな種類がいるのか、どんな場所に出てくるのか、大きさ、などなどの基礎知識が書いてあるが、今美月が探しているのはそんな基本情報ではない。
美月には今はそれをじっくり読んでいる場合じゃない、と判っているので飛ばし読みしながら今自分が必要としている項目を探してスクロールダウンしていく。
けれど、そこに書いてある事は本当に基本情報のようで、それ以上の事を見つける事はできなかった。
「んもうっっっ、全く役に立たないんだからっっ」
美月が必要としているのはゴーレムの基本情報ではなく、やっつけ方なのだ。
それが判ればドナヴァンたちもあのでかい土砂の塊を倒す事ができるだろう。
美月は慌ててもう一度検索結果のページに戻ってから、他に何かもっとちゃんとした情報がないかを探す事にした。
そして、そんな風に美月が岩の陰でイライラしながらも必死になって検索している間、ドナヴァンたちは四方からゴーレムを取り囲んでなんとか潰そうと戦っていた。
「ノーマンッッ、ホリディッッ、とにかく相手の隙を狙えっ。フランクッッ、俺たちがゴーレムの気を引いたところを狙って後ろからハンマーで叩けっっ!」
「「「はいっっ」」」
ドナヴァンが持っているのは魔力を流し込む事で強化する事ができる剣だが、他の二人が持っているのはリンドングラン領で配布された普通の剣なので、ドナヴァンのように斬りつけるような真似をすればあっという間に折れるか刃が欠けるだろう。
とはいえ剣を振り回しているだけでは威嚇にもならず、この際剣が壊れても仕方ないと割り切って攻撃しているのだが、それでもあまり威嚇にもなっていないように見える。
そんな彼らに対してゴーレムも防戦一方という事もない。
ゴーレムは大きな土砂の塊の中の少しだけ突き出ている腕らしい部分から、人の頭ほどの大きさの石を放ってくる。
それもかなりの勢いで四方に向かって飛んでくるから、ドナヴァンたちは剣を振るいつついつ飛んでくるかわからない石を躱さなければいけないのだ。
今も石がほんの3メートルほどの距離に近づいていたノーマンに向かって飛んでいった。
「ノーマンッッ、無理するなっ」
「大丈夫、ですっ」
ホリディの陰からゴーレムの背後へと回ろうとするフランクが見つからないようにと、ドナヴァンとノーマンが前に出てその攻撃を躱しながら注意を引く。
どう見てもただの土砂の塊にしか見えないそれに目があるのかどうかは判らない。なにせ目と思しきものが見えないのだから。
それでもノーマンと二人剣を振るって注意を引く事で、ゴーレムにこちらを意識させようというドナヴァンの企みは成功しているようだ。
ドゴォッッッ
ものすごい音がして、ゴーレムの上部10%ほどの土砂がドナヴァンたちのいる前方に飛んできた。
その吹っ飛んだ部分からフランクがハンマー部分を振り戻しているのが見えた。
どうやら彼の攻撃が当たったらしい。
「うっし!」
ノーマンがそれを避けながら、小さくガッツポーズをとる。
ゴーレムは表面の土砂を蠢かせながら形を変える。
ドナヴァンはそれをゴーレムが背後を振り返ろうとしているのだと見て取って、すぐさま剣に青い光を帯びさせてから突きをいれる。
そのすぐ後にノーマンとホリディも同じように剣を突き刺した。
声をあげる筈のないゴーレムから悲鳴が聞こえた気がしたが、それはただの土砂が動く音だったのかもしれない。
剣を引き抜いてドナヴァンたち3人は、そのまま下がって5メートルほど距離を取って対峙した。
「どっせいっっ!」
そんな3人の耳に、今度は斧の部分を振り下ろしたフランクの大きな威勢のいい声が聞こえた。
「よっしゃ!」
ホリディの嬉しそうな声が上がる。
フランクの斧はゴーレムの左肩と思しき部分から真っ直ぐ真下へほぼ半分近くまでの位置まで縦に割った。そのせいでかなりの土砂が周囲に飛び散ったが、ドナヴァンたちは5メートルほど離れているから簡単に避ける事ができた。
ゴーレムは10秒ほどその場で動くを止めたが、そのあとで少しずつ体を元の形に復元した。
「おいおい・・・」
「なんで元に戻っちまうんだよぉ」
約30秒ほどで完全に元の姿に戻ってしまったゴーレムを見て、ノーマンとホリディは見るからにガッカリとした声をあげる。
「来るぞっっ!」
「マジかよっっ」
そして不意に飛んでくるドナヴァンの声に、2人は思わず下げたままだった剣を構えなおした。
そんなドナヴァンたち3人に向かってゴーレムの短い腕から土砂が飛んでくる。
それぞれステップバックしながら飛び散る土砂を避けた後、すぐにまたドナヴァンたちは剣を駆け寄ったゴーレムに刺し入れる。
けれどその効果は全くと言っていいほどない。
「ちっくしょうっっ! どうすりゃ倒せるんだよっ!」
「ノーマン、グダグダ言ってないで攻撃しろよっっ。手が止まってるぞ!」
ホリディが地団駄を踏んでいるノーマンを叱咤する。
そんな二人を横目に見ながらも、ドナヴァンはなんとかしてゴーレムを倒そうと考えるが、これといった方法が思いつかない。
とりあえず自分たちにできる事はゴーレムの土砂を削って威力を弱めるだけ、なのだがそれすら上手くいっていない。
それはもちろんこの場所のせいだと判っている。
いくらドナヴァンたちが攻撃をして土砂を削っても、ゴーレムは足元の大地からいくらでも自分の体を作るための材料を取り込む事ができるのだ。
これではいつまで経ってもゴーレムを倒す事などできない。
さて、どうしよう、と思ったところで後ろから美月の声がした。
「ドナヴァンッッ、頭のっ、真下にっ、コアがっ、あるのっっ! それをっ、壊してっっ!」
ハァハァと息切れをしながら大声でドナヴァンたち全員に聞こえるように、ついさきほど見つけたばかりのゴーレムの急所を伝えると、美月は息を整えるために俯いて膝に手を置いた。
「お前らっっ聞いたなっ。ノーマン、ホリディ、俺たちはあいつの動きを封じる。フランク、お前はそこを狙って斧を振り降ろせっっ」
「はいっ」
「ぅおっしゃぁー!」
「判りましたっっ」
ゴーレムの小さな頭らしき場所のすぐ下にコアがある、と言う美月の言葉にすぐにドナヴァンが反応した。
他の3人はどうして美月がそれを知っているのか、と思ったもののドナヴァンがすぐに指示を飛ばしてきたのでそれに従う。
とりあえずなんとかなるかもしれない、そう思うともう一踏ん張りできそうだ。
美月はそんな4人の戦闘の邪魔にならないように、とまた先ほどまでいた岩陰へと戻っていった。




