6. グラスハーン家 3
どうしよう、と1人頭の中でぐるぐるしていると、ドナヴァンの手が美月の手をポンポンと叩いた。
「気にしなくていいさ。別にバトラシア様から口止めされてないからな」
「でも・・・いいの?」
「ああ、多分バトラシア様はその事を告げた方がいいと思っていると思うよ。俺の家族だ、美月に不利になるような事はしない」
「でも・・・」
「気にするな。どうせ俺も言うつもりだったんだから」
それはドナヴァンの本音だ。
彼としてはいざという時に美月の盾になってくれるようにトマッシュに頼むつもりだったのだ。
ドナヴァンは美月の手をぎゅっと握ってから目の前に座っている3人に口を開いた。
「美月には色々な事情があるんだけど、それを話す事にするには『他言無用』とバトラシア様の名前に誓って欲しい」
「えっ?」
「何を一体?」
「いいから。バトラシア様からは許可を頂いているんだ。だけど、他言無用が条件なんだよ」
混乱を防ぐために、と言われて、よく判らないといった表情を浮かべたままトマッシュにルルーシア、それにアルフリーダが小さく頷いた。
「美月はリンドングラン領に現れた『異界からの客人』なんだ」
「・・・えっ?」
「・・・ホントに?」
「・・・なるほど」
驚いた顔で美月を見るルルーシアとアルフリーダと違い、トマッシュはなぜか納得したように頷いている。
「父さんは驚かないのか?」
「いや、十分驚いているよ。ただ、ミッキーさんの醸し出す雰囲気が誰とも似通っていないのが不思議だったんだ。だから、『異界からの客人』と聞いて納得したんだよ」
「ふぅん、そうか。とにかく、彼女の事は王都にも連絡をいれてあるし、大神殿にも連れて行った。ファルマーニャ様ともお話をして彼女の後見になってもらう事になっている」
「へっ? ファルマーニャ様が私の後見・・・なの?」
「ああ、知らなかったのか? 本人の希望で美月の後見人担ってくれたんだ。美月の力は大神殿のファルマーニャ様に匹敵するからね。その方が安全だろうと言われたんだ」
てっきり本人から聞いていると思っていた、と美月が知らないという事実をドナヴァンの方が驚いている。
「そっか・・・でも、確かに心強いかも」
「でも、どうしてファルマーニャ様が後見になっているの?」
ルルーシアが疑問を口にすると、ドナヴァンがすぐに答える。
「それは美月がステータスを読む事ができるからなんだ。バトラシア様の庇護から出て独立する時に、自活するために何をするかという話になって、それを仕事にしようという事になったんだ」
「それって簡単に言ってるけど、ミッキーは神官じゃないわよね。なのにできるの?」
「ああ、細かい説明は省かせてもらうけど、美月にはできる。ただ、大神殿との住み分けのために美月は加護を知る事ができるだけ、という事にしているんだ。そうすればそれ以上知りたい人間は、大神殿に今まで通り足を運ばなくてはいけないだろう?」
「ねぇ、それを聞いていると、ミッキーは加護読み以上の事ができるって聞こえるんだけど?」
ルルーシアが器用に片方の眉をあげてドナヴァンを促す。
「できるよ。現にバトラシア様の依頼で、美月は領内の騎士のステータスを調べてくれたからな。ただ彼女がステータスチェックができるという事を知っているのはほんの数人だけだ。騎士達のステータスを調べた時は向こうに美月の姿が見えないようにしたからな」
1人でも美月の秘密を知っている人間が少ない方が、彼女の秘密を守秘し易いとバトラシアは考えたのだ。
「別に公にしても構わないと思っているんだが、それはもう少し美月がこちらに慣れてからの方がいいだろうとバトラシア様は判断されている。だから、今は表立って彼女が『異界からの客人』である事を周囲に知られたくないんだよ」
「そうだな・・・確かに神官でもないのにステータスチェックができるとなると、何かと問題が起きてしまうかもしれないな。バトラシア様が大神殿と繋がりを持たせたのは間違いではない」
「ま、そういう訳で家族以外には内緒という事にしてほしいな」
心配そうに自分を見上げている美月に、ドナヴァンは安心させるように頷いて見せる。
「そんな彼女に俺はこちらの世界の海を見せたいんだ。だからこれ以上引き止めないでくれよ? どうせリンドングランに戻る前にもう一度ここに寄るんだから」
「・・・仕方ないわね」
「ちゃんと寄りなさいよ。コネコ便でいつ到着するかもちゃんと知らせてね。他のみんなもミッキーに会いたいって言ってるんだから」
「はいはい」
とりあえず納得したのか、これ以上二人をここに引き止める事は諦めたようだ。
けれど、今回来れなかったドナヴァンの兄弟が海からの帰りに寄る時には勢ぞろいしていると聞いて、美月はまた不安になる。
「・・・別に無理して集まらなくてもいいんじゃないのか?」
「何言ってるの。ドナヴァンが結婚するなんて誰も思っていなかったのよ? そのあなたが見つけた相手を見たいって思っても仕方ないわ」
「なんか失礼な事を言われてる気がするんだが」
「だってそうじゃない。あなた、ここにいる時から寄ってくる女の子みんなにすっごく冷たくって、冷騎士って言われてたの知らないの?」
「そうそう、あの頃、ほんっとうにめんどくさかったのよ? あなたがあんまりにもつれないから、彼女たちは自分の親を使って私たちになんとかしてくれって言ってきてたんだもの。正直あなたがバトラシア様のところへ行くと聞いてホッとしたものよ」
「ほんっとそうだったわよねぇ、ルルー。もう押せ押せでこっちの迷惑なんて全く考えない子ばっかりでね。これでもう来ないと思ったらホッとして、二人で数日寝込んじゃったのよねぇ。懐かしいわ」
「ちょっ、何言ってんだよ」
「ホントの事じゃない。あらミッキー、大丈夫よ。この子ってばいくらコナかけられても全く無視していたから。こんな昔の話を暴露されてうろたえるこの子を見る日がくるなんて誰も思わなかったわよ」
さらっと息子の言葉を流して、ルルーシアは美月にウィンクをしてニッコリと笑みを浮かべた。
その顔が何かいたずらを企んでいる子供のようで、美月もついつられて笑ってしまう。
「この子が迷惑をかけたらいつでも言ってきてね。ちゃんとお仕置きしてあげるから」
「そうそう、我慢しちゃ駄目よ? それにもし変な女が寄ってきても我慢しないでこの子に言うのよ? 下手に我慢して拗れる方が大変だから」
「そんな事はないです・・・多分」
「あら、判らないわよ? だって、リンドングラン領領主直属の騎士じゃない。きっと狙っている女の人って多いと思うわ」
「領内の花形職だものね。それも騎士隊長なんでしょ? だったら余計に狙われちゃうわ。見かけだけに騙される女の子って肩書きに弱いものね」
とりあえず反論してみたものの二人は美月の言葉を聞いていないのか、そのまま二人で話を続けている。
別にその事はいいのだが、今の会話を聞いて、どうやら二人はドナヴァンが騎士を辞めた事を知らないようだ、という事に気づいてドナヴァンを振り返った。
「言ってないの?」
「来た時に話そうと思っていたんだ」
親父には言ったんだけど、と美月の耳元に顔を寄せて囁いた。
「親父とはついこの前会ったばかりだったから、その時に美月の傍にいるために騎士の方は除隊したけど、バトラシア様から派遣された形で美月と一緒にいるって伝えてある」
「でも・・・」
だったらどうして二人は知らないんだろう?
美月が頭を傾げていると前から噛み殺したような笑い声が聞こえてきた。
「親父、わざと言わなかったんだな」
「わざとじゃないんだが、その方がサプライズになるかな、と思ってね」
「美月は自分のせいだって思って気に病んでいるのに、ここでその話題を出されたら余計に気にするだろ?」
「・・・それは考えていなかった、悪かったね」
「えっ・・・いえ・・・」
どうやらトマッシュはドナヴァンが騎士を辞めた事を既に知っていたようだと、ここにきてようやく美月にも思い至った。
それでもその事で美月を責めるような事をしないでいてくれた事を嬉しく思う。
領内の騎士というのは花形職業なのだと、今では美月も知っているからだ。
「うちの息子は融通が効かないし、自分の感情のままに行動するところがあってね。それでも自分を殺しながら生きるよりはいいかと思っていたんだよ。それで今回騎士を辞めたって聞いた時は何があったのかと思ったんだが私には何も教えてくれなくてね。でもその理由がミッキーさんを守るためだと、あとからバトラシア様から教えられたんだ」
「ええっ?」
「ドナヴァン、あなた騎士辞めちゃったの?」
トマッシュの言葉にルルーシアとアルフリーダが反応した。
驚いたような表情を向けてくる二人に美月は申し訳ない気持ちになって謝ってしまう。
「す、すみません、私のせいで・・・」
「あら、そんなつもりで言ったんじゃないわよ。いいの、気にしないでね」
「そうそう、ドナヴァンの人生なんだから好きにすればいいんだしね」
「そうだよ。文句を言ってるわけじゃないんだ。私は堅物の息子にそんな一面があったのかと思うと驚いたものだったが、守りたい対象ができた事が嬉しかった」
「トマッシュさん・・・」
口元に笑みを浮かべているトマッシュたちを見ると、お世辞でそう言ってくれているわけでない事も判り、美月はほんわかとした気持ちになる。
「あら? トマッシュなんて呼ばないで、お義父さまって呼んであげたら喜ぶわよ?」
「そうそう、私たちの事もお義母様って呼んでもらいたいわね〜。ルルーお義母さまに、フリーダお義母さま、ってね」
「いいわね、それ。ミッキー、絶対にそう呼んでね」
「はっ・・・はぁ」
ルルーシアとアルフリーダはお互いを見合わせてニコニコとしているが、美月はその勢いに押され気味で言葉に詰まっている。
そんな美月を見おろして、ドナヴァンは小さくため息をついてから彼女の頭をポンポンと叩く。
「美月、ほうっておいていいからな。大体義理の兄弟は誰もそんな風に呼んでないから。みんなルルー、フリーダって呼び捨てだから」
「でも、お二人はお義母さまって・・・」
「だから、気にするな。勝手に言わせておけばいい」
「ドナヴァン、酷い言われようだけど?」
「そうよ。せっかくこんな可愛い娘ができて嬉しいのに、水を差すようなこと言わないでほしいわ」
ムゥっと口を尖らせているルルーシアと目を眇めて凄んでいるアルフリーダを見て美月はアワアワとしているが、ドナヴァンはどこ吹く風といった感じでまったく気に留めていない。
「それより、疲れているんだからとっとと夕飯を食べたら部屋に戻って寝るんだぞ」
「えぇっ。まだ早いじゃない。食事の後でお茶しましょうって言ったでしょ?」
「そうよ〜。まだ宵の口よ。話したい事一杯あるのに」
「あのな。俺たちは5日かけてここに来たんだ。旅慣れない美月は疲れている。少しは休ませてやろうって気遣いしてもいいんじゃないのか?」
「そぉだけど〜。でもねぇ」
「ねぇ」
ドナヴァンの言う通り美月は疲れていた。だから、部屋に戻った時にドナヴァンに言われるまま寝てしまったのだ。
けれど、少し寝たおかげか気分もよくなっているのは事実だ。
「いいじゃない、お茶くらいしましょうよ」
「そうそう。一晩中付き合えって言ってる訳じゃないんだもの」
ねぇ、と美月の顔を覗き込んでくる二人に、彼女は思わず頷いた。
それを見たドナヴァンは疑わしそうに美月を見下ろしてくるが、その視線に気づいた彼女は顔を上げて彼に頷いてみせた。
「少しだけだったら、大丈夫よ?」
「ホントか?」
「うん。さっき少し寝たから」
「美月がいいって言うんだったらいいけど・・・でも、疲れた様子を見せたら速攻で部屋に戻るぞ」
「判った」
とりあえずドナヴァンの心配を取り除こうと、美月は口元に笑みを浮かべて見せるといつの間にかプレートに置かれていたフォークを手にとって食べ始めた。
読んでくださって、ありがとうございました。
えっとですね、これから2週間ほどインターネットができるかどうか判らないような環境の場所へ行きます。
できる環境の地域であれば更新するつもりですが、正直私自身行ったこともない場所なのでわかりません。
大変申しわけありませんがご了承ください。




