3. グラスハーン家に向かって 3
馬車の前に馬に乗った2人の騎士、馬車の後ろにも馬に乗った2人の騎士。
4人の馬上の騎士が美月の馬車を守るように歩いている。
ドナヴァンは馬車の後ろの騎士として馬に乗っている。
今までであれば、ドナヴァンと一緒に美月の護衛に付いてくるのは、フンバルとスライだったのだが、騎士を辞めて美月のところにやってきたドナヴァンには護衛を選ぶこともできず、今回2人は一緒にこない。
それでも代わりにやってきたのは、ドナヴァンの隊にいた騎士達だったので、ドナヴァンは楽しそうに騎士から近況を聞いている。
それを見てよかったなと思う反面、美月は1人だけ馬車にいる自分がのけ者になっている気もして少しだけ面白くない。
そんな美月の気持ちを察してか、膝の上のバスケットから黒い頭が出てきて彼女を見上げてきた。
「ミラ、気にしてくれてるの?」
「キュピッ」
つん、とバスケットを支えている美月の指先をつついてからミラージュはまた美月を見上げる。
「あと2時間ほど移動したら休憩だって言ってたから、餌を取りに行けるように放してあげるね。それともお肉を焼いてもらう?」
「キュッッ」
使役されているせいか、白コウモリのコットンも闇鴉のミラージュも彼女の言葉を理解できる。
だから美月もコットンとミラージュに何かする前にとりあえず聞く事が多い。
特にミラージュはコウモリのコットンと違って日中でも自由に行動できるので、何かと美月と行動を共にする機会が多いのだ。
そして美月もなんとなくミラージュとコットンの気持ちが判るようになっている。
「ん、判った。じゃあお昼ご飯の時にお肉を少し多めに焼いてもらうわね」
「ピュイッ」
そっとミラージュの頭を撫でると、指先に柔らかい羽毛の感触が伝わってくる。
そしてミラージュが美月に撫でてもらっていることに気づいたのか、バスケットにかけてある布がモゾモゾと動く。
美月はフッと口元に笑みを浮かべて、もう片方の手を布の下に差し入れる。
その指先に感じるのはミラージュよりは少し高い体温ともっとふわふわした感触のコットンだ。
「コットンもお肉がいいんでしょ? 私、ずっとコウモリって虫しか食べないんだと思っていたんだけど、コットンは違うみたいね」
美月が知識として知っているコウモリは極一部の果物を食べる種類以外は全て虫を主食としているのだが、美月が見つけてきたコットンは美月の食べるものならなんでも食べたがるのだ。
この前遊びでクッキーをあげたら、コリコリと音を立てて食べていた。
それを見て対抗心を沸かしたのか、ミラージュまで一緒になってクッキーを齧っていたのには思わず笑ってしまったのだが、あとでその話をドナヴァンにしたら使役獣は元々の習性に加えて使役者に合わせるようになってくるものだと説明された。
よく判らないがそういうものらしい。
その辺りも異世界だからかなぁ、と美月は思ったのを憶えている。
とにかく元の世界の常識では有り得ない事は、『異世界だから』で納得している。
「明日にはシュラの町に着く筈だから、そうしたらバスケットから出てもう少し広いところにいられるからね。それまで我慢してね」
「ピュイッ」
小さく鳴くミラージュと美月の指先をツンと突くコットンの感触に、2匹が了承の合図を送ったと判る。
シュラの町は鉱山として有名だとドナヴァンが言っていた。
美月はマップルを使ってこの世界の検索エンジンであるグラッターで少しだけ調べたが、ありふれた事しか書かれていなかったのであまり役に立たなかった。
この世界の事を調べるにはグラッターを使うのだが、それでも世間一般的に知られている事しか判らないので今一役に立たないのだ。
地図にしてもそうだ。元の世界であれば精巧な地図は簡単に検索できるのに、この世界には精巧な地図が存在しないせいか、中世のような細部が全く判らないアバウトな地図しか手に入らない。
それでもこの世界の誰よりも簡単に情報を手に入れる事ができるという事で納得するしかないのだろう、と美月は思っている。
「鉱山って、どんな鉱山なんだろうね〜。遠足で入った昔の鉱山の跡くらいしか知らないから、ちょっと興味あるかも」
指先でミラージュの頭をコリコリと掻いてやると、目を閉じてされるままになっている。
「行き帰りで5日滞在するってドナヴァンが言ってたから、1日くらいは鉱山見学する時間があるかもしれないなぁ。あれば行ってみたいと思うけど、どうだろうね?」
「それくらいならいつでも行けるぞ」
「へっ? ドナヴァン?」
思わぬ返事が返ってきて美月が顔をあげると、馬車の窓からドナヴァンの顔が見える。
どうやらいつの間にか馬車の隣に移動してきていたようだ。
「鉱山に興味があるのか?」
「ん〜、興味があるっていうか、見た事ないから見てみたいなって思っただけ。ね、もしかしてドワーフとか、いるの?」
「いるぞ」
あっさりと認めるドナヴァンの言葉に、美月は上体を窓に乗り出した。
「ホントッ? 凄いっっ」
「何が凄いのか俺には判らんが・・・大抵の鉱山にドワーフはいるぞ。彼らに管理を任せるのが一番安全だからな。シュラの町に鉱山は全部で5つあるが、半数くらいはドワーフであとは人間と獣人が多いな」
「獣人っ?」
「ああ、リンドングラン領の騎士隊にも1人いただろう?」
「そうだっけ?」
そんな人がいたら憶えているはずなんだけど、と呟きながら美月は会った事のある騎士たちの顔を思い出すが、獣人と言われるような人物は記憶にない。
それに騎士全員のステータスチェックをしたのだから、もしその中に獣人がいれば憶えている筈だ。
それでも記憶にないという事なら、美月は会った事がないのだろうと思う。
「あぁ・・・そういやあいつは騎士じゃなかったな」
「・・・あいつ?」
「ああ、門番をしているホイトだよ」
「ホイトさんって、あのすっごく体格のいい人?」
「そうだ。あいつは熊獣人だ」
言われてホイトの姿を思い浮かべる。彼は身長が2メートル以上あり、それに見合ったがっしりとした体格をしている。
確かに熊だと言われると納得できそうな体格だ。
「でも、熊に見えないわよ?」
「いつも帽子を被っているから耳は見えないんだろう。それに熊獣人の尻尾は小さくて服の下に隠れているからな」
「そっか・・・でもそう言われるとホイトさん、熊みたいに大きいものね」
ドナヴァンも背が高いと思っていたが、その彼より頭1つ分高いのだ。
「でももったいないね〜。ホイトさんだったら騎士でも大丈夫なんじゃない?」
「ああ、何度か声をかけた事があるんだけどな、ホイトは門番が気楽でいいっていつも俺たちの誘いを断っててたんだ。あいつならいつでも騎士になれると思う。俺以外の連中も同じように思っているからあちこちから自分の隊に入らないかって声をかけられてるんだと思うな」
だから、つい騎士だと思っていたんだ、とドナヴァンが苦笑いを浮かべる。
「そっかぁ。本人が嫌なら仕方ないわよね。じゃあ今度機会があれば耳を見せて貰おうっと」
「いつでも見せてくれると思うから聞いてみるんだな」
「判った。それで、ドナヴァンは何か用なの?」
「いや、特に用はない。ま、あと1時間くらいで休憩場所につくから、そうしたら昼飯の時間だってくらいかな?」
「だったら少しだけお肉を余分に焼いてねって頼んでくれる? ミラとコットンがお肉がいいって言ってるから」
「ミッキーは甘やかしてるな。普通は使役獣にそこまでしないぞ?」
「いいじゃない。毎食じゃないんだし。夜はいつも自分で取りに行くじゃない。それにお昼はコットンがミラと一緒に狩りに行けないから、今はお肉がいいって言ってるんだと思うもん」
夕方暗くなってからでないとコウモリであるコットンは外で行動ができない。
それに比べて闇鴉であるミラージュは昼夜関係なく行動できるらしい。
なので、ミラージュはコットンに合わせて行動する事が多くなってきている。
美月としては使役獣2匹は共に仲がいい事を嬉しく思っているから、お昼ご飯くらいはお肉でもいいと思っているのだ。
「それに夜はちゃんと2匹が見張りも手伝ってるじゃない」
「そりゃそうだな。全く仕方ないな」
とはいえドナヴァンも美月同様コットンとミラージュに甘い。
「今夜はまた野宿?」
「いや、今夜は宿に泊まれるよ。まぁそうは言っても小さな町の宿だから大した事ないけど、それでも風呂には入れる」
「お風呂っっ。それで十分っ」
やった、今日はお風呂だ、とニコニコと笑みを浮かべた美月を見て、ドナヴァンは頭を軽く振っている。
「じゃあ今夜は風呂無しで我慢できるな」
「・・・昨日だって我慢したもん」
「そうだな。えらいえらい」
「うぅ〜・・・なんか馬鹿にされている気がするんだけど」
ジロリ、と美月がドナヴァンを睨み付ける。
「いや、そんな事ないぞ? ミッキーはあんまり文句を言わないから助かってるよ。これが貴族のお嬢様だと1日野宿をするっていうだけでぶ〜ぶ〜文句をいうだろうからな」
「でも遠出する時って仕方ないんじゃないの?」
「まぁな。けど、それが判っていないのが貴族のお嬢様だよ。彼女たちは軍幕のようなデカいテントにベッドや大きな衣装箱なんかを持って移動するから、その荷物だけで馬車2−3台余分に引き連れて移動する事になるからなぁ・・・その時点ですでに野宿じゃない事に気づいていないんだけどな。それに休憩を2時間毎に30分ほど入れるし、日が暮れる前には設営しなくちゃ文句をいうから1日の移動時間も短くなる。そうじゃなくても馬車で時間がかかるっていうのになぁ・・・で、またその事で文句を言われるんだ 」
「・・・よく知ってるね・・・?」
ドナヴァンが何かを思い出すように疲れたような遠い目をして話す。
「ああ、昔王都で騎士見習いをしている時に、当時の上司に頼まれて貴族の娘2人の旅の護衛を勤めた事がある。あの時は5日の行程を1週間かけて移動したよ。自分のわがままで移動が遅れているっていうのに、1週間もかかったって文句を言って大変だったな。まぁあの時、上司が行程の指揮をとっていたから俺は直接彼女たちから怒鳴られはしなかったけど、2度と貴族の女性の移動の護衛はしないって決めた」
「でもバトラシアさんの護衛はしてたんじゃないの?」
「バトラシア様はウィルバーン様が気にするくらいものを持たずに移動されるんだ。それに天気が良ければ馬に乗りたがるからね。行程が早くなる事はあっても遅れるような事はなかったよ」
「そうだね〜。バトラシアさんが優雅に馬車で移動している姿なんて想像できないわ」
「騎士と同じ扱いでいいっていうから、かえってこっちが困る事もあるけどな。けど、その分移動が楽でいいよ。朝もこっちが気を使いながら起こさなくても日が昇ると同時に起きてくるし、日の出と共に移動って事になってもそれでいいって言ってくださるしね」
確かにバトラシアであれば行程を遅らせる事の方を問題とするだろう。
美月は彼女の顔を思い出しながら頷いた。
「ま、ミッキーもその点文句は言わないから、俺たち護衛は助かっているんだよ」
「そ、そぉ?」
「ああ、だから行程通りに移動できてるだろ?」
彼らの邪魔になっていない事に、美月はホッと小さく息をついた。
「じゃあ、俺は先頭を行ってるノーマンに変更無しって伝えてくるよ」
「はぁい」
ひらひらと手を振る美月に軽く手をあげて見せてから、ドナヴァンはヴァルガの腹を軽く蹴ってあっという間に走って行った。
「って事で、お昼はお肉だね」
美月はそっとミラージュの頭を撫でてから、窓の外に視線を移した。
そこにはただ広がる草原が見えるだけだった。
読んでくださってありがとうございました。




