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石版の魔女  作者: チカ.G
その後編
51/72

1. グラスハーン家に向かって 1

 ようやくその後編を始めます。


 よろしくお願いします。

 「えっっ?」

 目の前に立っているドナヴァンを美月は口をぽかんと開けて見上げる。

 「だから、うちの親が美月に会いたがっているって言ったんだ」

 「ほぇえっっ」

 「なんなんだ、その反応は?」

 短い言葉だが、そこには「何が気に入らない」と見上げた彼の顔にありありと書かれている。

 「えっと、さ・・・ドナヴァンの両親って、どこの人だったっけ?」

 「はぁ?」

 この家に引っ越してきたその日、ここで美月を待ち構えていたドナヴァンから彼の両親の話は聞いた筈なのだ。なんとなく彼が両親の話をしていたことを美月は覚えている。

 けれど、あの時はもう滅多に会えないと思っていたドナヴァンと再会して、すっかりテンパっていたのだ。

 とはいえ、彼の話をほとんど憶えていないという事ができなかった美月は、とにかく話を合わせて今までずっとごまかしていたのだが、どうやらもうこれ以上そうする事ができないようだ。

 「ほら・・・その・・・ドナヴァンが家族の話をしてくれた時ってここに来た初日だったじゃない。私、まさかドナヴァンがここにいるなんて夢にも思ってなかったじゃない? それで・・」

 「俺の話を憶えてない、って事か」

 「うん・・・ごめん」

 はぁっと大きなため息をついたドナヴァンは、軽く頭を振ってから、美月の隣に腰を下ろした。

 どうやら長い話になると考えたようだ。

 「俺の親はこのリンドングラン領の中に幾つかある町の町長の1人なんだ。まぁ俺はその息子とは言え、3男だからあとなんて継ぐ必要はないに等しいからな」

 「ドナヴァン、お兄さんが2人もいたんだ・・・」

 「他にも弟もいるし姉妹もいる。全部で8人兄弟だよ。これも前に話したんだけどな・・・」

 「・・・8人・・・」

 1人で8人も子供を産むなんてすごいなぁ、と呟きながら美月が変なところを感心していると、ドナヴァンが小さくため息をついた。

 「兄弟って言っても片方しか血は繋がってないぞ? 親父には3人の妻がいるんだ。上2人の兄は第一夫人の息子で、俺は第3夫人の息子だからな。全部合わせて男5人に女3人の兄弟姉妹だよ」

 「お父さん、3人も奥さんがいるって、こと・・・?」

 「ああ、町長や領主といった民を治める立場ともなれば珍しくないよ。それよりバトラシア様のところみたいに領主なのに夫婦2人きりっていう方が珍しい」

 この国、というよりこの世界では一夫多妻は珍しくないのだ、と言うことを美月はこの時初めて知った。

 いろいろあってこの世界にやってきた美月は、スキャッグスという名の国にあるリンドングラン領に住んでいる。

 世界の繋ぎ目の管理人をしているというアストラリンクによってグランカスターという世界に放り出された美月は、気がつくと全く知らない森の中にいたのだ。

 森の中を彷徨って草原に出た美月は、お告げにより彼女を探しに来ていたドナヴァンをはじめとするリンドングラン領の騎士たちにより保護され、そのまま領主の館で暮らすようになった。

 そしてある程度この世界の常識をそこで学んでから独り立ちして、今では街にある小さな家に住んでいる。

 今目の前にいるドナヴァンともいろいろあった後、お互いの想いを確認しあってこうして2人でその家で暮らしている。

 そんな彼が夕食のあとのんびりしていた美月に爆弾を落としたのだ。

 「一夫多妻の世界なんだ・・・・」

 「おい、気にするのはそこか? それより俺の親に会うことの方を気にしてもらいたいんだけどな」

 「あ〜・・・うん、でも、そこが一番気になるかも」

 美月は普通の日本人だから、一夫多妻という事を今まで考えもしなかった。

 一夫一婦が当たり前だったからだ。

 だがこの世界では一夫多妻有りだとなると、それはやっぱり重要な問題なのだ。

 「ドナヴァン・・・もしかして、ドナヴァンも私以外にも奥さんが欲しいって事?」

 「なんでそうなるんだっ」

 「だって、お父さんには奥さんがたくさんいるじゃない? だったら、そのうち私だけじゃ物足りなくなるんじゃないかな、って・・・」

 なんだか考えただけでずぅ〜んと気分が急行直下してしまった。

 領主の館からここに引っ越してきて既に半年以上が経つ。

 プロポーズされたのはほんの2ヶ月ほど前の話で、美月は二つ返事でOKした。

 つい先週には美月はドナヴァンと一緒に神殿で誓いを交わしていた。

 この世界では結婚式なんていうものはなく、神殿に赴いて2人で神の前で誓うだけ。その時に立会人となるのは神官だけ。

 神殿で誓いを交わしていた時、美月は結婚式をあげているというよりは駆け落ちした二人がこっそりと知らない教会で式をあげているような気がしたのを憶えている。

 その話をその後の夕食の時に口にしたら、ドナヴァンがすごく申し訳なさそうにしたのだ。

 けれど美月としては日本風に結婚式と披露宴というセットをしたかった訳じゃなくて、ただ日本での一般的なものなんだと言いたかっただけだ。

 だから、彼には気にするなと伝えてある。

 美月にとって、自分がドナヴァンと正式に結婚した、という事実が一番嬉しい事だったのだから。

 とにかく、元リンドングラン領の騎士隊長だったドナヴァンは、美月の夫兼、専属護衛としてここで一緒に暮らしている。

 もう1人美月の身の回りの世話をするアドリアナがいるが、彼女は夕食のあとすぐ近くにある自宅に戻るので、こうして夜は2人きりで過ごす事ができている。

 けれど、もしドナヴァンがもっと妻を欲しいと望むとしたら、彼と過ごせる時間が少なくなるという事だ。

 というより、彼が誰か他の女性と一緒に仲睦まじくしている事許容できるとは思えない。

 「・・・ドナヴァンが可愛い女の人を連れてきたらどうしよう・・・」

 ――ここは私の家なのに、他の女の人と一緒になんて暮らせない。

 「イタッッッ」

 ゴツン、と凄い音がしたかと思うと、美月の頭がクラクラした。

 頭を押さえて痛みを堪え、なんとか痛みが収まった後頭を上げると、眼の前にしゃがみこんでいたドナヴァンの顔があった。

 「・・・ドナヴァン?」

 「馬鹿かお前は」

 「馬鹿って・・・馬鹿じゃないもん・・・」

 「いいや。お前は馬鹿だ。何1人で勝手にいろいろ妄想してんだ」

 ジロリ、とにらみつけられて美月は開きかけた口を閉じた。

 「俺がいつ他に女が欲しいと言った?」

 「えっと・・・」

 「俺がしたのは俺の父親とその妻たちの話で、俺自身が複数の妻を欲しいと言った訳じゃない。判ってるのか?」

 「えっと・・・はい」

 「嘘つけ。全く判ってないだろうが」

 きっぱりと言い切ったドナヴァンは、そのまま大きくため息をついた。

 判ってるんだったら聞かなければいいのに、と思うものの脱力して項垂れたドナヴァンを見るととてもそんな事は言えない。

 「あの、ね・・・」

 「・・・なんだ」

 「・・・ごめんなさい」

 「その謝罪は何に対してだ?」

 「えっと・・・」

 なんとかドナヴァンの機嫌を直そうと、とりあえず美月は謝ってみたのだが彼の質問に答えられなくて言葉に詰まる。

 「おまえ、本当に考え無しだな」

 「そんな事・・・」

 ない、と言い切れない自分が悲しい。美月はドナヴァンから目を逸らす。

 そんな彼女の耳にドナヴァンがため息が聞こえた。

 どうしよう、と俯きかけた美月の顔をそのまま彼の手が上に向けさせる。

 「あのな・・・俺がそばにいさせてくれって頼んだんだぞ。忘れたのか?」

 「私だって、一緒にいたいって・・言った」

 少しだけ視線をドナヴァンに戻すと、彼はジロリと美月を睨みつけたままだ。

 「お前はもう少し俺を信用しろ」

 「だって・・・」

 言い淀む美月に小さくため息を吐いたドナヴァンは、銀色の目に彼女の困ったような顔を映しながらポンポンと頭を叩く。

 「お前だけで俺は手一杯だからな。これ以上面倒は増やしたくない」

 「えぇぇぇ・・・なんか酷い言われようなんだけど・・・?」

 「ホントの事だろうが。俺の予想の斜め上かそれ以上の事をしでかすヤツに言い返す権利はない。おかげでのんびり気を休める時間もないよ」

 「そんな事・・・してない、もん・・・多分」

 自信を持って言い返したいのだが、美月にもいろいろと思い当たる節があるのできっぱりと言い返せない。

 そんな美月を見て、ドナヴァンはぷっと吹き出した。

 それから手を伸ばして美月を抱きしめる。

 「いいんだよ、おまえはそれで。こっちの人間と違う思考に振り回される事もあるけど、それも込みで美月だと思っているからな」

 「・・・褒められた気がしないんだけど?」

 「褒めてないからな。でも、そんなお前だから一緒にいたいんだよ」

 抱きしめられて耳元でこんな台詞を囁かれて、美月は顔が熱くなってくる。

 自分でも赤くなっていると思うからそんな顔を見られたくなくて、美月は自分からドナヴァンの肩に顔を埋める。

 「飾りだけの妻なんか俺はいらないからな。一緒に泣いて笑って怒って喜んで。そうやって一生一緒に生きていく相手と出会いたかったんだ」

 だから俺は美月と出会えてラッキーだった、と頭の上から声が落ちてくる。

 ドナヴァンは抱きしめた美月の背中をそっと撫でてから、ソファーに座っている彼女を抱きしめたままその隣に座った。

 「で、一緒に実家に行ってくれるんだろ?」

 「・・・今までなんにも言ってなかったのに、どうして急にそんな話になったの?」

 「結婚したって連絡してから何度か美月に会わせろって手紙が来てたんだ。けど美月は『異界からの客人』だから、ウィルバーン様とバトラシア様にどうするかを相談していたんだ」

 「ウィルさんとバトラシアさんに?」

 「ああ、リンドングランの領主だからな。美月にはこの世界で守ってくれる人はないだろ? だから2人がこの地に現れた異界からの客人の後見人という事になるんだ」

 確かにバトラシアたちが領の騎士であるドナヴァンたちに美月を探しに送りだしてくれたおかげで、美月は何もわからないこの世界に辿り着いてすぐ無事に保護されたのだ。

 「バトラシア様は大神殿にも連絡して、美月がしばらく出かける許可を取ってくれたよ」

 「・・・しばらく?」

 「俺の実家のある街はリンドングラン領の西側の一番端っこにあるんだ。そこから領を越えて同じくらいの距離を西に進むと海がある」

 「海っっ?」

 「以前美月は海の魚が好きだと言っていただろ? だから、そこまで足を伸ばせばいいかな、と思ってね」

 このリンドングラン領は山の中で、周囲には海はない。川と小さな湖があるだけなので、新鮮な魚といえば川や湖で獲れるものだけだ。

 海からとれた魚の方が臭くなくて食べやすい、と何度かドナヴァンに愚痴った事があるのだがそんな事はすっかり忘れていた美月は、彼が海に連れて行くという話を聞いて顔を上げる。

 「そこで5日ほどのんびりしようか、と思うけど、どうだ?」

 「行くっっ! 行きたいっっ!連れてって!」

 「結構遠いぞ?」

 「いいっ! 大丈夫っ! 平気っ!」

 じゃあうちの親に行くと連絡をいれなくちゃな、と言うドナヴァンは美月を見下ろしながら言った。





 読んでくださってありがとうございました。

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