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石版の魔女  作者: チカ.G
挿話
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新婚ミラクル 後編

 今日は加護読みの予約が2つ入っていただけで、それ以外の客はないようだ。

 この仕事を始めたばかりの事はたまに飛び込みでやってくる人もいたが、今では神殿と同じようにまずはきちんと予約を入れてから来る客が増えてきた。

 それでも飛び込み客が全くいなくなった訳ではないのだが、それでも営業時間をこちらの都合で変更しやすい事はとても助かっている。

 それでも一応加護読みの仕事の時間というのは設定してあるので、その時間内はドアを開けておくようにしてある。

 とはいえ、ドアを開けてすぐの部屋にいるのはアドリアナで、美月とドナヴァンはその奥にある加護読みの部屋の隣の部屋に待機しているだけなのだが。

 いつもであればその部屋のテーブルにマップルを置いて、美月は椅子に座って遊んでいるのだが、今日はいかんせん身体が辛い。

 加護を読むために隣の部屋に行く時にドナヴァンの手を借りて歩いたほどだ。

 おかげで相手は美月の事を高齢者と勘違いしたようだが、特に訂正する事もなく放ったままにしておいたのはご愛嬌だ。

 そして今美月が疲れている原因であるドナヴァンは彼女をソファーに座らせて、自分はその隣に座って美月の髪を撫でている。

 朝のうちは照れ臭さのせいでドナヴァンと顔を合わせる事すらできなかった美月だが、午後にもなると少し開き直ったのか疲れた身体をドナヴァンに預けている。

 ふとドナヴァンが身じろぎをした。

 「もうそろそろ閉めるか?」

 どうやら壁にかけてある時計を見上げたらしい。

 同じように時計を見上げると時刻は午後3時を少し回ったところで、閉店予定の5時にはまだ少し早い。

 「う〜ん、でもまだ1時間以上あるわよ?」

 「どうせ今日はもう予約も入っていないんだろ? っていうか、そろそろ加護読みは予約のみにすればいいんじゃないのか?」

 「そうだね・・・バトラシアさんもある程度慣れたら、生活に合わせて加護読みをする時間を変えていけばいいっていってたけど・・・」

 まだきちんと話し合っていないのでいきなりは変えられないだろうな、と美月は思う。

 「それでもせめて今日くらいは早く閉めてもいいだろ? ミッキーも疲れているようだし」

 「・・・誰のせいだと思っているの」

 「さぁ、誰のせいなんだろうな」

 「んっもうっっ」

 判って言っているのだという事は、見上げた先にあるにやけた彼の顔が如実に語っている。

 「ドナヴァン、人が変わったみたい」

 「そんな事ないと思うぞ。ただ、抑えていたものをちょっと緩めただけだ」

 「・・・・馬鹿」

 美月のためにずっと我慢していたんだ、と耳元で囁かれた途端美月の顔が真っ赤になる。

 それでも居心地がいいのか、ドナヴァンから身体を離す事もなくそのままくっついている。

 「明日の予約は?」

 「ん〜・・・どうだったっけ?」

 覚えてないや、と少し考えてから口にした美月は、そのまま手を足元においてあるバッグに伸ばす。

 それを見たドナヴァンは彼女が掴む前にバッグを掴んでそれを膝の上においてやる。

 「ありがと・・・」

 そのバッグは旅行者が持つようななんの飾り気もないものだが、美月がこの世界に来た時にアストラリンクからもらった魔法のバッグで、中にはマップルやスマフォ、その他の諸々のものが入っている。

 美月はバッグを開けて中に手を突っ込んでマップルを取り出した。

 それから膝の上において開いて、マップルの中に作成している予定表を呼び出した。

 「ん〜っと・・・明日は、っと・・・」

 「美月」

 「あれ、明日は何にも予約ない」

 「美月」

 「そっか。じゃあ、明日バトラシアさんのところに行ってこようかなぁ・・・」

 「美月っ!」

 ボォッとしながら予定表を見ていた美月は、ドナヴァンが自分の名前を呼んでいる事に気づいていなかった。

 だからドナヴァンが大きな声で自分の名前を呼んだ時、びっくりして肩を跳ね上げた。

 「び・・くりした・・・何?」

 らしくないドナヴァンの声に彼の方を見上げると、ドナヴァンが驚いたような表情を浮かべて美月のマップルを見ている。

 「それは、なんだ?」

 「それ・・・って?」

 「だから、今美月が触っている、それだ」

 「これ? マップルよ? そう見えない?」

 ドナヴァンが指差す先にあるのは、先ほどから美月の膝の上にあるマップルだ。

 美月飲めにはシルバーカラーの普通のマップルに見えるのに、なぜかこの世界の人の目にはこれが石版のように見えるとかで、それがとても不思議だったのだ。

 「だが、それは石版じゃない。なんだかメタルプレートのようにピカピカしている」

 「当たり前じゃない。マップルはこのメタリックな見かけがトレードマークなんだから・・・って」

 お互いの会話に齟齬がある、と感じて美月はドナヴァンの視線の先を追う。

 ドナヴァンが見ているのは美月の膝の上だ。

 「ドナヴァン・・・もしかして、これが見えてるの?」

 「これ、がなんの事か判らんが・・・いつもの石版には見えないな」

 「うっそっっっ、じゃあ、これ見える?」

 美月は画面を指差した。以前ドナヴァンが指では触れる事がはできるが見えない、と言っていた部分だ。

 「ああ、なんか不思議なものが見えている。すごく精巧な絵みたいだ。それも本の1ページを丸々描きとったように見える」

 「・・・ホントに?」

 「なんで嘘をつかなくちゃいけないんだ」

 信じられなくて美月がついつい何度も聞き直すと、ドナヴァンはムッとしたような声を出す。

 「そっか・・・ホントに見えてるんだ。じゃあ、これは何に見える?」

 「それ? なんだろうな・・・見た事もないものだから判らないな。黒いタイルがいくつも並んでいるように見えるけど、そのタイルに書かれているものがなんなのか判らない」

 「・・・それ、私の世界のアルファベットっていう文字なの」

 「文字なのか? 不思議な文字だな」

 ゆっくりと手を伸ばして、ドナヴァンは指先でキーボードに触れる。

 キーボードの大きさと感触を確かめるようにゆっくりと動くドナヴァンの指は、どう見ても見えているとしか思えない。

 「なんか・・・すごい」

 「不思議なものだったんだな、ミッキーの石版は」

 「う〜ん、私的わたしてきには今まで石版に見えていたっていう事の方が不思議な気がするんだけどね」

 まじまじとマップルを見つめるドナヴァンは、まだ驚いたままだ。

 「でも、どうして急に見えるようになったんだろう・・・?」

 「さぁな。俺にも判らん」

 「今までは石版にしか見えなかったんだよね?」

 見上げた先でドナヴァンが頷くのが見えた。

 「じゃあ、どうしてなんだろう?」

 「まぁ、俺には1つの仮説があるけど、それが正しいとは限らない」

 「仮説って・・・どんな?」

 「昨日は俺はリンドングラン領に行っていたから見てないが、一昨日見た時は石版だった。一昨日から今日までに変わったことといえばつしかないだろう?」

 「・・・1つ?」

 「ああ、1つ、だ」

 何か変わった事ってあったっけ?

 美月が頭を傾げていると、ドナヴァンが苦笑いを浮かべる。

 「おいおい、もう忘れたのか?」

 「忘れたって・・・・なんかあったっけ?」

 「昨日、俺たちは結婚しただろうが」

 「あっ・・・・・」

 そうだった、と美月の顔が赤くなる。

 いきなり神殿に行った事以外はいつもと同じ日常だった気がして、すっかり頭から抜け落ちていた。

 「もしかしたら、俺が美月と結婚したから、俺にも見えるようになったのかもしれないな」

 「そんな事ってあるの?」

 「だから仮説だって言ってるだろ? そんな事俺にだって判らないよ。けど、他に原因は考えられないんだ」

 「あの神殿での結婚の誓いがドナヴァンにもマップルが見えるようになったって事・・・なのかなぁ」

 そんな特別な事なんだろうか、と美月は思うものの、他に思いつくような事は何もない。

 「誓いじゃなかったら、きっと昨夜の事だろうな」

 「さっっ・・・・・」

 昨夜の事って、と言いたかったものの、美月は激しく狼狽えて言葉が出なかった。

 ドナヴァンの言う昨夜、というのは、きっと二人の初めての夜の事、という事で・・・

 一気に顔に熱が上がってきた気がして、きっと今自分の顔は真っ赤だろう、と美月は思う。

 そんな美月を面白そうに見ていたドナヴァンは、ふと何かを思いついたのか真面目な顔になると美月の肩を抱き寄せた。

 「けど、これで少しは楽になるかもな」

 「えっ? 楽にって・・・何が?」

 「もし誰かが美月の石版を盗んだとしても、今までは美月じゃないとそれがお前の石版かどうか判らなかっただろう? でも、これで俺もそれが本物かどうか判断する事ができる」

 美月がマップルを使ってステータスチェックしている事を知っている人間は多くない。

 けれどだからといってバレないとは限らないのだ。

 以前からドナヴァンやバトラシアからは、マップルは馬車の中、もしくは家の中以外では使うなと言われている。

 誰が見ているのか判らない状況では絶対にバッグから出すな、と口を酸っぱくするほどいわれているのだ。

 「でも、どっちか片方が手元にあれば、追跡できるよ?」

 「片方があれば、だろう? もしバッグごと盗まれたらどうする?」

 「あ、そっか」

 「そんな事はないと言いたいところだが、絶対に大丈夫だとは言い切れないからな」

 その通りなので、美月は素直に頷いた。

 「じゃあ、これからは一緒に画面を見れるね」

 「画面?」

 「そう、ここの部分の事を画面っていうの。これ、なんて言えばいいのかな・・・とにかく、そこに調べた事が出てくるのよ。だから、これからは何か調べる時に検索結果をドナヴァンに口で伝えなくても、この画面を見ればすぐに判るようになるって事」

 「そうか・・・」

 ドナヴァンと一緒に画面を見る事ができると思うと、ちょっと気分がウキウキしてくる。

 「なんか調べたい事ってある? 調べるよ?」

 「いや、今はいいよ。それよりさっきの話の続きだ」

 「さっきって・・・なんだっけ?」

 「この頭は飾り物か、まったく。もう誰も来ないだろうから閉めようって話していただろ」

 「あっ・・そっか」

 美月が疲れているからもう閉めてしまおう、という話をしていた事を思い出す。

 もちろんその原因を作った男はニヤリとしか言いようがない笑みを浮かべて美月を見下ろしている。

 「判った。アドリアナに閉めようって言ってくる」

 「いいよ、そのまま座ってれば。俺が伝えるよ。で、そのまま帰ればいいって言っておく」

 いつもは帰る前に美月のところに挨拶に来るのだが、それをしないでそのまま帰ればいい、と伝えるという事はこのまま2人きりになるという事で。

 「こっ、今夜は早く寝るから、私っっ」

 「まだ夕飯も食べてないのに寝る話をするのか?」

 「だっ、だって・・・明日はバトラシアさんのところに行きたいからっっ」

 「別に朝から行かなくてもいいだろう?」

 揶揄うような口調に真っ赤になりながらも、なんとか言い返そうとするものの言葉が出てこない。

 そんな美月の頭の上でくつくつと笑う声が聞こえる。

 「ドナヴァンッッ」

 「判った判った。ちゃんと休ませてやるよ。ついでに夕飯は俺が作る」

 「べっ、別にご飯くらいなら作れるわよ?」

 「いいから、今日はゆっくり体を休めるんだな。それで、明日バトラシア様のところに行くんだろう? 馬車で行くか馬で行くか考えておくんだぞ。俺はアドリアナのところに行ってくる」

 なんだかんだと言って、ドナヴァンは美月には甘いのだ。

 彼女で揶揄って遊ぶ事はあっても、ちゃんと美月の体調を鑑みてくれる。

 ドナヴァンは立ち上がると美月の頭をポンポンと叩いてから、隣の部屋にいるアドリアナのところへ行く。

 美月はそんな彼を見送りながら、マップルを閉じた。

 今夜はゆっくりできるといいな、と思いながら。



 



 読んでくださってありがとうございました。


 3月1日より『その後編』を始めたいと思っていますので、そちらの方も機会があれば是非とも読んでいただければと思います。

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