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石版の魔女  作者: チカ.G
挿話
48/72

さすが異世界な結婚 後編

 「乾杯」

 カチンと小さなグラスを鳴らしてから、美月はグラスの半分ほど注がれたワインを一口飲む。

 真っ赤なワインはパッと見にはグレープジュースに見えるが、甘さの中にアルコールが喉を通り過ぎていくのを感じた。

 「大丈夫か? 一番甘くて飲みやすいワインを頼んだんだけど」

 「うん・・・グレープジュースっぽいから、私でも飲めそう」

 お酒を飲み慣れていない美月のために、口当たりが甘いワインを頼んでくれたようだ。

 こんな風に気を使う事だってできるのに、どうしてそれがいつもできないんだろう、とふとつい先ほどの事を思い出しながら美月は思う。

 ドナヴァンと結婚したくなかった訳じゃないのだ。

 彼がプロポーズしてくれた時、美月は飛び上がりそうになるほど嬉しかったのだ。

 ただ、美月が漠然と思い描いていた結婚式とはかけ離れたものだったから戸惑ってしまっただけで、予め教えてもらっていたら神殿でアタフタする事もなかったのに、と思ってしまう。

 それにせめて1ヶ月ほど時間があれば、結婚式のために白いドレスを新調したのに、とも思ってしまう。

 今日美月が着ているのはお気に入りのワンピースだ。パステルグリーンに白のリボンが胸元に付いていて、半袖の部分にも同色に一回り小さいリボンが付いている。

 あんまり女の子らしい服を持っていない美月が持っている、数少ない女子力アップしてくれるワンピースだ。

 「まぁ、ズボンじゃなかっただけ良かったのかな・・・」

 夕食を作っていた時に来ていたのは、前ボタンのシャツにズボンという動きやすさを重視した格好だった。

 それを思えばお気に入りのかわいいワンピースだっただけでもラッキーだと思う。

 そうブツブツという美月の呟きを聞き取ったのかドナヴァンが訪ねてきた。

 「何か言ったか?」

 「ううん、なんでもない」

 「本当に? さっきから様子がおかしいけど?」

 「大丈夫」

 美月はそう言ってグラスに残っていたワインを飲み干した。

 アルコール分はなんとなく感じるけれど、甘いから飲みやすいワインだ。

 「そんな風に一気に飲むなよ。酔っぱらうぞ」

 「ん〜と・・・大丈夫?」

 「俺に聞くなよ」

 今はまだ酔ったような気はしないので大丈夫だというと、ドナヴァンはどこか疑わしげな視線を向けたもののそれ以上追求はしない。

 ただふわふわした気分になっただけだ。

 そんな2人の前に丸いアライグマのような耳のウェイトレスが料理を持ってやってきた。

 今夜のお勧めという事で、元の世界で言う所の鹿に似た魔獣の肉の煮込みと柔らかいパン、それにサラダが2人の前に並べられた。

 「美味しそうっ」

 煮込みから立ち上る湯気から美味しそうな香りが漂ってくる。

 全ての料理が並べられるのを目で追う事が忙しい美月は、ドナヴァンが苦笑いを浮かべた事にも気づかない。

 「それではごゆっくりどうぞ」

 「ありがとうございます」

 にっこりと笑みを浮かべて頭を下げてからトレイを持ってキッチンへと歩いていくウェイトレスを見送ってから美月は両手を合わせる。

 「いただきます」

 「いただきます」

 美月の声に続くように、ドナヴァンも同じように手を合わせる。

 初めて美月の作った食事を食べた時、彼女からこの習慣を教えてもらって以来2人で食事をする時はこうする事が当たり前になっている。

 「うん、美味しい」

 「美味いな」

 煮込みの肉はスプーンでつつくとそれだけでぽろぽろと崩れるくらい柔らかく煮込まれており、トマトが効いた汁ととてもよく合う。

 「火加減とかが違うのかな。私が作るとこんなに柔らかくならないんだよね」

 「多分一晩じっくり煮込んでいるんじゃないのか? 時間をかければ柔らかくなるよ」

 「そうかなぁ・・・じゃあ、今度試してみるわね」

 とはいえ魔獣の肉なんて滅多に手に入らないから、普通の家畜の肉を買って作る事になるだろうけど、と思いつつ美月は煮込みを堪能する。

 ドナヴァンはパンに手を伸ばして、テーブルに置かれているバターを塗ってからかぶり付く。

 「パンも柔らかくて美味しいよ」

 「こんな美味しいパン、どうやって作ってるんだろうね」

 この世界の食糧事情は、魔獣の食材を除けば元いた世界に似ていると思う。

 ただ、この辺りではお米を手に入れる事が難しいのが残念だけど、それでも似ているおかげで食べ物のせいでホームシックになる事はない。

 それでもドナヴァンのおかげで王都からお米を買い入れる事ができるようになったので、毎日とはいかないまでも時々ご飯を食べる事ができるようになった事は本当にありがたいと思う。

 こういう時、美月はなんだかんだと言いながらもドナヴァンに助けられているんだな、と実感するのだ。

 「で、機嫌は治ったのか?」

 「機嫌って?」

 「神殿に行った時から様子がおかしかっただろ? 何か俺が気に入らない事でもしたのかと思っていたんだけどな」

 「それは・・・・」

 別にドナヴァンは美月の気に入らない事をした訳ではないのだ。

 「言いたい事があればちゃんと言ってくれよ? じゃないと俺には判らないからな。もっと気の利いた事とか言えればいいんだけど、俺には無理だ」

 どこか開き直った用なドナヴァンのセリフに、美月は一瞬目を大きく見開いてからプッと吹き出した。

 「それって自慢にならないわよ?」

 「別に自慢してないからな。ただ、俺にそういう事を期待して欲しくないから、はっきりと言っているんだよ。俺は美月を泣かせたい訳でも怒らせたい訳でもないんだよ。けど、俺の気が利かないばかりにそういう思いをさせるんじゃないかって心配なんだ」

 「ドナヴァン・・・」

 「だから、言いたい事は言ってくれ。思った事はきちんと伝えて欲しいんだ」

 からかうような口調の中に真剣な彼の気持ちがこもっている事に気づいて、美月は彼に応えるために小さく頷いた。

 「じゃあ、教えてくれるのか?」

 「教えるって・・・別に私は気を悪くしたとか、そんな事ないのよ?」

 「判ってるよ。ただ、あの時美月が何を考えていたのかを知りたいんだ」

 「別に大した事じゃないの。ただ・・・カルチャーショック?」

 「なんだそれ?」

 もっと判りやすい言葉を、と思うものの思い浮かばずにカルチャーショックと言ったのだが、案の定ドナヴァンには判っていない。

 「えっと、ね・・・つまり、育った環境が違うから意思の疎通がちゃんとできてなかったんだなって、思ったの」

 「それは・・・もしかして、美月、俺と結婚したくなかった、って事か?」

 「・・・・・・・はぁ?」

 ショックを受けたような表情を浮かべたドナヴァンを、美月は呆けたような顔で見返した。

 どうやらお互いにきちんと気持ちが伝わっていないようだ。

 「だから、俺が結婚を急ぎすぎた、という事なのか?」

 「ちっ、違うわよ。もうっ・・・どうやったらそんなトンチンカンな事を思いつくのよ、ったく」

 「けど、あの時のお前の態度は--」

 「ち・が・い・ま・す。私が驚いたのは、結婚式、よ」

 「・・・・結婚式?」

 「そう。私がいた世界では結婚式って言うのは凄くおめでたい事なの。もちろん、プロポーズだって大切よ? だけど結婚式はもっと大切なの。女性は真っ白なウェディングドレスを着るの。今は真っ白な妻がこれから夫の色に染まるっていう意味のドレスね。それを着て夫となる人に手を取られて、神様の前でこれから一生一緒にいますっていう誓いをするのが結婚式よ。それは家族や知人に見守られながらするものなのよ。それからそのあとで披露宴っていう結婚したばかりの2人のお披露目のためのパーティーをするの。これから2人で頑張るから見守ってくださいってお願いする場なの。たくさん親族友人を呼んでたくさんの料理を堪能して、友達が出し物をしてくれたり、ケーキカットなんていう結婚して初めての2人の共同作業を見てもらったり」

 とにかく盛りだくさんなのが元の世界でいう結婚式アンド披露宴というものなのだ、といつになく美月は力を込めて力説した。

 こんなに力のこもったスピーチを聞いた事がなかったドナヴァンは、少しだけ口を開いた顔をして美月の話を拝聴していた。

 そう、拝聴、という言葉がしっくりするほど、彼は美月の言葉をしっかりと聞いていた。

 だから納得したのだ。

 どうしてあの時美月が戸惑ったのか、を。

 この世界において結婚式とは王族や大貴族でもなければ、結婚する2人が神官を交えて3人だけで行う簡素なものなのだが、美月が育った世界では全く違うものらしい、と今ようやく気がついたのだ。

 もし自分がもっと早くちゃんと美月に結婚の事を聞いていれば、彼女がこんなに戸惑う事はなかっただろうと思うと申し訳なく思ってしまう。

 他の人間ならともかく自分は彼女が違う世界からきた事を知っていたのだから。

 知っていればせめて美月と仲がいい人を数人呼んでも良かったし、なにより真っ白なドレスを贈る事だってできたのだ。

 今更なのだが、ドナヴァンは激しく後悔していた。

 けれど仮にも騎士隊長を務めていたような男だ、それを顔に出すような事はしない。

 「それでね、両親に花束贈呈とか、ゴンドラに乗ってパーティー会場に登場、とか、夫婦になるまでの二人の育った話とか、とにかくいろいろな催しを盛り込んでみんなに祝ってもらうの。パーティーの間、来てくれたお客様にお酒をついで回ったりとかもするわね。とにかくみんなが2人を祝って、2人がみんなにお礼を言って回る、それが披露宴なの。それから2次会っていうのもあってね〜、それは2人に近しい友達なんかだけの堅苦しくない席で、結婚していいね〜って冷やかしてもらうの。歌を歌ったりお酒を飲んだり、もっとはしゃいだり。とにかく賑やかで派手なのが結婚っていう事なの」

 結婚していいねと冷やかしてもらう事のどこが楽しいのか判らないが、美月が楽しそうに力説しているのを見ると大切な事なのだろう、とドナヴァンは思う。

 「そうか」

 「うん、だからね、あんまり違っていたからビックリしちゃったのよ」

 「それは悪かったな」

 「えっ? べ、別にそういう意味で言ったんじゃないのよ」

 嫌味と取られたのだろうか、とつい先ほどまでの熱弁の余韻が一気に冷める。

 「あ、あのね。あんな風に2人きりで式を挙げる人だっているの。その、人それぞれ、ってヤツ? だから、その、気にしないでね?」

 「別に怒ってないよ。ただ、ちゃんと聞いておけば良かったな、って反省しているんだ」

 「そんな事・・・・」

 「俺は美月が違う世界から来たって知っていた筈なのに、その事を全く考慮しなかった。だから美月が思っていたような結婚式じゃなくて悪かったな、って思っているんだ」

 「ドナヴァン・・・」

 テーブルの上に置いていた美月の手をドナヴァンの大きな手が包み込む。

 「これからは2人に関する事は、まず美月に聞く事にするよ。それで許してくれないか?」

 「べ、別に許すなんて・・・私、怒ってないもん」

 「判ってる。神殿では戸惑っていたけど、今はそんな事ないものな。ただこれからはちゃんと2人で話し合ってからいろいろ決めたいな、って思ったんだ」

 「・・・ん、そうだね」

 美月の手を包み込むドナヴァンの手の温もりを感じながら、彼女は彼の言葉に頷いた。

 「なんなら今からでも派手にデッカいパーティーでもするか?」

 「えっ? ううん、いいよ、別に。今日のあれがこの世界の様式なんでしょ? だったら、それで十分」

 「けど・・・」

 「えっとね、もしどうしても、っていうんだったら1つして貰いたい事があるんだけど?」

 「なんだ?」

 申し訳なさそうにシュンとしているドナヴァンを見ると、何も悪い事をしてないのに罪悪感を感じてしまう。

 こうなると美月が何か提案しないといつまでたっても彼は気にするだろう。

 そう考えた美月は、ふと思いついた事を口にした。

 「じゃあね、時間が取れたら、でいいから『新婚旅行』に行きたいな」

 「新婚旅行・・・?」

 「うん、私たちの世界の習慣でね、結婚したら2人で少しだけのんびりするために旅行に行くの。結婚式の疲れを癒して、これから始まる2人での生活を送れる元気を付けるためにね」

 「それはどのくらい行くものなんだ?」

 「う〜ん・・・人それぞれ、かな? 仕事が忙しい人は数日だけど、大抵は1週間くらい?」

 なるほど、とドナヴァンが何か考え込むようにもう片方の手を顎に当てる。

 「・・・判った。今すぐって言う訳にはいかないけど、どこかに出かけよう」

 「ホントッッ! 嬉しいっ!」

 ここと王都しか知らない美月としては、どこかに出かけるというだけで飛び上がるほど嬉しい。

 新しい異世界の結婚に関する習慣を知る事ができてほっとする。

 結婚式は失敗したが、この『新婚旅行』とやらをする事ができれば失敗も取り戻せるだろう、と思う。

 なんといっても美月が喜ぶ顔を見れた事が嬉しいのだから困ったものだ。

 ドナヴァンは嬉しそうにニコニコと話しながら食事を再開した美月を見ながら、自分も食事を再開した。

 もちろん、頭の中では『新婚旅行』とやらの計画を立てながら。






 お読みくださり、ありがとうございました。


 そしてまだ準備中ですが、もう少ししたら本編のその後編を連載したいと思っています。

 今のところおそらく20話くらいの話になると思います。が、まだまだ準備の段階です。

 ですので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。

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