エピローグ
カラン
ドアにつけていたベルが鳴り、誰かが来た事を知らせる。
美月は読んでいた本から顔を上げてから目の前にあるテーブルの上のガラスを叩いて、そこにやってきた人物を映し出す。
ドアから入ってきた男は、カウンターにいるアドリアナに声を掛けているのが見える。この真道具テーブルは監視カメラを兼ねていて便利なのだが、声は聞こえないので彼とアドリアナの会話は判らない。
とはいえ、ここにやってくる人間の望む事は殆ど同じ事だから、会話が聞こえなくてもそれほど問題はない。
「知ってる?」
「いや、見ない顔だな」
「そっか」
いつの間にかカウチから立ち上がって、美月の肩越しにガラスに移った相手を覗き見ていたドナヴァンに尋ねる。
美月と違ってずっとこの街に住んでいるドナヴァンならもしかしたら知っている相手かも、と思ったのだがそうではないらしい。
コンコン
美月とドナヴァンが話していると、男が入ってきた部屋に続くドアからノックが聞こえた。
「ミッキー様。お客様です」
「うん。さっき見てたから知ってる」
美月が返事をするとアドリアナは小さく頭を下げてからドアを閉めた。
ドアが閉まったところで美月は立ち上がり、椅子にかけていたローブを羽織ると頭まですっぽりと覆ってしまう。
別に姿を見られてもいいのだが、この辺りは雰囲気を出すために、という理由でしている。
しかし、ドナヴァンに言わせれば、外で無用に人に美月の素性を言われないため、だそうだ。美月の外見を知らなければ、彼女が巷である程度知名度のある『石版の魔女』である事がバレる事はない。
美月の安全のためにも、ドナヴァンは美月にローブを羽織るようにと口を酸っぱくして言うのだが、当の本人にはあまりそう言う危機感がないから困る。
「ま、とにかくお仕事だから行ってくるね」
「ああ。一緒に行こうか?」
「ん〜・・・どう思う?」
美月は視線だけを彼に向けて、相手が自分に害を与える可能性があるかどうかを尋ねる。
「どうだろうな。大丈夫な気もするが、知らない相手だからなんともいえない」
「そっか・・・じゃあ、一緒に来てくれる?」
「判った」
ドナヴァンは頷くと自分も同じようにローブで頭まで覆ってからドアに向かって歩いて行き、テーブルに置いたままのマップルを手にした美月のために男がいる部屋に続くドアを開けた。
マップル、これがこの世界においての美月の商売道具だ。
マップルは、美月がここに来る前までずっと愛用していた某有名メーカー作の薄型ノートパソコンだ。
とはいえ、美月の目には普通のノート型パソコンに見えるそれが、なぜかこの世界の人には薄い大理石の石版にしか見えないらしい。同じく美月の持つスマフォも小型の石版にしか見えないらしい。
その辺りはどうしてなのか美月には判らないが、この2つの石版(?)を使えるのは美月だけだ。
「いらっしゃいませ」
「おっ・・・おぉ。石版の魔女様ですか」
ドナヴァンが開けたドアは音を立てずに開いたせいか、部屋の中央にあるテーブルに備え付けてある椅子に座っていた男は、2人が部屋に入ってきた事に美月が声を掛けるまで気づかなかった。
男は立ち上がった拍子に椅子の足で大きな音を立て、その勢いが強かったせいか椅子が後ろに倒れてしまう。
それを見て男は慌ててまた椅子に手を伸ばして起こしてから美月に頭を下げた。
「・・・・そうです。それで、我が館に御用ですか?」
「はい・・・ここに来れば私の加護を教えてもらえると聞いて来ました」
「その通りです」
慌てて立ち上がった男が、是非お願いしますと美月に頭を下げてくる。
「費用は彼女が説明したと思いますが、大丈夫ですか?」
「はい、既に彼女に払いました」
さすがアドリアナ、その辺りは抜け目無くとっくに徴収しているらしい。おそらく男から今日ここに来た理由を聞いた時に、用件にかかる費用を伝えて受け取ってから美月のところに男が来た事を伝えたのだろう。
美月が加護を見るための料金として、金貨1枚(約10万円)を設定している。美月としては大銀貨1枚(約1万円)程度でもいいと思うのだが、あまりにも安いとそれはそれで問題も出てくるだろうから、と大神殿に出向いた時に言われたので金貨1枚とした。
それでも十分人がやってくるので、今ではそれでいいだろうと納得しているのだ。
美月は部屋の中央に置かれているテーブルの上にマップルを置いて、男の正面の椅子に座る。ドナヴァンは美月の後ろに立ったままだ。
男は美月が座ったのを見てから、また慌てたように椅子に座った。
そんなに慌てなくてもいいのに、と内心苦笑をもらすものの表情を崩す事も無く美月は準備を始める。
まずはマップルを起動させてから、アイコンを1つクリックする。そのアイコンが開くと、今度はその中からスキルチェック、というアイコンをクリックしてマップルの準備ができた事を確認する。
それから美月はテーブルの上にある黒い小さなクッションの上に乗っている直径10センチほどの水晶の珠と、それから出ているコードに付いているUSBケーブルをマップルを繋いでから男を見る。
とはいえ美月にとってはノート式PCのマップルであっても、目の前の男には彼女が置いた石版に何かを繋いだ、という風に見えている事だろう。
美月がマップル、他人には石版と見えるそれを使う事から、彼女についた呼び名は『石版の魔女』。
最初は魔女なんて、と思ったものの今ではも好きにしてくださいと達観モードである。
「それでは、この水晶の上に手を載せてください」
「はい」
美月は男の手が水晶を包み込むように載せられた事を確認してから、美月はつい先ほど開けたアイコンのスタートボタンを押した。
途端にマップルの画面がスキル一覧に替わり、男が持っているであろうスキルが次々と表示されてきた。
「カリンキュラス神の加護(微)がありますね。それにエデルケーナ女神の加護(微)もあります」
カリンキュラス神は商売の神様で、エデルケーナ女神は教育の女神様だ。美月から見て男はどう見ても外で体を動かすタイプではないから、妥当なところだと思う。
「おぉ、カリンキュラス様の加護ですか。しかもエデルケーナ様の加護もあるとは・・・ありがたい事です」
「それから、計算のスキルが3とありますよ。これはきっとカリンキュラス様のおかげでしょうね。エデルケーナ様に関するスキルはまだありませんが、これから精進すれば恐らくなんらかのスキルが発生するのではないか、と思います」
「おぉっ」
男はとても嬉しそうに破顔してから立ち上がり、手を伸ばして美月の手を握りしめた。
「あっ、ありがとうございますっ」
「いえいえ、これはあなたが持っている加護ですから私に礼を言う必要はないですよ」
「それでもこうして私の加護を教えてくださったから、これから何を頑張ればいいのか目標ができます」
すっかり浮かれてしまっている男からなんとか手を取り戻したところで、アドリアナが近づいてきた。
「アディー、加護のお守りをあげてくれる?」
「もう用意できています」
アドリアナが小さなお盆に載せられた2つの石を男の前に置くと、彼はまた椅子に座ってお盆の上の石をマジマジと見つめる。
「これは・・・?」
「こちらのトパーズには知性という意味があります。そして緑の石はマラカイトと言って繁栄という意味があります。どちらもカリンキュラス様とエデルケーナ様の加護を持つあなたに相応しいお守りとなってくれると思います」
美月はそう説明して、お盆の上に乗っている小さな白の布で包んでから黒い袋に入れて渡す。
つまり、お守り袋という訳だ。
「これを常に持ち歩いてください。あなたを守ってくれると思います」
「おぉ、これが聞いていたお守り袋と言うヤツですね」
「さぁ、これの事でどのような噂があるのか知りませんが、私のところに来られた方にはお渡してしております」
美月はにっこりと営業スマイルを浮かべてから立ち上がる。
「それでは、これから先、あなたにより多くの加護がありますように」
「・・・ありがとうございます」
小さく頭を下げた美月に、感極まったという風に言葉に詰まりながら礼を言った男も立ち上がって深く頭を下げる。
「では、失礼します」
そしてお互いが頭を上げたところで、美月は水晶とマップルを繋ぐケーブルを外してマップルを持ってからドナヴァンが開けてくれたドアの向こうへと歩く。
ここで、絶対に振り返らない。
ここで振り返ると大抵の場合、相手に呼び止められて話が長くなるからだ。
美月としてはこれ以上男に何も言う事は無いし、とっとと部屋に戻ってのんびりしたいのだ。
ドナヴァンもそんな美月の心情は知っているので、男が話しかけられないように無言で圧力の視線を向けたままドアを閉めた。
「あ〜、疲れた」
「疲れたって、ほんの10分程度だろうに」
「それでも知らない人と話すのって、疲れるのよ」
さっきまでドナヴァンが座っていたソファーに体を投げ出すように横になると、そのままクッションを抱きしめる。
そんな美月を横目に、ドナヴァンは美月の頭を少し持ち上げて座るとそのまま彼女に膝枕をする。
「なんでここに座るの?」
「ここは俺の定位置だからだ」
「・・・・ふぅ〜ん」
確かにドナヴァンはいつもソファーに座っている事が多い。
反対に美月はテーブルに座る事が多い。というのも彼女は本を読んだりマップルで遊んだりする事が多いから、テーブルのあるところに座った方が遊びやすいからだ。
それでもたまにこうやってソファーに寝そべる事もある。
「でも、人あしらいが上手くなってきたな」
「そりゃ、ね。ここでこの仕事をするようになって半年経つからねぇ。最初の頃から思えば、それなりに人あしらいが上手くならないとやってらんないわよ」
「そりゃそうだ」
クツクツとドナヴァンは喉の奥で笑う。
「それでも、相手によっては苦手意識が前面に出ちゃうんだけどね」
「それは仕方ないだろう? 合う合わないってのがあって当たり前だ」
「・・・ありがと」
元々それほど社交的とは言えない美月だから、威圧的な相手や自分勝手感丸出しの相手にはどうしても引き気味に対応してしまうのだが、それを美月の甘えだとドナヴァンは1度もいった事がなかった。
美月とドナヴァンの付き合いは1年以上で、その間に彼女の性格は熟知していると言ってもいい。
むしろ彼としては、彼女がこのような人と関わらなければいけない仕事をしなければ良い、と思っている。
それでも美月が自分で生活できるようにと頑張っているので、自分に出来る事は彼女をサポートする事だと気持ちを切り替えた。
ドナヴァンがそっと美月の髪を撫でてやると、彼女も甘えたように彼の膝の上に頭を擦り付けてくる。
「アドリアナに言って、今日は閉店にしてもらうか?」
「そうだね〜・・・・でも、いいよ。もしまた誰か来たら、その人を打ち止めにする。それまでは開けておいても大丈夫」
「そうか?」
「うん」
でも誰か来るまでちょっと寝させてね、と言ってから美月は目を閉じた。
Edited 01/31/16 @ 10:35 CT




