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石版の魔女  作者: チカ.G
本編
44/72

そして・・・ ー 5.

 Happy Fourth of July!


 本日、3話1時間毎にアップしています。最後の1話は以前第一話として載せていたものですので、読まなくても大丈夫です。

 まず1話目。

 

 驚いて声も出ない美月の手から落ちかけたトレイを取り上げたドナヴァンは、そのままトレイを持っていない方の手を美月の背中にあてて彼女に中に入るよう促した。

 居間にはソファーもあるが、テーブルと2脚の椅子も置いてあり、ドナヴァンはトレイをそのテーブルに置いてから美月が座れるように椅子を引く。

 けれど、美月はドナヴァンを凝視したまま椅子に座らずにテーブルの横に立ったままだ。

 「ミッキー?」

 ドナヴァンが声を掛けるが、美月はそれに応える事もなくただ彼を見つめている。

 そんな彼女の様子にドナヴァンは眉間に皺を寄せて見おろす。

 「・・・・ど、して?」

 「ん? 何か言ったか?」

 暫く見つめ合っていた2人だが、美月が小さく口を動かしたのを見たドナヴァンが聞き返す。美月の声がちゃんと聞こえなかったようだ。

 「・・どうして・・・ここにいるの?」

 「どうしてって、言われてもなぁ」

 「だ、だって、見送りできないって言ったじゃない」

 「ああ、見送りのメンバーの中にはいなかっただろう?」

 「そうだけど・・・・でも、だったらなんでここに?」

 確かに館を出る時に見送ってくれた人たちの中にドナヴァンはいなかった。

 だから嘘はついていない。

 だがもう暫くは彼と会えないのだ、と思っていた美月はその矢先に目の前に現れた彼を見てなんとなく拍子が崩れた気がする。

 もちろん会えた事は嬉しいのだが、どこか納得がいかない気がするのだ。

 「館を出る条件を憶えているか?」

 「条件? それって・・・あぁ、護衛をつけるってやつ?」

 「そうだ」

 「じゃあ、今日はドナヴァンが私の護衛をしてくれるって事?」

 この家に住み込む事になる専属の護衛とは別に、日替わりで館から護衛を寄越すとバトラシアが言っていた事を思い出した。

 「そういえばバトラシアさんがこの家に住み込む護衛を用意するって言ってたけどもう会ったの?」

 「いいや」

 「そっか・・・じゃあ夕方に来るのかな?」

 「どうだろうな」

 美月が今日からここに住む、と確実事項として決定したのはほんの3日前だから、もしかしたら用意できていないのかもしれない。

 それならば隊長クラスのドナヴァンが臨時で護衛にやってきたとしてもおかしくはないのだろう。

 けれど、と美月は思う。

 だったらどうして昨夜その事を教えてくれなかったのだろう?

 見送りに行けない、と言うだけでなく、今日の護衛として新しい家で待っている、と言えば良かったのに。

 少し恨めしそうに見上げる美月をドナヴァンは少し困ったような顔で見おろす。

 「バトラシアさんからは、館の方からも毎日交代で1人護衛を寄越すとしか聞いてないのよ。もっと詳しくどんな人が来るのかとか聞きたかったんだけど、サプライズって言われちゃって教えてもらえなかったの」

 「サプライズ? まったく・・・バトラシア様らしいな」

 「そうね。でも、ドナヴァン、明日から誰が来るのかっていう予定を教えてくれる?」

 「いや、俺も知らない」

 「えええええぇぇ〜」

 澄ました顔で知らないと言い切るドナヴァンを疑わしげに睨むが、肩をすくめるだけの彼を見て美月は言いそうにないと諦める。

 「じゃあ、誰がバトラシアさんが雇った護衛か、教えてくれる?」

 館から来る護衛は毎日交代と言う事になっているが、その他に美月専属の護衛をバトラシアが雇ったのだ。

 最初美月は要らないと言ったのだが、誘拐脅迫がないとは言えないと言われると頷くしかなかった。

 ただ、バトラシアが雇った護衛が誰なのか教えてもらえていないのだ。

 ドナヴァンは美月を見おろして自分を指差した。

 「ドナヴァンの事じゃないの。館から来た護衛じゃなくって、この家に専属で常駐してくれる護衛の事を聞いているの」

 「だから」

 そう言ってまた自分を指差すドナヴァン。

 美月は頭を傾げてぽかんとドナヴァンを見上げる。

 それから、ようやくドナヴァンの言わんとする事が頭に浸透してきた。

 「・・・まさか?」

 「なんだ、そのまさかって言うのは」

 「だっ・・・・だって、ドナヴァン、館の騎士でしょ? それもただの騎士じゃなくって騎士隊長じゃない」

 「だった、だ」

 ドナヴァンが美月の専属護衛、と言う事なのだろうか?

 美月は有り得ないと言わんばかりの表情を浮かべて、口をぱくぱくさせている。

 「俺が専属護衛だとなんか文句があるのか?」

 「だっ・・・だって・・・」

 もうこれからは滅多に会えないと思っていたのに、今日からはずっと一緒にいるのだ。

 専属護衛は美月と共にこの家に住むのだから。

 「だっ・・・そんな事一言ひとこともいってなかったじゃない」

 「はっきりしてなかったからな。それに決まってからはバトラシア様が黙っていろって言うから仕方ない」

 「じゃあ、昨日言ってくれても良かったじゃない」

 「だ・か・ら、バトラシア様が言うなって言うから仕方ないだろう?」

 「でっ、でも、だったらなんだあんな言い方をしたのよっっ」

 昨日の夜の会話を思い出すだけで恥ずかしい。

 しかしドナヴァンは口元に笑みを浮かべて美月を見おろしている。

 そんな表情を見せられると、それ以上文句も言えない。

 美月はそれ以上彼の顔を見ていられなくて顔を俯かせる。

 ドナヴァンの手が伸びてきて、俯いた美月の頬に触れた。

 「昨夜、喉まで出かかっていたんだ、俺が専属護衛だって。けど、バトラシア様に言うなと言われていたし、ミッキーの驚く顔が見たかった」

 「・・・・意地悪」

 「ああ、すまん」

 頬に触れていた手が顎にかかり、そのままゆっくりと美月の顔を上げさせる。

 「・・・俺が専属護衛で、いいか?」

 「ドナヴァン・・・・」

 「これは俺の我が儘だから、ミッキーが嫌なら断っていい、とバトラシア様からの伝言だ」

 どこか自信無さげなドナヴァンの言葉を聞いて、その話をした時ににんまりと笑みを浮かべていただろうバトラシアの顔が美月の頭に浮かんだ。

 ドナヴァンは美月のあごから手を離して彼女の右手を取り、そのまま彼女の前にひざまずいた。

 「俺を側に置いてくれないか、美月」

 「・・・今・・・なんて?」

 この世界に来てから美月はミッキーと呼ばれるばかりで、彼女の事を美月と呼んでくれたのは大神殿で会った大神官のファルマーニャだけだった。

 いや、大神殿に行った時、ドナヴァンが美月の事をそう呼んだ気がしたのだが、あれ以来ミッキーとしか呼ばなかったから聞き間違いだと思っていた。

 それが今また彼の口から美月と呼ばれた。

 「美月が館を出る時にバトラシア様が専属護衛をつけると言って、王都にいる間に誰が良い護衛を見つけるように、とアイヴァンに言いつけていた。その時はまだ騎士隊長を辞める事までは考えていなかった。ただ美月の事をしっかり守れる護衛が必要だな、と思っただけだ」

 「・・・・」

 「けど、大神殿でファルマーニャ様と美月の話を傍で聞いて、彼女が『ミッキー』ではなくちゃんと『美月』と呼んだ時、俺の中で何かが変化した気がした」

 上手く言えないんだけどな、と苦笑を浮かべるドナヴァン。

 「ファルマーニャ様に美月と呼ばれて凄く嬉しそうな顔をしていたのを見て思い出したんだ。ちゃんと自分の名前を呼んでくれる人が今までいなかったんだな、って」

 「それは・・・言いにくい名前だから」

 「確かにここにはない名前だから言いにくいかもしれないけど、練習すれば言える名前だ」

 「それは・・・」

 「それをしないまま美月の事をミッキーと呼んでいたのは、俺たちの怠慢かもしれない」

 ファルマーニャから美月と呼ばれた時の表情がそれを物語っている、とドナヴァンが付け足した。

 美月自身、確かに少し淋しい気もしていたが、それでも元の世界でもミッキーと呼ぶ人はいたから気にしていないつもりだったのだ。

 ただ、ファルマーニャがあまりにも正確に美月の名前を発音したから、久しぶりに自分の名前を呼んでもらえて嬉しかったのも事実だ。

 「あの晩、こっそり練習したよ。発音には自信はなかったけど、せめて美月と言えるように何度も何度もね。だから、次の日にはちゃんと美月の名前を言えるようになっていただろう? アイヴァンには俺が専属護衛の候補として名乗りを上げるから、と王都で探すのを待ってもらったんだ。もちろんバトラシア様次第だったけど、あっさりと許可が下りた。その代わりに騎士たちの訓練の手助けをする事で話が着いた。もちろん、美月が了承すれば、だけどな」

 言葉に困った美月は、彼になんと言葉を返せば良いのか判らない。

 さきほどの悪戯を企んでいるような表情は姿を消して、今目の前にいるドナヴァンは真剣な表情で美月を見上げているのだ。

 そしてなにより驚いたのは、彼がミッキーではなく美月と呼んでくれた事だ。

 やっぱり、あれは聞き間違いではなかったんだ。

 「・・・でも、無理に専属護衛になる必要はないんじゃないの? 館からの護衛としてだって・・・」

 「俺以外の男が美月の傍にいると思うと我慢できなかった」

 「へっ・・・・」

 「美月を守るのは俺でありたい」

 思いがけない告白に動揺した美月は手を引っ込めようとしたが、ドナヴァンが反射的にぎゅっと握りしめてきたのでできなかった。

 「スタレーン草原で見つけた時、美月の不安そうな表情を見て、なんとしても手助けしてやりたいと思った。バトラシア様に言われたって事もあるが、俺自身が美月に手を差し伸べてやりたかったんだ、と今ならあの時の自分の行動の意味が判る」

 だからいつも美月の事では自分から名乗りを上げていたのだ、と付け足す。

 それを聞いて、美月もそれがドナヴァンの隊だけに課せられた仕事ではなかったのだと知る。

 「美月が相談する相手は俺でいたい。美月が助けを求める相手は俺でいたい。美月が必要とする相手は俺でいたいと思っている」

 あまりにも真剣などナヴァンの言葉と視線に、美月はクラクラしそうだ。

 「愛してる」

 そして最後に投下された言葉に、美月はもう片方の手で口を抑えた。そうしないと変な事を言いそうな気がしたからだ。

 「美月の事を愛しているから傍にいたい」

 「・・・・」

 「俺を側に置いてくれるか?」

 「・・・・」

 言葉が出ない。

 口を開こうとすると変な声が出そうで。

 こみ上げてくる何かが美月の涙腺を緩めるから、美月は口元に当てた手で口をグッと抑えて堪えている。

 それでも、見上げるドナヴァンの真摯な顔を見てポロリ、と涙が一粒落ちた。

 ドナヴァンの手が伸びてそっと美月の涙を拭ってくれる。

 「泣くほど嫌、って事じゃないよな?」

 からかうような彼に美月は頭をブンブンと振って否定する。

 その拍子にまた涙がこぼれた。

 ドナヴァンが美月の零した涙を拭おうと手を伸ばすと、その手の中に飛び込むように美月が跪いているドナヴァンにしがみついてきた。

 思いもよらぬ美月の行動にドナヴァンはなんとか彼女を抱きとめたが、ぎゅっと抱き締めてくる美月が同じように膝立ちになっている事に気づいて彼女を立ち上がらせようとした。

 「んーーーっっ」

 しかしドナヴァンが体を離そうとしたと思ったのか、美月が小さな唸り声を上げる。

 「あっちのソファーに行こう」

 「んんんんっっ」

 「膝が痛くなるぞ? それにお互いこんな格好だと落ち着かない」

 「んんんーーっ」

 美月が首に抱きついたままの格好で、ドナヴァンは立ち上がるとそのままソファーに歩いて行く。

 その間も美月はしがみついたまま離れない。

 まず美月をソファーに降ろそうと思ったがしがみついたまま離れないので、ドナヴァンは彼女を横抱きにして座る。

 そうすると美月はドナヴァンの膝の上に横抱きのまま座る事になっているのだが、本人はドナヴァンの首にしがみつく事で頭が一杯で気づいていない。

 とりあえず彼女が落ち着くまで待とう、とドナヴァンは彼女の背中に回した手でそっと撫でてやった。






 今日アップする3話で連載終了です。

 今までありがとうございました。

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