そして・・・ ー 3.
「そっ・・・そうなんだ。でも仕事だったら仕方ないわよね」
美月はなんとか動揺を隠そうとするものの上手くいっていない気がする。
「あぁ、悪いな」
「いっ、いいのっ。気にしないで」
ドナヴァンの仕事は領を守る騎士だ。
美月の見送りと騎士の仕事、どちらがより重要かなんて言われなくても美月には判る。
だからなんとか笑みを浮かべようとして・・・失敗した。
俯いた美月の肩にドナヴァンはそっと触れる。
まさかこんなに意気消沈するとは思っていなかったのだ。
けれど明日の朝見送りしているメンバーの中に自分がいなかったら気にするのではないか、と思ったからドナヴァンは今夜のうちにその事を伝えておこうと思ったのだ。
隣りに座って俯いている美月はいつもより小さく見える。
このまま抱き締めたら、と思ったところで頭を振る。
そんな事をして怖がらせたくない。
それにまだ隠している事があるのだ。
それは明日にならなければ言えないが、それも彼女次第だからどうなるか判らない。
「みんな淋しがるよ。ミッキーが来てからフランやアイヴァンは凄く楽しそうだったからな。それに騎士連中も淋しがるだろうな」
「・・・・そ、かな?」
「ああ、まぁスライのヤツはからかう相手がいなくなって淋しがるだろうけどな」
「私はからかわれなくなるから、ホッとする」
フンッと鼻を鳴らす美月を見ながらドナヴァンは苦笑を浮かべる。
それじゃああいつの気持ちは報われないな、と思うもののドナヴァンは訂正しない。
ライバルは少ない方がいいからだ。
「フンバルは見送れると言ってたぞ? あいつは確か交代要員になっているから時々は会えるだろうしな」
バトラシアは遠慮する美月にごり押しして、領主の館の騎士を交代で1人ずつ彼女の新しい家に護衛として派遣する事を了承させていた。
他にはメイドが1人と常駐の護衛が1人の2人が美月の新しい家に一緒に住む事になっている。
もちろん美月はこの2人が一緒に住む事をまだ知らない。
サプライズ、だとバトラシアはにんまりと笑みを浮かべて言っていた。
その隣りでウィルバーンが呆れたように頭を振っていたのはまだ記憶に新しい。
その場にいたドナヴァンですら呆れたような表情を一瞬浮かべてしまったのだから。
「そうだ、バトラシア様から伝言があるんだ。何か必要なものがあればいつでも声を掛けてくれ、との事だ」
「・・・もう十分だって言ったのに・・・・」
「そう言うな。バトラシア様たちはミッキーの事を心配して言っているんだから」
「それは判ってるけど・・・・」
「ミッキーが向こうで頑張る姿を見せれば安心するよ」
「・・・・ん、そうだね」
美月が慣れない世界で1人で暮らすのは大変だろう、と心配し過ぎていろいろとやり過ぎているのを見ているだけに、困ったような顔をする美月の気持ちはドナヴァンにはよく判る。
「そういえば騎士連中も門番にしっかりとハッパをかけるって言ってたな」
「えぇ〜。あんまり大げさにしてもらいたくないんだけど」
「仕方ない。保護者がたくさんいると思って諦めろ」
慣れない世界で一生懸命生きようとする美月に手を差し伸べようとする人間は、この領主の館にはたくさんいる。
バトラシアやウィルバーンの手助けを当然と思う事もなく、どこか控えめに周囲に木を使う彼女に好感を持つなと言う方が無理だとドナヴァンは思う。
そう言う自分も初めてあの草原で会った時から、誰に対しても持った事のない庇護欲を刺激されまくりだ。
最初はこんな知らない世界にやってくる事になった彼女にたいしての同情だったかもしれない。
けれど、それは少しずつもっと特別な相手に対する気持ちへと変化していった。
美月もドナヴァンに対して好意を抱いている事に気づいているが、その気持ちが保護者に対するものなのか1人の男としてのものなのか、ドナヴァンはまだ見極める事ができていない。
そのせいで今まで何度かチャンスはあったものの、踏み込む事ができなかったのだ。
けれど、とドナヴァンは思う。
それももうすぐ終わりだ。
「一人暮らしを始めたら自分で料理をするのか?」
「うん、そのつもり。バトラシアさんはメイドを雇うって言ってたけど、それは自分でお金を稼げるようになってからじゃないとお給料を払えないからって断ったのよね。だって、独り立ちしたのに人を雇ってもらうなんておかしいでしょ?」
「あ、ああ、そうだな」
「だから、仕事が軌道に乗ってそれなりに蓄えができたら、メイドさんの事は考えるつもり。家の事と仕事の両方を手伝ってくれるっていう人が見つかれば、だけどね」
とりあえず隠れ住む生活はしたくないがそれでも騒動はできるだけ避けたいので、美月は加護読みをする時はフードを深く被ってする事にした。
カーテンで部屋を仕切るような事はしないが、フードを被れば顔をじろじろと見られる事はないだろう。
そして声は隠さない。そこまで神経質に考えない事にしたのだ。
代わりに、生活が安定してきたらメイドさんを雇って客の案内をしてもらう事にしている。そうする事でできるだけ客との接触時間を減らす事にしたのだ。
まさかバトラシアが勝手にメイドを手配していて、明日新居に行くとそこで待っているとは美月は夢にも思っていない。
黙っているようにと口止めをされているドナヴァンとしては、美月に諦めてもらうしかないと思っている。
まぁ、その事でここに文句を言いに来れば、バトラシアもウィルバーンも喜ぶのだから。2人並んで美月の文句をニコニコとしながら聞いている姿が目に浮かぶようだ。
「ホントは護衛も断るつもりだったんだけど、断ったら1人で暮らす事は認めないって言うんだもの」
「それは仕方ないだろう? ミッキーだってバトラシア様たちと話して納得している筈だ。ミッキーに何かあったらバトラシア様たちが大神殿からお咎めを受ける事になるんだからな」
「・・・うん」
大神殿の大神官であるファルマーニャから許可を貰ったと言う事は、大神殿の庇護下にあると言う事になる。
そんな美月に何かあれば、大神殿がリンドングラン領領主の不手際と判断してもおかしくないのだ。
美月もそれは判っているから、強く要らないと言う事ができなかったのだ。
「騎士のみんなも忙しいって判ってるんだけど・・・そうだね、素直に好意は受け取らないと駄目だよね」
「ああ。みんなに心配をかけたくないんだったら、素直にバトラシア様たちの言う通りにしておけ」
「・・・判った」
躊躇いながらも素直に返事をする美月に、ドナヴァンは思わず笑みを浮かべる。
おとなしく肩を抱かれている美月からはドナヴァンの顔は見えないが、横目で見おろしている彼はどこか拗ねているような美月の表情は見る事ができているので、そんな表情から彼女がまだ完全に納得できていない事が手に取るように判る。
この様子だと明日も大変だろうな、と思うもののドナヴァンは笑みを浮かべる事を止められなかった。




