そして・・・ ー 1.
少しだけガランとなった部屋を美月は見回した。
かなりの長い間、ここで暮らしていたのだ。少ないながらにも私物は増えた。その殆どはバトラシアたちが用意してくれた物だが、それでも自分で選んで買った物もある。
その中の1つである小さなオルゴールを手に取った。直径が15センチほどの木を20センチほどに切って横に転がして、その形のままを残して削り出されたような小さな引き出しが付いている。
その引き出しを開けると、聞いた事のないメロディが流れてくる。どこか淋しげな曲で、一緒にいたフランはもっと明るいメロディの方がいいのではないかと言ったのだが、美月はその淋しげなメロディが気に入って買ったのだ。
「なんか今の私の気分にぴったり・・・・」
新しい門出なのに、あまりテンションが上がらない。
美月にはその理由は判っているけれど、だからと言ってどうしようもない事も判っている。
コンコン
ドアがノックされ、そのまま美月の返事を待つ事もなく開けられた。
「おや、お邪魔だったかな?」
「ウィルさん。今日は早かったんですね」
「あ〜、うちの奥さんが早く帰って来いって言うから仕事を頑張って終わらせたよ」
口元に柔らかい笑みを浮かべたウィルバーンはそのまま部屋の中に入ってきた。
それからどこかガランとした部屋を見回す。
「もう殆ど片付いたんだね」
「あんまり物を持ってなかったから、あっという間に片付きました」
「今からでも物を増やす?」
「いいえ、もう十分貰いましたから。というか、貰い過ぎだったって思いますよ?」
悪戯っぽく笑うウィルバーンに美月は苦笑いを浮かべて返す。
「じゃあ、新しい家に何か送ろうか?」
「駄目です。もうバトラシアさんが家具とか家以外の物をたくさんくれましたから」
「あぁ、そういえばそうだったね。シアが一緒に家具を見に行こうって誘ってくれたんだ。だから、ミッキーが王都に行っている間に家具屋でデートしたんだ。楽しかったよ」
「まったく・・・そんな事言ってなかったのに」
2人が言う家具屋は美月も王都に行く前に1度足を伸ばした事がある家具屋で、この町で一番大きい家具屋だと教えてもらった。
その店で売っている家具は一般家庭買える物から一生物として花嫁衣装に買うような高級品までバラエティーに富んだ品揃えで、見て回るだけでも楽しかったのを美月は憶えている。
そんな中からバトラシアが選んだのは、もちろん家具屋でも一押しの高級家具だった。
バトラシアとウィルバーンが用意してくれた家は、町の東に位置する神殿と東門の警護詰め所の間にあり、2人が安全面を優先して考えてくれた事が判る。その上神殿にも近いからそちらの方からの援助も見込めるという、加護読みには一番の立地だと美月は思う。
1階は加護読みにやって来る客を迎える部屋に美月が加護を読む部屋。それにちょっとしたキッチンと美月が寛げる居間がある。2階部分には美月用の主寝室と客用の部屋が1つにメイドの部屋が1つ。それに階段のすぐ隣りに警護の人間用に部屋が用意されている。
美月が1階にいる間は警護の人間も彼女と一緒に居間か加護を読む部屋に入る事になっている。
バトラシアに案内されて初めて新しい家に行った時、美月は家の大きさに思わず口を開けてぽかんとしてみてしまったものだ。
「まさかあんな大きな家を用意してくれるなんて思ってもいなかったんですよ? おまけに家にある部屋全ての家具まで入っていて・・・・お金の無駄遣いです」
「そんな事ないと思うよ? ミッキーの仕事を考えると、あれでも少ないくらいだ」
「何言っているんですか。加護を読む事でいただくお金は金貨1枚ですよ? 私が加護を調べたのは50人の騎士たちで、金貨50枚の家とはとても思えないです」
「それは加護を読んだら、だろう? 確かうちの騎士たちはステータス全部を見てもらった気がするんだけど?」
「それは・・・でっ、でも、私は加護しか読めないって事になってます。だからそれ以上は貰えないです」
ステータスチェックは大金貨1枚以上だとファルマーニャが言っていた。それはバトラシアからも聞いて吐いたが、それでもそんな大金をもらうわけにはいかないと思っている。
「それに今までここで面倒を見てもらっていた間にかかったお金を思えば、百歩譲って大金貨で報酬を貰ったとしてもその分を差し引けば貰い過ぎです」
「異界からの客人をもてなすのは、この世界の領主の仕事だ。そんなものでお金を取ったら世界中から文句を言われるよ」
「でも・・・・」
「ミッキーは黙ってこちらのする事を受け入れればいいんだよ。別に施しって言う訳じゃない。ただ、異界からやってきた客人が過ごしやすいように手を貸しているだけだ」
困ったような顔をした美月にウィルバーンは手をひらひらと振ってみせる。
「大体ミッキーは何も欲しがらないからね。ここぞとばかりにシアが張り切っても仕方ないだろう?」
「そんな事ないです。ホントに色々してもらってて申し訳ないくらいなのに・・・・」
「いやいや。ミッキーは何を聞いても要らないって言うから、たいした物をあげてないからね。だからシアはミッキーが帰ってくる前に家具を揃えちゃうって張り切ってたんだよ。でもね、今からでも遅くないからいるものがあれば言ってくれればいいよ?」
「ウィルさん、バトラシアさんに女たらしって言われません?」
「いや。反対に女心が判ってない朴念仁だって言われる」
ウィルバーンが溜め息まじりにそう言うと、美月は堪まらず吹き出した。
「ミッキー、本当だよ? 僕は仕事が忙しくってなかなかシアに何かしてあげるなんて思いつかなくてね。気が利かない、女心が判らない、といつも言われてる」
「でも仕事をするいい男でしょ?」
ぼやくウィルバーンに美月がからかうように言うと、少し照れたような表情を浮かべた。
「それより、何か用でした?」
「いや、今朝言われたから早く帰ったらシアはまだ仕事中だって言うから、だったらミッキーの様子を見に来ようかなって思ってきただけだよ」
「そう言えば今夜はみんなでご馳走だって、私は言われました」
「そうだね、今夜がここでの最後の晩餐だからね。シアは騎士たちも含めてみんなでミッキーのためにパーティーをするって言ってたんだ」
だから、早く帰って来いって釘を刺されたんだよ、とウィルバーンは頭を掻く。
「別にそんな事しなくてもいいのに・・・だって、私の新しい家ってここからでもあるいていける距離でしたよね?」
「うん、そうだね。でも、今までのように朝から晩まで顔を合わせられないからね」
「週に1度は顔を見せに来いって言われてます」
「うん、それは当たり前だ。ミッキーはもううちの娘と同じなんだから。それに多分シアも週に1回くらいは会いに行くと思うよ」
うちの娘と同じ、そう言われて美月は胸の奥が熱くなる気がした。
今更だがよく考えるとウィルバーンとバトラシアは美月の両親と年はそう変わらないのだ。知った人が1人もいないこの世界では、本当に美月の親のように色々と面倒を見てくれた。
そして独り立ちしたいという我が儘を黙って叶えてくれたのもこの2人だ。
本当にいくら感謝してもしきれないと美月は思っている。
「でも本当に行っちゃうのかい? 別にここに住みながら仕事に行ってもいいんだよ?」
「そうですね・・・でもいつまでもここにいちゃうと私が甘えちゃいますから」
「別に甘えてもいいのに」
「何言ってるんですか。駄目ですよ、そんなの」
「いいんだよ。助けを必要としている人を助けるのは当たり前の事だろう? 特にミッキーは全く知らない世界にやってきたんだ。ちょっとくらい甘えてもいいのに」
ウィルバーンの優しい言葉に目頭が熱くなってきたが、それをごまかすように美月は手許のオルゴールに顔を向けた。
「大丈夫、です・・・いつまでも甘えていると、前に・・進めませんから・・・」
「そうか・・・そうだね。ミッキーの言う通りかもしれないな」
「だから・・・1人で、頑張り・・ます。それで大丈夫になったら・・・今まで以上に、甘え・・・させてもらいますね」
いつの間にかすぐ隣りまでやってきていたウィルバーンはポンと美月の肩に手を置いた。
「何かあればいつでも言ってきてくれると僕もシアも嬉しい」
「・・・はい」
きっとウィルバーンには美月が泣きそうになっている事は判っているだろう。
それでも気づかない振りをしてくれる彼に、美月は声にしないまま感謝した。




